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映画『ファンタスティック・プラネット』のネタバレ・あらすじ・考察・解説

この記事では、映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじをネタバレありの起承転結で解説し、この映画の疑問や謎をわかりやすく考察・解説しています。

  1. 映画『ファンタスティック・プラネット』の作品情報
  2. 映画『ファンタスティック・プラネット』の登場人物(キャスト)
  3. 映画『ファンタスティック・プラネット』のネタバレ・あらすじ(起承転結)
    1. 映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじ【起】
    2. 映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじ【承】
    3. 映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじ【転】
    4. 映画『ファンタスティック・プラネット』の結末・ラスト(ネタバレ)
  4. 映画『ファンタスティック・プラネット』の考察・解説(ネタバレ)
    1. 映画『ファンタスティック・プラネット』は、なぜ精神病になりそうな映画と言われるのか?
    2. 映画『ファンタスティック・プラネット』と似ていると言われる作品は?
    3. 映画『ファンタスティック・プラネット』は何が面白いのか?
    4. 映画『ファンタスティック・プラネット』は、どのあたりが怖いのか?
    5. 映画『ファンタスティック・プラネット』に気まずいシーンはあるか?
    6. 映画『ファンタスティック・プラネット』は都市伝説的な要素がある作品?
    7. 映画『ファンタスティック・プラネット』のティバがかわいいと言われる理由は?
    8. 映画『ファンタスティック・プラネット』がトラウマになると言われるのはなぜか?
  5. 映画『ファンタスティック・プラネット』はどこで見れる?フルで無料視聴する方法は?

映画『ファンタスティック・プラネット』の作品情報


出典:U-NEXT

製作年 1973年
上映時間 73分
ジャンル アニメ
SF
ファンタジー
監督 ルネ・ラルー
キャスト なし
製作国 フランス
チェコ

映画『ファンタスティック・プラネット』の登場人物(キャスト)

テール(少年期:エリック・ボージン / 大人:ジーン・ヴァルモント)
主人公。オム族の少年で、赤ん坊の頃ドラーグ人に母を殺される。ティバに拾われ、愛玩具として育てられる。ティバと共に学習し、後にオム族独立の英雄となる。
ティバ(ジェニファー・ドレイク)
ドラーグ人の少女。オム族の赤子を拾い、テールと名付け可愛がる。ドラーグ人の不気味な容姿(青い巨体・赤い目・ヒレのような耳)とは裏腹に、素直な性格。
タージェ知事(ジェラルド・ハーンナンデス)
ティバの父親で、都市知事。気難しく生真面目な性格。ティバが、テールと学習することをよく思わない。

映画『ファンタスティック・プラネット』のネタバレ・あらすじ(起承転結)

映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじをネタバレありの起承転結で解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじ【起】

ある銀河の惑星イガム。青い体に赤目の巨人族・ドラーグ人が統治し、人間のようなオム族は下等民族として扱われていた。ある日、オム族の女性は赤子を抱いて、ドラーグ人のチンピラから逃げ惑っていた。チンピラ共は、女性をいたぶり面白がる。女性は、赤子を残して死んでしまう。そこに、ドラーグ人少女が通りかかって赤子を見つける。少女ティバは小さな赤子を気に入り、そのまま家に連れて帰る。赤子は、「テール」と名付けられ、拘束用の首輪をはめられる。そして、ティバのペットとして育つのだった。

イガムでの一週間は、オム人にとっての1年であった。テールはみるみるうちに成長し、あっという間に自我の芽生えた少年になる。ティバとは、悪戯を仕掛けてじゃれ合うほど仲が良かった。ティバは、少年らしくなったテールに愛情をより注ぐ。

ティバは教育を受ける年齢になり、レシーバーという遠隔受信機を用いてドラーグ人の歴史を学ぶ。傍らのテールも共に学び、テールは一生記憶に残るとされる知識を吸収した。

映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじ【承】

テールの知的好奇心は、どんどん膨らむ一方だ。ティバがいない隙に、テールはレシーバーを自らの首輪に接続して知性を磨く。ティバの父タージェは、それをよく思わずときに邪魔をした。

