映画『二十四の瞳(1954)』のネタバレあらすじ結末 | MIHOシネマ

「二十四の瞳(1954)」のネタバレあらすじ結末

二十四の瞳(1954)の概要:壺井栄の同名小説を、木下恵介監督が映画化した作品。瀬戸内海に浮かぶ小豆島を舞台に、新米の女性教師と12名の1年生が出会ってからの18年間を描く。子供たちの純朴な表情と美しい歌声が胸を打つ名作中の名作で、残虐なシーンは全くないが、戦争の悲しさがひしひしと伝わってくる。

二十四の瞳の作品概要

二十四の瞳

公開日:1954年
上映時間:156分
ジャンル:ヒューマンドラマ、戦争
監督:木下恵介
キャスト:高峰秀子、天本英世、夏川静江、笠智衆 etc

二十四の瞳の登場人物(キャスト)

大石久子(高峰秀子)
小豆島の岬の分校で1年生を担任することになった新米の女先生。家が遠方にあるので、洋服を着て自転車で通勤する。子供たちからは「小石先生」と呼ばれる。女学校の師範科を出ている才女。後に遊覧船の機関士と結婚し、3人の子供をもうける。
岡田磯吉(大人:田村高廣 / 本校時代:郷古仁史 / 分校時代:郷古秀樹)
あだ名はソンキ。小学校卒業後は、大阪の質屋へ奉公に行く。戦争で目が不自由になる。
竹下竹一(大人:三浦礼 / 本校時代:渡辺四郎 / 分校時代:渡辺五雄)
心優しい米屋の息子。小学校を卒業後は中学へ進学するが、その後軍人となり、戦死する。
徳田吉次(大人:戸井田康国 / 本校時代:宮川純一 / 分校時代:宮川真)
あだ名はキッチン。お父さんは漁師。
森岡正(大人:大槻義一 / 本校時代:寺下隆章 / 分校時代:寺下雄朗)
あだ名はタンコ。下士官になると言っており、その後戦死する。
相沢仁太(大人:清水龍雄 / 本校時代:佐藤武志 / 分校時代:佐藤国男)
あだ名はニクタ。元気なガキ大将。戦地へ送られ、その後戦死する。
香川マスノ(大人:月丘夢路 / 本校時代:石井シサ子 / 分校時代:石井裕子)
水月楼という料亭のひとり娘。歌が上手で、東京の音楽学校への進学を希望していたが、親に反対されてあきらめる。
西口ミサ子(大人:篠原都代子 / 本校時代:小池章子 / 分校時代:小池泰代)
あだ名はミーサン。西口屋という裕福な商家のひとり娘。
川本松江(大人:井川邦子 / 本校時代:草野貞子 / 分校時代:草野節子)
あだ名はマッチャン。両親は採石場で働いている。家が貧しく、母親が亡くなった後、養子に出されてしまう。
山石早苗(大人:小林トシ子 / 本校時代:加瀬香代子 / 分校時代:加瀬かを子)
師範学校を卒業して、本校の先生になる。
加部小ツル(本校時代:田辺南穂子 / 分校時代:田辺由実子)
父親は荷物運びをしている。大阪の産婆学校へ入って、産婆になる。
木下富士子(本校時代:尾津豊子 / 分校時代:神原いく子)
岬の庄屋だった家の娘。家が没落し、夜逃げ同然で島を出ていく。
片桐コトエ(大人:永井美子 / 本校時代:上原雅子 / 分校時代:上原博子)
家が貧しく、高等科への進学をあきらめる。奉公先で苦労して病気になり、若くして亡くなる。

二十四の瞳のネタバレあらすじ

映画『二十四の瞳(1954)』のあらすじを結末まで解説しています。この先、ネタバレ含んでいるためご注意ください。

二十四の瞳のあらすじ【起】

昭和3年4月4日 。瀬戸内海に浮かぶ香川県の小豆島で、子供たちの学校が始まる。島の外れの岬に住む子供たちは、4年生まで岬の分教場に通い、5年生から片道5キロの本校へ通うことになっていた。その分教場に、女学校の師範科を出た新米の大石先生が赴任してくる。大石先生は岬の対岸にある家から、自転車で50分かけて分教場へ通う。洋服を着て、自転車でやってくるモダンな大石先生を見て、子供たちは目を輝かせるが、保守的な大人たちは眉をひそめる。

