映画『居酒屋兆治(1983)』のネタバレあらすじ結末と感想 | MIHOシネマ

「居酒屋兆治(1983)」のネタバレあらすじ結末と感想

居酒屋兆治(1983)の概要:山口瞳の原作を、高倉健主演、降旗康男監督で描いた人間ドラマ。函館で居酒屋「兆治」を営む藤野英治。不器用ながら、真っ直ぐな人生を歩もうとすればするほど、かつての恋人や学校の先輩、昔の職場の上司、幼馴染が何故か不幸な目に遭ってしまう。そんな人生に苦悩しながら、それでも英治は前向きに生きていこうとしていた。

居酒屋兆治の作品情報

居酒屋兆治

製作年:1983年
上映時間:125分
ジャンル:ヒューマンドラマ、ラブストーリー
監督:降旗康男
キャスト:高倉健、大原麗子、加藤登紀子、田中邦衛 etc

居酒屋兆治の登場人物(キャスト)

藤野英治(高倉健)
この物語の主人公。かつて高校野球のエースとして地元を湧かせたが、肩を壊して野球人生に終止符を打つ。地元の造船所に勤めるも、訳あって退職。今は函館で妻の茂子と共に居酒屋「兆治」を営み、慎ましやかな生活を送っている。しかし、かつての恋人・さよが遭遇した悲劇によって、英治自身も思い悩むことになる。
藤野茂子(加藤登紀子)
英治の妻。英治とともに「兆治」を切り盛りしている。父が船乗りだったため、サラリーマンと一緒になることを夢見て、英治と結婚。大らかな性格だが、英治が造船所を辞めたときには落胆する。しかしその後も夫を支え続け、今では赤ちょうちんの主人の妻になったことに幸せすら感じている。
神谷さよ(大原麗子)
英治の元恋人。しかし貧しかった英治は、さよの将来を考え、さよと神谷との間に縁談が持ち上がった際に身を引く。牧場を経営する神谷との間に子供も2人生まれ、裕福な生活を送っていたさよだが、英治のことが忘れられず、たびたび家出を繰り返す。その後、神谷の家は失火が原因で焼失。さよは失踪し、札幌のキャバレーで働いていたが、深酒が原因で体調を悪化させていた。
岩下義治(田中邦衛)
英治の幼馴染で、高校時代には英治とバッテリーを組んでいた無二の親友。その後は精肉店に婿入りして、店を経営している。「兆治」の常連客でもあり、常に英治や幼馴染のことを気にかけている。英治は、自分の肩の故障で岩下の野球人生まで奪ってしまったことを長年、気に病んでおり、あるときそれを打ち明けるが、本人はそれを明るく否定する。
河原(伊丹十三)
英治の先輩で、現在は三光タクシー副社長。酒癖が悪く、酒が入ると英治に何かと因縁を付ける。特に、店の立ち退きを迫られている英治に新しい物件を紹介したにもかかわらず、英治がそこになかなか移らないことに気を悪くし、英治に暴力をふるうこともあった。英治は河原に殴られても決して抵抗しなかった。しかし河原が秋本の妻の死を、秋本の落ち度のように言いふらすと、それに我慢できなった英治から殴られ、脾臓破裂の重傷を負う。
秋本(小松政夫)
英治の幼馴染で、「兆治」の常連客。タクシーの運転手をしているが、観光客の女性にちょっかいを出す軽薄なところもある。妻の突然の死に対して仏壇を買うため、河原から借金をする。その負い目もあって、後に河原の三光タクシーに転職する。
峰子(ちあきなおみ)
「兆治」の向かいにある小料理屋「若草」のマダム。歌が上手で、さまざまなイベントに呼ばれては歌を披露し、葬式の席でも歌い出す明るい性格。カラオケ依存症の常連客・井上に手を焼いている。
有田(山谷初男)
英治の元同僚で、「兆治」の常連客。
越智(平田満)
有田の部下で、有田と共に「兆治」によく顔を出す。札幌・すすきののキャバレーで働いていたさよに惚れてしまい、結婚を申し込む。
神谷久太郎(左とん平)
さよの夫で、神谷牧場の経営者。自分のことをさよが心から愛していないことを知っており、英治とさよの関係に気づいていながらも、さよの心を引き留めようと努力している。結核に罹っていたが、そのために英治に思わぬ疑いがかけられることになる。
吉野耕造(佐藤慶)
英治がかつて勤めていた北洋ドックの専務。英治を総務部の課長に任命するが、英治が仲間の解雇を進める役はできないと反発したため、英治を解雇するよう仕組んだと言われる。後に癌に罹り、岩下は「英治を首にした張本人だ」というが、英治は居酒屋を経営できているのは吉野のおかげだと考えるようにしている。
井上(美里英二)
峰子の経営する「若草」の常連客。井上造船所の社長だが、歌が好きで、歌手になる夢を持っていたこともある。高価なカラオケセットを購入するために大金をつぎ込み、会社の経営を悪化させる。
相場先生(大滝秀治)
英治や岩下の恩師で、小学校の校長。妻を亡くした後、孤児だった多佳を引き取り育てていたが、成人した多佳と、36歳の歳の差ながら再婚する。
相場多佳(石野真子)
相場先生の再婚相手。
小関警部(小林稔侍)
函館西警察署の警部。神谷牧場の火事は、さよの放火ではないかと疑い、失踪した彼女の行方を追っている。英治とさよの過去の関係も調べており、英治がさよと共謀して神谷の財産を狙っているのではないかとすら考えている。そのため、英治が河原を殴って逮捕された際も、河原への暴行のことではなく、もっぱら、さよの行方を執拗に聞き出そうとする。
相松川(東野英治郎)
英治の師匠で、焼き鳥屋を経営している。造船所を辞め、苦悩の末に、もつ焼きの技術を教えてほしいと頼み込んできた英治を弟子にする。英治が河原の紹介した物件に店を出さないのは、そこが松川の経営する店の近くで、松川の店の客を取らないようにするためだった。
桐山少年(佐野秀太郎)
かつて英治が活躍した野球部の現在のエースピッチャー。英治がほれ込むほどのピッチングをしていたが、英治と同様、肩を痛めて投げられなくなる。しかし、絶望して英治に会いに来た桐山の症状は、かつての英治のそれよりも軽く、英治は桐山に望みを捨てないよう諭す。英治の言葉に、桐山も再び野球を続ける決意を固める。