ティバは思春期に差し掛かり、テール(ペット)と遊ばなくなる。一方、テールも成人並に知能を高め、時機を見てドラーグ人の住まいから脱走する。初めての外の世界で、テールは様々な危機に晒される。そんな彼を助けたのは、オム族の娘。彼女に導かれ、テールはオム族の秘密の住処―「廃園の大木」へと足を踏み入れた。オム族は、当初テールを馬鹿にするも、彼の高い知性を目にして評価を改める。テールは、何とかオム族に置いてもらえることになった。

その晩。テールは寝付けず、外に繰り出す。オム人の成人男女が、不気味な建造物をよじ登って謎の光り物を口にしていた。建造物から出てきた女性たちは、次々と裸になり、男達を魅了する。そして、男女はつがいになって契りを交わした。不可思議な光景を、テールは冷めた目で眺めていた。

何人かのオム人たちは、テールが持ってきたレシーバーで自らも知識を吸収しようとしていた。しかし、一派のボスが妨害して、部族間で仲間割れが起きる。テールは、衝突の要因として決闘に駆り出される。最初は攻撃されるばかりだったが、相手を打ち負かす。テールに否定的だった一部族のボスは、テールを認め、晴れてテールはオム族に迎えられる。

映画『ファンタスティック・プラネット』のあらすじ【転】

テールは徐々にオム人らしくなり、オム族たちも一斉にレシーバーでの学習に勤しんだ。テールをオム族に導いた娘は、テールの博識さに惹かれており、二人は恋仲となっていた。

ドラーグ人が、「人間狩り」と称して「人類絶滅大作戦」を計画する。危険を察知したオム族は、大木に立てこもる方策を取る。テールは、様子を知るために一人住処を抜け出す。しかし、気の緩みか、木の穴族という盗賊に捕らわれてしまう。テールは、木の穴族の女族長にドラーグ人がオム人(人類)を壊滅しに来る、と告げる。だが、聞き入れてもらえず、その日は投獄されてしまった。

次の日、「人間狩り」が開始される。人間たちは、毒ガスのようなものを撒かれ、次々と息絶えていく。テールは、女族長に縄を解かれ、共に逃げ出す。ドラーグ人を人類の元へ導くのは、ガスマスクをつけた「人間」(愛玩具)だった。

オム族も命を奪われる中、テールの恋人や族長はまだ生存していた。そこに、オム族たちの隠れ場所を、ドラーグ人が通り過ぎる。オム族に気付いたドラーグ人は、躊躇なくオム族を踏み殺し始める。人々は屈さず、ドラーグ人に立ち向かった。二人のうち、一人のドラーグ人が捕らわれ死亡した。しかし、闘いの中で、オム族のボスが命を落としてしまっていた。

女族長が、人間たちをロケットの墓場に案内する。そこは、ドラーグ人が立ち寄らない場所で、隠れるには最適だった。一方、ドラーグ人会議では、各県の知事たちが人間の知能の高さや順応性、繁殖ぶりに懸念を示した。そして、更なる人間狩りの強化を訴える。タージェだけは、ドラーグ人が人類に惨たらしい仕打ちを犯してきたことを顧みていた。

映画『ファンタスティック・プラネット』の結末・ラスト(ネタバレ)

3つの季節が巡った。人間の感覚で言えば、15年後。人類は、ロケットの墓場に地下都市を建設していた。大勢の人間が、地下都市に流れ込み住み着いた。しかし、彼らの最終目的地は「野性の惑星」だった。レシーバーで磨いた知恵を使って、人々は宇宙船を人間用に改良する。人類の指揮を執っているのは、成人したテールだ。

地上では、ドラーグ人によって放たれた探索機(ドローン)が人類の住処を探していた。地下都市に侵入すると、ドローンは宇宙船を発見する。人々は、建物に身を潜めた。ドローンは、攻撃も仕掛けず地上へ戻った。

テールらの危機を救った女族長は老衰で、宇宙船に同乗することは難しかった。新しい惑星で平和な人類の世界を創るよう言うと、女族長は息を引き取る。その直後、ドローンが地下都市に攻め入り、人間を次々に捕獲する。同タイミングで、宇宙船は、とうとうイガムから飛び立った。

イガムの衛星―月に酷似した星に着地する。宇宙船を降りた人々が目にしたのは、首から上がない巨像だった。人々はそこで、ドラーグ人の秘密を知る。ドラーグ人は一日の大半を瞑想に費やすが、この衛星に意識を飛ばして、異星人と交流する。その異星人と夫婦になることで、生命エネルギーを得、ドラーグ人の種を保存していたのだ。男女の形をした巨像は、宇宙人の意識体を首に載せて、踊り始める。何とも不気味な光景を目撃した後、人間の宇宙船は衛星を離れた。ドラーグ人は、瞑想中の状態が一番の弱点だった。それに気付いた人類は、宇宙船から巨像を次々に破壊する。結果、ドラーグ人は絶滅の危機に追いやられ、人間狩りは収束した。

