映画『バケモノの子』あらすじネタバレ結末と感想

バケモノの子の概要:『時をかける少女』や『サマーウォーズ』、『おおかみこどもの雨と雪』を手掛けた監督、細田守の最新作。2015年9月、スペインにおいて開催された第63回サン・セバスティアン国際映画祭で、アニメーション映画として初めてコンペティション部門に選出。

バケモノの子 あらすじネタバレ

バケモノの子
映画『バケモノの子』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む

バケモノの子 あらすじ【起・承】

日本の渋谷の裏側には、異世界が広がっていた。渋天街と呼ばれるバケモノ界には長老「宗師」がいる。しかし彼は高齢になっていたため、長老としての役目を引退し、神に転生する予定となっていた。その後継者として、有力な候補に挙がっていたのは、熊徹と猪王山。二人とも、武術の面に関しては遜色なく、闘技会の勝者が次の宗師として認められることになっていた。しかし、人望が厚く家族もいる猪王山に比べ、熊徹は乱暴でがさつ。人からは鬱陶しがられていたので、弟子をとることができたら後継者争いの闘技会に出場させてやると宗師から条件を課されていた。

9歳の少年・蓮は、両親が離婚し母親に育てられていた。しかし、その母親が事故死、親戚に引き取られることとなっていたが、物の様に扱われるのが嫌で家を飛び出す。行く当てもなく渋谷をうろついている時に、見たことのないバケモノを目撃し、後を付けていって異世界に迷い込んでしまう。その場所こそ渋天街であり、蓮が見かけたのは弟子を探していた熊徹だったのだ。

人間を育てれば宗師も認めてくれるだろうと目論んだ熊徹は蓮に「九太」と名付け弟子にすることにした。周囲は人間の子がバケモノ世界にいると胸に闇を宿し大変なことになるという言い伝えがあったため反対したが、頑固者の熊徹は聞こうとしない。

とはいえ、熊徹は弟子をとったこともなく、乱暴者の性格のため九太とはぶつかってばかりだ。感覚でしか武術をやってこなかった熊徹なので、教えるにもやり方がわからない。九太は弟子として家のことをこなしながら、こっそり熊徹のモノマネをしてその技を習得していった。

バケモノの子 あらすじ【転・結】

ぶつかりあいながらも、次第に心通わせていく熊徹と九太。また、九太は熊徹の戦い方をコピーしており、熊徹となら対等に近く渡り合えるようになるまでとなっていた。そんな彼に憧れ、弟子も増え、熊徹の性格も多少寛容になりつつあった。また、熊徹自身も九太と修行することで、さらに強くなっていった。

8年ほどたったある日、九太はふとしたことから、渋谷へと通じる道を見つけた。人間の世界で、九太は楓という同い年の少女に出会う。不良に絡まれた彼女を助けたことから、代わりに勉強を教えてもらうようになる九太。しかし、それを熊徹はよく思ってくれず、やはり衝突してしまう。

その後、楓に大学を受けてみるのはどうかと提案され、自分の戸籍を調べるうちに父親が生きていることを知り、会いに行った。父は息子・蓮が生きていたことを喜び一緒に住もうと持ち掛けてくれるが、今までの自分のことを何も知らないくせにと拒絶してしまう。

自分がどうすればよいのか考えたくて再び渋天街に戻ると、熊徹と猪山王の後継者争いの試合が始まっていた。劣勢だった熊徹だが、九太の声援が届き、猪山王に勝利する。全員が驚き、歓喜するなか猪山王の長男一郎彦が尋常ならざる力を持って、熊徹に刀を飛ばし彼を突き刺した。実は一郎彦は人間であり、自分が父のような立派な猪になれないことを幼いころから病み続け、闇を宿してしまったのだ。

