映画『バケモノの子』の概要:「サマーウォーズ」や「おおかみこどもの雨と雪」で名高い細田守監督による最新作。人間界とバケモノの世界、二つの世界における交流と成長を描いた名作。
映画『バケモノの子』の作品情報
上映時間:118分
ジャンル:アニメ、ヒューマンドラマ、ファンタジー
監督:細田守
キャスト:役所広司、宮崎あおい、染谷将太、広瀬すず etc
映画『バケモノの子』の登場人物(キャスト)
- 熊徹(役所広司)
- 粗暴であるがその実力は高く、時期長老候補の1人。長老の座には全く興味はないが、長年のライバル、猪王山と戦う為に九太を弟子にする。
- 九太(少年期:宮崎あおい / 青年期:染谷将太)
- 母子家庭で育ってきた小学生。母を交通事故で失った事で、バケモノの世界に迷い込み熊徹の弟子となる。
- 楓(広瀬すず)
- 進学校に通う女子高校生。九太に高校卒業認定試験を受け大学に進学する事を勧める。
- 猪王山(山路和弘)
- バケモノの世界の時期長老候補の1人。熊徹とは違い誠実で真面目な性格で、最も長老に相応しいと名高い。
- 一郎彦(宮野真守)
- 猪王山の長男。しかしその実人間界で拾われた捨て子であり、自分の出生に薄々感づき心に闇を抱え始めている。
映画『バケモノの子』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『バケモノの子』のあらすじ【起】
両親が離婚してからというもの、9歳の小学生、蓮は母親と2人で生活を送っていました。しかし、その唯一の頼りである母親がある日突然交通事故でこの世を去ってしまいます。話し合いの末、1人ではまだ生活を送っていけない蓮は親族に引き取られる事となりましたが、蓮はそれを拒否し1人渋谷のセンター街へと逃亡します。
行き交う人の群れ、騒々しい街並み、そして母親が死んでからというもの心休まることのなかった蓮は、疲れ果てガード下で蹲ってしまいました。そんな蓮を行き交う人々は素通りしていきますが、蓮の前に立ち止まり、手を差し伸べてきた2人の男がいました。「一緒に来るか?」その声に顔を上げた蓮は信じられないものを目にします。
その男2人はなんと人間ではなく、大きなクマとサルの姿をしたバケモノだったのです。あまりの驚愕に彼らの手を取ることをしなかった蓮でしたが、未成年が夜更けに渋谷をうろついていた為、警察に補導されそうになり先ほどの2人を追って逃げ出します。
映画『バケモノの子』のあらすじ【承】
2人の後を必死に追いかけた蓮は、気付けば見たことのない街並み「澁天街」に入り込んでしまいました。2人を見失った蓮を助けたのはブタの姿をした百秋坊という僧侶でした。百秋坊は熊のバケモノ、熊徹とサルのバケモノ、多々良の知り合いということで、蓮を2人の元へ案内してくれます。
再会した熊徹と蓮でしたが、熊徹は突然蓮を弟子にすると言い出し、彼を「九太」と命名してしまいます。実はその頃バケモノの世界では、バケモノ達を収める長老が引退宣言をしたばかりで、次の長老は誰がなるか、という話題で持ちきりでした。長老候補として最も有力なのは、互いに高い実力を誇る熊徹とイノシシのバケモノである猪王山でした。
しかし長老となる為には弟子がいる、というのが最低条件でした。熊徹は長老の座には全く興味がありませんでしたが、猪王山と戦いたいが為に九太を自分の弟子としたのでした。しかしバケモノの世界では人間を弟子にする事は禁忌とされ、熊徹は周りから猛反対を受けます。また、九太も彼の弟子になる事に反発していましたが、熊徹の実力を見て強くなる為に弟子入りを決意します。
映画『バケモノの子』のあらすじ【転】
しかし、熊徹は教師に向いているとはお世辞にも言えない性格で、2人は何度も喧嘩を繰り返します。しかし九太は熊徹の動きをよく観察する事で彼の足さばきを学び、周りから諭された熊徹は、九太に剣さばきを教える事にしました。そして時は流れ、九太は17歳になっていました。
