映画『母の身終い』の概要:前科を背負ってしまった息子と自分の死期を悟り尊厳死を選んだ母が、様々な葛藤を経て長年のわだかまりを解いていき、その時を迎える。「尊厳死」という重いテーマを描いた2013年公開のフランス映画。
映画『母の身終い』 作品情報
- 製作年:2012年
- 上映時間:108分
- ジャンル:ヒューマンドラマ
- 監督:ステファヌ・ブリゼ
- キャスト:ヴァンサン・ランドン、エレーヌ・ヴァンサン、エマニュエル・セニエ、オリヴィエ・ペリエ etc
映画『母の身終い』 評価
- 点数:85点/100点
- オススメ度:★★★★☆
- ストーリー:★★★★☆
- キャスト起用:★★★★★
- 映像技術:★★★★☆
- 演出:★★★★☆
- 設定:★★★★☆
[miho21]
映画『母の身終い』 あらすじネタバレ(ストーリー解説)
映画『母の身終い』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む
映画『母の身終い』 あらすじ【起・承】
長距離トラックの運転手だった48歳のアラン・ラルエット(ヴァンサン・ランドン)は、お金欲しさに麻薬の密売を手伝い18か月の服役生活を送る。出所を迎えたアランの行き場所は、年老いた母イヴェット(エレーヌ・ヴァンサン)の家しかなかった。
折り目正しく生きるイヴェットと気難しいアランは昔から折り合いが悪い。アランは早く仕事を見つけ家を出たいと思っていたが、前科が邪魔をしてゴミの分別ぐらいしか職はなく、ストレスのたまる日々を過ごしていた。
一方、イヴェットは末期の脳腫瘍を患っていた。しかし、息子に甘えることのできない彼女は、黙々と一人で痛みや治療に耐えていた。
2人は些細なことでぶつかり合い、互いを罵倒してしまう。同居していながら、まともに話もしない。そんな2人の救いは犬のキャリーと心優しい隣人のラルエットだけだった。
ある晩、アランは居間の引き出しで見慣れぬ書類を見つける。それは尊厳死を幇助するスイスの施設からの書類で、尊厳死の意志を表明するイヴェットのサインがしてあった。母の病気を軽く考えていたアランは驚く。
アランは一人でイヴェットの主治医を訪ね、余命はわからないが厳しい状態だと聞かされる。そして母は主治医にも尊厳死を選択すると伝えていた。
夜、イヴェットとアランは尊厳死について話す。イヴェットは“よく考えて自分で決めた”と言い張り、アランはそんな母に対して冷たい態度しか取れなかった。
映画『母の身終い』 結末・ラスト(ネタバレ)
アランには最近知り合ったクレメンス(エマニュエル・セリエ)という女性がいた。2人は急速に惹かれあっていたが、彼女がアランのことを詳しく聞いたことで喧嘩になり、そのまま別れてしまう。
その晩、アランは仕事を辞めたことでイヴェットから小言を言われ、怒りを爆発させる。老齢の母を激しく威圧し家を飛び出したアランは、ラルエットの家に身を寄せる。
ラルエットの心配をよそに、2人は互いに意地を張り歩み寄ろうとはしなかった。
しかし、イヴェットは息子の帰りを待ちわびていた。彼女は犬のキャリーにわざと毒入りの餌を食べさせ、弱ったキャリーを口実にアランを帰らせる。
やっと2人の関係が落ち着いてきた頃、イヴェットの病状が深刻になってくる。主治医の話を聞いた2人は、その時が来たことを知る。
具体的な話をするためスイスから施設の職員がやってくる。職員はイヴェットに何度も意志の確認をし“直前にやめると言ってもいいのですよ”と念を押す。
偶然クレメンスに会ったアランは彼女に自分の現状を正直に話し謝る。彼女は服役の過去や無職であることなど気にしないのにと言う。
イヴェットはラルエットと最期のお別れをする。そして身支度を整え、アランとともに施設へ向かう。
