映画『激動の1750日』のネタバレあらすじ結末 | MIHOシネマ

「激動の1750日」のネタバレあらすじ結末

激動の1750日の概要:日本最大の暴力団組織「神岡組」の跡目相続を巡り、極道の意地をかけた血なまぐさい抗争が勃発する。あくまでフィクションではあるが、1984年から1989年にかけて繰り広げられた山口組対一和会の山一抗争を描いており、実際の事件を知る人には興味深い内容になっている。

激動の1750日の作品情報

激動の1750日

製作年:1990年
上映時間:115分
ジャンル:フィルムノワール、ヒューマンドラマ
監督:中島貞夫
キャスト:中井貴一、中条きよし、岡田茉莉子、有森也実 etc

激動の1750日の登場人物(キャスト)

若竹正則(中井貴一)
日本最大の暴力団組織「神岡組」の若手幹部であり、山辰組2代目組長。神岡組3代目組長と若頭が相次いで亡くなり、4代目の跡目相続を巡って古参幹部たちと対立する。武闘派で威勢がいい。
成瀬勇(中条きよし)
神岡組の若手幹部で、成瀬組組長。トップの右腕として手腕を発揮するタイプで、武闘派の若竹を支える。
南原幸一(趙方豪)
神岡組直系の淡路・南原組組長。同じ淡路島で組を構える本堂の娘と結婚している。
時津忠久(萩原健一)
神岡組4代目組長。3代目姐のひろ子や若竹たち若手幹部の後押しで、4代目を襲名する。
神田ひろ子(岡田茉莉子)
神岡組3代目組長だった神田の妻。3代目姐として跡目相続にも大きな影響力を持ち、時津を4代目にしようと動く。体の調子が悪い。
川井勝司(夏八木勲)
先代と若頭が亡くなり、神岡組3代目代行として大きな力を持つようになる。古参幹部の後押しで4代目に立候補するが、時津が4代目になってしまったため、神岡組を出て「八矢会」を結成する。八矢会会長。
荒巻重信(渡瀬恒彦)
川井と共に神岡組を出て、八矢会の副会長となる。若い頃からイケイケの武闘派で知られ、極道は力だという信念を持っている。
伊達順治(本田博太郎)
伊達組組長で、尼崎に組を構える八矢会の幹部。若竹の放った襲撃部隊に拉致され、組を解散することになる。
岩間直秀(中尾彬)
川井を4代目に押し、八矢会の副会長になるが、曖昧な態度を示して引退を迫られる。岩間組の若い衆は若竹に拾われ、神岡組のために尽くす。
本堂高道(石立鉄男)
淡路島の本堂組組長。荒巻とは兄弟分で、時津を殺した力石の保護を頼まれる。南原は義理の息子。
力石竜二(陣内孝則)
荒巻組の幹部で、川井の側近から時津暗殺を依頼される。時津暗殺の件は、オヤジである荒巻にも黙っていた。

激動の1750日のネタバレあらすじ

映画『激動の1750日』のあらすじを結末まで解説しています。この先、ネタバレ含んでいるためご注意ください。

激動の1750日のあらすじ【起】

全国に1万2千人の構成員を抱える日本最大の暴力団組織「神岡組」は、3代目組長の神田とその後継者になる予定だった若頭の山路を相次いで亡くし、危機的な状況を迎えていた。組織の力を維持するためには、早急に4代目を決める必要があったが、警察は、この機会に神岡組を潰してしまおうと目論んでおり、若頭に就任した時津を脱税容疑で逮捕する。

時津の逮捕後、直系組長が顔を揃える定例幹部会で、3代目代行の川井が4代目組長に立候補する。本部長の岩間や武闘派で知られる荒巻などの古参幹部たちは、川井が4代目になることを支持するが、若竹は時津の留守中に決めるべきではないと反対し、成瀬を始めとする若手幹部が若竹の意見に賛成する。結局、この日は話がまとまらず、跡目の決定は次の定例会まで保留されることになる。

この情報をキャッチした兵庫県警は、3代目の妻であるひろ子の動向が跡目問題に大きく影響すると見て、ひろ子を3代目姐と認定し、徹底的にマークする。ひろ子は、時津が4代目になるべきだと考えており、その意向を若竹と成瀬に伝えておく。

出所した時津は、若竹や成瀬の話を聞き、もし川井が4代目になったら、神岡組を出て神田組を作ろうと考える。しかし、ひろ子は組を割ることに猛反対し、何が何でも時津を4代目にしようと動き始める。

ひろ子は自ら荒巻の組事務所を訪ね、時津に協力して欲しいと頼む。しかし、荒巻は男の世界の問題にひろ子が介入することに不快感を示し、彼女の申し出を断る。落胆したひろ子は、心労と体調不良で倒れてしまい、病院へ運ばれる。

見舞いに訪れた川井は、ひろ子から「時津の4代目はお父ちゃんの遺言です」と告げられる。ひろ子の強硬な姿勢に川井も腹を立て、荒巻たちと反対派の血判状を作り、時津が4代目になったら組を出る覚悟を決める。

