『理由(1995)』あらすじ感想とネタバレ映画批評・評価

理由(1995)の概要:「理由」(原題:Just Cause)は、1995年のアメリカ映画。監督はアーネ・グリムシャー。制作総指揮と主演は、「007シリーズ」、「レッド・オクトーバーを追え!」、「アンタッチャブル」などの名優ショーン・コネリー。共演に「ボビー・フィッシャーを探して」のローレンス・フィッシュバーン。「ブラック・レイン」のケイト・キャプショー、「アビス」のエド・ハリスなど。

理由

理由 あらすじ

映画『理由(1995)』のあらすじを紹介します。

1986年フロリダ州オチョピー。ある日、黒人青年ボビー・アール(ブレア・アンダーウッド)の自宅へ地元の警官のウィルコックスが訪れ、ボビーを連行し取調室で暴力を振るっての尋問に掛ける。そんな中、死刑反対論者であるハーバート大学の法学部教授ポール・アームストロング(ショーン・コネリー)の討論会に、エヴァン(ルビー・ディー)という老婦人が訪ねた。彼女は少女誘拐殺人の濡れ衣を着せられ、死刑監房に入れられている孫の命を助けて欲しいと申し出る。彼女の願いを一度は断ったポールだったが、もと弁護士の妻ローリー(ケイト・キャプショー)の説得で、事件の真相を究明することになる。フロリダに飛んだポールは刑務所のボビーと面会、彼は警官タニー・ブラウン(ローレンス・フィッシュバーン)らの、丸一日掛けての苛酷な取調べに屈し、身に覚えのない自白を強要されて自分が犯人であると告げたと語る。ポールは事件の起こったオチョビーに赴き、閉鎖的な町の実体を知り、黒人というだけで煙たがられていたボビーの身の上と、彼を犯人に仕立てるため中途半端な捜査が行なわれたことを確信する。再度刑務所に出向いたポールはボビーの口から、同じ死刑囚であり連続殺人鬼のブレア・サリバン(エド・ハリス)が真犯人であると知らされ、ブレアも誇らしげに自分の犯行だと語る。ボビーの無実を立証できる様々な証拠を手にしたポールは再審を要求し、ボビーは勝訴し釈放された。やがてポールの妻ローリーと娘がボビーに誘拐される。ボビーの本当の目的はローリーを殺すことだった。ボビーは少女殺人事件の前に犯罪を犯して逮捕されており、その時警官たちの虐待に遭って去勢されてしまった。その事件の担当弁護士がローリーであり、彼女を逆恨みしたボビーは復讐を決意するが、オチョピーでの少女殺しのため刑務所に入れられてしまった。目的を達成するためには無実を勝ち取って出所するしかなく、そこで法律学者でローリーの夫であるポールに目を付けた。ポールはボビーが真犯人であると見抜いていたタニーと協力し、ボビーに連れ去られた妻と娘の後を追跡する。

理由 評価

  • 点数:30点/100点
  • オススメ度:★★☆☆☆
  • ストーリー:★★☆☆☆
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★☆☆☆
  • 演出:★☆☆☆☆
  • 設定:★★☆☆☆

作品概要

  • 公開日:1995年
  • 上映時間:102分
  • ジャンル:アクション、サスペンス
  • 監督:アーネ・グリムシャー
  • キャスト:ショーン・コネリー、ローレンス・フィッシュバーン、ケイト・キャプショー、ブレア・アンダーウッド etc

理由 批評 ※ネタバレ

映画『理由(1995)』について、2つ感想批評です。※ネタバレあり

ミステリーとしての手法にこだわりすぎ、ディティール描写に欠如する内容

アメリカ南部の街で起こった少女の殺人事件を背景に、濡れ衣を着せられた黒人青年を助けようと主人公が真相を追及する中、思いもよらぬ衝撃の事態に直面するサスペンス。ショーン・コネリー演ずる主人公のポールが、法学部教授という学者でありながら個人的に犯人のボビーの冤罪を晴らすため奔走するのだが、冒頭からボビーへの取り調べ室での暴力描写で。観る人間は完全に警官が悪いという概念をすり込まれる。しかしその刷り込みの仕方が中途半端であり、最終的にボビーの捏造だったのかどうかという描写がない。リアリティを追求しているような描き方をしている割には、辻褄の合わせ方が曖昧なのである。そして犯人ボビーが大学卒でありエリートの黒人であるという設定で、ボビーの描かれ方がどうにもぎこちなく、最初は真っ直ぐな目をして柔和な表情なのだが、物語中盤辺りから表情や態度でボロを出すようなシーンが多い。知能犯らしからぬ態度の変わり方にリアリティがなく、ひょっとしてコイツの冤罪は裏があるなというところが見え見えなのである。制作総指揮と主演のショーン・コネリーというところでカバーされているかも知れないが、辻褄合わせの演出を見せるカラクリに慎重さが足りない感じだ。シナリオが練り込まれていないという点ではミステリー映画独特の「やられた」という気持ちが起こらなかった。

ショーン・コネリーもどことなく威厳がない

ショーン・コネリーの教授役もどこか弱々しく威厳がないように思える。見た目は渋いのだが所々で必要のないヘタレな演技が観られガッカリするところを感じる。この人のイメージが定着してしまっているというのもあるのだろうが、「レッド・オクトーバーを追え」や「ザ・ロック」のような、英国紳士的な威厳を感じられないのである。ショーン・コネリーの個人的なファンは残念な感じがするのではないだろうか。エド・ハリスのクレイジーな演技だけが際立ち、その辺もあるのか物語の展開も緊張感が薄かった。真犯人のボビーが知能犯らしく陰湿な一面を強調されれば、もっとインパクトは強かったのかも知れないが、全体的に役者の演技にぎこちなさがつきまとい、中途半端な内容になってしまった感が強く残った。

理由 感想まとめ

監督がイマイチだったのか、ショーン・コネリーがイマイチだったのか、それともシナリオなのか。はっきりと悪い原因が分からない作品である。ネタバレではあるが、もう最後の演出なんかはボビーがワニに襲われてしまうという展開が手に取って解るような情けなさである。これだけの性格俳優が出ていながら後に残るものがないという映画も希である。原作が小説という内容からすれば、原作もこんな感じなのだろうか。全てにおいて中途半端なところであるがゆえに、監督のせいにしてしまうのが一番いいのかも知れない。
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