映画『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』あらすじとネタバレ感想

ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合の概要:「ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合」(原題:The Nutty Professor)は、1996年のアメリカ映画。監督は「エース・ベンチュラ」のトム・シャドヤック。主演は「48時間」、「ビバリーヒルズ・コップ」シリーズなどのエディ・マーフィ。共演に「ポケットいっぱいの涙」、「ダーティ・シェイム」などのジェイダ・ピンケット=スミス。「夕陽のギャングたち」、「戦争のはらわた」など多くの名作に出演したオスカー俳優のジェームズ・コバーン。他にはラリー・ミラー、デイヴ・シャペル、ジョン・アレスなど。

ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合 あらすじ

ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合
映画『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』のあらすじを紹介します。

大学に勤務する理学部の教授クランプ(エディ・マーフィ)は遺伝子工学の研究に日々勤しんでいた。彼は温厚で紳士的な反面、気が弱く内向的な性格であり、身長は180cmで体重は180kgと巨漢のために歩くのも精一杯で、頻繁にトラブルを起こしては学部長のリッチモンド(ラリー・ミラー)を悩まし続けていた。ある日、化学の講師として赴任して来たカーラ(ジェイダ・ピンケット=スミス)が現れ、クランプ教授は彼女にひと目惚れをしてしまう。その夜に実家へ帰った彼は、有り得ない量の料理を囲む家族の食事風景に改めて落胆してしまう。しかしその帰りに彼は思い切ってカーラの家を訪ね、デートの約束を取りつけた。待ちに待ったデートの場は地元の有名クラブだったが、クランプはそこに出演するコメディアンのレジー(デイヴ・シャペル)に、太りすぎの体をネタにされカーラの前で大恥を掻かされる。酷く傷ついた彼は、研究室の助手ジェイソン(ジョン・エルス)と開発中の、遺伝子を操作する痩せ薬を自らの体を実験台にして投与する。その効果は忽ち発揮されクランプは別人のような男に変身した。性格も陽気に変貌しオシャレも思いのままだった。誰も彼のことをクランプだと気づかないのを利用して、彼はクランプの友人であるバディと名乗り、カーラの気を引こうと懸命になる。そしてバディは彼女を連れて再びクラブに訪れ、レジーを毒舌で返り討ちにしてしまった。薬の効果が切れたバディはクランプの姿に戻ったが、クランプは変身を楽しむようになり、いつしかバディの人格がクランプを支配し始める。ある日、学部長が研究の成果を見せる要求でクランプの許を訪れ、研究のスポンサー候補であるハートリー(ジェームズ・コバーン)に会う事を強要される。クランプはバディに変身し舌先三寸でハートリーを丸め込み、大学のOB会で痩せ薬の成功を実証すれば1千万ドルの寄付が約束された。しかしバディの浮ついた態度はカーラを傷つけるばかりで、クランプは二度と痩せ薬を使わない決心をするが、バディの策略から再び薬を飲んで変身してしまう。バディの口車にまんまと乗せられた学部長は、クランプを追放しバディを大学に招き入れた。彼はOB会のパーティーで薬の効果を証明しクランプの人格も消そうと企むが、クランプの人格が自らの正義を賭け、一つの体の中でバティとの一騎打ちを始める。二つの人格が死闘を繰り広げる中で勝利したのはクランプだった。ハートリーは彼の誠実さに寄付を贈り、カーラの愛を取り戻したクランプは彼女の手を取りダンスに酔いしれた。

ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合 評価

  • 点数:85点/100点
  • オススメ度:★★★★☆
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★★
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:1996年
  • 上映時間:96分
  • ジャンル:コメディ
  • 監督:トム・シャドヤック
  • キャスト:エディ・マーフィ、ジェイダ・ピンケット、ジェームズ・コバーン、ラリー・ミラー etc

ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合 ネタバレ批評

映画『ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合』について、感想批評です。※ネタバレあり

エディ・マーフィ流のブラックコメディ

エディ・マーフィという役者は、スタンダップコメディアン時代から差別を笑いに変える芸風が特徴であり、デビューから数年の作品にはその差別的なアドリブトークにハラハラするところも多かった。しかし黒人が黒人差別を行ったところで公然と批判する者はいなかった訳であり、その隙を縫うようにして人種差別を笑いに取り入れてきたエディ・マーフィのセンスは半端さがない。少々のことは許されるという事を公然と利用した確信犯的な笑いであり、それを笑ってしまう側も罪の意識に苛まれることはない。アメリカ映画ならではの表現方法かも知れないが、本作では肥満というテーマをネタにして、その奥に隠された醜い欲望をえぐるように、ダイエットブームを嘲笑う毒々しさが見え隠れしている。

誠実な人間が欲望の権化と化す変身譚

肥満というのはアメリカでは大きな社会問題であるが、そういった人たちはどこか楽天的に見え、穏やかな性格として受け止められる場合が多く、人格的にも悪い印象は与えないだろう。しかし病気に陥りやすいという欠点は否定できず、恋愛にも無縁の社会的弱者として見なされる場合が多いのだが、それだけでは人間の本質は決められない。端正な容姿というものに誰もが憧れてはいるものの、先天的な部分や育つ環境によっても願望が叶わない場合も多く、手っ取り早く端麗な容姿を手に入れるという触れ込みの健康グッズが世の中には溢れかえっている。健康という建前の裏で、本音として人の見栄を利用した商売とも言えるだろう。中途半端な肥満は多く見かけられるが、クランプ教授の肥満は少々度が過ぎている。しかしそこに憧れのマドンナが出現すれば、人間の欲望というものは果てしなく広がり、欲望の権化と化した人の本質までを醜く変貌させる様を、コミカルに描いた秀逸な作品である。恋愛話が絡むとどうにもコメディだけで片付けられないところであるが、マドンナであるカーラの誠実さが物語に深さを与えているのには好感が持てる。

ナッティ・プロフェッサー クランプ教授の場合 感想まとめ

本作も続編が作られた人気作品であるが、アメリカでの肥満というのはそれほど深刻な社会問題なのかも知れない。世界一の先進国ながら公的な医療保健というものが存在せず、貧富の格差が未だに激しい社会の中で、ストレスを抱えた一般人が食というものに依存してしまい、肥満が多いのは指摘されている事実でもある。マイケル・ムーア監督のドキュメント映画、「Sicko」を見る限りアメリカの保険制度の不備には驚かされるが、肥満というものが社会背景に起因する部分も少なからず存在するのかも知れない。いずれにしても本作でのエディ・マーフィの変身演技は素晴らしいところであるが、アメリカ映画の中で肥満という問題をテーマにしたという内容から、社会的な問題を考えてしまわざるを得ない心境になるのは事実である。

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