その頃九太はふとした事から人間界とバケモノの世界を往復できるようになります。彼はふらりと入り込んだ進学校で楓という女子高校生に出会います。元々知的好奇心が旺盛であった九太は楓に勉強を教えてもらうようになり、2人の距離は一気に近くなっていきます。熱心に勉学に取り組む九太を見た楓は、彼に高校卒業認定試験を受け、大学に進学する事を勧めます。またその頃、九太は実の父親の居場所も突き止めていました。父親は九太にすぐ気付き、一緒に住まないかと彼に提案します。
一度バケモノの世界に戻った九太でしたが、大学進学を考えていることが熊徹にバレてしまいます。大反対する熊徹と喧嘩になった九太は、熊徹の家を飛び出して行ってしまいます。そんなゴダゴダの中、老師の座を決める瞬間がやってきました。
映画『バケモノの子』の結末・ラスト(ネタバレ)
九太の存在は自分で思っていたよりも大きく、熊徹は猪王山に歯が立ちません。しかし、そんな時熊徹を心配した九太がこちらの世界に戻ってきました。九太の声援を受けた熊徹は実力を発揮し、猪王山を倒しました。しかし、猪王山の長男、一郎彦がその結果を認めませんでした。彼は剣を取り熊徹に突き刺します。そして心の闇に取り込まれた一郎彦は、巨大なバケモノとなり人間界へと向かいました。
九太は一郎彦を追い、人間界で激しい戦いを繰り広げます。実は一郎彦も猪王山が拾ってきた人間の捨て子でした。自分が人間であるといい事を受け止めきれない彼の心の闇は深く、九太はその力の前に押されていきます。そんな九太を助けるべく、熊徹が長老から「転生の権利」を譲り受けます。
熊徹は現在の自分とは決別し、太刀の付喪神に生まれ変わる事で九太と一体化しました。熊徹の力を借りた九太はなんとか一郎彦を退ける事に成功します。一連の事件を片付けた九彦は、今まで暮らしてきたバケモノの世界に別れを告げ、人間界で父親と暮らすこととなりました。その胸の中には、太刀の付喪神となった熊徹がいつでも光り続けています。
映画『バケモノの子』の感想・評価・レビュー
サマーウォーズなどがヒットし細田守監督作品が期待されすぎてしまったが故に、ファンの評価が分かれている作品である。しかし一貫したテーマとアニメ映像の美しさは細田監督らしさが詰まっており、ハズレのない作品だなという印象を受ける。一つ一つのシーンに納得がいかないという意見は多いが、それだけ細田監督が注目されているという証だろう。ストーリー展開は非常にわかりやすく、悪く言えば無難である。それ以上のストーリーを期待してしまうと物足りなさを感じてしまう。この作品は親子愛というテーマと美しい映像に着目すべきだと思う。(男性 20代)
細田守監督のヒューマンドラマシリーズの新たな作品。タイトルにバケモノとついているので、キャラクターもそういった類のものが登場するかと思いきや、神様や精霊といった方面が強い。不器用な熊徹と、主人公九太が師匠と弟子の関係として一緒に暮らし、共に成長していくのだが、次第に2人は親子すら越えた特別な関係になっていく。熊徹の最大限の愛情と頼りなかった九太が強く、逞しく成長していく描写がとても心に響く作品である。(男性 30代)
両親が他界した子供が、親戚の家を飛び出してバケモノの世界に迷い込んで修行をするお話です。少し異世界感がありますが、どこか訴えかけるものがありバケモノと男の子の子弟関係の絆は見ものです。
最初は人間を嫌っていたバケモノが、成長するにつれて周りを認めさせる度胸は感服するものがあります。そして、本当の親子の様になっていく姿を見ては感動(女性 30代)
面白かったには違いない。特に役所広司の演じる昭和親父のようなバケモノは名キャラクターだろう。で終わらせたいところだし、いちいち文句をつけるのもみっともない気もするが、描きたいことが親子関係であったとして、愛情と属性の狭間で分かり合う事の難しさを描いているのだけど、これバケモノでもそうなの?と、いや、つまんないいちゃもんにしか聞こえないだろうけど、バケモノとでも分かり合えることと、人間の場合と一緒なのかな。序教が特殊すぎて参考にはならないんじゃないか。(男性 30代)
