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映画『籠の中の乙女』のネタバレあらすじ結末と感想

この記事では、映画『籠の中の乙女』のあらすじをネタバレありの起承転結で解説しています。また、累計10,000本以上の映画を見てきた映画愛好家が、映画『籠の中の乙女』を見た人におすすめの映画5選も紹介しています。

この記事でわかること
  • 『籠の中の乙女』の結末までのストーリー
  • 『籠の中の乙女』を見た感想・レビュー
  • 『籠の中の乙女』を見た人におすすめの映画5選

映画『籠の中の乙女』の作品情報


出典:U-NEXT

製作年 2009年
上映時間 96分
ジャンル ドラマ
コメディ
監督 ヨルゴス・ランティモス
キャスト クリストス・ステルギオグル
ミシェル・ヴァレイ
アンゲリキ・パプーリァ
マリー・ツォニ
製作国 ギリシャ

映画『籠の中の乙女』の登場人物(キャスト)

父親(クリストス・ステルギオルグ)
ある裕福な家庭の家長。家庭内で絶対的な権力を握っており、時に暴力的な手段で家族に教育的指導を行う。大規模な工場の工場長。
母親(ミシェル・ヴァレイ)
夫に従順な大人しい妻。夫の方針に従い、家から一歩も出ず、子供達を教育している。
長男(クリストス・パサリス)
子供達の一人。優しく気弱な性格。子供っぽさから、長女や次女に嫉妬することがある。成長するにつれ性的な事柄に興味を持ち始める。
長女(アンゲリキ・パピーリァ)
子供達の一人。好奇心が強く攻撃的。兄や妹よりも、外の世界に一層強い好奇心を持っている。両親に対して反抗的な態度を見せることがある。
次女(マリー・ツォニ)
子供達の一人。純粋で温和な性格。両親に背くことなど考えもせず、従順に教えを守っている。
クリスティナ(アナ・カレジドゥ)
父親が勤める工場の女性守衛。父親の依頼を受け、報酬を目当てに定期的に長男のセックスの相手をする。

映画『籠の中の乙女』のネタバレあらすじ(起承転結)

映画『籠の中の乙女』のストーリーをネタバレありの起承転結で解説しています。この先、結末までのネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『籠の中の乙女』のあらすじ【起】

ギリシャのある裕福な夫婦は、3人の子供達を、名前も与えずに、高い塀に囲まれた豪邸から一歩も外へ出さず育てている。長男、長女、次女と呼ばれる3兄弟は、外の世界を全く知らず大人になった。夫婦は、外界を連想させる言葉を全く違う意味で教え、父母の威厳を保つためにあらゆる虚構で子供達を教育する。

成長した長男の性欲に対処するため、父親は、勤務先の守衛のクリスティナを長男の相手に選ぶ。クリスティナが長男に会うとき、父親は毎回送迎の際にクリスティナに目隠しをさせる。

父親は家庭内の全権を握っている。父親に従順な母親は、子供達と共にずっと家で過ごし、子供達の教育にあたっている。

子供達に許される娯楽は、単純なゲームと、自分たちが映るビデオの鑑賞のみである。子供達は父親が行う試験によって評価され、褒美のシールを集めている。

長男は、塀の外にいる人物『兄弟』に向かって石を投げ、投げ返される秘密の遊びを楽しんでいる。ある日、この遊びを発見した父親は、長男に罰を与える。長女も、父親に隠れて塀の外にお菓子を投げている。

映画『籠の中の乙女』のあらすじ【承】

ある日、長男はクリスティナとの性交に失敗する。欲求不満のクリスティナは、髪飾りを与える代わりに性器を舐めるよう、長女に要求する。性行為がどういうものなのか全く知らない長女は、クリスティナの言いつけ通りにする。

翌日、長女は、次女に髪飾りを譲る代わりに自分の肩を舐めさせる。

ある日、長女は長男から飛行機の模型を奪い、門の隙間から外に投げ捨てる。子供達は、車に乗らないと塀の外に出られないと教えられてきた。父親はわざわざ車に乗り、門の外に少しだけ出て、車から降りずに模型を拾う。

ある日、庭に一匹の猫が入ってくる。長女と次女は見たこともない動物に怯え、長男は剪定ばさみで猫を殺す。父親は、猫は世にも恐ろしい生き物で、塀の外の『兄弟』は猫によって殺されたと子供達に嘘を吹き込む。父親は猫と対抗するためだと言い、子供達に四つん這いになって犬の鳴き真似をするよう教え込む。

人工呼吸の訓練の際、子供達は口付けすることに快感を覚える。次女は長女の股を度々舐めるようになる。

ある夜の夕食の席で、父親は、人間が親から去るときはいつかと子供達に問う。子供達は、犬歯が抜けたら親元を離れる、と教えられてきた通りに答える。

映画『籠の中の乙女』のあらすじ【転】

ある日、クリスティナは長男とセックスした後、長女の部屋へ向かい、ビデオテープと引き換えに性器を舐めるよう言付ける。その夜、長女は家族から隠れてクリスティナから借りたビデオを観る。ビデオの内容は、ボクシングや人食いザメ、カウボーイの映画で、長女は映画のセリフを口にするようになる。

