映画『生きる街』の概要:東北大震災から5年。宮城県石巻市の海辺の町。復興は着々と進んではいるものの、被災した記憶は簡単には癒えない。千恵子は民宿を営む傍ら、波に攫われた夫を待ち続けていた。震災でばらばらになった家族との絆を結び直し、立ち上がる姿を描いている。
映画『生きる街』の作品情報
上映時間:124分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:榊英雄
キャスト:夏木マリ、佐津川愛美、堀井新太、イ・ジョンヒョン etc
映画『生きる街』の登場人物(キャスト)
- 佐藤千恵子(夏木マリ)
- 漁師の夫を持ち、香苗と哲也の母。元気で明るいお母さんだが、波に攫われた夫が戻らないことを密かに気に病んでいる。たった1人で民宿を切り盛りし、Facebookも更新するやり手。
- 野田香苗(佐津川愛美)
- 千恵子の娘で看護師をしている。現在、夫の隆と名古屋に住んでいる。震災当時は看護師1年目で、津波の恐怖を克服できず笑うことができなくなっている。
- 佐藤哲也(堀井新太)
- 千恵子の息子で香苗の弟。かつては水泳のオリンピック強化選手だった。震災で被災し左肘に酷い傷を負う。被災した記憶に苛まれ故郷から逃げ出すものの、前向きになれず鬱々としている。
- カン・ドヒョン(イ・ジョンヒョン)
- みゆきの親戚で爽やかな韓国人青年。非常に人当たりが良く礼儀正しい。日本で料理店を開いていた父の手紙を千恵子に届けるため、訪日する。
- 仲村みゆき(岡野真也)
- ドヒョンの親戚で、現在はホステスとして働いている。哲也にナンパされ良い仲になるものの、鬱々としている哲也に苛立ちを募らせている。ドヒョンと共に哲也へと発破をかける。気が強いものの、人懐っこい。
- 野田隆(吉沢悠)
- 香苗の夫で配送業のトラック運転手。名古屋在住で震災直後、逸早く支援へ出向いている。香苗の心の傷を察して常に慮っており、非常に優しい性格。
- 池上晴子(原日出子)
- 仮設ではあるものの、商店を営んでいる。千恵子の友人で、持ちつ持たれつの関係。互いの家を行き来するほど仲が良い。
- 高橋耕三(升毅)
- 千恵子の夫の友人で漁師。漁の体験ツアーを企画し、観光に一役買っている。気の良い男性。
映画『生きる街』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『生きる街』のあらすじ【起】
2011年3月11日の東北大震災から5年。宮城県石巻市、海沿いにて民宿を営む佐藤千恵子は明るく元気なお母さん。彼女は震災前、生まれ育った海沿いの町で漁師の夫と娘の香苗、息子の哲也の4人で穏やかに暮らしていた。ところが、幸せな生活は大地震と津波により一瞬で失われてしまう。幸い看護師だった香苗と哲也は無事だったが、夫は波に攫われ未だに戻って来ない。千恵子は夫がいつか戻ると信じ、現在の場所でたった1人、待ち続けているのだった。
震災後、香苗は復興支援で訪れていたトラック運転手の青年、野田隆と恋仲になり、現在は結婚し名古屋で看護師として働いている。震災に遭った時、香苗は看護師1年目の新人でとにかく無我夢中だった。その記憶は今も香苗を苦しめている。隆はそんな妻を見守りながら、普段通りの生活を心がけていた。
哲也は震災当時、水泳のオリンピック強化選手であったが、震災で怪我を負ってしまい強化選手から外されていた。以来、彼は千恵子の元へ禄に帰らず、市内で一人暮らしをして遊んでばかりいる。
復興支援で世話になった若者たちを送り出すと、家の中は酷く静かになる。幸い、お客さんや商店を営む友人の池上晴子が来てくれたりするため、一人でも寂しさを感じることはない。時々、香苗からも電話がありその都度、一緒に暮らそうと誘われるが、千恵子は決して地元を離れないと言うのだった。
映画『生きる街』のあらすじ【承】
