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映画『バード(1988)』のネタバレあらすじ結末と感想

映画『バード(1988)』の概要:通称バードと呼ばれた伝説のジャズサックス奏者チャーリー・パーカーの生涯を、クリント・イーストウッド監督が映画化。イーストウッド監督自身が大変なジャズ愛好者で、長男のカイル・イーストウッドもジャズ・ミュージシャン。カイルは、父親の作品の映画音楽も手がけている。

映画『バード』の作品情報

バード

製作年:1988年
上映時間:161分
ジャンル:伝記、音楽
監督:クリント・イーストウッド
キャスト:フォレスト・ウィテカー、ダイアン・ヴェノーラ、マイケル・ゼルニカー、サミュエル・E・ライト etc

映画『バード』の登場人物(キャスト)

チャーリー・パーカー(フォレスト・ウィテカー)
通称バード。ジャズサックス奏者。ビバップと呼ばれるモダンジャズのスタイルを創り出し、天才的な即興演奏で観客を魅了した。一方で、重度の薬物中毒とアルコール中毒であり、何度か精神病院に入っている。肝硬変や潰瘍も患っており、34歳の時に心臓麻痺で急逝した。
チャン・リチャードソン・パーカー(ダイアン・ヴェノーラ)
チャーリーの妻。チャーリーとの間に3人の子供をもうけたが、生まれつき体の弱かったプリーという娘は3歳足らずで夭折する。独身時代はダンサーだった。
ディジー・ガレスピー(サミュエル・E・ライト)
ジャズトランペット奏者でバンドリーダー。チャーリーとともにモダンジャズの原型を築いた。チャーリーの才能を認め、精神的に不安定なチャーリーの支えとなる。

映画『バード』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『バード(1988)』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『バード』のあらすじ【起】

※ あらすじは時系列に沿っています。

1920年8月29日、チャーリー・パーカーはカンザス州カンザスシティで生まれる。音楽が好きで、子供時代は笛を吹き、思春期を迎える頃にはサックスを吹いていた。しかし、環境には恵まれておらず、15歳の時にはすでに麻薬中毒者になっていた。

若かりし頃、チャーリーはジャズの勝ち抜きコンテストに出場し、ひどい演奏をして、バンドのドラムにシンバルを投げられた経験がある。その時の屈辱を、チャーリーはずっと忘れていなかった。

それから8年後。チャーリーは、ニューヨークの52番街にあるジャズクラブで、観客を熱狂させていた。チャーリーの独創的な即興演奏は天才的であり、それを目の当たりにしたサックス奏者は、サックスを吹くのが嫌になる。

ちょうどその頃、チャーリーはダンサーのチャンと知り合う。チャンの一家はユダヤ系で、父親は舞台の演出家だった。チャンに一目惚れしたチャーリーは、積極的に彼女を口説く。しかしチャンは、チャーリーのことがイマイチ信用できず、結婚をためらう。

チャーリーは、大切なサックスを質に入れ、そのお金で馬を借りてチャンを迎えにいく。さすがのチャンもこれには心を動かされ、チャーリーとの結婚を決める。

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映画『バード』のあらすじ【承】

チャーリーはチャンと結婚し、子供にも恵まれる。しかしチャーリーの薬物中毒は改善されず、1946年の冬にはカリフォルニアの精神病院へ入院する。

チャーリーは、トランペット奏者のディジーとともに、ビバップというモダンジャズの新しいスタイルに挑戦していた。しかし黒人に対する人種差別もあり、待遇はなかなか改善されない。ディジーは精神的に不安定なチャーリーを、献身的に支える。

チャンはチャーリーの才能を認めてもらえるよう、クラブへの売り込みを行う。しかしチャーリーの薬物中毒とアルコール中毒はひどくなる一方で、警察からもマークされる。

チャーリーのサックス奏者としての知名度は上がり、52番街には「バードランド」という、チャーリーの愛称をとったジャズクラブができる。パリでの公演も大成功を収め、仕事面は充実する。

夫婦には3人の子供がいたが、プリーという幼い娘は先天性の病気だった。娘の医療費がかさむ中、薬物使用で逮捕されたチャーリーは、組合員証を剥奪される。チャーリーは家族を養うため麻薬を絶ち、サックス奏者としての再起を目指す。しかし、肝硬変や潰瘍の痛みがチャーリーを苦しめる。

チャーリーのツアー中、プリーの容態が急変し、そのまま亡くなってしまう。それを知ったチャーリーは、何度もチャンに電報を打ち、一晩中泣き続ける。そして再び麻薬に手を染めていく。

映画『バード』のあらすじ【転】

1954年9月1日。クラブで演奏したチャーリーは、自分の腕に衰えを感じる。麻薬を使用してハイになったチャーリーは、明け方帰宅してチャンと口論になる。夫婦はまだプリーの死から立ち直れておらず、チャンも情緒不安定だった。チャーリーは麻薬の中和剤を使うと言って洗面所に入り、毒物を飲んで自殺を図る。チャーリーはそのまま救急車で搬送され、一命を取り留めて精神病院へ収容される。

麻薬が切れ、イライラしていたチャーリーは、ほかの患者に殴りかかってベッドに拘束される。チャンは、チャーリーへのショック療法を勧められるが、彼の音楽家としての才能を奪うことを恐れてそれを断る。方針に従えないなら退院するように言われ、チャーリーは精神病院を出る。

自宅に強盗が入り、チャンはニューヨークから母が残した家があるウエストチェスターへの引っ越しを決める。そこは自然の残る静かな場所で、チャーリーの療養にもちょうどよかった。

家族を養うため、チャーリーはサックス奏者として女性歌手チャーミー・モレロのツアーに参加し、金を稼ぐことにする。一応、音を確認しておきたいと言われ、チャーリーはニューヨークへ向かう。チャンは彼の身体が心配だった。

映画『バード』の結末・ラスト(ネタバレ)

チャーリーは52番街を訪れ、その変貌ぶりに驚く。ジャズクラブはストリップ劇場となり、新しい音楽としてロックンロールが流行っていた。派手なパフォーマンスで乱暴にサックスを吹く昔の仲間を見て、チャーリーはひどく失望する。

チャーリーはスタジオをすっぽかし、周囲の人を心配させる。“チャーリーが来ない”と連絡を受けていたチャンは、チャーリーから電話をもらって泣き出す。チャンは“今すぐ帰ってきて”と頼むが、チャーリーは客を失望させたくないからと、それを断る。いつもは刺々しいチャンが、その電話では妙に優しく、チャーリーも自然と涙がこぼれる。

意識を失ったチャーリーは、医者から入院を勧められる。肝硬変が進行し、潰瘍はチャーリーの心臓を圧迫していた。医者は内臓出血を起こしていると診断する。しかしチャーリーは入院を拒む。

その夜、チャーリーはテレビを見ながら大笑いし、そのまま心臓麻痺で亡くなってしまう。チャーリーはまだ34歳だったが、救急隊員が推定年齢を65歳と判断するほど、その身体はボロボロだった。

チャーリーは1955年3月12日にこの世を去ったが、彼の音楽は今も世界中で愛され続けている。

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