映画『ヒトラー 最期の12日間』あらすじとネタバレ感想

ヒトラー 最期の12日間の概要:「ヒトラー ~最期の12日間~」(原題:Der Untergang)は、2004年のドイツ、オーストリア、イタリア合作映画。監督はドイツのテレビ番組を多数手がけたオリヴァー・ヒルシュビーゲル。主演のアドルフ・ヒトラー役に「アメリカの友人」、「ベルリン・天使の詩」などのブルーノ・ガンツ。共演はアレクサンドラ・マリア・ララ、ユリアーネ・ケーラー、トーマス・クレッチマン、ウルリッヒ・マテス、コリンナ・ハルフォーフなど。

ヒトラー 最期の12日間 あらすじ

ヒトラー 最期の12日間
映画『ヒトラー 最期の12日間』のあらすじを紹介します。

1945年4月20日のベルリン。ナチス総統のアドルフ・ヒトラー(ブルーノ・ガンツ)は、ソ連の侵攻から身を守るため、限られた身内や側近たちと共にドイツ首相官邸の地下要塞へ身を潜めていた。ヒトラーの個人秘書であるトラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)もその中におり、他の側近たちも寄せられる情報から敗戦を確信していたが、客観的な判断能力を失っていたヒトラーだけが、不可能な大逆転の作戦について熱く語り続けていた。そんな中でヒトラーの56回目の誕生日を祝福するために、アルベルト・シュペーア軍需大臣(ハイノ・フェルヒ)が官邸を訪れる。その頃、ベルリン市内は戦火に包まれ地獄絵のような様相を呈していた。やがて側近たちの逃亡や裏切りが相次ぎ、ヒトラーは最終決戦を決意し、全兵力を集結させるように指示するが、最早ドイツ軍にそのような余力は残されていなかった。ついに敗北を覚悟したヒトラーは、愛人エヴァ・ブラウン(ユリアーネ・ケーラー)と質素な結婚式を済ませ、翌日の4月30日、自室において二人でピストル自殺し、遺体は屋外に持ち出されガソリンをかけ火葬にされてしまう。側近のゲッベルス夫妻は子供たちを眠らせ毒を盛り、自らの拳銃で後を追うように命を絶った。生き残った者は戦火のベルリン市街に散って行く。やがて第三帝国の末路を見届けたユンゲは、数少ない生き残りと共に地下要塞を後にした。

ヒトラー 最期の12日間 評価

  • 点数:90点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★★
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:2004年
  • 上映時間:155分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ
  • 監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル
  • キャスト:ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ、ユリアーネ・ケーラー、トーマス・クレッチマン etc

ヒトラー 最期の12日間 ネタバレ批評

映画『ヒトラー 最期の12日間』について、感想批評です。※ネタバレあり

ドイツでなければ撮られなかった映画

今までにヒトラーやナチスを題材にした映画は殆どが客観的に表現したものであり、その人物像を克明に描いた主観的な作品というものは本作が初めてではないだろうか。これはドイツの歴史に生きた者でなければ表現できない部分でもあり、今まで憶測の範囲でしか語られなかった人物像が克明に表現されているという点では画期的な内容である。勿論、全てが事実ではなく脚色の部分はあるにしても、ヒトラー以外のナチスの首脳部を描いた作品としても非常に興味深い作品である。無数に存在するホロコーストの映画とは一線を画し、ヒトラーやナチスも人間であるという事を知らしめるには、このような映画も必要なのではないだろうか。本作に勝者と敗者の関係性はなく、ナチスという組織の中で生きる人間の衰退を主観的に描いた、ドイツでなければ撮る事の出来ない数少ない物語である。

洗脳という行為の恐ろしさ

ヒトラーは最後まで画面に留まらず、後半途中で自殺に及んでしまうのだが、その前後からゲッペルス夫人がヒトラーにすがりつき逃亡するように懇願し、自分の子供たちを毒殺する狂気が何ともやるせない。戦争の恐ろしさ以前に人を洗脳する行為の恐ろしさが身に染みる。そして5000万人の戦死者を出し、600万人のユダヤ人を虐殺した行為の結末を自殺という形で片づけられてしまう物語には、言いようのない無念さしか残らない。ラストシーンはユンゲがソ連の捕虜を逃れた少年と共に、田舎道を自転車に乗って笑顔で駆けてゆく場面だが、そう描くしか仕方なかったというようなラストシーンである。

ヒトラー 最期の12日間 感想まとめ

映画の最後に実際の秘書が登場し、本編で描かれなかったユダヤ人虐殺のことに言及しているのには何とも複雑な心境に陥ってしまう。ヒトラーという大量殺戮者をドイツ人が描くことの難しさは相当な勇気と覚悟が必要だっただろう。ニュルンベルグ裁判や他のホロコースト映画を観る限り、単にヒトラーの回想録という風に表現できるようなものではなく、世界中から批判される事を意識しないわけにはいかないのである。かと言ってその残虐性のみをクローズアップして誇張するような作り物には出来る訳でもなく、ドラマの視点をどこへ持って行かなければならないのかという部分でも、制作者が負うリスクは計り知れない。それを踏まえてまでこのような作品を世に送り出した行為は素直に讃えられるものかどうかは疑問であるが、ドイツという国で表現というものに携わる以上、ヒトラーという人物は避けて通れない呪われたテーマなのだろう。

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