『オズの魔法使』あらすじとネタバレ映画批評・評価

オズの魔法使の概要:「オズの魔法使」(原題:The Wizard of Oz)は、1939年のアメリカ合衆国の映画。原作はライマン・フランク・ボームが1900年に発表した児童文学小説「オズの魔法使い」(原題:The Wonderful Wizard of Oz)。監督は本作と同年に公開した「風と共に去りぬ」の大ヒットで一躍名声を得たヴィクター・フレミング。主人公のドローシー役に当時16歳のジュディ・ガーランド。同年のアカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、作曲賞、歌曲賞、特別賞の三つのオスカーを受賞した。

オズの魔法使

オズの魔法使 あらすじ

映画『オズの魔法使』のあらすじを紹介します。

カンザスに住む少女ドロシー(ジュディ・ガーランド)の農場近辺に大龍巻が襲い農場は大騒ぎになった。彼女はベッドにうつぶせになって震えていたが、ふと気づくと、家もろとも大空高く吹きあげられ、やがて落ちたところはオズという国だった。シャボン玉から現われた仙女グリンダから、ここは小人の町だと教えられ、ドロシーの家が落ち「東の魔女」が押しつぶされたと聞かされる。そこへ東の魔女の妹である「西の魔女」が現れ、姉の形見のルビーの靴を持って行こうとしたが、気がつくと靴はドロシーの足にはまっており、西の魔女はグリンダにはかなわないと逃げ出した。

グリンダは西の魔女がドロシーに復讐することを心配し故郷へ帰るよう促すが、帰るためにはそこから遠く離れたエメラルド・シティに住む「オズの魔法使」の協力が必要であり、ドロシーと愛犬のトトはオズの魔法使に逢うためにエメラルド・シティへ向かう。

ドロシーはその道中で「案山子」、「ブリキ男」、「臆病なライオン」に出会う。三人はそれぞれ、自分に欠けているものを求め、案山子は知性、ブリキ男は感情、ライオンは勇気を欲しがっていた。

エメラルド・シティの近所まで辿り着いたとき、西の魔女の魔術に掛かりドロシーとライオンは眠ってしまうが、グリンダの力で目が覚め、ようやく城内に入りオズの大魔王に面会する、大魔王は望みを叶える代わりに西の魔女の箒を持って来るよう命じられる。

ドロシーたちが魔女の城へ向かった途中、森の中で猿の軍勢に襲われ、ドロシーとトトは魔女の城の一室に閉じ込められてしまう。そんな中、仲間の三人は必死で魔女に立ち向かいドロシーを救出し、オズの大魔王に魔女の箒を差し出した。
そこでオズの大魔王が「案山子は旅の困難を切りぬけようと頭を使い、ライオンは危険に立ち向かい、ブリキ人形はドロシーへの涙を流し、皆の願いは果たされた」と述べ賞状と勲章を与える。ドロシーは三人へ共にカンザスへ帰ろうと申し出たが、出発間際で気球は魔法使いだけを乗せて飛び去ってしまった。哀しむドロシーの前に仙女グリンダが現れ、彼女の願いを叶えてくれることになり、ドロシーは仲間に別れを告げ目を閉じ「やっぱり、家が一番」と呟いた。

オズの魔法使 評価

  • 点数:95点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:1939年
  • 上映時間:102分
  • ジャンル:ミュージカル、ジュブナイル、ファンタジー4
  • 監督:ヴィクター・フレミング
  • キャスト:ジュディ・ガーランド、バート・ラー、ジャック・ヘイリー、レイ・ボルジャー etc…

オズの魔法使 批評 ※ネタバレ

映画『オズの魔法使』について、2つ批評します。※ネタバレあり

原題の子供にも見せたい、夢と希望と勇気を与えてくれるファンタジックミュージカル

ドロシーはカンザスの農園に住む天真爛漫な少女である。両親はなく叔母夫婦と住んでいる明るい娘だ。叔母夫婦もドロシーのことを実の娘同様に愛しており、農園には3人の農夫がいて皆いい人ばかりであり、ドロシーは愛犬トトと幸せに暮らしている。何気ない幸せが時代の象徴のように描かれて微笑ましい。

彼女が夢の国を想い歌う名曲「オーバー・ザ・レインボウ」が、このミュージカルになくてはならないエッセンスであり、大人として成長してゆく事を後押しして勇気を与えてくれるメッセージソングでもあるのだろう。どんな時代にも子供の成長を願うメッセージ的な映画は存在するが、アニメばかりでなくこのような実写で作られたファンタジーも、子供の心を想像力豊かにするために必要なのではないだろうか。自分の周辺に起こった出来事を、架空の世界の物語として夢想しながら解決に導きヒントを得るという方法は、紛れもなく大人になったときの生きる知恵や忍耐力にも結びつくのである。

作り物であっても、美しいものは素直に感動できる

冒頭から現実に起こる場面はセピア調で描かれ、オズの国で起こった出来事はカラーになるという特異な設定が物語にファンタジックなアクセントを付けている。

CGなど一切ない時代ながら、そのカラフルな背景描写は子供向けの映画らしく印象的である。そして子供心にトラウマになりそうな”こびと”たちの描写もここでは軟らかく表現されている。この作品と比べるのも変な話であるが「ブリキの太鼓」に比べるとたいした事はない。この時代の映画に”こびと”は不可欠な存在だったのである。表現的には今観たらある意味稚拙な部分が多いが、リアルを必要としない設定ゆえに、学芸会的な身近さも伝わってくるのではないだろうか。子供でも協力し合えば、こういった作品は演じられるのだという楽しさが優先している面では、創造性を育む要素が多く含まれている。

まとめ

この物語はドロシーが観た夢の世界なのか、偶然に訪れてしまった四次元的な世界だったのかは、観た人それぞれの解釈でいいのだが、絵空事であると一笑に付してしまうより、絵空事の重要性を理解できる脳を持つ「ブリキ人形」の方が楽しく生きられるのである。ぎくしゃくとした社会の中で暮らしている現代人には、こういったファンタジーに内包されたカタルシス(心の浄化作用)が必要になってくるのだ。疲れた大人こそ一人でひっそりと観てみるべき作品なのではないだろうか。

Amazon 映画『オズの魔法使』の商品を見てみる