映画『潜水服は蝶の夢を見る』の概要:世界各国の映画賞を多数受賞した、ELLE誌編集長の自叙伝映像化作品。「閉じ込め症候群」患者の視点を再現したカメラワークが圧巻。ジャン=ドーのユーモアやフランスの美しい風景、心地良い音楽が胸に響く、難病と闘う男の物語。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』の作品情報
上映時間:112分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:ジュリアン・シュナーベル
キャスト:マチュー・アマルリック、エマニュエル・セニエ、マリ=ジョゼ・クローズ、アンヌ・コンシニ etc
映画『潜水服は蝶の夢を見る』の登場人物(キャスト)
- ジャン=ドミニク・ボビー(マチュー・アマルリック)
- 愛称はジャン=ドー。雑誌「ELLE」の元編集長。女好きの皮肉屋だが想像力豊かで、愛読書は「巌窟王」。閉じ込め症候群を発症し、ベルクの海軍病院で闘病生活を送る。
- クロード(アンヌ・コンシニ)
- ジャン=ドーの自伝執筆の為に出版社から派遣された、編集者の女性。辛抱強く前向きで、ジャン=ドーを支える。
- アンリエット(マリ=ジョゼ・クローズ)
- 言語聴覚士。ジャン=ドーの為に、瞬きだけで言葉を伝える方法を考え出す。忍耐強くジャン=ドーと向き合い、ジャン=ドーの自伝執筆の大きな助けとなる。
- マリー(オラツ・ロペス・ヘルメンディア)
- 理学療法士。ジャン=ドーが運動機能を取り戻せるよう、リハビリを行う。信心深いクリスチャン。
- セリーヌ(エマニュエル・セニエ)
- ジャン=ドーの元妻。子供三人を引き取り、育てている。離婚原因はジャン=ドーの浮気だが、子供達の父親として良好な関係を保ち、ジャン=ドーの発病後も彼を支える。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『潜水服は蝶の夢を見る』のあらすじ【起】
世界中で人気の女性ファッション誌「ELLE」の編集長ジャン=ドーは、目覚めると病院のベッドの上にいた。彼はある日発作を起こし、そのまま意識を失ったのだ。診断名は、閉じ込め症候群。発作の後遺症だった。
意識も記憶もはっきりしているし、目も見え、音も聞こえている。しかし、実際に彼が動かせるのは、左の瞼だけだった。首も振れず声も出せず、右の視界は眼球を守るために瞼を縫い付けられ、塞がれてしまう。原因不明の閉じ込め症候群から回復する為、ジャン=ドーのリハビリ生活が始まった。
彼を支えるのは、言語聴覚士のアンリエットと理学療法士のマリーという美女二人だ。ジャン=ドーは、彼女達を信じる事に決めた。編集長時代の華やかな生活を思い出すと絶望するが、やるしかなかった。
アンリエットは、彼と瞬きだけでコミュニケーションを取る方法を考えた。YESは瞬き一回、NOは二回。これでスタッフ達や見舞に来た元妻のセリーヌに意思を伝える事が出来る。セリーヌに、子供達と会いたいかと聞かれ、ジャン=ドーは二回瞬きをした。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』のあらすじ【承】
アンリエットとジャン=ドーの取り組みは、次の段階に進む。アルファベットを順に読み上げていき、瞬きをした所のアルファベットを書き留めて文章にするのだ。しかし、これはアンリエットにとっても初めての試みだった。読み上げるスピードが遅ければ目を開けていられないし、早いと瞬きが間に合わない。ジャン=ドーは苛立ち、アンリエットを傷つけるが、二人は少しずつ前進し続けていた。
一方、マリーとのリハビリには、あまり進展が無い。入浴は赤ん坊のように全身を他人に洗われるし、舌をピクリと動かす事さえうまくいかなかった。訓練の為、マヒでゆがんだ口元を鏡で見せ続けられるのが、特に不愉快だ。しかし、その不快感さえ、ジャン=ドーには自由に主張する術が無かった。
ある日、一人の男が見舞いにやって来た。ピエール・ルッサンだ。彼は乗っていた飛行機がハイジャックされ、4年間地下牢で人質生活を送っていた。その飛行機は、本来ジャン=ドーが乗るはずの便で、たまたま急いでいた彼に座席を譲ったのだった。ピエールが解放されてからも、ジャン=ドーは罪悪感から連絡を取る事が出来なかった。しかし、ピエールはジャン=ドーの病を知り、病院に駆け付けた。人質生活と閉じ込め症候群はよく似ている。何もできない毎日の中で、残されているのは人間性だけ。その人間性にしがみついて、耐えるしかない。そう伝えに来たのだ。ジャン=ドーは、彼に連絡をしなかった自分の人間性を恥じた。そして、死にたいと願った。
