映画『モスクワは涙を信じない』あらすじネタバレ結末と感想

モスクワは涙を信じないの概要:夢を叶えるためモスクワで奮闘する3人の女性たちの友情と人生模様を生き生きと描いたヒューマンドラマ。第53回アカデミー外国語映画賞受賞作。1980年公開のソ連映画。

モスクワは涙を信じない あらすじネタバレ

モスクワは涙を信じない
映画『モスクワは涙を信じない』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

モスクワは涙を信じない あらすじ【起・承】

1958年、モスクワ。カテリーナ(以下カーチャ)(ヴェーラ・アレントワ)は工場で働きながら技師になるため猛勉強をしている。同じような境遇のリュドミーラ(以下リューダ)(イリーナ・ムラヴィヨワ)とアントニーナ(以下トーシャ)(ライサ・リャザノワ)と一緒に女子寮の3人部屋で暮らし、助け合って生きていた。

リューダは平凡な人生を嫌い玉の輿に乗ろうと躍起になって男探しをしていた。おとなしいトーシャは農園の息子ニコライと結婚を前提に付き合っている。

カーチャはモスクワの高級マンションで暮らす伯父から1か月の留守番を頼まれ、リューダと束の間の贅沢生活を始める。リューダは男たちをマンションに招待してパーティーを開き、2人は大学教授を父に持つ姉妹になりすます。

カーチャはそこでテレビ局に勤務するルドルフと出会い恋に落ちる。しかし最初に嘘をついたことを言えないままカーチャは妊娠してしまい、真実を知ったルドルフに冷たく捨てられる。トーシャはニコライと、リューダはプロホッケー選手のグーリンと結婚を決め女子寮を出て行き、カーチャは1人になってしまう。

数ヶ月後、カーチャは未婚のまま娘を出産し、仕事と勉強を続けながら1人で子育てを始める。トーシャとリューダとの友情は続いていたが、カーシャはあまりのつらさによく1人で泣いていた。

モスクワは涙を信じない あらすじ【転・結】

20年後。娘も大学生となり、カーチャは3000人の部下を持つ工場長にまで出世していた。トーシャはニコライと平和な家庭を築き3人の息子の母親になっており、リューダはアル中になってしまったグーリンと7年前に離婚していた。

カーチャはバリバリ仕事をこなし、プライベートでは妻子ある男性と不倫関係にあった。しかしやはり心は満たされず、今も1人になると涙を流していた。

トーシャの家にみんなで集まった帰り、カーチャは電車でゴーシャ(アレクセイ・バターロフ)という男に声をかけられる。ゴーシャはカーチャを自宅まで送り、翌日また姿を現していきなり彼女にプロポーズする。腕のいい組立工で友人からも愛されているゴーシャにカーチャも運命を感じていた。

テレビ番組の撮影でカーチャはルドルフと20年ぶりに再会し、ルドルフはすっかり出世したカーチャに興味を持つ。現在のルドルフは惨めな人生を送っており、娘に会いたいと言い出す。カーチャははっきり断ったが、ゴーシャと娘と3人で食事をしている時に突然ルドルフが自宅にやってくる。事情を察したゴーシャは黙って帰ってしまう。

それから8日間ゴーシャは姿を見せず、泣き暮らすカーチャを心配してトーシャ夫婦とリューダが来てくれる。ニコライはゴーシャの自宅を見つけ出してゴーシャを説得し、カーチャの自宅に連れ帰ってくれる。カーチャは隣で食事をするゴーシャを見つめながら“長い間あなたを待っていたのよ”と嬉しそうに告げる。

モスクワは涙を信じない 評価

  • 点数:85点/100点
  • オススメ度:★★★★☆
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★☆
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:1979年
  • 上映時間:150分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ
  • 監督:ウラジミール・メニショフ
  • キャスト:ヴェーラ・アレントワ、アレクセイ・バターロフ、イリーナ・ムラビヨーワ、ライサ・リャサーノワ etc

モスクワは涙を信じない 批評・レビュー

映画『モスクワは涙を信じない』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

モスクワは涙を信じないとは

熱血青春映画などで“人は泣いた数だけ強くなれるの!今は思いっきり泣きなさい!”などと言って相手を励ます先生や友人をよく見かけるが、この映画は“泣いてもしょうがない、泣いたところで何も変わらないぞ”と言っている。「モスクワは涙を信じない」というタイトルがまさにそういう意味だ。

主人公のカーチャは若い頃も20年を経て仕事での成功を手に入れてからも、1人でさめざめと泣いている。カーチャは確かにひどい目に遭っているので同情したくもなるが、冷めた見方をすれば自業自得。ルドルフという中身のない男に惚れたのも自分だし、妊娠するようなことをしてしまったのも自分だ。くだらない男と不倫しているのも然り。それでもカーチャは朝が来ればシャキンとして、人に涙は見せない。

しかしずっと1人で泣いてきたカーチャがゴーシャに見捨てられた時だけ友人の前で号泣する。最後には集まった女3人が一緒に泣き始める。何がどうというのではない。みんなどこかで子供のように思い切り泣きたいのだ。大人はそれをぐっとこらえて、自分で自分の尻を叩きながら生きている。つまり「モスクワは涙を信じない」というのは、気を緩めたら泣き出しそうな自分を励ますための言葉なのだろう。

ウラジーミル・メニショフ監督の眼差し

この作品の最大の魅力は登場人物がみんなどこか憎めない可愛らしさを持っていることだ。どの人物にもそれなりの欠点があるのだが、その愚かな部分こそが人間の愛しさなのだとウラジーミル・メニショフ監督は教えてくれる。

私はこういう眼差しで人を見る監督が好きだ。この視点を持つためには偏見の目を捨て、人間そのものを見つめる力がなければならない。その人の持ち物や肩書きや美醜ではなく、目に見えない心の奥底に何があるかを見極めることができる監督は、人生の本質もしっかりと見つめている。そのため作品に真実味と説得力がある。こういう作品は観客の人生も豊かにしてくれる。

モスクワは涙を信じない 感想まとめ

140分と上映時間は長いがまだまだ先が見たくなるような作品だ。つまり面白い。人物設定が非常に秀悦で各キャラクターが生き生きとしているので、ずっと彼女たちの人生を見ていたいと思ってしまう。それだけ人間が丁寧に描かれているということだろう。もちろんストーリー展開もいい。

この作品がさっぱりわからないという人は少ないのではないだろうか。主人公が女性なので女性の方が共感しやすい点は多いが、誰が見てもどこかに共感性を見出せるはずだ。平凡に見える人たちの人生にもいろんなドラマがある。そういう人たちの小さな波乱万丈こそ面白い。1人で泣きたいような時に見ると、きっとパワーをもらえる。

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