長女の異常な行動に気付いた父親は、長女をクリスティナのビデオテープで激しく殴って折檻する。父親はクリスティナの家へ行き、ビデオデッキでクリスティナの頭を殴りつけて罵る。

映画を観て、人には名前があることを初めて知った長女は、次女に自分を『ブルース』と呼ばせる。

ある真夜中、次女は寝ている長男をハンマーで殴り、侵入してきた猫がやったと嘯く。虚構を崩したくない父親は、次女の嘘を追求せず、油断したせいだと長男を責める。

子供達が成長するにつれ閉鎖的な家庭環境に綻びが生じ、夫婦は何とかして現状を維持しようと思い悩む。

夫婦は、クリスティナがいなくなった代わりに、子供同士でセックスさせる。始めに、長男と長女が関係を持つ。

映画『籠の中の乙女』の結末・ラスト(ネタバレ)

ある日、長女は両親の寝室へ忍び込み、電話機を発見する。長女は恐る恐るダイヤルを回すが、途中で怖くなって断念し、電話機を元通りに隠す。

夫婦の結婚記念日の夜、家の中でパーティーが催される。家族は全員正装し、長男が弾くギターに合わせて長女と次女がダンスを披露する。疲れた次女は途中でダンスを止めるが、長女は狂ったように異様な踊りを続ける。

バスルームの鏡の前で、長女は鉄アレイで自分の顔を殴りつける。長女は折れた犬歯を自分で抜き、血だらけのシンクに捨てる。長女は、鏡に映る血まみれの歯抜けの顔を見て、満足げに微笑む。長女は家を出て庭を抜け、父親の車のトランクに身を隠す。

シンクの血と歯を発見した父親は、姿を消した長女を探す。父親は家の周辺を探し回り、猫が長女を連れ去ったと思い込んだ子供達は、母親と共に四つん這いになって犬の鳴き真似をする。

翌朝、父親は、トランクに長女が入っていることに気付かないまま出勤する。職場に着いた父親は、車を降りて工場に入っていく。長女は、まだトランクの中に篭っている。

映画『籠の中の乙女』の感想・評価・レビュー(ネタバレ)

衝撃という言葉だけでは足りない作品。親が子どもを徹底的に“外界”から隔離し、独自の言語教育やルールで支配する様子は、不気味すぎて直視するのがつらかった。歪んだ家族愛と抑圧が、静かな映像で描かれるからこそ余計に怖い。ラストで娘が車のトランクに隠れるシーン、あの先を想像せずにいられない。(20代 男性)


ヨルゴス・ランティモス監督らしい“違和感の芸術”が炸裂していた。家庭内という極めて狭い世界の中で、子どもたちが“世界のルール”を完全に作り替えられている。特に「猫=人喰い怪物」と教えられていたシーンはゾッとした。ラスト、長女がトランクに隠れる選択をしたことが、この映画の唯一の救いだったと思う。(30代 女性)


恐ろしいのに目が離せない映画。父親の狂気じみた管理教育と、母親の無抵抗な加担がもたらす閉鎖社会。言葉の意味すら親が勝手に定義している状況は、まさに現代社会の縮図にも感じられた。トラウマになりかねない内容だけど、「教育とは何か」を考え直させられる問題作。強烈すぎる後味が残る。(40代 男性)


エンタメとして観る映画ではないけれど、強烈に記憶に刻まれる一本。全体を通して静かで淡々としているのに、異常性がどんどん浮き彫りになっていく構成が見事だった。特に性的な扱いを含む“しつけ”の描写は、観ていて苦しかった。あの家から出る方法が“犬歯が抜ける”というルールに象徴されているのが皮肉。(20代 女性)


教育、家族、支配といったテーマを極端な形で突きつけてくる映画だった。最初は不思議な日常風景として受け取っていたけど、だんだんその異常さに気づいていく過程が怖かった。父親が絶対的な存在であり続ける恐怖は、宗教や政治にも通じると感じた。あのラストに希望があるかどうかは、観る人次第だと思う。(50代 男性)


ほとんどの時間、画面から目が離せなかった。こんなに“無表情な狂気”が描かれた映画は他にない。娘たちが無垢であればあるほど、その背景にある暴力が際立っていた。特に“犬歯が抜けたら外に出られる”という設定が象徴的で、ラストで自らそれを実行した長女の覚悟に、震えが止まらなかった。(30代 女性)


言葉の意味を奪うことが、こんなにも人間を支配する手段になるのかと驚いた。例えば「海」という単語が“椅子”を意味するなど、語彙の操作だけで現実が捻じ曲がっていく恐怖。教育の名のもとに行われる洗脳をここまで冷静に描いた作品は他にない。これはホラーではなく、限りなく現実に近い寓話だと思った。(40代 女性)


