映画『銀河鉄道の夜』あらすじネタバレ結末と感想

銀河鉄道の夜の概要:宮沢賢治未完の童話「銀河鉄道の夜」を、杉井ギサブロー監督が劇場用アニメとして映像化した1985年公開の日本映画。登場人物を擬人化して猫としたのは漫画家ますむらひろしの原案による。日本アニメ映画の隠れた傑作。

銀河鉄道の夜 あらすじネタバレ

銀河鉄道の夜
映画『銀河鉄道の夜』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

銀河鉄道の夜 あらすじ【起・承】

ジョバンニは学校で銀河系について授業を受けていた。天の川について先生から質問されたジョバンニは、天の川が星の集まりだと知っていたが、なぜが答えられない。そして、ジョバンニの友人カムパネルラも答えられなかった。

今日は星祭りの日で級友たちはカラスウリを採りに行く相談をしていたが、ジョバンニは仲間はずれにされている。

ジョバンニの父は北の海で漁をしており、長く帰っていない。病身の母と2人で暮らしているジョバンニは、生活のために働いている。
活版所での仕事でもらった賃金で、ジョバンニは角砂糖とパンを買って帰る。

家に帰ると、母の牛乳が届いていなかった。
ジョバンニは夕食を済ませ、母の牛乳を取りに行く帰りに、星祭りを見てくることにする。

牛乳屋には老婆しかおらず、結局牛乳はもらえなかった。
お祭りを見るため十字の広場へ行くと、そこにはザネリや級友たちがいて、ジョバンニは父の仕事のことでいつものようにからかわれる。
カムパネルラはそんなジョバンニを気の毒そうに見ていた。
ジョバンニはつらくなり、1人で町外れの丘へと走り出す。

天気輪の柱の丘でジョバンニは孤独に星空を見上げていた。
すると突然強い光がジョバンニに向かってくる。それは大きな汽車だった。

気がつくとジョバンニはその汽車に乗っていた。
その汽車は銀河を旅する銀河鉄道だった。

ジョバンニの前の席には少し水に濡れたようなカムパネルラが座っていた。
大好きなカムパネルラと2人で居られることをジョバンニは喜ぶ。
カムパネルラは母親が自分を許してくれるかどうかをしきりに気にしていた。

銀河鉄道の夜 あらすじ【転・結】

北十字を過ぎ、汽車は白鳥のステーションに着く。
駅から続く長い階段を降りるとプリオシン海岸があった。
そこには120万年前のくるみや牛の化石が転がっていた。

汽車に戻ると、鳥を捕る人が乗車してくる。
その人は鳥を捕まえて売る商売をしており、2人にも鳥を分けてくれる。
いつの間にか灯台守も現れる。

盲目の無線技士の無線には、ずっと306番の賛美歌が聞こえていた。
それを教えてくれたおばあさんは“誰かが天に召されようとしている”と言う。

アルビレオの観測所を過ぎた辺りで検札があり、みんなは切符を見せるが、ジョバンニの切符だけはみんなと違う。

今度は家庭教師と女の子と幼い男の子の3人が乗車してくる。
3人は乗っていた大型船が氷山にぶつかって沈没し、抱き合って海に沈んだ後、この汽車に乗っていたという。

窓の外に蠍座の赤い星が見え、女の子はパルドラの野原で火になった蠍の話をする。

サザンクロスで3人と他の乗客たちはみんな降りてしまい、汽車には2人だけが残される。

石炭袋が見え、カムパネルラはお母さんが見えるというが、ジョバンニには何も見えない。
カムパネルラはいつの間にかいなくなり、後を追ったジョバンニに“さようなら”と告げ、銀河に消えていく。
“カムパネルラ!”と泣き叫んだ直後、ジョバンニは野原で目を覚ます。

母の牛乳を受け取り、町へ向かうと級友から“カムパネルラが川へ落ちた”と聞かされる。
カムパネルラは川へ落ちたザネリを助け、自分が沈んでしまったのだ。
ジョバンニが川へ行くと、カムパネルラの父がいて、捜索の打ち切りを告げていた。
カムパネルラの父は、ジョバンニの父から手紙がきたことを教えてくれ、ジョバンニを労ってくれる。

ジョバンニは家へ帰りながら夜空を見上げ、銀河にいるカムパネルラに“どこまでも一緒に行くよ”と話しかける。

銀河鉄道の夜 評価

  • 点数:100点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★★
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:1985年
  • 上映時間:107分
  • ジャンル:ファンタジー、アニメ
  • 監督:杉井ギサブロー
  • キャスト:田中真弓、坂本千夏、堀絢子、納谷悟朗 etc

銀河鉄道の夜 批評・レビュー

映画『銀河鉄道の夜』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

誰にも媚びていない名作

この映画の原作童話は、童話というには非常に哲学的で、簡単には説明のできない深さを持っている。
汽車で銀河を旅するという幻想的で夢のある設定でありながら、その旅は生から死への旅であり、ジョバンニと死にゆくカムパネルラの別れの旅なのだ。
このお話の世界は、何を描いていると言い切れない抽象画のようでつかみどころがない。

この世界観を具体的に表現するのは並大抵ではないと思うのだが、本作はほぼ完璧に宮沢賢治の作ったイメージの世界を映像化している。
登場人物を猫にしていることも、決して可愛いからではなく(実際、ここで描かれている猫のキャラクターは可愛くない)原作の世界観を壊さないためだろう。
不思議な台詞回しも原作のままであり、それがまたこの映画の良さになっている。

“こうすれば売れる”とか“◯◯をターゲットに”という姑息なこと考えなくても、これと思うイメージを腕の確かな職人が丁寧に形にすれば本物の良さを持つ媚びない名作となることをこの映画は証明している。

細野晴臣の音楽

この抽象的な深層意識の世界を表現するのに一役買っているのが細野晴臣の担当する音楽だ。

セリフの少ない作品であり、独特の静寂感がこの映画の魅力だが、実は音楽は随所に使われている。
しかし、本作での音楽は単純に映像を盛り上げるためのものではなく、映像と音楽が一体となって総合芸術を創り上げているような印象を受ける。

エンドテーマ「銀河鉄道の夜」が流れる中、賢治の詩「春と修羅」の冒頭部分が常田冨士男によって朗読されるエンディングには、なんとも言えない余韻がある。
宮沢賢治の世界にこれほどしっくりくる曲はなかなかないだろう。

銀河鉄道の夜 感想まとめ

この映画を観ることは、詩を鑑賞することに似ている。

詩を読んで“この作者の言いたいことはこうです”とわかったような結論を出すのは無粋で、それぞれの持つ感覚で何となく感じるのが詩だ。
逆に言えば“こうだぜ、ああだぜ”とはっきり具体的な言葉で主張しているようなものは、詩ではない。

本作を観終わった後に残る不思議な余韻は、うまく説明できないけれどとても心に残る詩や一枚の絵と出会い、そのことについて一日中ボーッと考えてしまう感覚に近い。

簡単に人に話せないような心の奥深くにある何かに触れてくる作品だからこそ、何度も観て、この世界に浸りたくなる。
できれば一人で観て、どっぷりこの世界を堪能してほしい。

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