『あるいは裏切りという名の犬』あらすじ&ネタバレ考察・ストーリー解説

「あるいは裏切りという名の犬」(36 Quai des Orfèvres)は、2004年のフランス映画。1980年代に起きた実話を基にしている。原題の「36 Quai des Orfèvres」は「オルフェーヴル河岸36番地」の意味でパリ警視庁の所在地。主演のレオ・ヴリンクス役はダニエル・オートゥイユ。監督は元警察官のオリヴィエ・マルシャル。

あらすじ

あるいは裏切りという名の犬』のあらすじを紹介します。

パリ警視庁のレオ・ヴリンクス警視(ダニエル・オートゥイユ)とドニ・クラン警視(ジェラール・ドパルデュー)は、互いに旧友だったが、カミーユ (ヴァレリア・ゴリノ)という女性との三角関係に陥った末に彼女はレオと結婚し、二人の友人関係にも亀裂が入り、互いが従える部署も同じ署内で対立していた。

パリでは現金輸送車強奪事件が頻発し、被害総額200万ユーロ、死者9名にも及ぶ凶悪事件にマンシーニ長官(アンドレ。デュソリエ)は、レオの率いるBRI(探索出動班)、ドニの率いるBRB(強盗鎮圧班)両者に渇を入れる。そして対策チームの指揮官にレオが任命される。

長官はレオを自室に呼び、自らの昇進予定と、強奪犯を検挙した者を後任に望む意志を伝え、レオに後継者を希望する旨を告げる。一方、ドニは自らの指揮で犯人を検挙したいと長官に訴えるが、レオの援護に回されてしまう。

ある夜、街のバーで一人飲むレオの前にドニが現れ、静かに複雑な心境をぶつけ合う中、レオの携帯電話に、刑務所から一夜限りの特別外出を許可された情報屋のシリアンから連絡が入り、大きな情報と引き換えに30分だけ行動を共にして欲しいと告げられる。そしてシリアンは、自分を刑務所に送った男をレオの目の前で射殺する。アリバイに利用されたことに激怒するレオに、シリアンは自分のアリバイを証明するなら強奪犯を教えると言う。シリアンの条件を呑んだレオはオルンとブーランジェという二人の主犯を知らされる。

そして検挙の当日、犯人逮捕の寸前にアジトを取り囲んだチームの前で、突然単独行動を取ったドニのせいで現場はパニックとなり、激しい銃撃戦へと発展する。そこでレオが長年連れ添った相棒が殉職し、責任を問われたドニは調査委員会に掛けられることになり、再び犯人を追ったレオはオルンらの一味を逮捕する。
事件解決と昇進を祝福されるレオに嫉妬するドニは、情報屋シリアンの殺人とレオが絡む事実を突き止め、ドニの密告によりレオは共犯容疑で逮捕される。

後悔するシリアンから連絡を受けるカミーユ。二人が会っている場所にドニのチームが待ち構え、逃走劇の果てにカミーユとシリアンの車は大破。さらにドニは大破した車中のドリアンに向けとどめの銃弾を発射する。そして留置所で妻の訃報を聞いたレオは悲嘆に暮れる。

評価

  • 点数:85点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★☆
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2006年12月16日
  • 上映時間:110分
  • ジャンル:アクション
  • 監督:オリビエ・マルシャル
  • キャスト:ダニエル・オートゥイユ、ジェラール・ドパルデュー、アンドレ・デュソリエ、バレリア・ゴリノ、ダニエル・デュバル etc…

ネタバレ考察・ストーリー解説

『あるいは裏切りという名の犬』について、2つ考察・解説します。※ネタバレあり

一度観て?そして再び観直して初めて理解出来るストーリー

映画の中でストーリーに関する説明的なシーンはなく、寸断的に展開する物語の一片が徐々に組み合わされ、最後で全貌を見せてくるジグソーパズルのようだ。
だがその難解な展開がこの映画に不思議な空気感を持たせている。 現代の刑事ドラマでありながらフレンチ・ノワールとしての空気を損なわない理由だろう。

主人公のレオとドニの関係や、レオの妻カミーユとのいきさつも、断片的な台詞の端々から関係性を紐解いていかなければならない。そしてフレンチ・ノワールらしくセリフが全て粋である。粋という領域を超えた詩的ともいえる部分さえあり、含みのあるセリフに裏付けされた登場人物の行動も相当注意して観ていなければ、映画の持つ空気感に流され、作品の価値を理解出来ないまま終焉を迎えてしまう厄介ながら優れた作品である。

フランス映画における犯罪ドラマを踏襲した名作

21世紀のフレンチ・ノワールとして秀逸な作品であり、警察内での裏切りを中心に描かれる人間の念みたいなものが硬質な空気として画面を覆い、アクションシーンにおいてのカメラワークもフランス映画らしい美学が滲み出ている。例えて言うなら、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の「仁義」のようなシークエンスの妙がこの映画の魅力であろう。単純なハードボイルドアクション映画だと思って観てはならない。

まとめ

社会の闇の部分を表に引きずり出すというのは、簡単に行く場合もあるし、そうでない場合もある。映画というものはその闇を引きずり出す方法を、脚本家と監督がどう見せたいのかという意図で決まってしまうのだが、脚色は当然あるだろうが、事実に基づいた物語でもこんな裏があったのかと驚かされてしまう。

警察という舞台をテーマにすれば、アクションという括りで表現するのがシンプルで解りやすいだろう。しかしそれが警察官の犯罪というテーマになってしまうと複雑になる。さらにそこへ恋愛問題が絡むと収集がつかないような複雑さが生じてくる。その複雑さをフィルム・ノアールで見せようとするとこうなってしまうんだな。重厚なミステリーを一人静かに観たいという人にはオススメ。

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