映画『聖の青春』の概要:難病と戦いながら命を削るようにして将棋と向き合い名人を目指した天才棋士・村山聖。村山の濃厚な29年の生涯を大崎善生がノンフィクション小説「聖の青春」として2000年に書籍化。この原作小説に脚色を加え、森義隆監督が村山聖最後の5年間を2016年に映画化。徹底的な役作りで村山聖とそのライバル羽生善治になりきった松山ケンイチと東出昌大の熱演が光る。
映画『聖の青春』の作品情報
上映時間:124分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:森義隆
キャスト:松山ケンイチ、東出昌大、染谷将太、安田顕 etc
映画『聖の青春』の登場人物(キャスト)
- 村山聖(松山ケンイチ)
- 将棋のプロ棋士。幼い頃から難病のネフローゼを患い、入院中のベッドの上で将棋を覚える。森信雄四段(当時)に弟子入りし、プロ棋士の養成所である奨励会に入会。17歳でプロ棋士となり、破竹の勢いでトップ棋士への階段を駆け上がる。激しさと深い優しさの両面を持ち、独特の愛嬌で周囲の人たちから愛された。少女漫画好き。
- 羽生善治(東出昌大)
- 26歳で全タイトルを独占し七冠達成という前人未到の偉業を成し遂げた将棋界のレジェンド。村山にとっても羽生は特別な存在であり、周囲は2人をライバルと見ていた。
- 森信雄(リリー・フランキー)
- 村山の師匠。師弟という枠を超えて村山のことを見守り続けた愛情あふれる人物。中学生の村山を大阪の自宅アパートに同居させ、細やかに面倒を見た。
- 江川貢(染谷翔太)
- 村山の弟弟子で奨励会三段。奨励会の年齢制限と闘いながらプロ四段を目指すが挫折。
- 橘正一郎(安田顕)
- A級のプロ棋士。後輩の面倒見が良く、東京へ出た村山にも声をかけてくれる。
- 荒崎学(柄本時生)
- 村山と同世代のプロ棋士。村山の遊び友達でもある。
- 村山トミコ(竹下景子)
- 村山の母。夫の伸一(北見敏之)とともに、村山を支える。
- 橋口陽二(筒井道隆)
- 連盟発行の将棋雑誌編集長。森信雄の友人であり、東京で村山の世話を頼まれる。
映画『聖の青春』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『聖の青春』のあらすじ【起】
1994年、大阪の福島。プロ棋士である村山聖(25)は、自宅の前田アパートの前で倒れ込んでいた。対局のある関西将棋会館まではすぐだが、体調の悪い村山はどうしても歩けない。アパートの階下に住むおじさんが声をかけてくれ、村山は車で将棋会館まで送ってもらう。会館ではプロ棋士や多くの奨励会員たちが真剣勝負をしており、その中には村山の弟弟子で奨励会三段の江川(23)の姿もあった。人生をかけて将棋と向き合う男たちの姿を初めて見たおじさんは、彼らの気迫に圧倒される。
この頃の将棋界では羽生善治(25)という若き天才棋士が圧倒的な強さを誇り、名人を含めた5冠王となっていた。村山もまたその強さと特異な風貌から“西の怪童”と呼ばれ、“東の天才・羽生善治”のライバルと騒がれていた。村山も羽生に1勝することは20勝分の価値があると考えていた。しかし村山は羽生との対局に敗れ、そのまま寝込んでしまう。
村山は幼少期に難病のネフローゼという腎臓の病を発症し、それからずっと病魔と闘い続けてきた。長い入院生活の中で将棋を覚え、“名人になる!”という大きな夢を抱いてプロ棋士になったが、無理をするとすぐに高熱が出て動けなくなる。そんな村山を師匠の森信雄(43)は明るく献身的に支えてくれた。
映画『聖の青春』のあらすじ【承】
羽生の強さを思い知り、村山は東京へ行く決意をする。江川は村山の体調を心配するが、森は“行くべきだ”と村山の背中を押してくれる。広島で暮らす村山の両親は息子の病気にずっと責任を感じており、体調を心配しながらも村山には好きなように生きて欲しいと願っていた。母親のトミコは大阪へ出てきて、森と一緒に村山の荷物を片付ける。乱雑な部屋には村山が使い込み過ぎて角が丸くなった懐かしい将棋の駒もあり、森とトミコは村山が将棋にかけてきた情熱に思いを馳せる。
森は長年の友人で日本将棋連盟発行の将棋雑誌編集長である橋口に、東京へ行った村山のことをお願いする。村山は東京での住まいにオートロック付きのおしゃれなマンションを選ぶ。しかし部屋はすぐにダンボールや少女漫画で埋め尽くされてしまう。
村山は千駄ヶ谷の将棋会館にある桂の間(棋士たちの控え室)に通い始める。最初に声をかけてくれたのはA級棋士の橘と同世代の荒崎だった。1996年、羽生の七冠達成という偉業に世間が沸き立つ中、村山も将棋に打ち込みながら棋士仲間たちと酒や麻雀を楽しむ充実した日々を送っていた。
映画『聖の青春』のあらすじ【転】
しかし体調は最悪だった。村山は進行性の膀胱癌に侵されており、すぐに膀胱摘出手術を受ける必要があった。それでも村山は医師の助言を無視して対局を続け、驚くほどの勝率を上げてA級棋士となる。村山の成績を見た森は、あまりに勝ちすぎていることを心配する。村山は周囲に病気のことを隠し、孤独に病魔と闘っていた。ひたすら部屋で眠る時は水道の蛇口から落ちる水滴の音を聞き、自分がまだ生きていることを確認していた。
