映画『カティンの森』あらすじとネタバレ感想

カティンの森の概要:「カティンの森」(原題:Katyń)は、2007年のポーランド映画。監督は「世代」、「地下水道」、「灰とダイヤモンド」の”抵抗三部作”において、ワルシャワ蜂起時のレジスタンスや、戦後に共産化したポーランド社会におけるその末路を描いたアンジェイ・ワイダ。主演のアンナ役にマヤ・オスタシェフスカ。アンナの夫アンジェイ大尉役にアルトゥル・ジミイェフスキ。アンジェイとアンナの娘ヴェロニカ役にヴィクトリア・ゴンシェフスカなど。

カティンの森 あらすじ

カティンの森
映画『カティンの森』のあらすじを紹介します。

1939年9月17日。ドイツの侵攻から逃げ惑うポーランド人の中、クラクフに住むアンナ(マヤ・オスタシェフスカ)は娘のニカを連れ、夫のアンジェイ大尉(アルトゥル・ジミイェフスキ)を探しに行く。一方、東から来た大将夫人(ダヌタ・ステンカ)はソ連の侵攻から逃れてクラクフへと向かった。そしてポーランドはソ連に全面降伏をし、アンジェイや仲間のイェジ(アンジェイ・ヒラ)らの将校たちはソ連軍の捕虜となった。アンジェイは自らの行く末を懸念し、見たことの全てを手帳に書き留める決意をする。駅に駆けつけたアンナと娘は、囚われて行くアンジェイが乗る列車を涙で見送るしかなかった。そしてクラクフ大学に勤めるアンジェイの父をはじめとする全ての教授たちは、ドイツ学問の敵と見なされ収容所へ送られる。1939年11月、ソ連の領地において、アンナと娘は故郷への出国を申請するが却下されてしまう。そして囚われたポーランド将校たちは家族と離れた収容所で寂しいクリスマスを迎えていた。その頃、アンナの義姉と互いの娘たち4人は、ロシア人少佐の住居に匿われていた。アンナに同情した少佐は自分との入籍により助かる道を進言するが、夫が生きていると頑なに信じるアンナは拒否を続ける。やがて義姉親子は強制移住のため連れ去られるが、アンナたちは少佐の計らいにより逃げ延びる。翌年の春、アンナと娘はようやく義母の住むクラクフへ戻れたが、大学教授だった義父の死を知らされる。そんな中、アンジェイはかつての同僚らと別の収容所に振り分けられ移送される。1943年4月、ドイツは一時的に占領したソ連領カティンで、多数のポーランド人将校の遺体を発見したと発表する。犠牲者リストには大将とイェジの名前も記されていたが、アンジェイの名は載っておらず、アンナは夫の生存を信じた。大将夫人はドイツ総督府で夫の遺品を受け取り、ソ連によるカティンでのポーランド将校12,000人の死体が並ぶ記録映画を見せられ失意に暮れる。1945年1月、クラクフはドイツから解放され、帰郷したイェジがアンナの家を訪れる。アンジェイは収容所当時にイェジから借りたセーターを着ており、死亡リストの証拠としてそのセーターに記してあった名前により、イェジが死亡告知を受けていたのだ。アンナにリストの間違いを伝えたイェジは法医学研究所に行き、アンジェイの遺品をアンナに届けるよう依頼した。イェジは大将夫人から“カティンの嘘”を聞き拳銃自殺をする。国内軍のパルチザンだったアンナの義姉の息子タデウシュは、父親がカティンで死んだことを隠すよう校長から説得されるが拒否をする。その帰り道、国内軍を侮辱するポスターを剥がした彼は警察に追われ、大将の娘エヴァと出会う。校長の妹はカティンで遺体の葬式を司った司祭を訪ね、兄ピョトルの遺品を受け取るが、兄の墓碑にソ連の犯罪を示す言葉を刻み、反逆者として連行されてしまう。やがてイェジの自殺を機に、法医学研究所の助手が、アンジェイの手帳を届けにアンナの許を訪ねてくる。 その時間単位で克明に記された手帳は、アンジェイの処刑された日から後ろが白紙のままだった。

カティンの森 評価

  • 点数:95点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★★
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:2007年
  • 上映時間:122分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ
  • 監督:アンジェイ・ワイダ
  • キャスト:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、マヤ・コモロフスカ、ヴワディスワフ・コヴァルスキ etc

カティンの森 ネタバレ批評

映画『カティンの森』について、感想批評です。※ネタバレあり

旧ソ連軍が行った残虐行為を、白日の下にさらけ出した問題作

アンジェイ・ワイダ監督の映画は、初期の代表作である「地下水道」や「灰とダイヤモンド」など、第二次大戦前から戦後に渡るポーランドの悲劇や鬱屈を描いた作品が大半を占めている。ポーランドはドイツとソ連に挟まれて必然的な戦場になり、その両国がナチズムと共産主義という独裁主義国家であったのも更なる不幸だった。戦争による数々の悲劇や苦難を伝えるワイダ監督のポリシーは一貫し、「カティンの森事件」でワイダ監督の父も処刑された事実が本作のリアリティを描いた要因だろう。 ポーランドを属国として抱き込みながら、ナチスの残虐性を模倣するように12,000人にも及ぶ将校を処刑し、その罪を敗戦国であるナチスの仕業として捏造し、世間に公表したソ連の非道さはナチスと何の変わりはない。戦勝国として咎めを受けない立場の国に踏みにじられた怒りと、深い悲しみを描いたアンジェイ・ワイダ監督渾身の問題作であり、計り知れないその悲しみに、観る者は哀悼の言葉さえ失ってしまう衝撃的な作品である。

制作者の想いが伝わるラストの描写

ポーランド国民が大国のプロパガンダから解放されなかった事実と、その状況下でも、民族としての自由を追求していた人々がいたことも併せて描かれている。ジワジワと迫り来る得体の知れぬソ連という大国の恐怖に、理不尽にも引き離されてゆく家族の不安。属国として隷属させるために偽りの情報で正体を隠す悪魔の冷笑。祈りを捧げる司祭さえも抱き込み、ナチスさえ道具に利用するペテン師。そして地獄へと向かって行く片道列車。クライマックスはその全貌を現した悪魔の集団が、祈ることすら許さず後頭部を撃ち抜き、深く掘った穴へと無作為に投げ込まれた屍の山にブルドーザーが土を覆って行き、その土から突き出たロザリオを持つ手が、やがて力なく動きを止める。親族を失った監督の気持ちは推し量れないが、これほどまでに痛切な描写をする必然があったという想いが伝わってくる映像である。

カティンの森 感想まとめ

史実というものはこの数十年で明確な記録が残せるようにはなったが、それ以前の侵略戦争においても、どのような国でも同様な惨劇は繰り返されただろう。本作は第二次世界大戦終結時の話なので、現実的な事件として映像に仕立てるのは難しくはないだろうが、陽の目を見ないような惨殺事件はどれほど多かったか計り知れない。日本においても戦国時代だけで考えても、理不尽な大量虐殺というものがどれだけ繰り返されてきたのだろうか。怖ろしいのは詳細が記録として残されていないものは、遠い過去の歴史として埋没してしまうところであり、勝った者は時代の寵児として賛美され、敗れた者は数世代に及び悲しみを抱えて生きるという事だ。同じ過ちを繰り返さないためにも、事実を明確な記録として残すことができる文化として映画というひとつの手段があり、それを決して娯楽として扱わないアンジェイ・ワンダのメッセージは、未来への大きな文化遺産になるべきだろう。

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