居酒屋兆治のネタバレあらすじ

映画『居酒屋兆治(1983)』のあらすじを結末まで解説しています。この先、ネタバレ含んでいるためご注意ください。

居酒屋兆治のあらすじ【起】

函館で妻の茂子と共に居酒屋を営む藤野英治は、その店の名から「兆治」とも呼ばれていた。英治はかつて地元の高校野球部のエースとして活躍したが、肩を痛めて野球を断念、その後は地元の造船所の北洋ドックに勤めていた。

しかし英治は、オイルショックで同僚社員のリストラを進める総務部の課長に命じられたとき、自分には同僚の首切り役はできないとして、会社を辞めた。茂子はショックを受け、英治自身も酒に溺れる日々を過ごしたが、思い直してもつ焼きの修業を積み、函館のはずれに居酒屋「兆治」を開店した。

寡黙で真っ直ぐな生き方しかできず、無器用な英治だったが、店には幼馴染や先輩、元の会社の同僚らが毎晩のように飲みに来て、そこそこ繁盛していた。しかし、1日の売り上げは4万円で十分と考えており、チップも受け取らず、釣りは小銭までしっかり返すという愚直さのため、店が大繁盛するには至らなかった。

ある日、市場で茂子と買い物をする英治を遠くから見つめる神谷さよの姿があった。英治とさよは、かつて恋人同士だったが、貧しかった英治は、さよに牧場主の神谷久太郎との縁談話が持ち上がったとき、さよの将来を思って自ら身を引いた。

しかし、さよはその後も英治のことを思い続け、神谷との間に2人の子供ができた後も、家出騒ぎを起こしたりして、周囲からは精神障害ではないかと噂されていた。

ある夜、さよは夕食の準備中、かまどの火が母屋に燃え移るのを見ながら、その火を消そうとしなかった。そのため、神谷牧場は火事に見舞われ、その後、さよは失踪する。警察は、火事がさよの放火ではないかという疑いを持ち、密かに小夜の行方を捜索していた。