戦争終結後、ドラーグ人と人類の間で和平交渉が取られる。ドラーグ人は人間の知恵を逆輸入し、自身の生活向上に役立てた。人類は、イガムと衛星の付近に人工の惑星を創る―それはテール(地球)と呼ばれている。

映画『ファンタスティック・プラネット』の考察・解説(ネタバレ)

映画『ファンタスティック・プラネット』の疑問や謎をわかりやすく考察・解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『ファンタスティック・プラネット』は、なぜ精神病になりそうな映画と言われるのか?

『ファンタスティック・プラネット』が「精神病になりそう」と評される理由は、まずその独特なビジュアルスタイルと奇妙な世界観にあります。この作品は、巨大な種族「ドラッグ」と、彼らに支配される小さな人間「オム」の関係を描いていますが、その世界は現実とは大きくかけ離れており、観る者に強烈な違和感を与えるのです。登場するキャラクターの動きやデザインが非常に異様で、現実の常識では理解しがたいため、視覚的な不安感や不快感を引き起こすことがあります。

また、物語の展開自体もシュールで、意味深いシンボリズムや哲学的なテーマが散りばめられており、観客にとって理解が難しい場面が多いことも一因です。さらに、映画を彩るサイケデリックな音楽が、不安定な気分を助長します。これらの要素が複合的に作用することで、観客は映画を見ている間に現実感を失いそうな感覚に陥るかもしれません。

このように、視覚と聴覚への過剰な刺激が重なり合うことで、映画鑑賞が非常に不安定で精神的に疲弊するような体験になってしまい、「精神病になりそう」という感想を抱く人もいるのです。作品が意図的に不条理や混沌を描くことで、視覚的なショックや精神的な緊張を生み出しており、そのような反応を引き起こすのです。

映画『ファンタスティック・プラネット』と似ていると言われる作品は?

『ファンタスティック・プラネット』と比較される作品は、同様に独特な世界観やサイケデリックな表現を特徴とするアニメーションや映画が多いです。特に1970年代に製作された、シュールで幻想的な雰囲気を持つ作品と並べて語られることが多くあります。

代表的な例としては、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』が挙げられます。この映画も『ファンタスティック・プラネット』と同様に、視覚的に特異で、難解なテーマや哲学的なメッセージが込められています。特に、未知の世界や存在に対する不安感や、宇宙の広大さに対する人間の小ささといった点で共通しています。

アニメーション作品の中では、『イエロー・サブマリン』もよく比較の対象になります。この作品は、サイケデリックなビジュアルとファンタジー的な要素を持つアニメであり、非現実的な世界観とシュールな描写が『ファンタスティック・プラネット』と重なる部分が多いのです。

さらに、最近のアニメーション作品の中でも、例えばカートゥーンネットワークの『アドベンチャー・タイム』などは、異次元的で不気味な世界観を持つ作品として『ファンタスティック・プラネット』と比べられることがあります。これらの作品は、ビジュアル面での冒険心と現実からの逸脱を特徴としており、『ファンタスティック・プラネット』のような独特の魅力を共有しているのです。

映画『ファンタスティック・プラネット』は何が面白いのか?

『ファンタスティック・プラネット』の魅力は、その独創的な世界観と深遠なテーマにあります。まず、この作品は「ドラッグ」と呼ばれる巨大な種族と、彼らに支配される「オム」と呼ばれる人間たちの関係を描いており、支配と被支配というテーマを通して、社会や権力、自由についての問いを投げかけています。このテーマは普遍的なものであり、現代社会の不平等や抑圧の構造を考えさせる内容となっています。

また、ビジュアル面も非常に革新的で、映画のアートスタイルや独特のアニメーションは、他の作品には見られない個性を放っています。異世界の風景や生物のデザインが独創的で、観客を幻想的な世界へと引き込む力を持っています。このようなビジュアルの豊かさが、視覚的な冒険としての楽しさを提供しているのです。

物語自体はシンプルですが、シンボリズムが強調されたシーンが随所に散りばめられており、観る者に様々な解釈を委ねています。ドラッグによる支配とオムの反乱は、単なるファンタジーの枠を超え、現実世界の抑圧と解放のメタファーとして描かれているため、観客は哲学的な思索を楽しむこともできるのです。

さらに、映画のサイケデリックな音楽も、独特の雰囲気を作り出す上で大きな役割を果たしており、視覚と音楽が一体となって感覚を刺激します。これらの要素が絡み合うことで、まるで異次元へ旅するような体験を味わえる点が、この映画の大きな魅力なのです。

映画『ファンタスティック・プラネット』は、どのあたりが怖いのか?