山間の静かな施設で女性職員に迎えられ、イヴェットは死ぬための薬を一気に飲み干す。2人はずっと押し黙っていたが、イヴェットはこらえきれずに泣き出す。アランが手を握ると、イヴェットは彼を抱きしめ“愛してるよ”と告げ、アランは“俺もだよ、ママ”と答える。そのままイヴェットは眠るように息を引き取る。
アランは一人で、葬儀社へ運ばれていく母の遺体を見送る。
映画『母の身終い』 感想・評価・レビュー(ネタバレ)
映画『母の身終い』について、感想・レビュー・解説・考察です。※ネタバレ含む
母はなぜ尊厳死を選んだのか
主人公アランの母イヴェットはなぜ尊厳死という選択をしたのか?これを考えずして本作は語れない。
まずは彼女の性格もある。彼女は非常に気位の高い女性であり、自分にも他者にも甘えを許さない。そんな彼女が最も恐れることは、意識のないまま他人に依存して生きることだ。彼女にとってそれは耐えがたい屈辱的なことであり、許せないことなのだと推測できる。
しかし彼女は息子にだけは、自分に目を向け寄り添って欲しいと願っている。尊厳死の書類をわざと見つかる場所にしまっておいたのも、彼の前でアルバムの整理をするのも、一緒に自分の人生や死と向き合って欲しいからだ。残された短い時間を最愛の息子と安らかに過ごしたいと、すがるような想いで無言のアピールをしている彼女の心情を思うと切ない。ついには飼い犬に毒餌を食べさせるという強硬手段を使ってまで、息子を自分の側に帰らせる。この強烈な行為は彼女の性格とこの親子の関係性を非常にうまく象徴している。そこまでしないと2人は向き合えないと彼女にはわかっている。
彼女は息子にずっと伝えたかったことがある。しかし、死を迎えるその時でないと自分はそれを言えないし、息子も素直には聞いてくれない。尊厳死ならば、しっかりした意識を持った自分のままその時を迎えられる。だから彼女は尊厳死を選択し、その時を迎え言うのだ。“愛しているよ”と。きっと何百万回も胸の内でつぶやいたこの短い言葉を息子に伝え、そして分かって欲しかった。“私はずっとあなたを愛しているのよ”という母の想いを。
そして息子は…
アランは気難しい父と厳格な母に育てられ、ありのままの自分では他者に必要とされない、愛してもらえないと思い込んで今日まで生きてきたのだろう。その劣等感が彼を頑なにさせ、愛し始めた女性との関係まで壊してしまう。
再会した彼女に前科を含めた自分の状況を正直に話し“そんなことは気にしない”という彼女の反応に彼は驚いている。そして“知らなかったんだ”と言う。彼女の存在を通してアランが自分の間違いに気づくという、この脚本も秀悦だ。
母もまたアランの前科など気にしていない。ただ彼を愛し必要としているのだということにアランはようやく気づく。
そしてアランは最後にイヴェットを“ママ”と呼ぶ。彼は一体何年ぶりに彼女を“ママ”と呼ぶことができたのだろう。
母と過ごした最後の数分間のおかげでアランのこれからの人生はきっと豊かなものになる。
母の選択は最愛の息子への最後の贈り物だったのかもしれない。
映画『母の身終い』 まとめ
「尊厳死」という選択をした母親を通して、親子が向き合うことの難しさや心の奥に隠してきた深い愛憎を非情なまでのリアリティーを持って描き出している本作。
アラン役のヴァンサン・ランドンとイヴェット役のエレーヌ・ヴァンサンの迫真の演技があまりにリアルで、胸が苦しくなる。歯がゆいほど頑ななこの親子の心の葛藤はほとんど言葉で語られないからこそ、あのラストシーンが毒薬のように効いてくる。
これも一つの幸せな終わりの形なのだと受け入れたい気持ちの一方で、果たして本当にこれで良かったのだろうか、そしてもし自分がこの母や息子の立場に立たされたら、目を背けず、現実と向き合えるだろうか…そんな自問自答を繰り返さずにはいられない。
本気で死と向き合うということは本気で人生と向き合うことだと、厳しいほどの眼差しを持ってこの作品は教えてくれる。
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