映画『フルートベール駅で』あらすじとネタバレ感想

フルートベール駅での概要:2009年新年を迎えたばかりのフルートベール駅で22歳の黒人青年、オスカー・グラントが警官に射殺されるという実話を基にした映画。

フルートベール駅で あらすじ

フルートベール駅で
映画『フルートベール駅で』のあらすじを紹介します。

2008年の大晦日、12月31日。サンフランシスコに住むオスカー・グラント(マイケル・B・ジョーダン)は恋人のソフィーナと、娘のタチアナとともに目を覚ました。いつもどおりの日常が始まり、オスカーはソフィーナを仕事場へ、タチアナを幼稚園へ車で送り届ける。

この日はオスカーの母の誕生日でもあったため、オスカーは母に連絡を取る。昨年の誕生日は、オスカーが麻薬で刑務所に収監されていたため母の誕生日を祝うことができなかった。そういったこともあり、彼は母に再起を誓うのだった。

新しく仕事を始めようと、スーパーマーケットへ仕事を求めるオスカーであったが、なかなか決まらない。悶々とした思いを抱えたオスカーであったが、時間は夕方になり、その足で母の誕生パーティーへ向かう。

時間は流れ、カウントダウンの花火を見るために娘を置いて電車で出かけたオスカーであったが、電車内で不良にからまれてしまい騒動となってしまう。電車はフルートベール駅に着くと、警察が駆け寄りオスカーを地面に伏せさせるのだった。

フルートベール駅で 評価

  • 点数:75点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2014年3月
  • 上映時間:85分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ
  • 監督:ライアン・クーグラー
  • キャスト:マイケル・B・ジョーダン、オクタビア・スペンサー、メロニー・ディアス、ケビン・デュランド etc

フルートベール駅で ネタバレ批評

映画『フルートベール駅で』について、感想批評です。※ネタバレあり

中立な描き方

実際に起きた事件を描こうとした際に、注意しなくてはいけないのはその映画が語ろうとしているメッセージがどちらか一方の思想にとらわれていないかということである。この事件の場合、罪のない黒人青年を射殺するという行為自体は糾弾されるべきであるが、ややもすれば感情にのみ訴えかけるような映画にもなりかねない。しかしながら、本作では決して善とか悪とかそれ自体をテーマにしているわけではないのだ。本作で描かれるものの大半は射殺された黒人青年がどのような人物かということである。恋人が居て、その間に娘がいる。かつては麻薬に溺れていたが、母に再起を誓い、真っ当な仕事を探していた。ただそれだけである。射殺されるようなことは全くしていないという、彼の正当性を伝えるというよりは彼自身の生活を描くことで、彼自身の人間臭さが表現されているのだ。別に聖人君子でもない、単なる青年である。

憶測を呼ぶ事件

こういった事件が起こると、「被害者側にも何か非があるのではないか」という憶測が飛び交うことがある。実際、オスカーが麻薬関係で捕まっていたことがあることなどを槍玉にあげている人たちも存在したそうである。しかし、それ自体は彼が言われなく射殺されたこととは何の関係もない。

もちろん、何か事件が起きた時に世間一般と逆の見方をするというのも時としては大事かもしれない。しかし、そのときに事件と直接関係のないファクターを持ちだして事件を正当化するというのは正鵠を射たものではない。

彼の日常を淡々と描くことで、冷静に事件について考えるきっかけになるのではないだろうか。

フルートベール駅で 感想まとめ

監督・脚本のライアン・クーグラー自身は黒人であり、おそらく本事件に対しては強い憤りを感じていたと思う。しかし、それを単に感情にまかせて演出の名のもとに誇張するという方向に映画を伸長させなかったのはクレバーかつ冷静な判断だと言えるだろう。

本作をきっかけに事件について考えてみるのも良いだろう。かつてのような人種差別は一見鳴りを潜めたようにも見えるが、根底には未だにそういった差別意識が眠っている人もひょっとすると多いのかもしれない。これは別にアメリカという国に固有のものではない。もちろん国の成り立ちは国によってそれぞれであるし、そういった差別がどこから由来するものかは社会学的にさまざまに分析することができるだろうが、差別意識それ自体はどこの国にも共通するものではないだろうか。

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