『俺たちに明日はない』あらすじとネタバレ映画批評・評価

俺たちに明日はないの概要:「俺たちに明日はない」(原題:Bonnie and Clyde)は、1967年のアメリカ映画。監督は「奇跡の人」のアーサー・ペン。クライド役は「ローマの哀愁」のウォーレン・ベイティが制作も兼任する。ボニー役に本作が出世作となったオスカー女優のフェイ・ダナウェイ。本作は1930年代にアメリカ各地で強盗を繰り返した、クライド・バロウとボニー・パーカーの実話を元に描かれている。1992年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

俺たちに明日はない

俺たちに明日はない あらすじ

映画『俺たちに明日はない』のあらすじを紹介します。

1930年代、恐慌時代のアメリカのテキサス。刑務所を出てきたばかりのクライド(ウォーレン・ベイティ)が駐車中の車を盗もうとした際、近くの2階から声をあげて邪魔をしたのが、車の持ち主ボニー(フェイ・ダナウェイ)だった。それが二人の最初の出会いだったが、クライドはボニーの気の強さに、ボニーはクライドの図太さに惹かれ合う。意気投合した彼らは、次々と場所を渡りながら盗みをくり返してゆく。ガソリンスタンドの店員、C・W(マイケル・J・ポラード)を加え仲間は三人になるが、銀行強盗の最中、C・Wのミスによりクライドは殺人を犯してしまう。面の割れていないボニーを帰そうとするクライドだったが、ボニーは残ると言い張る。やがて一味はクライドの兄、バック(ジーン・ハックマン)とその妻、ブランチ(エステル・パーソンズ)を加え5人となる。一行は手配書が行き届かないと思われるミズーリに移るが、忽ち警察に隠れ家を突き止められ銃撃戦の末に難を逃れる。一味は犯行を重ねて行き、世間の注目も高まっていった。

銀行強盗を更に重ねる一行だが、ボニーとブランチの諍いは一触即発状態だった。そしてホームシックのボニーのため、一行は彼女の故郷に向かうが、ボニーの母は犯罪者となった娘に冷酷な態度を取る。アイオワに移った一行は、滞在中のモーテルで警官隊に包囲される。装甲車まで出動された激しい銃撃戦が展開され、バックとブランチは重傷を負ってしまう。その場はどうにか包囲網を突破したが、翌朝に再び急襲され、負傷しながらもクライド、ボニー、C・Wは何とか逃げ出したが、バックは死亡しブランシュは逮捕される。三人は隠れ家を求め逃走を続け、そして唯一名前の知られていないC・Wの父親の農場に辿り着き回復に努めた。テキサス警備隊のヘイマーはブランチからC・Wの名前を巧みに聞き出す。ボニーは自分たちのことを詩にまとめ新聞に投稿する。それを読んで喜ぶクライドはついにボニーと結ばれる。C・Wの父親は息子の命とひきかえにボニーとクライドの隠れ場所をヘイマーに密告した。車で街へ買い物に出かけた二人に、待ち伏せていた警官隊が立ちはだかり、やがてクライドとボニーに銃弾が雨あられと降り注いだ。

俺たちに明日はない 評価

  • 点数:95点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:1967年
  • 上映時間:122分
  • ジャンル:アクション、サスペンス
  • 監督:アーサー・ペン
  • キャスト:ウォーレン・ベイティ、フェイ・ダナウェイ、ジーン・ハックマン、マイケル・J・ポラード etc

俺たちに明日はない 批評 ※ネタバレ

映画『俺たちに明日はない』について、2つ批評します。※ネタバレあり

アメリカン・ニューシネマの傑作

ダンディに装ったクライド。ブロンドをなびかせ着飾るボニー。組織に属さないギャングの二人は子供が悪さをしているようにさえ映る。そして世間に名が知れ渡った強盗でありながら、リッチに着飾る二人が家族の許へ帰る姿は、立身出世を親に褒めてもらいたいような姿にさえ思われる。半世紀近く経った今も新鮮に映る理由は、そういった不確かな人間像を描いているためだろう。暴力的ながらも繊細さを併せ持つボニーとクライド。バック夫妻の愛情、子を思う親心。抜き差しならない状況において、それでも心のより所を求めようとする人間の微妙な心理が描かれている。ニューシネマの中ではおいそれとハッピーエンドは訪れない。青春後期という不確かな時期に揺れながら、大人へと変貌する時期のあがきみたいなものが常に背景に流れている。それはどんな時代にも若者が経験してゆくターニングポイントでもあり、成長過程の最終段階といったものだろう。大人になるということを受容し戦い続けねばならないスタートラインを提示し、あがき続けるかケリをつけて終わらせるか、ある種のタナトスに支配された世代の精神世界をリアルに描写しているのである。

明日なき暴走の爽快さ

いわゆる明日なき暴走というものの、無常観と爽快感を二つの視点で捉えられた作品だろう。ここで描かれる犯罪者の心理とは綿密に用意されたものではなく、突発的な衝動に駆られたような描かれ方である。世界恐慌という世間の中で明日を夢見ることも出来ず、日々を生き抜いてゆく術も無くした刑務所帰りの若者。塀の中へ帰るのも厭わずに盗みを働くというのは、正しく明日などを考えていては生きていられない状況なのだろう。そしてそういった犯罪を断ち切るために、極限の方法で根絶やしを計る権力の姿も、正義というものがどのようにでも変質するという典型だろう。そしてそれに巻き込まれたボニーの、普段の生活からはあり得ないような運命に翻弄される展開も、非現実的でありながらいつそうなっても仕方がないという時代だったのかも知れない。暴力的ではあるが、生き様や道徳と言った堅苦しいものを脱ぎ捨ててしまう、爽快感みたいなものさえ感じられる作品でもある。

まとめ

映画のラストシーンというものにおいて本作の残した衝撃は計り知れないものがあるだろう。大量の弾丸を浴びながら踊るように倒れた身体が静止することなく小刻みに動く。実話を元にしている話だが、新聞への投稿などが実際のところはどうだったのだろうと、読んでみたい気も起こってくる。本作が公開された1967年という年は、アメリカでもベトナムへの反戦の声が高まる中にあり、自由というものが若者の間で大きく採り上げられ、その動きに反応するようにボニーとクライドを英雄視する時代背景があったのかもしれない。

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