映画『バケモノの子』のネタバレあらすじ結末 | MIHOシネマ

「バケモノの子」のネタバレあらすじ結末

バケモノの子の概要:「サマーウォーズ」や「おおかみこどもの雨と雪」で名高い細田守監督による最新作。人間界とバケモノの世界、二つの世界における交流と成長を描いた名作。

バケモノの子の作品概要

バケモノの子

公開日:2015年
上映時間:118分
ジャンル:アニメ、ヒューマンドラマ、ファンタジー
監督:細田守
キャスト:役所広司、宮崎あおい、染谷将太、広瀬すず etc

バケモノの子の登場人物(キャスト)

熊徹(役所広司)
粗暴であるがその実力は高く、時期長老候補の1人。長老の座には全く興味はないが、長年のライバル、猪王山と戦う為に九太を弟子にする。
九太(少年期:宮崎あおい / 青年期:染谷将太)
母子家庭で育ってきた小学生。母を交通事故で失った事で、バケモノの世界に迷い込み熊徹の弟子となる。
楓(広瀬すず)
進学校に通う女子高校生。九太に高校卒業認定試験を受け大学に進学する事を勧める。
猪王山(山路和弘)
バケモノの世界の時期長老候補の1人。熊徹とは違い誠実で真面目な性格で、最も長老に相応しいと名高い。
一郎彦(宮野真守)
猪王山の長男。しかしその実人間界で拾われた捨て子であり、自分の出生に薄々感づき心に闇を抱え始めている。

バケモノの子のネタバレあらすじ

映画『バケモノの子』のあらすじを結末まで解説しています。この先、ネタバレ含んでいるためご注意ください。

バケモノの子のあらすじ【起】

両親が離婚してからというもの、9歳の小学生、蓮は母親と2人で生活を送っていました。しかし、その唯一の頼りである母親がある日突然交通事故でこの世を去ってしまいます。話し合いの末、1人ではまだ生活を送っていけない蓮は親族に引き取られる事となりましたが、蓮はそれを拒否し1人渋谷のセンター街へと逃亡します。

行き交う人の群れ、騒々しい街並み、そして母親が死んでからというもの心休まることのなかった蓮は、疲れ果てガード下で蹲ってしまいました。そんな蓮を行き交う人々は素通りしていきますが、蓮の前に立ち止まり、手を差し伸べてきた2人の男がいました。「一緒に来るか?」その声に顔を上げた蓮は信じられないものを目にします。

その男2人はなんと人間ではなく、大きなクマとサルの姿をしたバケモノだったのです。あまりの驚愕に彼らの手を取ることをしなかった蓮でしたが、未成年が夜更けに渋谷をうろついていた為、警察に補導されそうになり先ほどの2人を追って逃げ出します。

バケモノの子のあらすじ【承】

2人の後を必死に追いかけた蓮は、気付けば見たことのない街並み「澁天街」に入り込んでしまいました。2人を見失った蓮を助けたのはブタの姿をした百秋坊という僧侶でした。百秋坊は熊のバケモノ、熊徹とサルのバケモノ、多々良の知り合いということで、蓮を2人の元へ案内してくれます。

再会した熊徹と蓮でしたが、熊徹は突然蓮を弟子にすると言い出し、彼を「九太」と命名してしまいます。実はその頃バケモノの世界では、バケモノ達を収める長老が引退宣言をしたばかりで、次の長老は誰がなるか、という話題で持ちきりでした。長老候補として最も有力なのは、互いに高い実力を誇る熊徹とイノシシのバケモノである猪王山でした。

しかし長老となる為には弟子がいる、というのが最低条件でした。熊徹は長老の座には全く興味がありませんでしたが、猪王山と戦いたいが為に九太を自分の弟子としたのでした。しかしバケモノの世界では人間を弟子にする事は禁忌とされ、熊徹は周りから猛反対を受けます。また、九太も彼の弟子になる事に反発していましたが、熊徹の実力を見て強くなる為に弟子入りを決意します。

バケモノの子のあらすじ【転】

しかし、熊徹は教師に向いているとはお世辞にも言えない性格で、2人は何度も喧嘩を繰り返します。しかし九太は熊徹の動きをよく観察する事で彼の足さばきを学び、周りから諭された熊徹は、九太に剣さばきを教える事にしました。そして時は流れ、九太は17歳になっていました。

その頃九太はふとした事から人間界とバケモノの世界を往復できるようになります。彼はふらりと入り込んだ進学校で楓という女子高校生に出会います。元々知的好奇心が旺盛であった九太は楓に勉強を教えてもらうようになり、2人の距離は一気に近くなっていきます。熱心に勉学に取り組む九太を見た楓は、彼に高校卒業認定試験を受け、大学に進学する事を勧めます。またその頃、九太は実の父親の居場所も突き止めていました。父親は九太にすぐ気付き、一緒に住まないかと彼に提案します。