自分は細田守監督の作品が大好きで、その世界観の作り込みにどの作品も感動させられている。今作はそんな細田守監督の他作品と比べシンプルなストーリー構成に重きを置いており、いい意味で単純なイメージ。
印象に残っているのが修行の場面で、9歳の九太が17歳へと成長を遂げる時間の流れのシーン。ここで幼い九太に対して抱いていた不安感から解放されつつ、親心のようなものを勝手に感じてしまい寂しくもなる。そんな九太への感情移入を自覚してしまうこのシーンが最高だった。(男性 20代)
アニメ「時をかける少女」を手掛けた細田守監督の作品。細田守の描く、親子の絆は何度見ても温かくほっこりするものが多い。またファンタジーでアニメだからこそ表現できる物もあり、かなりおもしろかった。誰しも一人で戦っているのではないというメッセージが込めてれている描写もあり非常に感動した。
思春期特有の心情を表現するのはかなり難しいと思う。今じゃ思春期の自分の感情なんて思いだせるわけでもない。けれども、この作品を見ていると何故かぽつりぽつりと思い出した。(女性 20代)
人間の九太とバケモノの熊鉄の、親子のような師弟の成長物語です。
お互いに不器用で喧嘩ばかりだけど、修行しながら一緒に暮らしていくうちに、いつの間にかなくてはならない存在になっていきます。
二人の日々成長していく過程が、面白く描かれています。
お互いが変化していく姿を見るたびに、その魅力へ引き込まれていきます。また、人間の心の闇にも触れ、強く生きることの大切さを教えてくれます。
そして、二人の物語を見た後は、どこか切なくも温かな気持ちになりました。(女性 40代)
細田守監督の作品は毎回期待している。『サマーウォーズ』級を待っていただけに、今作は少し期待外れ。要所要所で面白い場面はあるのだが、色々詰め込み過ぎているせいか途中からお腹いっぱいになってくる。
それと、キャラクターに軽はずみな行動をさせるのは物語を動かすために、脚本上仕方ないとは思うのだがその後フォローをしないとヘイトを溜めさせるだけではないかなあ、と思った。その為か主人公の魅力がイマイチに感じた。(男性 30代)
ぶっきらぼうな師匠と生意気な弟子の親子のような関係の主人公2人の成長を描いている点はわかりやすいが、中盤の人間界とバケモノ界を行き来するあたりから壮大な展開になってきて映画全体のテーマがわからなくなり若干難しく感じた。本当の親子以上の関係を築いていく2人の姿にはとても感動するし、彼らの選んだ結末には涙が出た。細田守監督らしい映像と音楽の美しさは健在で、特に渋谷の街並みがリアルでよかった。(女性 20代)
熊徹と九太がぶつかり合いながら、師弟以上の親子のような絆を育んでいく様子に感動した。熊徹が粗暴で不器用だけれど、愛情深い一面も持ち合わせているところが魅力的なキャラクターだなと思った。
熊徹との生活が全てになるのではなく、九太が将来のことに悩み、父親との関係を模索し、自分の心と向き合う姿が描かれていたことがとても興味深かった。ファンタジーアニメーションではあるが、現実的な部分がきちんと残っていた作品だと思う。(女性 30代)
みんなの感想・レビュー
人間世界では蓮、ばけものの世界では九太として育った9歳の子どもの成長の物語です。人間が持つ闇の威力に焦点を当て、闇に支配されないような強さを身に着けていきます。強さとは腕力だけではなく、多くの強さがあることを学びます。親代わりとなった熊徹も、九太を育てることにより自分が成長していきます。
人は誰しも闇を持っていて、その深さや大きさは違えども、誰しもが持ち、時にその闇に支配されそうになります。でも、周りの人や自分の力で乗り越えることができる。そんなメッセージを感じました。
