
結論から言うと、映画「ひゃくえむ。」はスポーツ映画の皮を被った、人間の執念と劣等感の物語でした。
2025年12月31日、Netflixで本作を鑑賞したMIHOシネマ編集部の映画専門ライターとして、観終わったあとに残ったのは爽快感ではなく、胸の奥に沈むような重さです。
100m走という一瞬で終わる競技に、なぜ人は人生を賭けてしまうのか。
この記事ではネタバレありで、物語の核心、率直な感想、そして評価が分かれる理由をレビューしていきます。
まず結論|「ひゃくえむ。」は速さではなく“執念”を描いた映画
「ひゃくえむ。」を観て最初に感じたのは、
これは勝敗の物語ではなく、執着の物語だということでした。
100m走という競技は、観客からすれば一瞬です。
しかし、走者にとっては、その一瞬のために何年も人生を削り続ける世界。
本作は、その歪さと美しさを真正面から描いています。
次は、物語の軸となる2人の主人公について整理していきます。
才能と努力がぶつかり合う2人の主人公
生まれながらに速い男・富樫
富樫は、特別な努力をしなくても速く走れてしまう天才です。
本人にとってはそれが当たり前で、走ることは「好き」でも「必死」でもありません。
この余裕が、後に彼自身を苦しめることになります。
努力で追いすがる男・小宮
一方の小宮は、才能に恵まれているわけではありません。
それでも、ただひたすらに100mに執着し、努力を重ねます。
才能がある者と、才能がないと知っている者
この対比が、物語全体に強烈な緊張感を生み出しています。
【ネタバレ】「ひゃくえむ。」が描く本当のテーマ
勝っても満たされない、負けても終われない
本作で印象的なのは、
- 勝者が必ずしも幸福ではない
- 敗者が簡単に諦められない
という現実です。
富樫は勝ち続けることで、自分が何のために走っているのか分からなくなっていきます。
一方、小宮は負け続けながらも、走ることをやめられません。
100mという距離の残酷さ
100m走は、言い訳ができない競技です。
体調、年齢、環境――すべてが結果として突きつけられます。
だからこそ、
「自分は何者なのか」を容赦なく暴いてくる。
本作は、その残酷さを一切ぼかしません。
映像表現が加速させる没入感
走る感覚を“体感”させる演出
レースシーンでは、観客がトラックに立っているかのような錯覚を覚えます。
息遣い、視界の揺れ、地面を蹴る音――
一瞬一瞬が、異常なほど生々しい。
MIHOシネマ編集部の視点でも、
「走る映画」としてここまで身体感覚に訴える作品は稀だと感じました。
賛否が分かれる理由|爽快感を裏切るラスト
スカッとしない終わり方
本作は、典型的なスポーツ映画のようなカタルシスを用意していません。
努力が必ず報われるわけでもなく、人生が好転する保証もありません。
この点は、確実に好みが分かれるでしょう。
それでも残る強烈な余韻
しかし、だからこそ観終わったあとも頭から離れません。
「もし自分が彼らだったら?」
そんな問いが、何度も浮かび上がってきます。
この映画が向いている人・向いていない人
おすすめできる人
- 努力と才能の対立が好きな人
- 苦味のあるスポーツ映画を求めている人
- 人生の選択について考えたい人
おすすめできない人
- 分かりやすい成功物語が見たい人
- 爽快感重視のスポーツ映画が好きな人
「ひゃくえむ。」が刺さった人におすすめの映画3選
スラムダンク(THE FIRST SLAM DUNK)
この映画を一言で表すと?
勝利よりも、背負ってきた人生を描くスポーツ映画。
どんな話?
バスケットボールを通して、登場人物たちの過去と現在が交錯する。
ここがおすすめ!
競技の先にある“個人の物語”を重視する点が共通しています。
ロッキー
この映画を一言で表すと?
勝つことより、立ち続けることに意味を見出す物語。
どんな話?
無名のボクサーが、自分の存在価値を証明しようとする。
ここがおすすめ!
勝敗以上に「生き様」を描く姿勢が重なります。
ピンポン
この映画を一言で表すと?
才能と努力、楽しさと執念が交差する青春スポーツ映画。
どんな話?
卓球を通して、若者たちの成長と挫折を描く。
ここがおすすめ!
スポーツに人生を重ねる描写が「ひゃくえむ。」と共鳴します。
まとめ|「ひゃくえむ。」は一瞬に人生を懸ける覚悟の物語
「ひゃくえむ。」は、
たった100mのために、どこまで自分を削れるのかを問いかける映画です。
派手さはありません。
でも、走る理由を見失ったことがある人ほど、深く刺さるはずです。
ぜひ、あなた自身の感想もコメント欄で教えてください。





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