映画『白ゆき姫殺人事件』あらすじとネタバレ感想

白ゆき姫殺人事件の概要:「告白」などで知られる湊かなえの原作小説を「ゴールデンスランバー」などで知られる中村義洋監督が映画化。

白ゆき姫殺人事件 あらすじ

白ゆき姫殺人事件
映画『白ゆき姫殺人事件』のあらすじを紹介します。

長野県の国立公園でOLの三木典子(菜々緒)が遺体で発見される。ワイドショーの契約記者の赤星(綾野剛)は知人の狩野里沙子(蓮佛美沙子)から事件の被害者についての情報を仕入れると、それをtwitterでつぶやき始める。次第に彼のtwitterはさまざまな人に認識し始められ、話題になっていく。そんな最中、三木が務めていた会社に勤める同僚のOL、姫野美姫(井上真央)に疑惑の目が向けられ始める。赤星も姫野を犯人と考え、twitterでつぶやき始める。

姫野を知る人物に取材を繰り返していくうちに、赤星は事件の真相に迫っていく。

白ゆき姫殺人事件 評価

  • 点数:5点/100点
  • オススメ度:★☆☆☆☆
  • ストーリー:★★★☆☆
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★☆☆☆
  • 設定:★★★☆☆

作品概要

  • 公開日:2014年3月
  • 上映時間:126分
  • ジャンル:ミステリー
  • 監督:中村義洋
  • キャスト:井上真央、綾野剛、蓮佛美沙子、菜々緒 etc

白ゆき姫殺人事件 ネタバレ批評

映画『白ゆき姫殺人事件』について、感想批評です。※ネタバレあり

twitterを映画の中に入れ込む必然性

はじめにお断りしておく。本作を好きな人、原作ファンなどにとっては、これから不快になるであろう文章が続く。飽くまで、いち映画評として軽く流して頂いて結構である。

本作の要素は主に三つに分けられる。一つ目は、事件の犯人は誰かというミステリー要素。二つ目は、事件の犯人を探していく上での人間同士の不穏な関係性。三つ目に、twitterやテレビ(中でも特にワイドショー)というメディアが内包するバイラル性である。本作の最大の問題は、この三つ目のメディアの扱い方である。そもそも、ワイドショーとtwitterを同列に扱うこと自体が誤りである。スポンサーの存在のもと番組を構成する以上、特に在京キー局においては報道内容にタブーが存在して、積極的に報道されないような事件も存在しているのは事実である。すなわち、ワイドショーというメディアは視聴率獲得のため、ある程度の脚色や誇張を加えながら、暗黙のコードの中で構成されるものである。それに対して、twitterというものは各個人のつぶやきの集合である。そのため、ワイドショーのように結論ありきで話題が進展するというよりも、実際には雑多な意見が入り乱れる中でことが大きくなって、次第に向かう先が収斂していくものである。

赤星が事件の内実をツイートし続けるが、彼のツイート内容から彼自身の身分を知らない人でもどうやら彼がメディアの中の人間であることは察することができるはずだ。ならば、メディアの中の人間が捜査進行中の事件の内実をツイートしているという構図が世間に露呈していることになる。ここで、昨今のtwitterの炎上事件を思い出してほしい。例えば、少年がコンビニの冷蔵庫に入った状態の画像をツイートして炎上した事件。こんな画像をわざわざツイートするということに対しての批判が殺到したのは記憶に新しい。これと同様に、赤星の場合、炎上の際に批判されるのは姫野ではなく赤星自身である。明らかに姫野個人を特定しうるツイートを行っているわけであるし、それ自体は報道に関わる者の姿勢としては明らかに間違っている。

実際、監督自身はインタビューで、twitterの炎上事件というものが時たま起こるということは認識しているものの、その内実についてはそれほど詳しく認識していないことを匂わせている。

また、インタビューで監督はtwitterの画面を映画の画面上でどう展開するかに苦慮したと語っている。確かに、現実世界でかわされる会話とtwitterの画面上で展開されるつぶやきの乖離は人間が持つ二面性を表現する映画演出としてフレッシュだとも思う。しかし、そもそも人間の持つ二面性はいくらでも表現の仕方がある。例えば、事件発生前の日常会話と事件後の取材で語る内容を対比的に用いれば、その人物の建前と普段見せない本音を語らせることが可能である。

白ゆき姫殺人事件 感想まとめ

ノイズになりうるtwitterまわりの描写をそのまま映画に入れ込んだことで、何が言いたい映画なのかわからなくなっている。人間関係の難しさなのか、ネット社会の「闇」なのか。仮にネット社会の中傷や偏見を糾弾するという意図を含んでいるのだとしたら、それは噴飯物である。というのも、本作で描かれるネットの描写それ自体が中傷や偏見にあふれているという逆説的な状態になってしまっているからだ。

この責任は脚本家のものなのか監督のものなのかは微妙であるが、脚本家に林民夫(永遠の0の大失敗が記憶に新しい)を起用する時点で中村義洋が責任をもって軌道修正すべきである。もちろん、これまでの中村監督作を観れば、そこまで気が回る人物でないことは明白だが。

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