映画『カオス・セオリー』あらすじネタバレ結末と感想

カオス・セオリーの概要:なんでも効率良く予定通りに進めないと気がすまなかった男が、思いがけない出来事に次々と遭遇し「人生は混沌だ」という結論にたどり着く。2007年公開のアメリカ映画。

カオス・セオリー あらすじネタバレ

カオス・セオリー
映画『カオス・セオリー』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

カオス・セオリー あらすじ【起・承】

フランク・アラン(ライアン・レイノルズ)の娘・ジェシーの結婚式の日。新郎のエドはジェシーの過去にこだわり、結婚を迷っていた。こっそり式場を抜け出そうとしたエドをフランクが引き止め、自分の過去を話し始める。

今から二十数年前の大晦日。フランクは親友のバディやスーザン(エミリー・モーマティー)たちと大晦日のパーティーを楽しんでいた。スーザンの来年の抱負は“結婚すること”で、フランクはその相手に選ばれる。

2人はすぐに結婚し、その後ジェシーが生まれる。7歳になったジェシーはパパが大好きな愛くるしい少女に育ち、3人は幸せに暮らしていた。

昔から几帳面でなんでもリストに書かないと気がすまない性格だったフランクは、効率良く生きるための専門家となり、本を出版し、講演会を行うまでになっていた。大事な講演会の日、フランクは出張のための念密な予定を立てる。

ところが、スーザンのせいで時計が10分狂っており、フェリーに乗り遅れてしまう。そのせいで講演会には遅刻するし、フランクは最悪の気分だった。

その晩、宿泊していたホテルのバーでフランクはポーラという女とつい深酒をしてしまう。ポーラはフランクの部屋に入り込み、彼を誘惑してくる。フランクはポーラを拒絶し逃げ帰る途中、対向車と事故を起こす。運転手はナンシーという妊婦で、すでに陣痛が始まっていた。フランクは彼女を病院まで送ってやり、書類に自分の連絡先を書く。

翌朝、フランクが家に帰ると、いきなりスーザンに追い出されてしまう。スーザンはあの後ホテルへ電話をし、女性(ポーラ)が出たことに驚き、さらにフランクを父親だと勘違いした病院から“母親(ナンシー)が赤ちゃんを置いていなくなった”という連絡まで受けていた。フランクは自分の無実を説明しようとするが、一切話を聞いてもらえない。

カオス・セオリー あらすじ【転・結】

フランクは赤ちゃんの父親が自分でないことを証明するため、病院で検査をしてもらう。ところがその検査でフランクは染色体異常の無精子症だとわかる。ジェシーが自分の子供ではないという事実にフランクは傷つき、自暴自棄になっていく。

ある日、スーザンのところにあのナンシーが赤ちゃんを連れてやってくる。全ては自分の誤解であったことがわかり、今度はスーザンがフランクに何度も電話をするが、彼は一切電話に出てくれなかった。

スーザンに頼まれ、バディがフランクを訪ねてくる。フランクはバディに自分が無精子症であることを話す。バディはあまりの驚きで声も出なかった。

実はバディとスーザンはあの大晦日の1週間前にセックスをしていた。1度限りの関係だったが、ジェシーの父親は間違いなくバディだった。バディはこの事実をスーザンに話し、自分もずっとスーザンを愛していたと告白する。

何も知らないフランクは孤独に耐え切れず、家に帰ってくる。スーザンはバディのことは明かさず、フランクに帰ってきてほしいと懇願する。しかしフランクはバディから届いた“僕が父親だ”と書かれたカードを見てしまい、結婚指輪を置いて姿を消す。

フランクは銃を買い、湖のそばのバンガローにいた。そこへフランクの自殺を心配したバディがやってくる。フランクはバディを殺すつもりで、彼をボートへ誘う。ボートの上で2人がもみ合っているところへスーザンとジェシーもやってくる。銃声を聞いたスーザンは警察を呼び、夜の湖は騒然となる。

湖に落ちたフランクとバディは岸までたどり着いて夜の森を歩いていた。戻れないというフランクにバディは“スーザンに愛され、俺も父親になりたかった!”と怒りをぶつけ、先に行ってしまう。やっと戻ってきたフランクはジェシーとスーザンを抱きしめる。

フランクの「愛と裏切りの話」を聞いたエドは感動し、ジェシーと無事に結婚式を挙げる。

カオス・セオリー 評価

  • 点数:65点/100点
  • オススメ度:★★★☆☆
  • ストーリー:★★★☆☆
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★☆☆☆
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2007年
  • 上映時間:87分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ、ラブストーリー、コメディ
  • 監督:マルコス・シーガ
  • キャスト:ライアン・レイノルズ、エミリー・モーティマー、スチュアート・タウンゼント、サラ・チョーク etc

カオス・セオリー 批評・レビュー

映画『カオス・セオリー』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

知らぬが仏

自分の子供だと信じて愛してきた娘が、実は親友の子供だったとしたら…これは驚く。疑いなく信じていたことが突然ひっくり返るのだから、混乱して当然だ。

主人公のフランクはジェシーが自分の子供ではないとわかった後、悩み苦しんだ末に“最も大切なことは愛を与え受け入れること、揺るぎのない愛ならば血も人間の愚かさも超越できる”という結論に達している。個人的にはこの意見に賛成で、親子の愛情は血のつながりより、共に過ごした時間で育まれるものだと思っている。

とはいえ、この域に達するのはそう簡単ではない。何も知らないで過ごす方が間違いなく楽だ。「知らぬが仏」とはよく言ったものである。

カオスとは何か

カオスとは簡単に言うと“何のカタチも持っていない無秩序な状態”のこと。古代中国思想の“混沌”にあたる。この混沌の話がなかなか面白いので紹介しておこう。

昔“混沌”という名の神様がいた。混沌には目も鼻も口もない。それを不自由だろうと感じた別の神様が親切心から人間同様に九つの穴を混沌に開けてやる。すると混沌は死んでしまった。なぜなら目も鼻も口も何もないのが混沌だから。

つまり、人間は見たり、聞いたり、しゃべったりすることで苦しんでいるが、混沌のようにそれらすべてから断絶され、無為無策でいられたら最上だろうという教訓だ。しかし、人間が人間である限り、このカオス(混沌)を実感することはとてつもなく難しい。

フランクは“人生はカオス(混沌)だ”と言っている。このカオスとは“ある条件によっては不規則な、予測不可能である解が生じる”という意味のカオスのことだと推測する。確かにその通りで人生は不規則で予測不可能だ。正しい答えもない。

言わんとすることはよくわかる。わかるけれど何故かイマイチ。ちょっとテーマが深すぎて、出来上がった作品が薄っぺらくなっているような気がする。

カオス・セオリー 感想まとめ

主人公や物語の設定は面白いのだが、いろいろと消化しきれていない印象を受ける作品だ。リストマニアの主人公のリストの役割がただのメモにしか見えないし、いろいろあった主人公がどう変化したのかがわかりづらい。

さらにキャスティングが役と合っていない気がする。フランクを演じたライアン・レイノルズからは全てリストに従って行動するような男の偏屈さや不器用さが感じられない。最初から普通にかっこいいパパだ。スーザンを演じたエミリー・モーマティーも2人の男に愛され続けるほど魅力的な女性には見えない。脚本や演出も悪いのだけど、そもそもミスキャストなのではないだろうか。

コメディにしては笑えないし、ヒューマンドラマとしても浅い。もしかしたら“こんなライアン・レイノルズもセクシーでしょ!”という映画なのかも。それならわかる。個人的にそこはどうでもいいが、彼のファンには喜ばれそうな作品なので。

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