大石先生は12名の1年生の担任となる。男の子5名、女の子7名の可愛い1年生の出席を取りながら、大石先生は子供たちのあだ名をメモする。キラキラとした二十四の瞳が、大石先生をじっと見つめていた。子供たちは大石先生に“小石先生”というあだ名をつける。

子供たちとの毎日は充実していた。大石先生と子供たちはたくさんの歌を歌い、教室や野外での授業を楽しむ。大石先生は岬の大人たちの冷たい態度に落ち込むこともあったが、純真な子供たちの二十四の瞳を思い出すと元気が出るのだった。子供たちも、決して恵まれているとはいえない環境の中で、懸命に生きていた。

二学期が始まってしばらくして。砂浜に落とし穴を掘るという子供たちの何気ないいたずらで、大石先生が足に大怪我をしてしまう。大石先生は学校へ通えなくなり、男先生が大石先生の代わりを務める。子供たちは大石先生を恋しがり、ある日、歩いて大石先生の家まで行ってみようと思い立つ。

岬から大石先生の家までは遠い道のりで、子供たちは途中で疲れて泣き出してしまう。みんなで泣きながら歩いていると、大石先生が乗ったバスが通り過ぎる。バスから降りてきた大石先生は、自分のために遠いところから歩いてきてくれた子供たちの健気さに胸を打たれる。大石先生は子供たちにきつねうどんを振る舞い、みんなで記念撮影をする。子供の心配をしていた親たちも、大石先生に感謝する。

大石先生はもう一度分教場に戻りたいと思っていたが、本校への移動と後任の先生が決まってしまう。大石先生は別れの挨拶へ行き、“本校で待っているからね”と子供たちに伝える。子供たちは泣き出してしまうが、最後は歌を歌って大石先生を見送る。

二十四の瞳のあらすじ【承】

それから5年後。満州事変や上海事変が起こり、日本は不況の波に襲われていた。そんな中、もうすぐ6年生になる12名の子供たちは、船で大石先生の暮らす対岸へ向かう。今日は大石先生の婚礼の日だった。子供たちは、今でも大石先生のことが大好きで、先生の婿の顔を確かめにきたのだ。

松江の母は、産後の戻りが悪くて寝付いていた。松江は母親が元気になったら百合の花の弁当箱を買ってもらうのだと大石先生に話していたが、母親は始業式の日に亡くなってしまう。松江は赤ん坊の世話があるので学校へ来られなくなり、大石先生は百合の花の弁当箱を持って松江の家を訪ねる。その後すぐに赤ん坊は亡くなってしまうが、松江は学校に来なかった。松江の父親は、貧乏にあえいでいた。

小学校に赤狩りの警察がやってくる。まっすぐな心を持つ大石先生は、子供たちにその事情を正直に説明し、校長先生に注意される。

松江に大石先生の手紙を届けたコトエは、松江が養子に出される現場を目撃し、それを先生に報告する。松江は“行きたくない”と柱にしがみついて泣いていたが、父親に怒られ、最後は諦めて船に乗って行ったということだった。大石先生の胸は潰れそうだった。

10月。6年生は修学旅行で金比羅参りへ行くことになる。みんなはそれぞれに金を工面して参加していたが、箱入り娘のミサ子と家が借金まみれの富士子は参加できなかった。一行は屋島や栗林公園を観光し、金比羅参りを済ませる。大石先生は帰りの船を待つ間、食堂街へ行ってみる。そして、そこの飯屋で働く松江と偶然再会する。

松江の養母は性根のきつい女で、松江は苦労しているようだった。養母に阻まれ、大石先生はほとんど松江と話をすることができず、後ろ髪を引かれる思いで店を出る。松江は先生を追いかけるが、同級生たちの姿を見て、物陰に隠れてしまう。松江は港でみんなの乗った船を見ながら、涙にくれる。

