映画『バッファロー’66』あらすじネタバレ結末と感想

バッファロー’66の概要:アーティストとしても知られるヴィンセント・ギャロが監督・脚本・主演・音楽を務め、独特の世界観を持った異色のラブストーリーを作り出した。現在でもカルト的な人気を誇る1998年公開のアメリカ映画。

バッファロー’66 あらすじネタバレ

バッファロー’66
映画『バッファロー’66』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

バッファロー’66 あらすじ【起・承】

1966年12月26日ニューヨーク州バッファローで生まれたビリー・ブランコ(ヴィンセント・ギャロ)は5年の刑期を終えて刑務所から出所してくる。街へ戻る途中で尿意を催すがトイレが見つからず、結局ダンス教室のトイレへ駆け込む。しかしそこでも用を足せず、イライラしたまま実家に電話をかける。

ビリーは両親に結婚して政府の仕事をしていると大嘘をついていた。成り行きで妻も一緒に帰ると言ってしまったビリーは、ダンス教室にいたレイラ(クリスティーナ・リッチ)を拉致して、自分の貞淑な妻を演じるよう脅す。

ビリーの母親は地元のアメフトチーム・バッファーローの熱狂的なファンで、息子よりもアメフトが大事。父親もビリーには無関心で、親子関係は殺伐としていた。レイラは親子の空気が和むよう気を使い、ビリーの両親にも気に入られる。しかし神経質なビリーは、レイラに感謝するどころか、文句ばかり言い続ける。レイラはそんなビリーを何となく放っておけなくなり、自ら彼と行動を共にする。

今までのビリーの人生は最悪だった。唯一の特技はボーリングで、恋人もいない。友達はマザコンのグーン(マヌケという意味)1人だけ。バッファローの優勝に1万ドルを賭け借金を背負い、ギャングの身代わりにされて刑務所に入った。そんな人生に絶望していたビリーは、優勝のかかった試合で八百長をした元アメフト選手のスコットを殺して、自殺しようと考えていた。

バッファロー’66 あらすじ【転・結】

引退したスコットがトップレス・バーを経営していることがわかり、スコットが出勤してくる午前2時まで、ビリーはレイラと過ごすことにする。ファミリーレストランで長年片思いしてきた女性に馬鹿にされ、ビリーは深く傷つく。そんなビリーをレイラは親身に慰めてくれる。

2人はトップレス・バーの前にあるホテルで休憩する。女性経験のないビリーはレイラへの接し方がわからず風呂に閉じこもってしまう。レイラは不器用だが根は優しいビリーを本気で好きになり、少しずつ2人の距離を縮めていく。ビリーは戸惑いながらもレイラとキスをし、彼女の胸の中で眠る。

午前2時過ぎ、ビリーが目を覚ます。コーヒーを買いに行くと言って出て行くビリーにレイラは不安を感じ、愛しているから必ず戻ってきて欲しいと頼む。ビリーは必ず戻ると約束するが、ズボンには銃を忍ばせていた。

親友のグーンに別れの電話をし、ビリーはトップレス・バーへ入っていく。裸の女性に囲まれ酒を飲むスコットを見て、スコットを射殺し自らも頭を撃ち抜くイメージを思い描くが、息子の死にも無関心な両親の姿を想像してバカらしくなる。ビリーはプレゼントにハート型のクッキーを買ってレイラの元に戻り、レイラを抱きしめて幸せに眠る。

バッファロー’66 評価

  • 点数:80点/100点
  • オススメ度:★★★★☆
  • ストーリー:★★★☆☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★☆☆

作品概要

  • 公開日:1998年
  • 上映時間:118分
  • ジャンル:コメディ、ラブストーリー
  • 監督:ヴィンセント・ギャロ
  • キャスト:ヴィンセント・ギャロ、クリスティナ・リッチ、アンジェリカ・ヒューストン、ベン・ギャザラ etc

バッファロー’66 批評・レビュー

映画『バッファロー’66』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

ラブストーリーの似合わない男

この映画はラブストーリーだ。しかし、私たちがよく目にするラブストーリーとは全く印象が異なる。それは恋に落ちる2人のキャラクターが特異だからだ。特に主人公のビリーはかなり偏った男で、複雑な内面を持っている。

最初はこのビリーが気持ち悪い。異常に神経質で潔癖症。情緒不安定ですぐに怒ったり泣いたりする。しかし彼が幼い頃からいかに傷ついてきたかを知ると、だんだんビリーが哀れになってくる。ビリーは両親に愛されたいと願ってきた。しかし無神経な両親は息子の気持ちなど微塵も察することなく、今も彼を失望させ続けている。

コンプレックスの塊のようなビリーは恋人いない歴30年。“生きていけない”とまで思いつめているビリーは愛の言葉など一切囁けない。恋愛には最も似つかわしくないような男を主人公にしたことが個性となり、本作をありがちなラブストーリーから遠ざけている。

救いの女神レイラ

そんなビリーを人生のどん底から引き上げてくれるのがレイラだ。このレイラもちょっと変わった女性で、あまり幸福に生きてきたような匂いはしない。

ビリーに誘拐され連れ回されるという恐怖の体験をしているはずなのに、妙に冷静で物事に動じない。しかもレイラはかなり早い段階で誘拐犯のビリーに好意を抱き“好きよ”と告げている。

おそらくレイラも孤独な境遇にあるので、自然とビリーに寄り添える。そういう女性は男の弱さやカッコ悪さを愛してくれる。レイラはまるで母親のようにビリーを包み込む。その姿はヴィンセント・ギャロ監督の理想の女性像であり、同時に理想の母親像でもあるのだろう。クリスティーナ・リッチの柔らかそうな肉体もこの女神像にピッタリだった。

鋭い人間観察に基づいた設定と演出

ストーリーは単純で何が起こるというわけでもないが、何となくこの作品世界に引き込まれる秘密は演出のうまさにある。

特に2人がホテルへ入ってからはその行動がいちいち面白い。女性経験のないビリーの方がカチコチに緊張し、微妙な距離を置いてレイラの隣に横たわる。ビリーの体のこわばり方と変な斜め角度の滑稽さが笑える。ベッドを上から撮ったショットで、2人が少しずつ距離を縮めていく様子を見せるのだが、このシーンが何とも微笑ましい。ビリーの童貞っぽさがうまく出ている。

一見デフォルメされているような各キャラクターに実はリアリティーがあるから笑える。この細かいキャラクター設定と演出には、ヴィンセント・ギャロ監督の鋭い人間観察能力を感じた。何度もクスッとくる。

バッファロー’66 感想まとめ

映像や音楽のセンスの良さも確かに魅力だが、本作の一番の魅力は登場人物にある。だから、ただハイセンスなだけで死ぬほど退屈なアート系の映画とは違い、作品全体に体温を感じる。しかし鑑賞後そう思えるのはあの結末ありき。もしこれが悲劇的な結末なら印象は最悪になっていたかもしれない。どっちもあり得ると思わせる雰囲気作りはうまい。

マニアックな映画っぽいが全然そんなことはない。食わず嫌いだった人は挑戦してみてほしい。意外にも明るい気持ちになれることに驚くだろう。

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