激動の1750日のあらすじ【承】

反対派は欠席したが、ひろ子は幹部定例会に出席し、先代の遺言として時津を4代目に推薦する。出席した幹部もこれに賛成し、4代目は時津に決まる。

定例会から1週間後、反対派は「八矢会」を結成し、神岡組から出たことを発表する。会長は川井、副会長は岩間と荒巻だったが、岩間は神岡の代紋に未練があり、マスコミ向けの記者会見に欠席する。この裏切りに荒巻は激怒し、足を洗って堅気になるよう岩間に迫る。若竹の判断で、岩間の組の若い衆は神岡組で預かることになり、岩間は引退する。

ひろ子が3代目霊代を務め、時津の4代目襲名式が行われる。正式に4代目組長が決まった神岡組は、全国の組織に挨拶状を送り、八矢会のメンバーとは関係を断絶すると発表する。一方的に絶縁状を叩きつけられた八矢会は、報復のための抗争を開始する。

別府で神岡組系の組員2名が射殺された事件を皮切りに、神岡組対八矢会の抗争が本格化していく。若竹と成瀬は、西の要の尼崎を守っている八矢会系伊達組の襲撃を企てる。岩間の所から来た若い衆は、自ら実行役に名乗り出て、伊達組の組事務所に発砲する。同じ頃、川井の側近はヒットマンに荒巻組幹部の力石を雇い、時津暗殺の準備を進めていた。

2度目の襲撃で組事務所を燃やされ、神岡組の若い衆に拉致された伊達は、壮絶な拷問に耐えきれず、伊達組を解散する。

ひろ子を見舞った日、時津は若竹たち幹部連中とクラブで酒を飲み、麻雀をするため愛人宅へ移動する。若竹たちも同行を申し出るが、時津は神岡組若頭の関谷とガード役の幹部1名だけでいいと言い張る。時津は川井のことを侮り、明らかに油断していた。

愛人のマンションに到着した時津は、待ち構えていた力石たち4名のヒットマンに至近距離から銃撃される。関谷とガード役の幹部はほぼ即死状態で、病院に運ばれた時津も翌日死亡する。この事件で、神岡組は組長とナンバー2の若頭を1度に失ってしまう。

激動の1750日のあらすじ【転】

時津暗殺から4日後、神岡組は緊急幹部会を開き、4代目代行と若頭を決定する。若頭には、神岡組きっての武闘派である若竹が選ばれた。若竹は力石の行方を全力で追いつつ、八矢会への報復行動を開始する。同じ頃、警察も必死で力石を探していた。

この世界で力石の親に当たる荒巻は、事件後に力石が実行犯であることを知った。川井は時津暗殺が成功して有頂天になっていたが、荒巻は力石の身を案じる。この抗争に胸を痛めていたひろ子は、持病の悪化により息を引き取る。

逃走中の力石は、荒巻の兄弟分である淡路島の本堂の自宅に身を寄せていた。本堂の娘が神岡組系淡路・南原組組長の南原に嫁いでいたため、ここなら力石の身も安全だろうと思われた。しかし、義父宅に力石がいると知った南原は、妻子と義母を旅行に出し、組員たちと力石を殺しに向かう。この動きを察知した本堂は、力石を逃がそうとして南原たちに射殺され、力石もハチの巣にされる。

兄弟分の本堂と子分の力石が殺されたことを知り、荒巻は怒り狂う。荒巻の放ったヒットマンは、ひろ子の法要で墓地に姿を現した若竹を銃撃する。若竹は軽傷で済んだが、若竹の子分が命を落とす。若竹は危険を承知で子分の通夜に出席し、母親から「帰ってくれ」と罵られる。それでも若竹は、決着がつくまで徹底的にやるしかないと思っていた。

激動の1750日のあらすじ【結】

神岡組対八矢会の抗争は3年も続き、双方に多数の死傷者を出す。終わりの見えない抗争に疲弊した八矢会の幹部たちは、次々と引退していく。しかし、川井と荒巻だけは、この戦争をやめるわけにはいかないと腹を括っていた。荒巻は莫大な金を差し出し、「何としても若竹の首を取れ」と部下に命じる。

若竹の所の若い衆は、大型トラックで機動隊の警備を突破して、荒巻の事務所に殴り込みをかける。双方の若い衆は壮絶な殺し合いを繰り広げ、荒巻の組は壊滅状態となる。負けを悟った荒巻は、最後に若竹へ電話をして、銃で自殺を図る。イケイケだった荒巻は、力を失った極道に生きる道はないと考え、自ら落とし前をつけたのだった。

長引く抗争に危機感を抱いた関東仁王会の総裁は、この喧嘩の仲裁役を引き受ける。関東仁王会の総裁と言えば、この世界の超大物であり、神岡組としても無視するわけにはいかない。若竹は川井を始末しなければ終われないと言い張っていたが、成瀬は総裁に会ってから腹を決めても遅くないと考え、若竹と共に熱海へ向かう。

総裁は、川井に組の解散と引退を約束させていた。組の解散と引退は、ヤクザにとっての死を意味しており、これ以上の制裁はない。総裁に「男のこの気持ちをわかってやってくれ」と頭を下げられ、さすがの若竹も抗争の終結を了承する。

長い戦争が終わり、若竹たち神岡組の幹部は、先代の墓参りへ行く。すると、墓の前には川井がいた。若竹は川井が去るのを黙って待ち、先代の墓に手を合わせるのだった。

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