『ファンタスティック・プラネット』が「怖い」と感じられる要因は、その異質で不気味な世界観に起因しています。まず、映画に登場する「ドラッグ」という巨大な種族は、人間よりはるかに大きく、彼らにとって「オム」と呼ばれる人間はペットや害虫のような扱いを受けます。このような圧倒的な力関係が、観客に恐怖心を抱かせるのです。人間が彼らにとって無力で、簡単に命を奪われる存在として描かれるシーンは、不安感を煽ります。

また、映画のビジュアルスタイル自体も、不気味さを増幅させる要因となっています。登場するクリーチャーや植物、背景はすべて現実には存在しない奇妙なデザインで、観る者に強烈な違和感を与えます。特に、異形の生物たちが予測不能な動きを見せる場面は、恐怖心を掻き立てます。

さらに、ドラッグたちがオムを実験台にするシーンや、オムたちが過酷な環境で生き延びようともがく様子も、倫理的に不安を呼び起こします。無慈悲な扱いと無力さの中で、オムたちが苦しむ姿は、視覚的にも精神的にも不安を感じさせるのです。

全体を通して、この映画は視覚的な不安感や存在の恐怖を巧みに描き出し、未知の存在や圧倒的な力に対する人間の無力さを浮き彫りにすることで、独特の恐怖感を生み出しているのです。

映画『ファンタスティック・プラネット』に気まずいシーンはあるか?

『ファンタスティック・プラネット』には、視覚的にショッキングで「気まずい」と感じるシーンがいくつか存在します。特に、巨大な「ドラッグ」と小さな「オム」の関係を描くシーンでは、支配者と被支配者の残酷な関係性が露わになり、観客に強い不快感を与えることがあります。

例えば、ドラッグがオムをペットのように扱うシーンがあります。彼らはオムを無慈悲に扱い、オムたちの命が失われることに何の感情も示しません。このようなシーンは、人間と動物の関係を連想させ、倫理的な問いを突きつけてきます。また、オムたちがドラッグから必死に逃げようとするも、最終的に捕まって命を落とす場面などは、観る者にとって非常に辛く、居心地の悪い気持ちにさせられます。

また、映画のビジュアル表現自体も、現実離れしたデザインや奇妙な動きが多く、人によってはそれが不快感や不安を引き起こす要因となることがあります。異様な生物や風景、そして人間らしからぬ行動を取るキャラクターたちの姿が、観客に「違和感」や「不自然さ」を強く印象づけるのです。

これらの要素が合わさることで、特定のシーンにおいて不快感や倫理的な気まずさを覚える観客も多く、映画の持つ独特な雰囲気がこうした気まずいシーンを生み出していると言えるでしょう。

映画『ファンタスティック・プラネット』は都市伝説的な要素がある作品?

映画『ファンタスティック・プラネット』は、都市伝説的な要素を含む作品とは言えませんが、独特な内容やビジュアルのために、一部の観客の間で神秘的な印象を与え続けています。この映画は非常に幻想的で現実離れした世界観を描いているため、一部の人々はこの作品を「カルト映画」として崇拝しており、その結果、映画にまつわる様々な噂や解釈が生まれています。

例えば、映画の物語は抑圧された「オム」と支配者「ドラッグ」の関係を描いており、この設定は現実の政治的なメタファーとしても解釈されてきました。特に、映画が製作された1970年代という時代背景から、冷戦時代や社会的な抑圧に対するメッセージを読み取る人も多く、そうした見方が「都市伝説」的な解釈を生み出すきっかけになっているのかもしれません。

また、異様なビジュアルやシュールな世界観は、夢や幻覚を連想させるため、「この映画を実際に見たのか、それとも夢の中で見たのか分からない」と感じる観客もいます。この感覚が、映画に対する神秘的なイメージを強め、都市伝説的な話題を呼ぶことがあるのです。

結論として、映画そのものが都市伝説を扱っているわけではありませんが、その独特なスタイルや深遠なテーマゆえに、観客に不可解な印象を与え、結果として都市伝説的な解釈や噂が生まれやすい作品だと言えるでしょう。

映画『ファンタスティック・プラネット』のティバがかわいいと言われる理由は?