香苗は隆との間に子供ができないことを密かに気に病んでいた。義父は後継ぎを望んでいるようだが、香苗に妊娠の兆候はない。家族の食事会でも度々、急かされ肩身が狭い思いをしているが、震災で負った心の傷は香苗を苛み続け、癒えるには時間が必要である。隆はそれを知っているが故、香苗を慮り急かすことはしなかった。
選手時代の先輩が来訪したため、久々に会った哲也。彼は周囲に怪我のことを明かさずに選手枠から外されたため、誰もその理由を知らない。その上、鬱屈した気持ちを吐き出すこともできず、震災のこととなると途端に不機嫌となり、貝のように口を閉ざしてしまうのだった。
町は未だに復興中で、盛り土ばかりが目立っている。家があった場所も土地を区切る土台だけで、荒れ果てていた。千恵子は時に家があった場所を訪れては、じっとその場に佇んで帰って行く。港の埠頭で釣りをしている夫の漁師仲間、高橋耕三と遭遇したため、海を眺めながらしみじみと世間話をした。
そんなある日、千恵子の民宿に韓国人青年カン・ドヒョンが訪ねて来る。だが、千恵子は不在でドヒョンは家の前でしばらく家主を待ったものの、日が暮れた頃を見計らって帰路に就いた。翌日の夜の便で帰らなければならなかった。
哲也の元に良い仲となったホステスの仲村みゆきが請求書を持ってやって来る。先輩と飲んだ日の夜、彼女の店に行ったのだが、哲也がトイレの鏡を叩き割ってしまったのだ。先輩が修理費を払うと言ったが、みゆきは絶対に哲也に払わせると言って聞かなかった。彼女は哲也の肘に傷跡があるのを知っており、鬱々としている彼を叱りつけた。
映画『生きる街』のあらすじ【転】
すると、哲也は震災での体験を話して聞かせる。津波に襲われた時、世界が終わったと思ったが、しばらく経って終わったのは自分達だけだと気づいた。それで、町を出ようと決心。だがその際、千恵子と大喧嘩となり、一人で飛び出したのだと言う。涙ながらに語った彼にみゆきもまた涙を堪え、本当は家に帰りたいと思っているのだろうと言って帰って行くのだった。
その後、みゆきはドヒョンと落ち合う。みゆきとは親戚だったのだが、彼女もまた被災し、密かに苦しんでいる。ドヒョンはある手紙を千恵子に届けようとしていたようだが、会えなかったため、諦めて帰ろうとしていた。そんな時、街角でばったり哲也と遭遇。みゆきはドヒョンを紹介し、大事な手紙を届けに来たと言う。手紙はドヒョンの父から哲也の父に向けたものだった。ドヒョンは哲也に自分で手紙を届けろと強い口調で諭す。そして、家族の絆は喧嘩をした程度で、切れることはないと言うのだった。
帰宅した香苗は、思い切って隆に子供が欲しいかを聞いてみた。すると、隆は香苗自身が幸せにならないようにしているのではないかと指摘。すると、香苗は戸惑った様子で被災した当時の恐怖を語る。隆も震災直後に支援へ向かっていたため、悲惨な状況は良く知っていたが、当事者ではない。妻が体験した恐怖を真に知ることはできないが、香苗もまた復興中で新たに歩み出した現在の町を知らない。隆は妻が立ち直るための力になりたかった。
同じ頃、帳簿をつけていた千恵子の家が突然の停電に見舞われる。彼女は電灯を点けようとしたが生憎、電灯の調子が悪い。暗闇で風が強い中、被災した当時の恐怖に襲われる。落ち着くために深呼吸をすると、ようやく電灯が点く。それでも恐怖は治まらない。千恵子は荒い息をついたまま、ソファーに身を横たえた。しばらくして、電灯が落ちた音で目が覚めた。彼女は窓の外を眺め、夜が明けるのを祈るようにじっと見守った。
映画『生きる街』の結末・ラスト(ネタバレ)
翌日、復興中の町へ香苗が帰郷。面影のなくなった町を目にし、涙が溢れて止まらなかった。耕三と遭遇し、千恵子の民宿へ。中に入ると母はうたた寝中だった。耕三に起こされた彼女は、戸口に立つ娘を目にして言葉をなくす。耕三が帰った後、ようやく娘に声をかけた千恵子。その後、母子は2人で料理を作った。
その頃、帰国を諦めたドヒョンは、みゆきと共に哲也を引っ張ってバスに乗っていた。目的地は千恵子の家だ。家を訪ねると千恵子は驚愕で動揺しつつも、招き入れてくれた。
