映画『ガンジー』あらすじとネタバレ感想

ガンジーの概要:「ガンジー」(原題:Gandhi)は、1982年のイギリス・インド合作映画。監督は「遠すぎた橋」、「マジック」などでメガホンを取ったイギリスの名優リチャード・アッテンボロー。主演は本作でアカデミー主演男優賞を受賞したベン・キングズレー。共演にはロシャン・セス、サイード・ジャフリー、アリク・パダムゼに加え、キャンディス・バーゲン、エドワード・フォックス、ジョン・ギールグッド、マーティン・シーンなどの名優が脇を固める。第55回アカデミー賞で12部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、撮影賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞、編集賞の9部門でオスカーに輝いた。

ガンジー あらすじ

ガンジー
映画『ガンジー』のあらすじを紹介します。

1893年の南アフリカ。皮膚の浅黒い一人の青年が列車の一等車に乗っていたため放り出され、その人種差別に青年は激しい怒りを覚えた。青年の名はモハンダス・K・ガンジー(ベン・キングズレー)と言い、インド人商社の顧問弁護士として南アフリカへ渡って来た。彼は暴力での戦いを否定し、アシュラム(共同農園)を建設。その差別反対闘争にインド人労働者たちも次第に結束し始めた。1915年当時のインドはイギリスからの独立を願っており、ガンジーはボンベイに戻り、国民から英雄として迎えられた。イギリスは表現の自由を抑圧した法律を第一次大戦後のインドに適用したため、ガンジーは1919年4月6日を全国民の祈りと断食の日とし、ストライキを呼びかけた。ガンジーは逮捕されたが、今や“マハトマ(偉大なる魂)”と呼ばれ、国民の精神的支柱となった彼を裁判にかけることは不可能だった。この騒動の最中に、イギリスのダイヤー将軍(エドワード・フォックス)率いる軍隊が、公園で集会中の群衆に発砲し無数の死傷者を出す。やがてイギリスに対する不満が流血の暴動を引き起こし、それを嘆いたガンジーは断食で無言の説得を行ない鎮静させるが、その直後にイギリスに対する非協力で逮捕され6年間投獄される。数年後、イギリス人が独占する製塩事業に対抗するため、ガンジーは民衆と共に海岸へ向けて“塩の大行進”を決行し、インド人による製塩所を設立したが、軌道に乗った頃にイギリス軍に押収され、無抵抗の民衆は虐待を受け、ガンジーは再び逮捕された。1931年、釈放されたガンジーはロンドンの円卓会議に出席したが独立は勝ち取れず、やがて第二次大戦が勃発。戦争に反対するガンジーは、アガーカーン宮殿に収容された。その彼を「ライフ」の女性記者バーク=ホワイト(キャンディス・バーゲン)がカメラに撮り続けた。独立目前のインドだったが、回教徒はヒンズー教徒と袂を分かち、1947年8月、アリ・ジンナー(A・パダムゼ)を指導者としてパキスタンを建国。そのため国境を中心として両教徒の間で衝突が激化し内戦状態になる。これを悲しんだガンジーは、カルカッタで断食を行ない、民衆に武器を捨てさせることに成功した。1948年1月30日。マハトマ・ガンジーは、デリーで夕べの祈りをしている時、ヒンズー教極右派の一員により暗殺された。時にガンジー78歳。葬儀には250万を越える人々が集まり、遺灰は聖なるガンジス川に流された。

ガンジー 評価

  • 点数:95点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★★
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:1982年
  • 上映時間:188分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ
  • 監督:リチャード・アッテンボロー
  • キャスト:ベン・キングズレー、キャンディス・バーゲン、ジョン・ギールグッド、マーティン・シーン etc

ガンジー ネタバレ批評

映画『ガンジー』について、感想批評です。※ネタバレあり

映画のチカラ

イギリスをはじめヨーロッパの植民地は一体どれくらい存在していたのだろう。どの国でも一般大衆は思想など後回しにして平穏な暮らしを望んでいると思うのだが、一握りの人間の”思想”が共に生きるための”統治”というシステムを生み出し、それが”欲”にまみれて”支配”という圧力に変貌してゆき”侵略”という構図が出来上がる。考えれば宗教というのもその根源となる”思想”に他ならないのだが、人々が平和であろうとすればするほど”祈り”というものに取り憑かれてしまい、その祈り方が違うという理由で諍いが始まるのである。その曖昧な存在である宗教なくして人類の歴史は語ることができないのだが、ガンジーは宗教の力ではなく、自由という人間の権利を”思想”として掲げ権力と戦い、少なくとも10億人の人間を心身共に解放した実在の人物である。侵略と殺戮を繰り返してきたイギリスの帝国主義ではあるが、間違いを犯さなければ正しさが理解出来ないという悲しい性を背負いながら、人間は”発展”という隠れ蓑を纏い生きて行かなければならない現実がある。自らの思想の下で同志を率い、現実に生きたガンジーという人物像を知らしめるための”映画のチカラ”を本作では強く感じることが出来る。

命を削りながらの教え方

国民の父と言われるまでになったガンジーが、イギリスへの独立へ向け戦おうとする政治家に「殺人と流血による自由は要らん」と語り、自らの断食によって自由を祈ろうとする行為が神々しい。いかに生きるかは、いかに死ぬかと直結することであり、それを誰にも影響を及ぼさない断食という一個人的な行動によって、ガンジーは人々を諭した。どれほど言葉を巧みに操っても人の心は簡単に動かせるものではなく、敵と戦い殉職しても瞬間の死というものは直接的に響かない。生きながら自らがギリギリの生命線を保つ行為で抵抗するほど、リアルに人の心を動かす事はない。生死の境に立ち、命を削りながら人に何かを伝えるという意志の力はあまりにも強大である。

ガンジー 感想まとめ

人間の持つ醜悪さや美徳というものは表裏一体であり、光があたれば影が出来るのは当然なのである。多かれ少なかれ世の中から差別がなくなることはなく、平穏そうに見える世界の中でも小競り合いは耐えることがない。本来人間の生活に物語というものは必要でないかも知れないが、生活をしていれば発生するのが物語であり、人はそれを教科書として生き知恵を授かるのである。知らないことを知るということが必要なのかそうでないのかは、個人に委ねられるものであり、自由という価値観もまた然りであり、むやみに自由を振りかざせばそれも圧力に変わってしまうのである。ガンジーは人間として自らの不完全さを知りながらも、生きる必然として自由を説いたのだ。圧政という不自由な中で生きた人間でなければ解らない、本来の自由という姿を改めて考えさせられる作品である。

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