『暗くなるまで待って』あらすじ感想とネタバレ映画批評・評価

暗くなるまで待っての概要:「暗くなるまで待って」(原題:Wait Until Dark)は、1967年のアメリカ映画。監督は「007ドクター・ノオ」、「007ロシアより愛をこめて」のテレンス・ヤング。主演は「ローマの休日」、「ティファニーで朝食を」のオスカー女優、オードリー・ヘプバーン。共演に「アメリカ上陸作戦」のアラン・アーキン。「砲艦サンパブロ」のリチャード・クレンナなど。

暗くなるまで待って

暗くなるまで待って あらすじ

映画『暗くなるまで待って』のあらすじを紹介します。

盲目の妻スージー(オードリー・ヘプバーン)の夫サム(エフレム・ジンバリスト・Jr)が、カナダからニューヨークへと帰る途中に知り合った女性から人形を預かって来た。その人形にはヘロインが隠されており、それをとり戻すためマイク(リチャード・クレンナ)、カルリーノ、そして犯罪組織のリーダーであるロート(アラン・アーキン)の三人が、スージーのアパートに忍び込む。部屋中探し回るも人形は見つからず、そこへスージーが帰宅したが、盲目の彼女は三人がいることに気がつかなかい。その翌日、嫌な予感がしたスージーが止めるのも聞かずサムは仕事に出かける。サムが出ていって間もなく消し忘れた煙草がくすぶり、盲目のスージーは恐怖から大声で叫んだ。そこへマイクがサムの海兵隊時代の仲間と偽り入って来て、火を消し止め人形の在処を探ろうとしたが、普段スージーの手伝いをしてくれるグローリアという少女が入ってきたので、引き上げざるを得なかった。しばらくしてグローリアが買物に出た後、今度はロートが初老の男に化けて現れ、息子の妻が他の男と不貞の関係になり、相手がサムではないかと証拠を探す振りをして部屋中を物色するが、やはり人形はみつからなかった。そこへ再びマイクが忘れ物をしたという口実で入ってきて、乱暴者を追い出してやろうと警察に電話をするが、入ってきたのは警官に扮装したカルリーノだった。いったん外に出たロートは老人の息子として再び入ってきて、サムがもし人形を持っていたら命は危ないとスージーを脅した。ロートが帰ってからスージーはマイクに、確かにサムが人形を持って帰ってきたが、それがどこにあるのかを自分は知らないと話した。マイクはスージーが人形を発見したらサムの安全は守ると言う。マイクが帰って間もなくグローリアが買物から戻るが、彼女の腕にはその人形が抱かれていた。スージーは喜んでマイクにそのことを知らせたが、その直後、自分は三人に騙されていることに気づいた。スージーはサムへの連絡をグローリアに頼み、警察に電話をするが電話線はすでに切られていた。スージーは身を守るため部屋の明かりを次々と壊してゆく。再びやって来た三人は仲間割れを起こし、カルリーノとマイクはロートに殺されてしまい、ロートはスージーが消し忘れた冷蔵庫の灯りを頼りに迫るが、その時、サムと警官たちが流れ込んできた。

暗くなるまで待って 評価

  • 点数:90点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:1967年
  • 上映時間:109分
  • ジャンル:ミステリー、サスペンス
  • 監督:テレンス・ヤング
  • キャスト:オードリー・ヘプバーン、アラン・アーキン、リチャード・クレンナ、エフレム・ジンバリスト・Jr etc

暗くなるまで待って 批評 ※ネタバレ

映画『暗くなるまで待って』について、2つ感想批評です。※ネタバレあり

007シリーズを手がけたテレンス・ヤング監督の異色作

オードリーのサスペンスでは、彼女の華やかさを伴った「シャレード」があるが、本作は地味な登場人物としてサスペンスに徹し、盲目の主人公を忠実に演じている。舞台としても有名な作品だが、オードリーが演ずると魅力が倍増するのはさすがというところである。クライマックスでのサスペンスはほとんど一つの部屋で進む密室劇であるが、それ故にスリリングな展開が強調されており、ありがちな生々しい惨劇とは違う緊迫感がある。アラン・アーキンの残虐性と三役をこなす分裂症的キャラクターは、後出の映画でもよく採り上げられる犯人像として定着し、犯罪サスペンスにおける一つの形態として、複雑なサイコスリラーが描かれるストーリーが増えて行く。テレンス・ヤング監督が大女優のオードリー・ヘプバーンを、どのような役柄として演出するのかが見ものでもあると思うが、彼女のエレガントな部分は敢えて強調せず、シナリオに重点を置きながら、演技者としての技量を見事に引き出した部分で名作となり得た映画である。

事件解決の背後にあった夫婦愛

密室で展開するサスペンスはいかにも舞台劇らしい。盲目の美人が事件に巻き込まれていくサスペンスに、ヒッチコックの映画のような面白さが感じられる。首謀者のロートが、手の込んだ芝居を外部の人間を使ってまでしなければならなかったのかという展開の必然性が欠けており、本来ならば情け容赦なくスージーの家に押し入り、強制的に人形を探し出すところだろうが、時代背景も相俟って、役の中でとは言えオードリーがそこまでいたぶられるというのも有り得ない話だろう。アドリブのように芝居を仕組むロートンは相当な知恵者であるが、スージーの方も普通のか弱い女性と違い、知恵と勇気のある女性という描き方をされているが、

その後ろで常に自分で何でも出来るように教えている夫サムの存在が活きている。テレンス・ヤング監督の初サスペンスになった本作だが、後の作品への影響としても大きかったのではないだろうか。クライマックスシーンが暗闇での展開という切り口もユニークである。

暗くなるまで待って 感想まとめ

何ともいい時代に摂られた映画である。この手の犯罪物だと近年の作品ではまず暴力描写が惨たらしく描かれるだろう。映画の中で暴力描写というものがどういった考えの下で撮られているのか、理解が出来ないような酷さに目を覆いたくなるような部分もあるが、これくらいの展開ならごく自然にストーリーから逸れずに映画を鑑賞できる。時としてストーリーから逸脱するような描写は作品全体を散漫に仕立ててしまうのだが、さすがにオードリー主演の映画であるという展開に好感が持てる。ヒッチコックのサスペンスにしても間接的に流血シーンなどもあるが、あくまでも視覚効果で留めておく部分でこそ恐怖感というのは強調されるのだ。本作ではそれが暗闇という部分で強調されており、観る側に緊迫感をもたらす効果も充分に感えられた作品である。盲目役を演ずるオードリーも迫真の演技であり、エレガントなイメージから脱却した新しい面を強調させ本作の価値を大きく高めている。

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