『マーサの幸せレシピ』あらすじ感想とネタバレ映画批評・評価

マーサの幸せレシピの概要:「マーサの幸せレシピ」(原題:Bella Martha, 英題: Mostly Martha)は、2001年のドイツ映画。監督はザンドラ・ネッテルベック。主演はマルティナ・ゲデック。共演にセルジオ・カステリット、ウルリク・トムセン、マクシメ・フェルステなど。

マーサの幸せレシピ

マーサの幸せレシピ あらすじ

映画『マーサの幸せレシピ』のあらすじを紹介します。

ドイツのフランス料理店で働くマーサ(マルティナ・ゲデック)は絶対的な味覚を持つ一流女性シェフだが、料理の事が頭から離れない神経質な女性である。ある日、彼女が勤めるレストランに姉の訃報が入り、マーサは悲嘆に暮れ仕事も手につかなくなる。そして亡くなった姉一人に育てられていた8歳の娘リナ(マクシメ・フェルステ)とマーサは一緒に暮らすことになり、彼女の生活は大きく変わり始める。マーサの料理を拒むリナは殆ど何も食べずに、中々言うことを聞いてくれない。そして彼女が少し休んでいる間にレストランでは、マーサの代役として陽気なイタリア人シェフのマリオ(セルジョ・カステリット)が厨房で楽しそうに料理をしていた。仕事に行かなければならないマーサはベビーシッターを頼むがリナはそれも受け付けない。マーサは学校帰りのリナを職場に連れて行き厨房で野放しにしておいたが、そこでマリオの食べているスパゲティの残りを、おいしそうに食べているリナを発見する。毎日学校帰りにレストランへ行く事が日課になったリナは次第に打ち解けるようになり、休日はマーサの家でマリオのイタリア料理を食べたいと言い始める。当初彼を嫌っていたマーサも、マリオの優しさと愛情のこもったイタリア料理に心が和み、次第に彼を愛し始めていた。そんな矢先、マーサはリナが学校をさぼって徘徊している事を知り、さらには父のいるイタリア行きの切符を買おうとして補導されてしまい、自分が母親代わりになれないと知り落ち込む。その夜、料理を持って家にきたマリオとマーサは結ばれた。翌朝、マーサが探してあげていたリナの父ジュゼッペ(ディエゴ・リボン)が現れ彼女を引き取って行く。マーサはリナを失い心を痛めマリオにきつくあたり、店では店長と口論の挙句に辞めてしまう。そんなマーサはマリオと共にリナの許へ向かっていった。

マーサの幸せレシピ 評価

  • 点数:85点/100点
  • オススメ度:★★★★☆
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★☆
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2001年
  • 上映時間:105分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ、ラブストーリー
  • 監督:サンドラ・ネットルベック
  • キャスト:マルティナ・ゲデック、セルジオ・カステリット、ウルリク・トムセン、マクシメ・フェルステ etc

マーサの幸せレシピ 批評 ※ネタバレ

映画『マーサの幸せレシピ』について、2つ感想批評です。※ネタバレあり

料理というものの難しさがリアルに描かれた作品

料理は人を和ませもすれば不機嫌にもさせる。食べる側だけでなく作る側もまたしかりである。子供のリナにとって、マーサが拵える手の込んだレシピよりもマリオの作った普通のスパゲティが喜ばれるのは、その料理の背景の問題なのである。子供の味覚は正直だと言うが、それも育った環境によって育まれるものなので、一概に子供の味覚が鋭いとは言い切れない。マリオは陽気なイタリア人であり、マーサは厳格なドイツ人。子供が厳格な食事を選択する方がおかしいのである。ドイツだろうがフランスだろうがイタリアだろうが、その背景においしいと思う理由があってこそ味覚が出来上がって行くのは明白である。マーサは料理人としての腕は一流ではあるが、偶然に母親代わりになってしまい、たった一人の子供の味覚を満足させられない。”愛情”というスパイスを持っていなかったマーサは、マリオというイタリア人にそのスパイスを教えてもらうことになる。料理というものの複雑さを感じ取るところの感覚は、そういうところで子供の方が鋭いというのが正解なのだろう。

不確かなものを確かだと言って出す厄介な世界

日本でもグルメブームがいつまで続くのかというような背景があり、B級グルメなどという言葉が生まれてからも久しく、ネットのクチコミなどで遠方まで数百円のものを食べに行くような飽食の時代である。行列を作ってまでモノを食べに行くという感覚が浸透してしまった現代ではあるが、家庭料理というものは隅に追いやられてしまっているのではないだろうか。何でもかんでも「レシピ」というものに頼ってしまい、感覚という大事なものを刷り込みにより忘れ去られてしまっているような部分もある。旨いものを食べに行くという事もレジャーの一環として大事だろうが、旨いものを自分で作って食べようという意図が、本作の中には見え隠れしているような感じが見受けられた。

マーサの幸せレシピ 感想まとめ

料理というのはまず自分で拵えて自己満足するものではないだろうか。人にあてがってもらいながら、旨いとかまずいとかよく喧嘩の原因にもなる話であるが、文句言うのなら自分で作るという方向に持ってゆく事ができたら諍いはあまり起こらないのだろうが、料理が出来ない人も出来る人も、何かにつけて他人の料理には文句を付けるという場面はリアルな世界でもよく見かける話だ。本作にも登場するような、せっかくの楽しい食事の場を台無しにするようなマナー違反の客というのも幾度か見かけた事はあるが、客観的な映画としてそういったものを観ると、胃がキリキリ痛み出すような雰囲気が出ていて少々やるせない。食事を出す現場って大変なんだなというのが如実に描かれているが、観る側としては食欲が減退するような場面の多いことが何ともリアルである。幸せのレシピは乗り越えなくてはならない壁が高いのだ。

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