そうして、ドヒョンはようやく手紙を渡す。中には千恵子の夫とドヒョンの父が映った写真が入っている。津波でアルバムも流されてしまったため、思い出の品など残っていない。千恵子は写真を一目見て、涙を零した。
そうして、ドヒョンから事情を聞く。彼の父は日本で料理店を開いたが、外国人を良く思わない人々から嫌がらせを受け困っていた。そこへ、千恵子の父がやって来て、嫌がらせをする者たちを追い払ってくれたと言う。だが、ドヒョンの父は体を壊して帰国することになり、礼を言う暇もなかった。そこで、帰国後にお礼の手紙を出したのだが、震災のせいで手紙が返送されてくる。ドヒョンの父は手紙を送ることを諦め、亡くなるまでずっと大事に保管した。そうしてようやく、息子たちの手を経て千恵子へと渡ったのだ。写真の裏にはケッパレと大きく書いてあった。それはまるで、夫から家族へ向けたエールのようだった。
そのまま、宴会へとなだれ込み漁師仲間や近所の人達も加わって、騒がしくも和やかに時が流れる。宴会もお開きとなり、千恵子は香苗と片付けをする。夫の写真は大事にポケットへしまった。深夜になって母が布団にいないことに気付いた香苗。千恵子はリビングの窓から海を眺め、お父さんが帰って来ないと呟いて泣き続ける。香苗は母を抱きしめ慰めた。そんな2人の様子を哲也もまた、リビングの影から膝を抱えて窺っているのだった。
翌朝、数年ぶりに家族水入らずで食卓を囲む。何気ない会話に笑みが零れた。その後、3人はかつて家があった場所へ。空き地を眺め思い出を噛み締めた。近くでは幼い女の子が2人、無邪気にも遊んでいる。千恵子はこの浜が好きだから、ここにいると笑う。そこへ、一台のトラックが停車し、慌てた様子で隆が駆け下りて来る。妻が家出をしたと思って、わざわざ迎えに来たのだった。
香苗夫婦を送り出した後、千恵子はドヒョンとみゆき、哲也を見送る。結局、息子とはまともな会話をしなかったが、母は息子にただ一言、ケッパレと言って送り出した。哲也は神妙な顔で頷き帰って行くのだった。
映画『生きる街』の感想・評価・レビュー
大地震と津波により今も深い爪痕を残す東北。数年を経ても尚、被災による恐怖と失う辛さを胸に抱え、立ち上がれずにいる家族の姿を描いている。それぞれに心の傷を抱え、苦悩する様が切々と映し出されており、胸が苦しくなる。
宮城県石巻市の現状を隠すことなく画面に映し、変わり果てた風景と変わらずにある美しい風景が対比となっている。その地に住む人々は胸に懊悩や苦しみを抱えつつも、前向きに明るく復興に勤しんでいる。実際に被災地を訪れたことがあるが、言葉もなく愕然とした覚えがある。当事者はそれ以上に絶望を感じたに違いない。少しでも復興の力になれればと思う作品である。(MIHOシネマ編集部)
震災の被害に遭い、沢山のものを失っても「生き続ける」人や街を描いた作品。震災の記憶を残したままの街を離れる人や、その街で頑張り続ける人、そして一度は離れたもののやはりその街へ戻ってくる人。色々な目線で描かれていますが、全ての人が希望や夢を持ち、前を向いている姿に感動しました。
大きな盛り上がりはありませんが、それが余計にリアルで本当に震災の被害にあった人達の生きている姿を目にしたような気がします。(女性 30代)
東日本大震災後、被災した町に暮らすある家族の物語です。被災して心にダメージを追っても、時間は一切待ってはくれません。また、町の復興と同じペースで、心の傷が癒えるわけもなく。恐怖感や虚無感、言葉にならない痛み全て、あの未曾有の大震災を経験した当人でなければわからないことを痛感しました。千恵子が深夜、ラジオを聞きながら海を眺めるシーンが脳裏に焼き付いています。また、親子三人で食卓を囲むシーンには思わず号泣しました。(女性 30代)
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