ジャン=ドーは、今の自分が海底深くを漂っている潜水士のように感じていた。重い潜水服の中で、動かせるのは頭だけ。どれだけ叫んでも、所詮は音の無い濁った水の中だ。記憶力は確かだが、思い出すのは過去の小さな失敗ばかり。閉じ込められたせいで、そんな人生だったと気が付いてしまったジャン=ドー。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』のあらすじ【転】
アンリエットとのやり取りは、かなりスムーズになってきていた。ジャン=ドーは、想像力と記憶は自分を苦しめるばかりでは無いと気が付き、前向きな気分になっていた。その二つを使えば、窮屈な潜水服から逃れてどこへでも飛んで行かれる。彼は想像力で世界中を旅し、女と愛し合い、夢を叶えた。
前向きになったジャン=ドーには、やりたい事があった。倒れる前に出版社としていた、執筆の計画だ。元々は、「巌窟王」を現代版にリメイクする予定だった。今は、自分自身の事を書きたいと思っていた。必要なのは、毎日彼の側にいて、代筆をしてくれる人だけ。
出版社が派遣してくれたクロードは、真面目で忍耐強い女性だった。ジャン=ドーとの特殊な会話にも懸命に付いていき、毎日わずかずつだが執筆は進む。その間、クロードはいつも穏やかで、笑顔を絶やさなかった。ジャン=ドーは、閉じ込め症候群がどのようなものなのか、今いるベルクの海軍病院の歴史、お気に入りの場所について綴っていく。
父の事も書いた。倒れる数日前、父も具合が悪く、様子を見に行きヒゲを剃ってやったのだ。ジャン=ドーと父親は似た者同士で、二人とも女好きの皮肉屋だった。父は体こそ不自由になってしまったが、口達者で、ジャン=ドーはそんな父を愛し、認められたいと常に願っていた。だからこそ、自分自身の子供達にとって、ゾンビのような父親になってしまった事が情けなく苦痛だった。しかし、子供達はジャン=ドーを見舞い、歌を披露し、キスをしてくれるのだった。子供には会いたくないと思っていたし、自分から触れる事も出来ない悲しみは言い表せない。それでも、会えるだけでも幸せだと綴るジャン=ドー。
ジャン=ドーの生活の中で、特に苦痛なのが日曜日だ。クロードもアンリエットも休みで、見舞も来ない。しかし、ある日曜にマリーが彼を教会に連れて行った。ジャン=ドーの気持ちは無視し、彼をルルドの泉に連れて行こうとするマリーと神父。そこでは、奇跡の水を求めて全国から難病者が集まっていた。ルルドに行くのは、ごめんだった。彼はかつて、信心深い恋人とそこへ行き、別れたのだ。泉の行列に並ぼうとする恋人に、健康な人間がルルドで奇跡にあうとしたら、全身マヒになる事ぐらいだと反論した事を思い出す。恋人は一点物のマリア像を欲しがり、それが原因で口論になったのだが、後で一人町を歩いている時、全く同じマリア像が他所でも売られていた。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』の結末・ラスト(ネタバレ)
「圧力鍋」か「目」、「潜水服」。ジャン=ドーは自分の体験を舞台化する時のタイトルを考えていた。ある父親が全身マヒになり、陰りの無い人生を歩んできた彼が、救われない苦悩を味わう。エンディングでは、彼がベッドを飛び出し舞台を一周回り、暗転。モノローグで、夢と知る。
ある日、ジャン=ドーの父親から電話がかかってきた。彼は、返事が出来ない息子に向かって、受話器越しに懸命に話し続けた。階段が降りられなくなってしまい、アパートの部屋から一歩も出られない自分も、肉体に閉じ込められたお前と一緒だ。自分の遺書は、引き出しのここに入っているから。誕生日プレゼントを贈ったから、楽しみにしていろ。会いたい。良い誕生日を。父親の声は震え、ジャン=ドーの視界はぼやけて何も見えなくなった。通訳をしていたクロードも、泣いていた。
クロードから、巌窟王をプレゼントされたジャン=ドー。初版ではないが、かなり古い版の挿絵付きだ。59章を朗読させる。不気味な姿で、視覚と聴覚だけが鋭く、他は生ける屍となったノワルティエ。ジャン=ドーは、まさに自分の事だと思う。しかし、クロードは彼を私の蝶と呼び、海の底だろうが一緒にいると微笑んだ。