自分の10代の頃を思い出した。バケモノの世界と人間の世界、それを繋ぐ迷路のような道、闇の鯨…、一見ファンタジー要素が強いと感じるが、それくらい思春期の人間の心の中は複雑で、それをうまく表現していると思った。
また、「熊徹と九太」「猪王山と一郎彦」の対照的な親子の姿も、バケモノの子として描くことで客観視でき、ありふれた家族の形を見直すきっかけを与えていると感じた。
「心に剣を持て」という熊徹の言葉が忘れられない。子は強さや自信を持つことが大切であり、その強さや自信の持ち方を教えていくのが親の務めであるというメッセージを感じた。
この作品の構図ははじめ、ジブリの「千と千尋の神隠し」に似ていると思ったが、ストーリーは少し違う。バケモノの子が戦う相手は九太自身の闇と九太と同じ境遇であり、闇に取り込まれてしまった一郎彦の闇と戦う。彼らにとって共通の敵は心の闇であり、闇が具現化された(?)鯨はすごく大きく、人間世界とバケモノの世界の双方に影響を与えるほどのものになる。九太と一郎彦は何が違ったのだろうか、どこで闇が生まれてしまったのかと考えさせられる作品だった。
ちなみに鯨は圧巻の映像美で、迫力満点だった。また、熊徹と九太の師弟関係の変化も本当に素敵だった。
親子でも、教師でも、上司と部下でも「育てる」ということは難しく、しかしどこへいってもついて回る命題だ。その「育てる」ということはどういうことかを教えてくれる作品である。熊徹が感覚で戦っているすなわち「できる人」だからこそ、「ぐっとやってバーンだ!なんでできないんだ!」と言うばかりで「そんなのわかんねぇよ!」という九太の対比は、現実世界で起こりすぎている現象だと思う。教える側にとっては「相手に伝わるようにして初めて教えることができ、それがまた自分の理会を深める」ということを教えてくれるし、教わる側には「まずはとにかく倣ってみること」ということを教えてくれるのだ。
印象的かつ対照的なのが熊徹と九太、猪山王と一郎彦の親子関係。熊徹は、とにかくすぐに思ったことをぶつけるので、九太に文句を言いまくるし間違ったことでもすぐに怒鳴る。おかげで九太は、自分の思っていることを叫ぶし辛いことも表に出せる。だが、猪山王は、一郎彦が人間の子であり、どうがんばっても自分のようにはなれないことを知っていた。けれどそれを隠して「いつかきっとうまくいく」とある意味ごまかしてきた。その結果、一郎彦は「そうなれない自分」を責めて責めて、闇を宿してしまう。だからといって猪山王やその妻が一郎彦を大切にしていなかったかと言われるとそんなことはなく、彼らは彼らなりに息子を愛していた。現代の親子の姿によく当てはまる。熊徹と九太のように怒鳴り合えばいいというわけではなく、親と子が「向き合う」とはどういうことなのかを教えてくれるのだ。
個人的に、ラストで九太が現代に戻ってきたのが、非常に納得がいかない。「人間なのだから人間世界に」とか「本当の父親」の重要さを訴えたいのかもしれないが、離婚していなくなっていた父親よりも、9歳から育ててくれて、最後は自分のために命を捨ててくれた熊徹のほうが父親ではないのかと感じるためだ。九太自身が渋天街で生きていく道を選んでこそ、闇に勝ったことになるだろうし熊徹の意志を継いだことになるだろうし、出自よりも大切なのは絆だと思えたのでは、と一個人の意見として感じている。
習うとは、教育とは、そして親子とは、ということを教えてくれるとてもいい作品。アニメ映画だけれど、学生よりもどちらかというと思春期のいる親や、部下を教えることに苦労をしているサラリーマンたちにこそ観てほしいと思った。本当の悪者が居ない、胸を打たれるストーリーだし、熊徹こそ、親だと思った。そのせいか、九太が人間界を選ぶという終わり方だけが少し納得がいかない。
ちなみに何故か一番泣いたのは九太が一郎彦を追って出ていくときに、タタラ達がぼやく「育てていたつもりが」のくだりだった。彼らもまた「親」で、みんなで九太を育て、九太はみんなの子だったのだと感じた。