映画『私だけのハッピー・エンディング』あらすじネタバレ結末と感想

私だけのハッピー・エンディングの概要:なりたい自分なんてない、今が楽しければそれが最高!そんな主人公がガンに侵され突然の余命宣告。友人と家族と、そして初めて愛し愛されたいと思った人と残された時間をどう過ごす?

私だけのハッピー・エンディング あらすじネタバレ

私だけのハッピー・エンディング
映画『私だけのハッピー・エンディング』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

私だけのハッピー・エンディング あらすじ【起・承】

広告会社でやり手のマーリーは、仕事はもちろん、愉快な仲間に親しい友人、そして恋愛抜きの男友達がいれば人生はそれで十分だと思っている。

『恋愛したって幸せになれるわけじゃない』。常々周りにも自分にも言い聞かせていて、セックスした相手にそろそろ付き合おう、と言われても真面目な付き合いは無理、と断ってしまうのだ。

そんなある日、同僚に顔色も悪く痩せたのでは、と指摘される。ただのストレスだと心配をしていなかったマーリーだが、血便もあるので念のため病院で検診を受けることにした。

担当の医師はマーリーが想像していた以上に若くハンサムで、奔放なマーリーはすぐさま好感を持つ。そんな彼女に呆れながら検査を続けた医師、ジュリアンだったが左の脇腹を抑えたときにマーリーが痛がったため、次の日も大腸にカメラを入れて検査をすることになった。

結果、マーリーに大腸がんが見つかる。

友人と飲みに集まった際、普段通りに振る舞うマーリーはまるで明日の天気の話をするかのように自分はガンだ、と友人たちに打ち明けた。

マーリーのガンは深刻で手術では除去できないレベルまで進んでいた。

ジュリアンは死ぬか化学療法をするか、選択は二択だ、と告げる。だが、それまでニコニコと明るさを絶やさなかったマーリーは、患者に死ぬという単語を使うなんて思いやりに欠ける、とジュリアンへ憤慨するのだった。

私だけのハッピー・エンディング あらすじ【転・結】

その後化学療法を受けると決めたマーリーだが、元来明るく自由を好む彼女は自分が病気だと告げることで人から同情の目を向けられることを嫌がり、人前では落ち込んでいる自分を見せないようよく喋りユーモアを欠かさなかった。それをジュリアンには「よく喋るのに本心を絶対に明かさない」と見破られてしまう。

マーリーは病気のことを告げるために疎遠だった両親に連絡を取った。仕事優先の父親と過干渉気味の母親の間は冷え切っていて、久しぶりの食事の席でもぎくしゃくしてしまう。彼女もまた、両親に素直になれず責めてしまうのだった。

ある日、孤独感から珍しく一人で散歩に出かけたついでに立ち寄ったバーで、ジュリアンと偶然に会った。患者と親密になるのはよくない、と初めは躊躇を見せたジュリアンだが、彼はマーリーの明るさや強さに惹かれ二人はそれをきっかけに距離を縮めていく。

それまで恋愛などしたくない、と思っていたマーリーだが生真面目なジュリアンとはこれまでと違う何かを感じるのだった。

しかしその穏やかさもマーリーの病状と共に深刻なものへ変化していく。死に対する不安感と恐怖から自分のことしか考えられなくなってしまい両親や友人、ジュリアンへ当たり散らしてしまったのだ。

一時はどうせ死ぬのだからどうにでもなれ、と自棄になったマーリーだが、やがてそれらが間違っていたことに気付き、謝罪巡礼のように一人ひとりに感謝の気持ちを伝え、ジュリアンとも良い関係を築いていった。

そして自分の葬儀は祭りのように楽しいものにしたいから、その準備を手伝ってほしい、と母親に頼むのだった・・・。

私だけのハッピー・エンディング 評価

  • 点数:60点/100点
  • オススメ度:★☆☆☆☆
  • ストーリー:★★☆☆☆
  • キャスト起用:★★☆☆☆
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★★☆☆
  • 設定:★★★☆☆