元恋人のイネスからも、電話があった。一向に見舞いに来ないと思っていた彼女は、病院へ来ようとしたが勇気が出ず、駅で引き返していたのだ。元の姿になってくれないと会えないと泣くイネス。この時、クロードは不在だった。ジャン=ドーの「毎日君を待っている」という言葉を伝えてくれたのは、献身的に彼を見舞う元妻のセリーヌだった。
ジャン=ドーの体は、着実にマヒから回復しつつあった。歌に合わせて声を出し、心臓の鼓動が聞こえるようになった。ジャン=ドーは、自由な肉体に戻れると希望を抱いた。しかし、その希望はすぐに打ち砕かれる。合併症の肺炎を患ったのだ。これからという時に、パリの病院へ搬送されるジャン=ドー。道すがら見かけたのは、発作を起こした日に乗っていたのと同じオープンカーだった。
あの日は、息子と芝居に行く予定だった。新車のオープンカーで息子を迎えに行き、助手席に乗せる。留守番の娘と次は二人で過ごそうと約束を交わして、出発だ。サッカーチームで問題は無いか訊ねる父。彼は自分が子供の頃、裸でシャワーを浴びられずチームを辞めた“友達”がいた話をした。父親がコーチを殴ろうとしてくれた。何かあったら、すぐパパに言うんだぞ。車が叔母の家に差し掛かった時、ジャン=ドーが暑がりだした。すぐに胸が苦しくなり、車を何とか路肩に止める。息子は、叔母の家に走った。ジャン=ドーは薄れ行く意識の中で、今日の芝居はキャンセルだが、明日行けば良いさと考えていた。
自叙伝は完成した。そして、その本の出版10日後、ジャン=ドーは息を引き取った。
映画『潜水服は蝶の夢を見る』の感想・評価・レビュー
閉じ込め症候群って自分がなったら相当嫌だな、病気本人の自伝なのでとてもリアルに感じます。
病気について嫌な感じを受けるのですが、この映画自体は大好きです。
編集者として一時代を築いた人ですから、映画名からもセンスの良さを感じるのはもちろん、いろいろな表現のセンスが好みなのだと思います。
残念ながらご本人は亡くなってしまいます。
良くなってきたと喜び、元に戻るかもしれないと喜ぶシーンに涙が溢れました。(女性 40代)
本作は、昏睡状態から目覚めたものの、左目の瞼以外が麻痺してしまった男性の実話を基にした作品。
閉じ込め症候群の主人公目線のカメラワークや、主人公の内面の声で物語が進行していくところが特徴的。
病院と回想シーンが交互に繰り返され、淡々とストーリー展開していくというドキュメンタリータッチで描かれており、リアリティーに溢れている。
何よりも、悲劇的な状況の中ユーモアや希望を持ち続ける主人公の努力や、周りの人々の協力的な姿が素敵だった。
そして、邦題が本作の内容を的確に表している点も素晴らしく、鑑賞後に考えさせられる作品。(女性 20代)
自叙伝を映画化したフランス映画。閉じ込め症候群を発症してしまった主人公の視点からの映像が正に潜水服を着ているかのようで、非常に印象的だった。淡々と流れるイメージが強く最初に観た時はなんて退屈な映画なのだろうと思ったものだが、時を経て観直した時、今作の素晴らしさが分かった。左目しか動かせない状況で人間性を保つのはとても難しいと思うし、中盤で主人公が死にたいと思ったシーンではとても共感した。言語聴覚士の奮闘も素晴らしく、同業の方が今作を推薦するのも頷ける。とても根気の要る仕事だし、諦めずに主人公に寄り添った言語聴覚士は本当に素晴らしい女性だと思う。絶賛されるべき作品。(女性 40代)
「閉じこめ症候群」という病気を初めて知りましたが、ジャン・ドーから見える世界が左目のわずかな隙間から覗いているような視野しかないのがなんとも言えない悲しい気持ちになりました。
病気についてはもちろん悲しいし、哀れな気持ちになるのですが今作の良かったところはジャン・ドーが病気になっても彼らしさを手放さなかったところです。これが批判の対象になるのかもしれませんが、個人的には病気になっても意識ははっきりしているし、趣味嗜好は変わらないのでそれを主張するのは悪いことではないと思いました。
賛否が分かれる作品だと思うので多くの人に見てもらいたいです。(女性 30代)
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