映画『メイジーの瞳』あらすじネタバレ結末と感想

メイジーの瞳の概要:2012年アメリカ映画。6歳の少女メイジーの瞳から見た大人の姿を、愛情たっぷり、身勝手さたっぷりに描くヒューマンストーリーである。母親をジュリアン・ムーアが演じている。

メイジーの瞳 あらすじネタバレ

メイジーの瞳
映画『メイジーの瞳』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

メイジーの瞳 あらすじ【起・承】

6歳の少女メイジー。
彼女の父親は絵画商としてあちこちで仕事をしている、一方で母親はロックミュージシャンだ。
夫婦で上手くいかなくなり、2人は離婚裁判を起こしメイジーの親権を争う。
どちらも娘と一緒にいたいと譲らない。
そんな彼女の面倒を見てくれていたのが、この家の家政婦のマーゴだ。
優しく母のようで、友人のようなマーゴがメイジーは好きである。

裁判中、メイジーは月の10日を父親の元で暮らすこととなる。
父親の新しいマンションに行った時、そこにマーゴがいた。
どうやら父親はマーゴと再婚したようだった。
家にいても前と変わらずメイジーの面倒を優しく見てくれるマーゴ。

ある日、今度は母親の元に戻るという時。
学校に中々お迎えが来ないと電話をもらったマーゴは駆けつける。
しかしこの後新婚旅行に行くはずのマーゴと父親は、時間が無く焦っていた。
マーゴが何度母親に電話をしても繋がらない。

そこへ母の再婚相手で、メイジーの新しい父親になったという男がやって来た。
名前はリンカーンと言い、バーテンダーの仕事をしている。
連れられて家に戻り、母と再会を喜ぶメイジー。
リンカーンは優しくメイジーの面倒を見てくれ、遊んでくれた。

メイジーの瞳 あらすじ【転・結】

母親がメイジーを預かる日、彼女はツアーに出ることなりリンカーンに娘を託した。
しかし急に店の人員が足りなくなり仕事になってしまう。
困ったリンカーンはマーゴと父親の家へ。
しかしそこで泣いているマーゴの姿を見つける。
マーゴとは上手くいっていないようで、彼女は家を出てしまった。

その後もマーゴの助けを借りながらメイジーの世話をするリンカーン。
しかしあるときツアーから急に戻って来た母親と街でバッタリ会い、彼女の横暴さに嫌気が差したリンカーンは別れを突きつけてどこかへ行ってしまった。

しかしツアーは止められず、メイジーの面倒を見てくれる人が居なくなってしまった。
母親はリンカーンの店に行くよう指示をし、自分はツアーに戻ってしまった。
メイジーが店に入るもリンカーンは出勤では無い。
店で寝てしまったメイジーをスタッフルームに寝かせ、毛布を掛けてあげる。

朝目が覚めてマーゴを探すメイジー。
すぐに連絡が行ったマーゴはメイジーを迎えに来る。
そして街から離れた海辺の売りに出されている従兄弟の家に行った。
そこで遊びながら何日か暮らす2人の元に、リンカーンが訪ねて来た。
意気投合した2人はいつしか恋心が芽生えるように。

3人で仲良く過ごす時間は、メイジーには大事なものになった。
そしてリンカーンと家の前の港から出る船に、明日乗せてくれるという約束をした。

その日の夜に突然母親がツアー車でやって来た。
そして一緒にツアーに出ようと言う。
メイジーは黙り込んだ後、明日船に乗るからと断る。
そんなのすぐに乗せてやると言う母親に、行くのを拒む彼女。
母は2人とまだ一緒にいたいの?と聞くと、メイジーは頷いた。
泣きながらも納得する母は娘を置いて出発する。

翌日、メイジーは急いで船に乗り込もうと走り出した。

メイジーの瞳 評価

  • 点数:80点/100点
  • オススメ度:★★★★☆
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★★☆☆
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2012年
  • 上映時間:99分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ、ラブストーリー
  • 監督:スコット・マクギー、デヴィッド・シーゲル
  • キャスト:ジュリアン・ムーア、アレキサンダー・スカルスガルド、オナタ・アプリール、ジョアンナ・ヴァンダーハム etc

メイジーの瞳 批評・レビュー

映画『メイジーの瞳』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

少女の演技が上手

6歳の少女が大人の勝手な都合だけで感情を押し殺し、流されるまま生きている、そんな雰囲気を少女が良く演じている。
この少女はわがままを言うわけでも、可愛くないことを言って寂しさを紛らわせているわけでもない。
ただひたすら親の愛情を信じ、一緒にいたいそれだけなのだ。
その健気な雰囲気をもともと持っている子役なのだろう。
この脚本と鑑賞者のニーズに合った演技を見せてくれる。

頭に来る大人の事情

この物語はまず子供を持つ親なら、また普通の感覚を持ち合わせている人間であれば腹立たしいストーリーだ。
最初は子供を愛し親権を奪い合うという必死さを見せながら、居なくなってみるとそれはそれで楽になってしまう。
もちろんそう言う台詞は無く、どちらの親も愛しているようには見えるが非常に自分勝手な愛なのだ。
子供が求めているものを与えているわけでは無く、自分が与えたい時に与えたいだけという手法。
それがどうにも頭に来る。

しかしこのような親は現在問題になりつつある。
そう思うとリアルな社会問題を描いていると言っても良いかもしれない。
日本でもこのような作品は勇気を持って一般化して、多くの人に見て欲しい。

他人の愛情と優しさ

マーゴとリンカーンはそれぞれ他人。
メイジーとは血の繋がりなど何も無い。
最初リンカーンが学校に来たときはメイジーの身に何かあるのでは無いか?と疑ってしまった自分を一喝したい。
何といい奴だろう、リンカーン。
娘でもそうは出来ないと思うくらいの愛情をメイジーに与えてくれる。
まさに無償の愛だ。
親でも勝手な振る舞いをとるということと、他人でも我が子のように愛する、という2つの愛情をうまく比較して表現している。

メイジーの瞳 感想まとめ

このようなジャンルの映画はありそうで無い。
いや、正確に言うとあるのだろうが日本ではあまり人気が無い。
だからあまり見る機会は無かった。

本作品で伝えたいこと。
それはタイトル通り6歳のメイジーから見た大人の姿。
勝手な愛情、所有欲、素直な愛情、他人の愛。
ただ見るだけでこの映画の奥深さを味わうことが出来る。
非常に魅力的な作品となっている。

特にメイジー役の少女の平凡を装う非凡な演技が素晴らしく目を見張る物がある。
彼女の演技を見るだけで価値のある作品だ。

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