どっちつかずな自分の気持ちがわかるから、自分が止めなければと九太は一郎彦を追う。現実の渋谷で巨大なバケモノの姿になって力を垂れ流す一郎彦を倒すために、九太の手元に届いた一振りの剣は、熊徹が神となった姿だった。試合に勝ち後継者となった熊徹は、宗師の代わりに剣の神と化し、九太のために駆け付けたのだ。

熊徹と共に、一郎彦の闇を断ち切った九太。全てが終わった後、九太は父親と和解し、人間として人間の世界で暮らすことを決めたのだった。

バケモノの子 評価

  • 点数:80点/100点
  • オススメ度:★★★★☆
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★☆☆
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2015年
  • 上映時間:118分
  • ジャンル:SF、青春、アニメ
  • 監督:細田守
  • キャスト:役所広司、宮崎あおい、染谷将太、広瀬すず etc

バケモノの子 批評・レビュー

映画『バケモノの子』について、感想と批評・レビューです。※ネタバレ含む

育てるということ

親子でも、教師でも、上司と部下でも「育てる」ということは難しく、しかしどこへいってもついて回る命題だ。その「育てる」ということはどういうことかを教えてくれる作品である。熊徹が感覚で戦っているすなわち「できる人」だからこそ、「ぐっとやってバーンだ!なんでできないんだ!」と言うばかりで「そんなのわかんねぇよ!」という九太の対比は、現実世界で起こりすぎている現象だと思う。教える側にとっては「相手に伝わるようにして初めて教えることができ、それがまた自分の理会を深める」ということを教えてくれるし、教わる側には「まずはとにかく倣ってみること」ということを教えてくれるのだ。

親子とは

印象的かつ対照的なのが熊徹と九太、猪山王と一郎彦の親子関係。熊徹は、とにかくすぐに思ったことをぶつけるので、九太に文句を言いまくるし間違ったことでもすぐに怒鳴る。おかげで九太は、自分の思っていることを叫ぶし辛いことも表に出せる。だが、猪山王は、一郎彦が人間の子であり、どうがんばっても自分のようにはなれないことを知っていた。けれどそれを隠して「いつかきっとうまくいく」とある意味ごまかしてきた。その結果、一郎彦は「そうなれない自分」を責めて責めて、闇を宿してしまう。だからといって猪山王やその妻が一郎彦を大切にしていなかったかと言われるとそんなことはなく、彼らは彼らなりに息子を愛していた。現代の親子の姿によく当てはまる。熊徹と九太のように怒鳴り合えばいいというわけではなく、親と子が「向き合う」とはどういうことなのかを教えてくれるのだ。

ラストだけ不服

個人的に、ラストで九太が現代に戻ってきたのが、非常に納得がいかない。「人間なのだから人間世界に」とか「本当の父親」の重要さを訴えたいのかもしれないが、離婚していなくなっていた父親よりも、9歳から育ててくれて、最後は自分のために命を捨ててくれた熊徹のほうが父親ではないのかと感じるためだ。九太自身が渋天街で生きていく道を選んでこそ、闇に勝ったことになるだろうし熊徹の意志を継いだことになるだろうし、出自よりも大切なのは絆だと思えたのでは、と一個人の意見として感じている。

バケモノの子 感想まとめ

習うとは、教育とは、そして親子とは、ということを教えてくれるとてもいい作品。アニメ映画だけれど、学生よりもどちらかというと思春期のいる親や、部下を教えることに苦労をしているサラリーマンたちにこそ観てほしいと思った。本当の悪者が居ない、胸を打たれるストーリーだし、熊徹こそ、親だと思った。そのせいか、九太が人間界を選ぶという終わり方だけが少し納得がいかない。

ちなみに何故か一番泣いたのは九太が一郎彦を追って出ていくときに、タタラ達がぼやく「育てていたつもりが」のくだりだった。彼らもまた「親」で、みんなで九太を育て、九太はみんなの子だったのだと感じた。

Amazon 映画『バケモノの子』の商品を見てみる