映画『ファンタスティック・プラネット』に登場するキャラクター「ティバ」は、主にそのデザインと行動が「かわいい」と感じられる理由です。ティバは、巨大な「ドラッグ」の少女であり、物語の中でオム(人間)のテールと友情を育む重要な役割を担っています。

まず、ティバの外見は、ドラッグという巨大な種族の中でも幼い少女として描かれており、その無邪気さが目を引きます。彼女は他のドラッグたちとは異なり、残酷さや支配欲を持たず、テールに対して優しく接します。こうした純真な行動や、彼女がまだ大人の価値観に染まっていないことが、観客に「かわいらしさ」を感じさせるのです。

また、ティバは周囲の大人たちがオムを残酷に扱うのを目の当たりにしながらも、独自の優しさを持ってテールを守ろうとします。この純粋で優しい心が、観客の共感を呼び、彼女が「かわいい」と感じられる要因となっています。特に、映画の重いテーマや不気味な世界観の中にあって、ティバの存在は一種の安らぎや希望の象徴として描かれており、観る者に癒しを提供するのです。

ティバがテールを可愛がるシーンや、彼女の幼さゆえの無邪気な振る舞いが、観客に「かわいい」と思わせる理由だと言えるでしょう。

映画『ファンタスティック・プラネット』がトラウマになると言われるのはなぜか?

『ファンタスティック・プラネット』がトラウマを引き起こすと言われる理由は、その独特なビジュアルスタイルと、不気味で異質な世界観にあります。この映画の舞台となるのは、地球とは全く異なる惑星であり、現実世界の常識や法則が一切通用しない場所なのです。巨大な「ドラッグ」と呼ばれる種族や奇妙な生物たち、そしてドラッグによる支配と抑圧の描写は、観る者に強烈な不安感と恐怖心を植え付けます。特に、人間である「オム」が小さく無力な存在として描かれ、ドラッグに無慈悲に扱われるシーンは、視覚的にも衝撃的で、トラウマの原因となり得ます。

また、この作品が扱うテーマも非常に重く、支配と抑圧、無力感といった難しい問題が描かれています。オムたちがドラッグによって命を奪われたり、実験の対象にされたりする場面は、残酷で不条理な現実を突きつけ、感受性の強い観客の心に重くのしかかります。こうした内容は、特に子どもや若年層の観客に強烈な印象を与え、忘れがたい「トラウマ的な体験」として記憶に刻み込まれることがあるのです。

さらに、映画を彩るサイケデリックな音楽やシュールな映像は、脳に強い刺激を与え、通常の映画体験とは一線を画す感覚を味わわせます。この不快感や異質さが、感情の混乱を引き起こし、観た後も長い間心に残るトラウマ的な体験につながることが多いのです。

『ファンタスティック・プラネット』は、その独創的な表現方法と衝撃的な内容によって、観客の心に深い傷を残す可能性を秘めた作品だと言えるでしょう。現実とは異なる世界での出来事でありながら、そこに描かれる非情な支配構造や生命の尊厳の問題は、現実社会の歪みを映し出しているとも解釈できます。この映画がもたらすトラウマ的な体験は、単なる娯楽作品の枠を超え、人間存在や社会の在り方について深く考えさせる契機となるのかもしれません。

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みんなの感想・レビュー

  1. 横濱kabitan より:

    私も、最近になってNHKBSで見ましたが、さすが凄い映画でしたーすっかりはまって、原作の原文が全文読めるサイトを見つけ、それを全てWordに移して自動翻訳したのを読んでいます。思いの外、映画、原作をジブリ張りに変更しているのが分りました。ですが、映画・原作共に感動する所はティバがテールを、大事している姿です。
    ドラーグ族にしても、オム族にしても小さい時は、お互い見えない絆を感じ、離れたくない思いを持っているんですねーそういう思いを生涯大事に持ち続けることが、相互理解につながると思います・・・ねぇ、ティバのお父さん。