作品概要

  • 公開日:2011年
  • 上映時間:107分
  • ジャンル:ファンタジー、ラブストーリー、ヒューマンドラマ
  • 監督:ニコール・カッセル
  • キャスト:ケイト・ハドソン、ガエル・ガルシア・ベルナル、ウーピー・ゴールドバーグ、キャシー・ベイツ etc

私だけのハッピー・エンディング 批評・レビュー

映画『私だけのハッピー・エンディング』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

パッケージにつられて軽率に観るべきではない映画

一見明るく楽しそうな雰囲気で、笑顔満面のケイト・ハドソンがこちらを向いているがこれはあくまで死に向かっていく女性の話である。
故に死ネタが苦手な人は要注意だ。だが、他の死ネタを扱う作品と違って明るさを保持しようとしているところは評価してもいい。
まず、主人公マーリーのキャラクターは明るく自由奔放、特定の恋人も作らず今が楽しければそれでいい、というタイプで「死へ立ち向かう」というよりも、「人生をどうやって幸せに終えていくか」、と前向きな思考に挿げ替えていく。先のことなど考えず両親との関係もうまくいかなかった彼女が終わりよければ全てよし、とばかりに理想の自分を見つけていくのだ。

盛り込みすぎ

時間は1時間40分程度だが、些か要素を詰め込み過ぎの印象を受け体感的には2時間半くらいの映画を観た感覚になる。また、シーンの切り方が唐突で時間軸が分かりづらくテーマの重さもありやや疲れた。
マーリーの友人関係が妊婦、アーティスト、ゲイと個性が強すぎてそこの描写もしっかりしていたが、煩雑な印象も受けた。もう少しシンプルにしてくれた方が観やすいのではないか。

ラブストーリーにも重みを

前半はコメディに近い軽さしかなかった物語だが、ジュリアンが登場した辺りから真剣さが出てくる。
だが欲を言えば、彼がなぜ彼女に惹かれたのか、もしくはどうして関係を進めてもいいと思ったか、その辺りの描写がもう少し必要だったのではないか。確かにジュリアンが医者でもなく相手も患者でなければあれだけで十分だが、医者と末期の大腸がんを患う女性との関係を描く場合、説得力不足だった。

リアルだった両親との関係性

友人とは軽口を叩いて楽しく過ごせるのに、自分の両親にはつっけんどんな言い方をしてしまうのがマーリーだ。確かに過干渉な母親だが、全ては彼女を心配し愛するが故であるし、また父親も異常に不器用で愛情表現ができないだけなのだ。マーリーは思春期の子供らしい我儘のフィルターを掛けたまま大人になってしまった典型的な可愛くない娘である。だが、どんなに娘に素気無い態度を取られても彼女から離れようとしない両親には涙を誘われた。

明るくてもあくまで死ネタ

確かに全体的に軽さや前向きさがあり、ラストもお祭りのような葬式で締めくくられていた。が、やはり死ネタは死ネタである。
彼女のために時間を過ごし、涙を流し、葬式に参列している彼らは明日があり、どれだけのものをマーリーが彼らに残したとしても、彼女に明日はない・・・とこれを考えてしんどくなる人にはやはり向かない映画である。

私だけのハッピー・エンディング 感想まとめ

とにかく軽率に観るべき映画ではなかった、と後悔した。

前半の導入部分に盛り込まれた人生を明るく楽しく生きている主人公のキャラクターはアメリカのコメディ映画によくありそうな人物設定で、気軽に観ていたのに突然のガン宣告である。あらすじを読まずに観始めた私はまさにフックをくらった気分だった。

常に悲しい映画、というわけではない。だが、死へ向かっていくのに初めて本当の恋を始めてみたり、デパートへ友人たちと連れだって出かけ彼らにプレゼントを買ったり、楽しいシーンである筈なのに、やはりどこか自らをすり減らしていくような辛さを探し当ててしまう。

こういった死ネタの映画の場合、死に行く主人公へは感情移入しにくく、どうしても周りの友人や親、もしくは子供目線になりがちである。それはもちろん自分がそちらの立場に近いからであるが、この映画の場合は主人公に感情移入すべきだと断言しておこう。うっかり残される側の人の立場に立ってしまうとなかなか胸の痛みは取れない。だが、いっそマーリーに成りきってみれば、胸の痛みも少しは和らぐに違いないのだ。

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