一度バケモノの世界に戻った九太でしたが、大学進学を考えていることが熊徹にバレてしまいます。大反対する熊徹と喧嘩になった九太は、熊徹の家を飛び出して行ってしまいます。そんなゴダゴダの中、老師の座を決める瞬間がやってきました。

バケモノの子のあらすじ【結】

九太の存在は自分で思っていたよりも大きく、熊徹は猪王山に歯が立ちません。しかし、そんな時熊徹を心配した九太がこちらの世界に戻ってきました。九太の声援を受けた熊徹は実力を発揮し、猪王山を倒しました。しかし、猪王山の長男、一郎彦がその結果を認めませんでした。彼は剣を取り熊徹に突き刺します。そして心の闇に取り込まれた一郎彦は、巨大なバケモノとなり人間界へと向かいました。

九太は一郎彦を追い、人間界で激しい戦いを繰り広げます。実は一郎彦も猪王山が拾ってきた人間の捨て子でした。自分が人間であるといい事を受け止めきれない彼の心の闇は深く、九太はその力の前に押されていきます。そんな九太を助けるべく、熊徹が長老から「転生の権利」を譲り受けます。

熊徹は現在の自分とは決別し、太刀の付喪神に生まれ変わる事で九太と一体化しました。熊徹の力を借りた九太はなんとか一郎彦を退ける事に成功します。一連の事件を片付けた九彦は、今まで暮らしてきたバケモノの世界に別れを告げ、人間界で父親と暮らすこととなりました。その胸の中には、太刀の付喪神となった熊徹がいつでも光り続けています。

バケモノの子の解説・レビュー

育てるということ

親子でも、教師でも、上司と部下でも「育てる」ということは難しく、しかしどこへいってもついて回る命題だ。その「育てる」ということはどういうことかを教えてくれる作品である。熊徹が感覚で戦っているすなわち「できる人」だからこそ、「ぐっとやってバーンだ!なんでできないんだ!」と言うばかりで「そんなのわかんねぇよ!」という九太の対比は、現実世界で起こりすぎている現象だと思う。教える側にとっては「相手に伝わるようにして初めて教えることができ、それがまた自分の理会を深める」ということを教えてくれるし、教わる側には「まずはとにかく倣ってみること」ということを教えてくれるのだ。

親子とは

印象的かつ対照的なのが熊徹と九太、猪山王と一郎彦の親子関係。熊徹は、とにかくすぐに思ったことをぶつけるので、九太に文句を言いまくるし間違ったことでもすぐに怒鳴る。おかげで九太は、自分の思っていることを叫ぶし辛いことも表に出せる。だが、猪山王は、一郎彦が人間の子であり、どうがんばっても自分のようにはなれないことを知っていた。けれどそれを隠して「いつかきっとうまくいく」とある意味ごまかしてきた。その結果、一郎彦は「そうなれない自分」を責めて責めて、闇を宿してしまう。だからといって猪山王やその妻が一郎彦を大切にしていなかったかと言われるとそんなことはなく、彼らは彼らなりに息子を愛していた。現代の親子の姿によく当てはまる。熊徹と九太のように怒鳴り合えばいいというわけではなく、親と子が「向き合う」とはどういうことなのかを教えてくれるのだ。

ラストだけ不服

個人的に、ラストで九太が現代に戻ってきたのが、非常に納得がいかない。「人間なのだから人間世界に」とか「本当の父親」の重要さを訴えたいのかもしれないが、離婚していなくなっていた父親よりも、9歳から育ててくれて、最後は自分のために命を捨ててくれた熊徹のほうが父親ではないのかと感じるためだ。九太自身が渋天街で生きていく道を選んでこそ、闇に勝ったことになるだろうし熊徹の意志を継いだことになるだろうし、出自よりも大切なのは絆だと思えたのでは、と一個人の意見として感じている。

バケモノの子の感想まとめ

習うとは、教育とは、そして親子とは、ということを教えてくれるとてもいい作品。アニメ映画だけれど、学生よりもどちらかというと思春期のいる親や、部下を教えることに苦労をしているサラリーマンたちにこそ観てほしいと思った。本当の悪者が居ない、胸を打たれるストーリーだし、熊徹こそ、親だと思った。そのせいか、九太が人間界を選ぶという終わり方だけが少し納得がいかない。

ちなみに何故か一番泣いたのは九太が一郎彦を追って出ていくときに、タタラ達がぼやく「育てていたつもりが」のくだりだった。彼らもまた「親」で、みんなで九太を育て、九太はみんなの子だったのだと感じた。

Amazon 映画『バケモノの子』の商品を見てみる