さよはその後、札幌のキャバレーで「サリー」という名で働いていた。狭いアパートの一室に戻ると、かつて英治と一緒に撮った写真を眺めては酒に溺れる日々を過ごしていた。

居酒屋兆治のあらすじ【承】

英治がかつて勤めていた北陽ドックでは、大勢の人々が見守る中、華々しくタンカーの進水式が行われていた。「兆治」の向かいにある小料理屋「若草」のマダム・峰子もその進水式に呼ばれ、歌を披露するが、北陽ドックの社長にその歌を気に入られる。

社長の相手で大いに酔っぱらってしまった峰子は、社用車で専務の吉野に送られ、店に戻って来た。そこで吉野は、掃除用のバケツを持った英治と顔を合わせる。吉野に対して頭を下げる英治から目を逸らすように、吉野は車に乗り込み、去っていった。その吉野こそ、英治を解雇に追いやった張本人だった。

英治の胸に、当時の思い出が去来する。突然の辞職、妻の茂子の落胆。そして、飲んだくれて自分を失いかけたものの、松川に弟子入りしてもつ焼きの技術を覚え、一軒の居酒屋を構えるまでになった。客の中には、脱サラでここまで成功した英治を立派だと褒める人もいたが、茂子は「これを成功って言うんですかねえ」と微笑む。

ある日、開店前の準備をしていた英治のところへ、さよがふらっと現れた。最初は驚いたものの、さよが無事であったことに安心した英治は、当たり障りのない世間話をする。さよは英治の話には耳を貸さず、「あなたが意気地なしだったからいけないのよ」と言い残して去っていった。さよは再び行方知れずになった。

しかしその後、さよは英治のところへしきりに電話をしてくるようになった。初めに電話してきたのは、師匠の松川が新たに始めた焼き鳥屋の開店祝いの席だった。しかし、英治がさよと会話しているところを、英治の先輩・河原に聞かれてしまう。

酒癖の悪い河原は、英治の店に来て悪酔いしては、英治に暴力をふるうこともあった。小夜との一件に関してもしつこく絡んできて、ある夜、英治が店から帰るのを待ち伏せていた。そこには、さよの夫の神谷まで呼んでおり、神谷の前で、さよの居所を聞き出そうとした。そして、「知りません」と言い張る英治を、起き上がれなくなるまで殴り続け、去っていった。

倒れている英治を見つけたのは、付近をランニングしていた高校生の桐谷だった。彼は英治がいた高校の野球部のエースピッチャーで、英治も仕入れの途中にグラウンドで見かける彼の投球に惚れこんでいた。

翌日、グラウンドに桐谷を訪ねた英治は、彼に例を言う。桐谷は、「あんまり飲みすぎないほうがいいんじゃないすか」と英治をからかった。

英治は桐谷の投球を褒めた上で、気になっていた彼の肩の具合を聞いた。自分も肩を壊して野球をやめざるをえなくなった経験から、桐谷の投球を見て、彼も肩の調子が悪いのではないかと思っていたのだ。桐谷は一瞬表情を曇らせたように見えたが、「大丈夫です」ときっぱり言って、その場を去っていった。

数日後、英治は店の常連客のタクシー運転手、秋本と競馬場に来ていた。英治にとって、競馬は趣味というよりは「運動」であった。家と店を往復するだけの生活に、競馬を加えることで変化をつけていた。

その帰り道、英治はかつての恩師で、小学校の校長をしている相場を訪ねる。36歳も年の離れた女性と再婚したという、そのお祝いもあって、自家製の塩辛を手土産にしていた。しかし、相場は不在だった。ちょうど英治たちがいた競馬場に出かけているところだという。

英治は相場の再婚相手の多佳と2人で相場の帰りを待った。多佳は、世間の人々が「相場が年の離れた女と再婚した」ということだけ面白おかしく話す一方、孤児の多佳を引き取って育てたという現実には触れないと不満を漏らす。英治が、「スキャンダルと美談は紙一重だ」と話すと、多佳は「英治さんって優しいのね」と言って笑った。