「将来への希望」という作文を書く授業で、富士子が突然泣き出す。家の窮状を見ている富士子は将来の希望など持てなかった。大石先生は教室の外へ出て、富士子を慰める。コトエも家が貧しくて進学ができず、音楽学校へ行きたがっているマスノも親に反対されていた。大石先生は立場上強いことが言えず、自分の無力さに打ちのめされる。

軍人になりたがっている男の子たちに、大石先生は“米屋や漁師の方がいい”と語る。そのせいで赤ではないかと疑われ、再び校長先生に注意される。教え子の命を惜しむ気持ちを否定され、大石先生は教師であることに疑問を感じる。そして、1年生の時から見守ってきた子供たちが卒業するのを見届け、自分も学校を退職することに決める。

明日奉公に出るため大阪へ行くという磯吉が、竹一と一緒に挨拶に来てくれる。2人から、富士子の一家が兵庫へ行ったという話を聞き、大石先生は胸を痛める。

二十四の瞳のあらすじ【転】

それから8年後。支那事変が起こり、日独伊防共協定が結ばれ、日本の軍国主義は激しさを増していた。

大石先生は育児の合間をぬってコトエを見舞う。大阪に奉公へ出ていたコトエは、ひどい苦労をして病気になって帰ってきていた。コトエは布団の中で、1年生の時に撮った記念写真ばかり見ており、大石先生に自分の不幸を嘆く。先生はコトエを励ましながら、自分も涙が止まらなくなる。生徒たちはそれぞれに苦労をしていた。

吉次、仁太、竹一、正、磯吉の5人は、みんなに見送られ出兵していく。大石先生は、胸の潰れるような想いで、教え子たちを見送る。

大石先生は二男一女の母親になっていた。末の女の子はまだ赤ん坊だというのに、夫に赤紙が届く。

それから4年の歳月が流れた。学校で軍事教育を受けている長男の大吉は、“早く中学生になって志願兵になりたい”と言うようになる。大石先生は、“意気地なしでもいいから命を大切にしてほしい“と息子に伝える。

ずっと同居していた大石先生の母親が亡くなり、その後、夫も戦死してしまう。そして日本は終戦の日を迎える。大吉は日本が戦争に負けて落ち込んでいたが、大石先生はとにかく戦争が終わってホッとしていた。

二十四の瞳のあらすじ【結】

しばらくして、末の娘が柿の木から落ちて亡くなってしまう。大石先生は強いショックを受けるが、2人の息子のために強く生きなければと思うのだった。

戦争が終わった翌年の4月4日。大石先生は、また岬の分教場の教師として働き始める。教え子の早苗が本校の教師になっており、大石先生の復職に尽力してくれた。大吉は船を漕ぎ、母親を岬まで送ってやる。

1年生の担任となった大石先生は、18年前のように出席をとる。新1年生の中には亡くなったコトエの妹や、松江やミサ子の娘がおり、大石先生は思わず泣き出してしまう。子供たちはそんな大石先生に“泣きみそ先生”というあだ名をつける。

学校が終わってから、大石先生は岬の墓地を訪れる。大石先生を探しに来たミサ子は、同級生たちの墓を案内する。戦死した正、竹一、仁太の思い出話をしているうちに、大石先生は涙が止まらなくなる。そんな先生を、子供たちが“泣きみそ先生!”とからかう。

ミサ子たちは、マスノの実家の料亭で、大石先生の歓迎会をする。歓迎会には、大阪から松江も駆けつけてくれた。早苗に小ツル、マスノにミサ子も集まり、大石先生を会場へ案内する。会場には、教え子からの贈り物として新しい自転車が飾られていた。

戦争で目が不自由になった磯吉も来てくれ、酒盛りが始まる。漁師になった吉次は、大きな鯛を持ってやってくる。みんなで懐かしい歌を歌い、1年生の時に撮った記念写真を見る。目の見えない磯吉にも、この写真だけは見えた。マスノの歌を聴きながら、みんなの脳裏に様々な思い出が蘇る。大石先生は、可愛い二十四の瞳を思い出して涙する。

大石先生は、教え子たちに贈ってもらった自転車に乗り、再び岬の分教場へ通い始める。

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