映画『ヒズ・ガール・フライデー』の概要:『ヒズ・ガール・フライデー』は、アメリカ・シカゴを舞台に、女性記者が死刑囚の無実を突き止めるために奮闘する姿を描く。監督はハワード・ホークス。主演はケーリー・グラントとロザリンド・ラッセル。
映画『ヒズ・ガール・フライデー』 作品情報
- 製作年:1940年
- 上映時間:92分
- ジャンル:コメディ、ラブストーリー
- 監督:ハワード・ホークス
- キャスト:ケイリー・グラント、ロザリンド・ラッセル、ラルフ・ベラミー、ジーン・ロックハート etc
映画『ヒズ・ガール・フライデー』 評価
- 点数:85点/100点
- オススメ度:★★★★☆
- ストーリー:★★★★☆
- キャスト起用:★★★★☆
- 映像技術:★★★☆☆
- 演出:★★★★☆
- 設定:★★★★★
[miho21]
映画『ヒズ・ガール・フライデー』 あらすじ(ストーリー解説)
映画『ヒズ・ガール・フライデー』のあらすじを紹介します。
敏腕女性記者であるヒルディ・ジョンソンは、あらさがしをして他人の秘密を世の中に暴露する記者の仕事に嫌気がさし、サラリーマンのブルース・ボールドウィンと結婚してシカゴを去り、ニューヨークで暮らそうとしていた。
ヒルディは離婚したばかりの元夫で同じく出版業界で働き編集者をしているウォルター・バーンズの元を訪れ、シカゴを去ると告げる。
ヒルディに未練があったウォルターは、最後に一つだけ記事を書くように言い、その隙になんとか再婚を阻止しようと考える。
ヒルディが書くのは、警察官殺しで死刑になる男、アール・ウィリアムズの記事である。
取材をしていく中で、ヒルディはウィリアムズの人間性を知り、とても殺人を犯す人間ではないと感じる。実際にウィリアムズに話を聞くと、あれは事故だったことを知ったヒルディは、記者魂に火が付き、取材のためにかけ回る。もはやブルースほったらかしで真相を暴くためにまっしぐらである。
ブルースはついにヒルディの元を去ってしまった。
拳銃を持って逃走したウィリアムズを追っていたヒルディとウォルターは一度巻き込まれて捕まるが、最後には特ダネを手にして釈放される。二人は再び公私ともにいいコンビに戻り、元の鞘におさまるのだった。
映画『ヒズ・ガール・フライデー』 感想・評価・レビュー(ネタバレ)
映画『ヒズ・ガール・フライデー』について、感想・レビュー・解説・考察です。※ネタバレ含む
スクリューボール・コメディ
なかなか馴染みのない名前だと思うが、この「スクリューボール・コメディ」とは、1930年から1940年代頃に流行した映画のジャンルの一つである。馴染みある言葉に言いかえられるなら、「ロマンティック・コメディ」というところだろうか。
当時アメリカでは、映画の性描写には厳しく、それを描くことは禁止されていた。
だから、男女の恋愛を映画で描くのに、性描写抜きで、台詞の掛け合いの面白さで表現したのである。
この映画はそのジャンルの代表作といえよう。
具体的にどうかというと、とにかく台詞をしゃべるスピードが速いのである。アメリカの映画ではそういうテンポの速さが大事にされ、最近の映画でもあり、また30分もののコメディドラマでも、相手がしゃべり終わらない内に食い気味にしゃべり始めるというのはよく見かけるが、その比ではない。
早口の台詞を追っていると疲れるかもしれないが、それがこれ以降のアメリカの恋愛映画の形を作り出したのである。
コメディは確かに速い方が面白い。
タイトルの意味
タイトルの「ガール・フライデー(girl friday)」とは、そのまま単語に区切って読むと日本人の感覚ではよくわからないが、これは成句で、「忠実な召使い」というような意味の言葉である。そのまま「召使い」とは言い過ぎかもしれないので、日本語に訳せばつまり、タイトルは「彼の忠実な助手」といった感じだろう。
これは明らかにヒロインのヒルディを指しているもので、今の感覚からすればあまり気持ちのいいタイトルとはいえないだろう。
ヒルディがウォルターといいコンビであることに間違いはないのだが、作中でのヒルディの記者としての活躍ぶりは、助手以上のものである。
映画『ヒズ・ガール・フライデー』 まとめ
この映画が作られたのは1940年代。その時代に「スクリューボール・コメディ」という映画の一ジャンルが確立されたのは、性描写の規制によるところが大きいが、そのおかげでそれ以降のロマンティック・コメディの形が定まったといってもいい。
テンポのいいセリフ回しとユーモアで全く飽きることなく、最後まで楽しめる名作である。
ただ、とにかく台詞が早口で、マシンガントークという語があてはまるほどのスピード。これだけで大体、日本語字幕がすべてを到底訳しきれないことが分かる。
映画の字幕は、映像を見ながらでも理解できるように、できるだけ短く簡潔に、直訳ではなく時には別の表現をしながら訳されている。だから普通の映画でも本来の英語の台詞に比べるとその情報量は少ない。普通の映画ですらそういう状態なので、この映画の字幕が本来の台詞を表現しきれず、面白さが削がれているとしたら、ただただ英語を理解できないことが残念でならない。
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