映画『悲しみよこんにちは』あらすじネタバレ結末と感想

悲しみよこんにちはの概要:1954年に発表されベストセラーとなったフランソワーズ・サガンの同名小説を映画化した作品。17歳の少女が父の婚約者を追い出そうとして企んだ計画が思いがけない残酷な結末を招く。1958年公開。

悲しみよこんにちは あらすじネタバレ

悲しみよこんにちは
映画『悲しみよこんにちは』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

悲しみよこんにちは あらすじ【起・承】

セシール(ジーン・セバーグ)は15年前に母を亡くし、それからは父のレイモンド(でディッド・ニーヴン)とパリで2人暮らし。お金持ちで女好きの父親と気楽な生活をしていた。しかし1年前の夏から彼女の心はずっと沈んでいた。

1年前、南フランスの別荘で17歳のセシールはレイモンドと彼の若い恋人エルザと夏のバカンスを楽しんでいた。エルザはギャンブル好きの明るい美人でセシールとも友達のような関係だった。

セシールは海でフィリップと出会う。法律を勉強しているという魅力的な彼をセシールは気に入り、2人は親密になっていく。

そんな中、母の親友でデザイナーのアンヌ(デボラ・カー)がやってくる。アンヌも今は独り身で、彼女をここへ招待したのはレイモンドだった。アンヌはしっかりした女性で、セシールの周りにいる大人とは違っていた。

エルザがいることを知らなかったアンヌは怒って帰ろうとするが、結局そのまま別荘に残る。そして4人でしばらくは幸福な日々を送る。

レイモンドはアンヌを口説こうとするが聡明な彼女は一線を踏み越えないようにしていた。

カジノに行った夜、エルザがカジノに夢中になっている間にレイモンドとアンヌが姿を消す。2人を探しに行ったセシールは車の中でレイモンドがアンヌを口説き、アンヌも彼を受け入れているのを見てしまう。エルザはもう別荘には帰れないと言って泣きだし、友人とホテルへ行く。

翌朝、フィリップと飲み明かした二日酔いのセシールは、父とアンヌが婚約したことを聞かされる。セシールは気ままな父が結婚するという事実に驚くが、2人を祝福する。

悲しみよこんにちは あらすじ【転・結】

アンヌと婚約してから父は変わり、そのことはセシールを不安定にさせた。

アンヌはセシールのことを考え、フィリップと別れて学生らしく勉強をしろと言い出す。今まで甘やかされてきたセシールは彼女に反発し、父に助けを求める。しかしレイモンドはアンヌの肩を持つ。父が自分よりアンヌを選んだことがセシールには許せなかった。

どうしても我慢のならないセシールはアンヌを追い出す計画を練る。その計画とはエルザとフィリップが恋人のふりをしてレイモンドに仲のいいところを見せつけ、彼の気を引こうというものだった。

計画は予想以上にうまくいき、自分の前でフィリップといちゃつくエルザの姿を何度も見るうちにレイモンドはヤキモチを焼き始める。そんな彼の様子にアンヌは不安を覚える。

ついにレイモンドはエルザと密会の約束をする。それを知ったセシールは急に怖くなり自分の企みをアンヌに打ち明けるべきか迷う。しかしアンヌがどうするか見たいという好奇心もあり黙っている。

森へ散歩に出たアンヌをセシールはこっそり尾行する。アンヌは森の中で2人の浮気現場を見てしまう。レイモンドの裏切りにアンヌは衝撃を受け泣きながら走り去り、セシールは慌てて彼女を追いかける。

アンヌはセシールが止めるのも聞かずそのまま車に乗って行ってしまう。

レイモンドとセシールは謝れば許してくれるだろうと気楽に考えていた。しかしアンヌはあの後、車ごと崖下の海へ転落し自殺してしまう。そこは事故の多い場所で、アンヌは事故死ということになっていたが、2人には全て分かっていた。

1年後の夏が近づいた。レイモンドとセシールはイタリアの別荘へバカンスに行く予定だ。
アンヌのことはお互い口にしないまま2人は今も享楽的な日々を送っているが、何をしても以前のようには楽しめなくなっていた。

悲しみよこんにちは 評価

  • 点数:70点/100点
  • オススメ度:★★★☆☆
  • ストーリー:★★☆☆☆
  • キャスト起用:★★★★☆
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★☆☆

作品概要

  • 公開日:1957年
  • 上映時間:94分
  • ジャンル:青春、ヒューマンドラマ
  • 監督:オットー・プレミンジャー
  • キャスト:ジーン・セバーグ、デボラ・カー、デヴィッド・ニーヴン、ミレーヌ・ドモンジョ etc

悲しみよこんにちは 批評・レビュー

映画『悲しみよこんにちは』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

悲しい親子の人生

主人公のセシールと父のレイモンドの関係は一見良好だ。セシールは父親がどんなに女遊びをしてもニコニコ笑って理解のある気の利いた娘を演じるし、父もまた然り。お互いに干渉せず好き放題やっている。セシールは1年前のそんな生活を“幸福だった”と言っているけれど、この生活のどこが幸福なのかがよくわからない。

そんな生活が父と聡明な女性のアンヌが婚約したことで壊れ始める。父に自分以上の存在ができたことがどうしても我慢できないセシールは残酷な計画を実行する。結果、アンヌは傷つき自殺してしまうのだが、この親子はその後も本音を隠し続け、虚しく退廃的な時間を無駄に消費し続けている。

セシールはアンヌに言う。“人の生き方に反対しても変えようとしてはいけないわ。しかもたいていは手遅れよ”と。まさに2人の親子関係を象徴しているようなセリフだ。この親子がうまくいっているように見えるのは、わがまま同士が互いの真実を見ることを恐れ、甘やかしあっているからにすぎない。

アンヌの死でこの親子が抱えたものを悲しみとは言わない気がする。それはただの後悔だろう。“悲しみよ こんにちは”なんてキザったらしいことを言われると寒気がする。もしアンヌが無事に結婚していても、いずれはこの親子に傷つけられ絶望させられていただろう。この親子の関係自体が絶望的に悲しいのだから。

ソール・バスのタイトル・デザイン

主人公のセシールを演じたジーン・セバーグのベリーショートが「セシールカット」と呼ばれ大流行したことは有名な話だ。この作品のジーン・セバーグが約60年前の女優さんだとはとても思えない。今の雑誌のモデルさんだと言われても違和感がない。

そしてソール・バスによるタイトル・デザインとクレジットのアニメーションがまたとてもハイセンスだ。この作品を手がけたオットー・プレミンジャー監督は彼のデザインを好み、数多くの作品に起用している。

ソール・バスは他にも多くの映画のタイトル・デザインを手がけているので、ぜひ探してみてほしい。“お!なんかかっこいいな”と思ったら、彼のデザインであることが多い。

悲しみよこんにちは 感想まとめ

原作となったサガンの小説は随分昔に読んだが、その時も何がいいのかよくわからないと感じたような気がする。映画も同じで、映像作品としての良し悪しは別として、主人公のセシールを含めた登場人物が不愉快すぎてあまり何も感じなかった。これはきっとサガンと自分が合わないという個人的なものだろう。

だらしない者同士で互いを溺愛しあっているこの親子の異常な愛情?が気持ち悪い。しかも、2人はアンヌの死から何も学んでいない。退廃的な生活に拍車がかかっただけのようだ。

登場人物が誰も成長しない話というのは、見終わった後とても疲れる。何だかやたら虚しい。

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