自分がそんな状態でも、村山は最後の三段リーグを戦っている江川のために大阪へ帰る。村山は何も言わずに江川の将棋の相手をする。江川は村山の気持ちに感謝して最終局を必死で戦うがプロ棋士になる夢は叶わなかった。その夜、森と江川と飲みにいった村山は、泥酔して江川と殴り合いの大げんかをする。命がけで将棋を指すということの苦しさや孤独を誰よりも知っている村山は、“精一杯やったので悔いはない”という江川の生ぬるさを許せなかった。そして、仲間が去っていく寂しさに耐えられなかったのだ。
そんな中、村山はついに羽生とタイトル戦の舞台で戦うことになる。はりつめた空気の中で、村山と羽生は互いに命を削るようにして将棋盤と向き合う。そしてその一局は村山が勝利する。その夜、村山は羽生を小さな飲み屋へ誘う。趣味の話は噛み合わないが、将棋に関してはほとんど感覚的に互いを理解し合えた。村山は羽生にしか見えない景色があると感じており、羽生は村山に一緒にそこへ行こうと語りかける。村山と羽生は良きライバルであり、ともに死力を尽くして新たな棋譜を作り上げるかけがえのない同士でもあった。
映画『聖の青春』の結末・ラスト(ネタバレ)
しかし村山の体は限界だった。初めて村山の重篤な病状を聞いた両親と森は、手術するしかないと村山を説得する。村山は麻酔などを使うことで脳に影響が出て将棋が弱くなることと、膀胱と前立腺を摘出したら子供を作れなくなることを恐れていた。しかし戦い続けるために手術を決意し、術後は広島の実家で療養する。親子水入らずの穏やかな時間を両親は喜ぶが、村山は自分の葬式のことまで父親に頼んでいた。母親は深夜に聞こえる駒音を聞きながら、涙を流す。
村山は医師が止めるのも聞かず、大手術からたった1ヶ月で対局に復帰する。対戦相手は羽生だった。万が一に備えて看護師が付き添い、森や荒崎たちも控え室に詰めていた。対局は深夜にまで及び、体力が限界に達していた村山は勝ちの局面でとんでもないうっかりをして負けてしまう。“負けたくない”という村山の気持ちが誰よりもわかる羽生は、村山とともに静かに泣いていた。
1998年8月8日。広島の病院に入院していた村山は混濁する意識の中で将棋を指していた。“2七銀…”が最後の言葉となる。「名人になって将棋をやめる」「結婚して子供のいる平和な家庭を持つ」という村山のふたつの夢は叶わなかった。しかし棋士・村山聖は最後の最後まで戦い続けることを諦めず、A級在籍のまま29歳で永眠。生涯通算成績は356勝201敗(うち不戦敗12)。追増九段。
村山の残した魂の棋譜と壮絶な生き様は将棋界の伝説として語り継がれ、どんな環境にあってもユーモアと命への慈しみの心を失わなかった人間・村山聖の人柄は今も多くの人々に愛され続けている。
映画『聖の青春』の感想・評価・レビュー
将棋界の伝説の人物で早逝した人物、村山聖の伝記映画。将棋に詳しくはないがなんとなくそうした人物がいたことは知っていたが、こうして映像として見ると本当に惜しい人物だったのだと思わされた。映画にはけして向かない将棋という題材だが、意外と対局はスリリングで見ごたえがあり森監督の実力が垣間見える。悲しいラストではあるが必要以上の盛り上げではなくさらりとした演出も良い。キャスト、映像、脚本の三大要素が高いところでまとまった作品で幅広い層に受け入れられると思う。(男性 30代)
実在した将棋界の天才・村山聖の生き方が詰まっている映画だ。29という若さで重い腎臓病に侵され病死してしまう。これは病気とどう戦ったかよりも、どう生きたか、何を大切に生きたかという事が分かる。
聖は命よりも将棋に全てを懸けて、命が尽きるまで友人とライバルと将棋に没頭する姿は心を打たれる。生きることを最優先にしてほしいと思ってしまう部分もあったが、これが彼の生き方、生き甲斐だったのだろうと思うと、何が正解かなんてない。これが彼だったのだと納得し、受け入れようと思った。(女性 20代)
村山聖さんに似せるためにあそこまで体を作り込んだ松山ケンイチさんが、本当に凄いと思う。全力で役に向き合ったのが伝わってくる。羽生善治さんを演じたのが東出昌大さんというのも良かったと思う。横顔や雰囲気が本当にそっくり。二人の見た目が本人と似ている分、物語に入り込みやすかった。村山聖さんの全力で生きた日々に胸を打たれたが、何より彼を支えた両親の姿に涙が止まらなかった。健康に産んであげられなかったことを謝る村山さんのお母さんの姿が、忘れられない。(女性 30代)
将棋を全く知らない私がのめり込むように見て、自然と涙が零れてしまった今作。独特の風貌とお茶目で優しさに溢れた聖のキャラクターは愛に溢れていて誰からも愛される存在だったのがとてもよく分かりました。
こういう言い方が正しいのかは分かりませんが、彼は短い生涯の中に普通の人が生きる人生の何倍もの苦痛や苦悩を経験し、痛みの分と同じくらい愛や優しさを感じていたのではないかなと感じます。
ライバルであった羽生善治の涙には胸が締め付けられる思いでした。(女性 30代)
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