映画『最後のマイ・ウェイ』あらすじネタバレ結末と感想

最後のマイ・ウェイの概要:野望に満ちて、不器用で、孤独で、音楽の神様に微笑まれなかった男が居た・・・『マイウェイ』の作者、クロード・フランソワの生涯を描くドラマ。

最後のマイ・ウェイ あらすじネタバレ

最後のマイ・ウェイ
映画『最後のマイ・ウェイ』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

最後のマイ・ウェイ あらすじ【起・承】

厳格な父・エメ(マルク・バルベ)と、おおらかなイタリア人母シュファ(モニカ・スカティーニ)との間に生まれた
クロード・フランソワ(ジェレミー・レニエ)は、青年期まで、エジプト・スエズ運河近郊で裕福に育っていた。

しかし’56年、スエズ運河国有化の為、父が職を失い、一家はモナコに移住。
クロードは銀行に勤めながらモンテカルロ楽団でドラマーとして活躍し、歌手としても知られる様になった。
英国人ダンサー・ジャネット(モード・ジュレ)と結婚するものの、父エメは『大道芸人の息子は要らない』と拒絶し、’61年にこの世を去る。

クロードは、鼻の整形から選曲まで拘り、フィリップレコードに売り込み続け、何とかレコードデビューを果たしたがコケてしまった。
しかしジャネットは、当時売れっ子だったジルベール・ベコーに浮気し、結婚生活は破綻。

そんな時クロードは、敏腕マネージャー・ポール(ブノワ・マジメル)を紹介され、常に昇り龍の様に挑戦し続けるようになる。
自ら歌詞を手に入れた『ベルベルベル』で巻き返しを図り200万枚のヒットを飛ばし、憧れのオランピア劇場でソロ公演を打ち出し、
アイドルのフランス・ギャル(ジョセフィーヌ・ジャピ)と極秘交際するまでに到る。

が、ギャルが『恋するシャンソン人形』でヒットを飛ばすと、クロードは嫉妬し、破局してしまう。
それから彼のステージはマンネリ化してしまうのだが・・・

最後のマイ・ウェイ あらすじ【転・結】

クロードは、ポールの辛辣な指摘を受けて、舞台演出を一新。
真っ赤なスーツに、フランス初の黒人ダンサーユニットによる『クロデット』を結成。自らのレーベルも立ち上げた。

逆境の中、’67年彼が書き上げた曲が『いつものように』だった。

翌年、クロードの元に、米国から一枚のレコードが届く。彼が尊敬するシナトラが『いつものように』に
英訳をつけ『マイウェイ』とカバーしたのだった。

私生活では、追っかけでもバンド仲間でもない女性イザベル(アナ・ジラルド)と結婚、子供にも恵まれる。
しかし’68年の5月革命から、人気は落ち目となったばかりか、クロードが幾ら稼いでも、母のギャンブルに消えていく事が発覚してしまう。

ポールやイザベルは、愛想をつかしクロードの元を去っていく。
その後も、クロードはモデルエージェンシーを発足させたり、フランスでディスコ音楽を流行らせたりと
精力的に活躍し、過去を顧みる間もなかった。

’78年1月。
ロンドン・アルバートホールで、彼はマイウェイを歌ったクロード。
その後、イースターを前にして、クロードはあっけなく風呂場の事故でこの世を去ってしまう。

最後のマイ・ウェイ 評価

  • 点数:90点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★☆
  • 映像技術:★★★★★
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2012年
  • 上映時間:149分
  • ジャンル:音楽、ヒューマンドラマ、ラブストーリー
  • 監督:フローラン・エミリオ・シリ
  • キャスト:ジェレミー・レニエ、ブノワ・マジメル、モニカ・スカッティーニ、サブリナ・セヴク etc

最後のマイ・ウェイ 批評・レビュー

映画『最後のマイ・ウェイ』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

クロードが名乗り出なかったのは何故

映画で、クロードとシナトラがすれちがう所がある。

ホテルのロビーだろうか、クロードが先にシナトラを見つけ、見つめ、シナトラもまた、クロードの視線に気づく。
だが、シナトラは、そのまま去ってしまう。

映画を観ている者は思うだろう、何故名乗りでなかったのかと、自分があの曲を作ったと。
もし名乗り出ていたら何かが変わったかもしれないのに。
しかし名乗り出なかった事で、あの曲は伝説になったともいえるかもしれない。

彼が後で夭折したことを考えると。

彼らを繋ぎ合わせたのは、天性や才能以上に、周囲に理解されないひたむきさと不器用さなのではないかと思う。

何故『マイウェイ』はシナトラが歌ったのか

フレンチ・ポップスというのは、日本の造語で、フランスでは『ヴァリエテ・フランセーズ』と呼ばれている。
英国や米国のロックをイメージして作曲され、’60年代にフランスで流行した。

ジョニー・アリディ、シルヴィ・バルタン、フランス・ギャルなど、日本でも御馴染みの歌手と違い、
こうした『表舞台を飾った歌手』と違い、近年まで知る人ぞ知る存在だった。

『マイ・ウェイ』の原曲である『いつものように』にしても、元はシナトラの嘆きから生まれた曲である。
シナトラは『自分は他のアーティストには楽曲を提供している。しかし彼らは自分に楽曲を提供してくれない。』
天才が故の悩みである。

本国の人気に、こたえる映画の作り

日本を含む世界では無名な存在のクロードだが、この映画はフランス映画。
本国では『クロクロ』と呼ばれ、’78年3月に突然この世を去ったいまもなお熱烈なファンに支えられている。

映画化は遺族に同意をもってして行なわれた。息子クロードJr曰く
『父の夢は、母国を超えて世界の顧客を獲得する事。それがベストな形で叶う映画ならば。』という事だった。

クロード役を演じたジェレミー・レニエは声以外を総てこなすために、撮影中の半年弱は、毎朝腹筋1200回行なうという
荒業を成し遂げた。

5種類のウィッグと、80種類のオーダメードスーツの衣装を着こなし、毎朝2時間のメイクに耐え続けたというレニエの
意気込みが感じられる作りとなっている。

最後のマイ・ウェイ 感想まとめ

映画の中で、クロードは、マネージャー・ポールの教えの通り『後ろを振り返る事無く前』に進み続けた。
そうしないと半年後には、周囲に忘れ去られる、亡き父親からは認められないだろうという二重の恐怖感からだった。

が、彼が前を向いて走り続けて得たものは、自分の『かりそめの姿』に憧れる熱狂的なファンだった。
その哀しさから、楽団員や家族にクロードは当たり散らし、大事な人間を失うようになる。

彼は亡くなる寸前の1月のロンドン公園で、ドサ周り時代からついてきてくれた団員にこう言う。
僕が場末で歌っていてもついてきてくれるかと。
彼は首を縦に振る。

クロードが、周囲から得たかった返事は、これではないだろうか。
自分にとって大事な人をみつけたい人にお薦めの一作である。

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