映画『俺たちは天使じゃない(1989)』あらすじネタバレ結末と感想

俺たちは天使じゃない(1989)の概要:1955年に製作された同名映画を1989年にニール・ジョーダン監督がリメイクした。実力派のロバート・デ・ニーロとショーン・ペンが脱獄犯のコンビをコミカルに演じた秀作。

俺たちは天使じゃない あらすじネタバレ

俺たちは天使じゃない
映画『俺たちは天使じゃない(1989)』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

俺たちは天使じゃない あらすじ【起・承】

1935年アメリカ。カナダ国境近くの刑務所で、殺人犯のボビー(ジェームズ・ルッソ)が公開処刑されようとしていた。ボビーと親しかったネッド(ロバート・デ・ニーロ)とジム(ショーン・ペン)は、ボビーの処刑を見届けることになる。電気椅子に座らされる直前、ボビーは隠し持っていた銃で看守を殺害。ボビーに巻き込まれ、ネッドとジムも勢いで脱獄してしまう。

夢中で逃亡するうちにボビーとは離れ離れになり、ネッドとジムは車で鹿を轢いてしまったおばあさんに会う。おばあさんに怪しまれないため2人は神父だと嘘をつき、国境を越える橋のある町へ連れて行ってもらう。

すぐにも橋を超えてカナダへ行きたかったが、脱獄犯を捜すため町は警察だらけだった。修道院のレヴェスク神父(ホイト・アクストン)は2人を祭りに招待していた著名な宗教学者だと勘違いし、修道院に連れて行く。後戻りできなくなった2人は神父のフリをして修道院に滞在し、橋を渡る機会を伺う。

ネッドは聾唖者の娘を女手ひとつで育てているモリー(デミ・ムーア)と知り合う。お人好しのジムは修道僧に慕われ話をするうちに、修道院に愛着を感じ始める。町には刑務所の鬼所長と刑務官たちも捜索に訪れ、2人はますます逃げにくくなっていく。

祭りの日に修道院の神父たちがカナダまで行列すると聞き、ネッドは行列に参加して逃亡することにする。しかしジムは行くべきか迷い始めていた。

俺たちは天使じゃない あらすじ【転・結】

祭りの日。行列に参加するには一緒に連れて行く障害者が必要だとわかり、ネッドはモリーに娘を貸して欲しいと頼む。苦労人のモリーは金にうるさく、100ドル払えと言い出す。

100ドルを用意するためジムがお賽銭を盗んでいる間に、ネッドは脱獄犯が撃たれたという騒ぎを聞きつけ現場へ行く。ネッドは祈りを捧げるよう促され、ボビーに気づかれてしまう。ボビーは「自分を助けなければ正体をバラす」とネッドを脅す。

広場ではお祭りの説教者を決めるくじが引かれ、ジムが当たってしまう。多くの聴衆の前で説教する羽目になったジムは、適当なことを言っているうちに気持ちがこもり、聴衆を感動させる。モリーもジムの話に心を打たれ、お金なしで娘を託してくれる。

その間にネッドはボビーを連れ出し、マリア様の御神輿にボビーを隠す。橋の中間地点で行われる儀式の最中、ボビーの傷から血が滴り落ちる。神父たちがそれに気付き騒ぎ出したので、ボビーは銃を持ってモリーの娘を人質にとる。ジムはボビーに飛びかかってもみ合いとなり、ボビーは警察に射殺される。モリーの娘はマリア様と共に川へ転落し、ネッドが川へ飛び込む。娘を抱きかかえたネッドは濁流にのまれ川に沈むが、マリア様と共に水面に浮上することができた。

助けられたモリーの娘は喋れるようになっており、この奇跡にモリーや神父たちは感激の涙を流す。しかし娘はネッドを指差して“脱獄犯人”と言い出し、ネッドとジムは観念してそれを認める。神父たちは驚くが“神は赦し給う”と言って、2人を見逃してくれる。

その後、ネッドはモリー親子とカナダへ行き、ジムは修道院に残る道を選ぶ。

俺たちは天使じゃない 評価

  • 点数:90点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:1989年
  • 上映時間:107分
  • ジャンル:コメディ、ヒューマンドラマ
  • 監督:ニール・ジョーダン
  • キャスト:ロバート・デ・ニーロ、ショーン・ペン、デミ・ムーア、ホイト・アクストン etc

俺たちは天使じゃない 批評・レビュー

映画『俺たちは天使じゃない(1989)』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

冒頭から釘付け

のっけからすごい。薄暗い刑務所に大勢の受刑者たち。冷酷そうな鬼所長とただならぬ雰囲気の死刑囚ボビー。処刑されるのかと思いきや、突然の脱獄劇。否応なく巻き込まれて脱獄犯となったネッドとジムのこれからが、気にならないはずはない。

そこからも2人の正体がいつバレてしまうかわからないという緊張感が持続し、しかもハラハラさせるシチュエーションが数分おきにやってくる。これでもかというくらい次々とアクシデントが起こり、観客を飽きさせない。しかもその中に笑いまで入れてくるのだから、それは夢中になる。全く画面から目が離せない。この脚本と演出は秀悦だ。

名コンビ

ロバート・デ・ニーロの演じるネッドとショーン・ペンの演じるジムのバランスがいい。漫才コンビに例えるならネッドがツッコミでジムがボケの役割を果たしている。

ネッドは常に国境を越える方法を模索している。早く自由の身になってとにかく遊びまわりたい。しかしジムは捕まりたくないとは思っているが、遊びたいというような願望は薄い。むしろ危険を冒して国境を越えるより、修道院で暮らしてもいいとさえ思い始める。2人の過去については触れられていないが、2人の性格や行動からそのバックグラウンドが何となく見えてくる。つまり人物に奥行きがあるのだ。

もともとの人物設定もよくできているが、やはりキャスティングは大きい。何とかピンチを脱しようと頑張るネッドをデ・ニーロが表情豊かに演じ、何となくピンチを脱してしまう天然気味のジムをショーン・ペンがうまい間合いで飄々と演じる。特にショーン・ペンはこのジムという役にドンピシャではまっている。デ・ニーロもやりやすかっただろう。この2人は実にいいコンビだった。

脇役もいい

ホイト・アクストンの演じたなぜか落ち着くレヴィスク神父や、ジョン・C・ライリーの演じた気の毒なくらいに純粋な若き修道僧など、脇のキャラクターや役者陣も素晴らしい。

デミ・ムーアの演じるモリーと浮気をしてしまったとネッドのところへ懺悔に来る警察官役はブルーノ・カービーだ。彼は「ゴッドファーザー パート2」で若き日のクレメンザを演じ、その存在感を示した。本作でも出番は少ないがモリーとネッドを引き合わせる重要な役どころで、とてもいい芝居を見せてくれる。年齢を重ねて活躍しそうな役者だっただけに、57歳の若さで亡くなったことはとても悔やまれる。

主演だけでなく脇役のキャスティングがしっかりしている作品は、どのシーンにも味わいがあり、見ていて嬉しくなる。

俺たちは天使じゃない 感想まとめ

いやいや、実に面白かった。丁寧に作り込まれた良質の映画を見たという充実感で満たされた。刑務所、国境のある町、修道院の雰囲気も良くできており、特に修道院の中は好きだった。外は警察でいっぱいで、常にハラハラさせられるが、修道院の中だけは別世界のように静かだ。見ているだけで心が洗われるような気がしてくる。だからジムの気持ちがよくわかる。ジムの演説も良かったし、優しい結末にもホッとした。

これは文句なしにオススメの一本。とてもいい映画。素直にそう思える。

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