『暴力脱獄』あらすじとネタバレ映画批評・評価

暴力脱獄の概要:「暴力脱獄」(原題:Cool Hand Luke)は、1967年のアメリカ映画。監督は本作が出世作となったスチュアート・ローゼンバーグ。主演は「ハスラー」、「動く標的」のポール・ニューマン。共演に「特攻大作戦」のジョージ・ケネディ。

暴力脱獄

暴力脱獄 あらすじ

映画『暴力脱獄』のあらすじを紹介します。

夜中に酩酊し、酒瓶片手に次々とパーキングメーターを壊し、器物破損の罪で2年の刑に服役する羽目になったルーク(ポール・ニューマン)。刑務所の囚人たちはドラグライン(ジョージ・ケネディ)など厳つい連中ばかりだったが、彼らを取り巻く看守たちも囚人に匹敵するような猛者が揃っており、囚人と看守の間は憎悪感に満ち溢れた空気に支配されていた。ルークの仕事は炎天下での草刈りや穴掘りという重労働だったが、彼の新入りらしからぬ図々しさと要領の良さは周囲からの反感を買い、特に囚人のボスであるドラグラインはそれがひどく気に入らなかった。一触即発状態だった中でついに二人は殴り合いとなり、ルークはドラグラインに勝利し、囚人のボスはルークが取って代わる。ある日ルークの母(ジョー・V・フリート)が刑務所に面会へと訪ねて来る。病で老け込んだ母の後ろ姿を見送りながらルークは二度と母に会うことはないだろうと感じていた。やがて届いた母の訃報を知らせる電報に彼は涙を落とす。その三日後ルークは脱獄を図り、ひたすら逃走したが、最後は捕らえられ悲惨な懲罰を受ける。しかし彼は再び脱獄し、塀の外からドラグラインに「冷たい手のルークより」と記した手紙を送ったきた。彼をうらやむ囚人たちだったが、自由になった彼を責める者は誰もいなかった。やがて囚人たちの期待を裏切るようにルークは再び捕まってしまう。彼は厳重な足枷をはめられ、独房に収監されながら反抗の意志は覆らない。そしてルークは三度めの脱獄をドラグラインを道連れに決行するが、途中でルークは我が道を行くと言い、ひとりで廃れた教会に入り天に向かい「俺はどうすればいい?」と神に話しかける。別の道に向かったドラグラインは警察官に追われ、ルークのいる教会へ逃げ込み、逃げられない事を告げ彼を刑務所に戻るよう説得する。窓を開け警官に話しかけたルークの胸に警官の放った一発の銃弾が命中する。ドラグラインはそれに怒り、彼を撃った警官に掴みかかるが取り押さえられた。そしてルークは微笑んだまま車に乗せられ病院へ向かったが戻ることはなかった。彼がこの世を去った今日も囚人たちは炎天下で働く。無言で黙々と作業を続ける彼らの胸中には、「冷たい手のルーク」が微笑んでいた。

暴力脱獄 評価

  • 点数:95点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:1967年
  • 上映時間:92分
  • ジャンル:アクション、サスペンス
  • 監督:スチュアート・ローゼンバーグ
  • キャスト:ポール・ニューマン、ジョージ・ケネディ、ルー・アントニオ、ストローザー・マーティン etc

暴力脱獄 批評 ※ネタバレ

映画『暴力脱獄』について、2つ批評します。※ネタバレあり

本来持つ男の社会性を描いている作品

主人公ルークが戦争からの帰還兵という設定は詳しく描かれていないが、時代背景から言えばベトナム戦争だろう。ベトナム帰還兵の話を描いた初期の映画としても興味深い点はある。ルークが刑務所に収監されるシーンから、故郷を離れ見知らぬ人間とみすぼらしい施設の中で共同作業をするというのは、軍隊も刑務所も大して変わりの無い世界なのだと気付かされる。収監されたルークは単に器物破損の罪である。当時はどうだったのか知らないが、常識的に考えれば公共物の損壊というのは、酔っぱらっているという状況から見ても、警察署に留置され取り調べを受けて、罰金を払えば釈放というところなのだろうが、どうして刑務所にまでという感じは否めない。刑務所に収監されるいきさつはさておき、衝動的に酔っぱらってやったことだから、それほど罪の意識はないだろうが、それでも最初からふてぶてしくクールに装っていられるのは、戦地でそういった経験をしているからではないだろうか。憶測ではあるが、ベトナム帰りでどこか世間に馴染めないルークが、意図的に刑務所に入るような状況に自分を追いやったという考えに及んでしまう。戦場という緊迫した世界の中で、敵に囲まれながら男ばかりの生活にまみれ、自分の居場所を確保するというのは、男の社会性として本能的な部分で誰もが持っているのではないだろうか。形はどうあれこの映画に出演している囚人たちはそういった世界感の中で、人生を謳歌しているような気がしてならないのである。

少年のような繊細な心理も巧みに描かれている

ルークが脱獄を繰り返すという衝動は母親への回帰願望が変質したような行動にも思える。ここでも彼の行動は極めて本能的だ。一般社会へ迎合できないという幼児性が、ゆで卵の大食い競争なんかにも表れているのではないだろうか。そして面会に訪れた母への憧憬が衝動的な脱獄への繰り返しという本能に表れる。いわゆる純真な少年が外で友人たちと遊びほうけ、夕食時に母親が迎えに来た姿を追いかけるという、昔ながらの図式が見え隠れしているような気がしてならない。監督のスチュアート・ローゼンバーグが描きたかったのは、そういった大人になり切れなかった少年の複雑な心理ではないだろうか。バンジョーを奏でながら独りで歌うルークにも故郷を懐かしむような面影が表れている。アメリカン・ニューシネマにはそのような未発達の少年が持つ冒険譚のような作品が多く、戦争というものがその心情を描く背景に見事なほどに当てはまるのだろう。

まとめ

囚人の描き方が全く暗くない。やんちゃさと集団生活の持つ独特な一体感が描かれ、そういったところがヤケにリアルである。原作者のドン・ピアースが実体験を元に書いた小説だからその辺は本人の捉え方なのかも知れないが、脱走ものとしてはラストに及ぶまでそれほど悲惨さがない。時代性というのもあるのかも知れないが、どこか牧歌的でさえある。デカい図体のジョージ・ケネディが「ドラエもん」のジャイアンに見えたりもする。しかしながら自由というものが叫ばれていた時代の中で、ただ単に塀の中から脱獄し成功するという結果が自由を得るというものではなく、反体制の思想の下で戦い続けるという事こそが本来の自由だというものを見せつけてくれる作品である。そしてその戦いの中にいるルークの表情は、少年そのもので生き生きと輝いている。

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