冒頭の家族の様子があまりに普通で、そこから少しずつ「何かおかしい…」と気づいていく過程に引き込まれた。父親の“支配”は理不尽で暴力的だけど、社会にも似たような構造はあると感じさせる描き方が見事。娘がついに外の世界に飛び出すために自分の犬歯を叩き折るシーン、言葉にならない衝撃だった。(20代 男性)


最初は抽象的すぎて理解しにくかったが、観終わってからじわじわと本質が見えてくる映画だった。家族という密室の中で行われる思想教育の異常さ。それを日常として生きる子どもたちの姿がとにかく痛々しかった。無垢な者を守るどころか支配する“親”という存在の怖さをこれほど感じたことはない。(50代 女性)


恐ろしくも詩的で、全体に無機質な美しさがあった。どのショットも構図が計算され尽くしていて、冷たい映像の中に狂気が溢れている。娘たちの無垢さが次第に崩れていく過程は、人間が社会とどう接続されるかを問う寓話のようだった。出口のない家で唯一“自分で扉を開けようとした”長女に救いを感じた。(30代 男性)

映画『籠の中の乙女』を見た人におすすめの映画5選

累計10,000本以上の映画を見てきた映画愛好家が、映画『籠の中の乙女』を見た人におすすめの映画5選を紹介します。

ロブスター

この映画を一言で表すと?

愛を強制される社会の中で、人間の孤独と選択を描く風刺的ディストピア。

どんな話?

独身者がカップルになれないと動物に変えられる世界。主人公は指定の施設に送られ、期限内に恋人を見つけようとするが、次第にその“ルール”に違和感を抱き始める。

ここがおすすめ!

『籠の中の乙女』と同じくヨルゴス・ランティモス監督による、社会制度の異常さを淡々と描いた問題作。無表情な台詞回しや不条理なルール設定が、強烈な不快感とともに哲学的思考を刺激します。

ファニーゲーム U.S.A.(またはオリジナル版『ファニーゲーム』)

この映画を一言で表すと?

観客すら“加害者”にする、冷酷無比な家庭内暴力のメタスリラー。

どんな話?

休暇を過ごす一家が、無表情で丁寧な口調の若者2人組に突如襲撃され、残酷なゲームを強いられる。逃げ場のない家で、家族はじわじわと精神を崩されていく。

ここがおすすめ!

『籠の中の乙女』のように、家という空間の閉塞感と、理不尽に支配される人間の姿が描かれます。ミヒャエル・ハネケ監督らしい観客を挑発する演出は、強烈な後味を残すこと間違いなし。

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア

この映画を一言で表すと?

“贖い”を迫られる家族に襲いかかる、静かなる神話的復讐劇。

どんな話?

裕福な外科医の家庭に、ある日1人の少年が現れる。彼の“正体”と目的が明かされていく中で、家族は選択を迫られ、恐ろしい結末に導かれていく。

ここがおすすめ!

『籠の中の乙女』と同じ監督による、無感情で不条理な状況が支配する作品。倫理観や家族の意味をえぐる構成で、冷たく張りつめた空気と突き放した演出がクセになります。

母なる証明

この映画を一言で表すと?

息子を信じる母の愛が、常軌を逸していく韓国発の心理サスペンス。

どんな話?

知的障害のある息子が少女殺害の容疑で逮捕され、無実を信じる母が独自に事件を追う。しかし母の執着がやがて真相を歪めていく…。

ここがおすすめ!

家庭内の愛や信頼が狂気に転じていく描写は、『籠の中の乙女』の“親の支配”と通じます。ポン・ジュノ監督ならではの緻密な構成と、主演キム・ヘジャの迫真の演技が必見です。

ミッドサマー

この映画を一言で表すと?

まばゆい太陽の下で繰り広げられる、狂気と祝祭の恐怖絵巻。

どんな話?

家族を失った主人公が恋人と共にスウェーデンの田舎の“夏至祭”に参加。美しく奇妙な共同体に惹かれていくが、儀式は次第に常軌を逸していく。

ここがおすすめ!

『籠の中の乙女』と同じく、閉鎖された世界の中で“ルール”を強要される不条理さが際立つ作品。ホラーでありながら宗教的・哲学的視点もあり、光と恐怖の融合が新感覚です。

この記事の編集者
影山みほ

当サイト『MIHOシネマ』の編集長。累計10,000本以上の映画を見てきた映画愛好家です。多数のメディア掲載実績やテレビ番組とのタイアップ実績があります。平素より映画監督、俳優、映画配給会社、映画宣伝会社などとお取引をさせていただいており、映画情報の発信および映画作品・映画イベント等の紹介やPRをさせていただいております。当サイトの他に映画メディア『シネマヴィスタ』の編集長も兼任しています。

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