映画『純喫茶磯辺』あらすじとネタバレ感想

純喫茶磯辺の概要:「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」などで高い評価を得る吉田恵輔監督作品。主演に、仲里依紗、宮迫博之を迎え、親子のすれ違いやその再生を鋭くも温かいタッチで描いていく。

純喫茶磯辺 あらすじ

純喫茶磯辺
映画『純喫茶磯辺』のあらすじを紹介します。

磯辺裕次郎(宮迫博之)は、8年前に妻(濱田マリ)が家を出て行ってからというもの、高校生の一人娘・咲子(仲里依紗)との2人暮らし。無気力な毎日を送る裕次郎だったが、ある日、父親が急死して多額の遺産が舞い込むことになった。仕事を辞め、さらにダラダラする裕次郎は、偶然入った喫茶店でマスターと美女がイチャついている姿を目撃して、自分も喫茶店を始めようと決意する。そして、あきれる咲子をよそに、近所の商店街に“純喫茶磯辺”をオープンしてしまう。咲子はダサい、と店の名前を一蹴するが、渋々店の手伝いを始める。しかし、客はまったくやって来ない。そんな時、素子(麻生久美子)というひとりの美女がバイト志願にやって来る。裕次郎はさっそく、元々雇っていたバイトの江頭(近藤春菜)をクビにして素子を採用。すると、その効果は絶大で素子目当ての客が増え、ほどなく店内は常連客で賑やかになっていくが、集まった客達はみな、一癖も二癖もある面々だった。

そのうち、裕次郎は客の一人が素子に手を出そうとしているのではないかという疑念を抱き、次第に勝手な嫉妬心をつのらせていく。
喫茶店を通して、父と娘はすれ違いを深めていくが…

純喫茶磯辺 評価

  • 点数:90点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:2008年
  • 上映時間:113分
  • ジャンル:コメディ、ヒューマンドラマ
  • 監督:吉田恵輔
  • キャスト:宮迫博之、仲里依紗、濱田マリ、近藤春菜 etc

純喫茶磯辺 ネタバレ批評

映画『純喫茶磯辺』について、感想批評です。※ネタバレあり

父と娘のすれ違いと思いやり

父親とその娘のすれ違いというのは実際によく耳にする話である。しかし、いくら娘が父を嫌っていると言っても、そこは親子である。心のなかでは娘は父のことを気にかけているのだ。そんな話をうまく構築しているのが、この純喫茶磯辺である。実際、本作の吉田恵輔監督は一時期喫茶店を開こうとしていたこともあったというほどで、どこか劇中の雰囲気にはリアリティが漂っている。

宮迫博之が演じる父の裕次郎は常に飄々とした雰囲気の持ち主で物事を深く考えていないような人間に見える。言ってしまえば、動物的な本能の赴くままに日々生きている人間に見えるのだ。対して、仲里依紗演じる咲子は今どきの女子高生。青春どまんなかで、こころのなかに割り切れないようなもやもやを抱えているさまが伝わってくる。

即物的な父親とは対照的にそれを反面教師にして育ってきた娘と言うこの対比構造は何とも現実的な親子像である。

喫茶店によって失敗し、喫茶店によって再生する

本作で秀逸なのは喫茶店経営によって親子2人の仲がより悪いものになっていき、最終的にはその仲は喫茶店経営を経てまた再生するという構造である。物事の両面性をうまく表現していて、同じものでもそれを利用するものの姿勢によってすべては逆転する可能性があるのだ。

ラスト、閉店した喫茶店をみて涙を流す咲子に観客は救われ、それを明るくなだめる裕次郎の姿にまた救われる、そんな人間賛歌である。

吉田恵輔監督の作品すべてに通じることであるが、人間のみっともなさを痛切に描きながらも、最終的には人間の行為すべてを肯定するという前向きな姿勢が描かれているのが、見ていてとてもさわやかだ。

純喫茶磯辺 感想まとめ

これまでのフィルモグラフィーがすべてヒューマンドラマというキャリアの映画監督も珍しい。おまけに特筆すべきなのは、そのどれもが鋭い切り口を持ち合わせているということだ。人間が生きていく上でぶち当たるような悩みや葛藤をこれでもかとむき出しのままコチラに提示してくる。観客は吉田恵輔映画の前では丸腰にならざるを得ない。己の中身と対峙することによって見えてくる新たな世界は必ずや新たな世界への地平を切り開いてくれることだろう。

2016年には新たな作品の公開も控えている吉田監督。監督を務めるだけでなく、脚本を担当することも多いという極めて作家性の強い監督である。間違いなく若手で最も実力のある映画監督であることは間違いない。

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