やがて相場が帰宅し、英治は恩師と塩辛を肴に杯を交わしながら、競馬談議に花を咲かせる。英治にとっては、競馬は「運動」にすぎず、相場は常に「1-6」の目しか買わないという、変わった競馬の楽しみ方をしていた。相場は、「同じ競馬場に行って、まったく違う競馬をやっているようだな」と言って、多佳と2人で楽しそうに笑った。

居酒屋兆治のあらすじ【転】

「若草」の峰子が、英治の店に飛び込んできた。店で岩下が井上に暴力をふるっているので止めてほしいという。英治が「若草」に行くと、確かに岩下が井上を殴り飛ばし、店の中はメチャメチャになっていた。そして井上は、頭から血を流していた。

岩下は、井上がカラオケに熱中しすぎるあまり、井上造船の財産までつぎ込んでカラオケの機械を購入し、会社を倒産させたこと、それでもまだ懲りずにカラオケに熱中していることに腹を立て、井上の目を覚まさせるために暴力をふるっていたのだ。

しかし、そんな岩下の心配も、井上の心には響かなかった。家まで送ってくれた英治を、井上は漁船の中に案内する。そこには小さな座敷とステージが用意されていた。英治は座敷に座らされ、うんざりするほど井上の歌と舞台演技を見せられる羽目になった。

店に帰ってきた英治に、岩下は「井上は医者に見せたほうがいい」と言う。そして、「さよちゃんも、あんな風になる前に、医者に見せたほうがよかったかもな」としんみり言った。そのとき、深夜にも関わらず、店の電話が鳴る。英治が電話に出ても、相手は何も言わずに電話を切る。そんなことが何日も続いていた。英治は、電話の相手がさよであることは薄々気づいていた。

休日。英治は岩下と2人で渓流釣りに出かけた。釣った魚を焼いてビールとともに胃袋に流し込み、久しぶりに自然を満喫した。

そこで英治は、今まで言い出せなかったことを岩下に告げた。それは、自分が肩を壊して野球人生に終止符を打ったが、そのために岩下の野球人生も奪ってしまったことに対する詫びの気持ちだった。そして、それでも居酒屋に通ってくれる岩下に対して、礼を言った。

岩下はそれを聞いて、「何を言ってるんだ」と照れながら、「肉屋の養子もいいもんだ。女房の尻に敷かれるのも気楽でいいもんだ」と自虐的に言っておどけた。2人の友情はいつまでも不動だった。英治は思わず「ああ、いい休みだったな!」と叫ぶのだった。

居酒屋兆治のあらすじ【結】

さよが働いている札幌のキャバレーに、かつての英治の同僚・有田と、その部下の越智が来ていた。さよは暗い顔で2人のいるテーブルに座っていたが、有田たちの話題の中に藤野英治の名前が出ると、急に表情を変える。そして、越智の水割りを飲み干すと、越智に口づけして「英治のことをもっと話してほしい」と迫るのだった。

すっかりその気になってしまった越智は、その夜、さよのアパートに泊まり、一夜を共にしてしまう。翌朝、越智はさよに結婚してほしいと迫るが、さよは年が離れすぎていること、自分には夫と子供がいることなどを理由に、越智の申し出を断るのだった。

その頃、英治が茂子と仕込みをしているとき、野球部の桐谷が訪ねてきた。桐谷は英治が思った通り、肩を壊しており、医者からは1年間投げられないと宣告されていた。絶望した表情の桐谷に、英治は自分の体験を話す。

英治の場合は肩が壊れただけでなく発熱し、右腕はピッチャーとして使い物にならなくなった。そこで英治は、右腕を諦め、左腕の投球を始めた。そして、来る日も来る日も練習を重ね、ある程度投げられる自信がついたところで、遠投をしてみた。ところが英治が投げた距離は37m、大学の野球部では到底通用する距離ではなかった。

それで英治は野球を諦め、野球以外の人生を探すことにした。しかし、桐谷に対しては、まだ諦めるのは早すぎると諭した。英治の話を聞いて、桐谷の表情は、再びやる気を取り戻したかのように、わずかに明るさを取り戻した。

その夜、英治の店を相場が訪ねてきて、英治夫婦と岩下、秋本、峰子の間で楽しい会話が繰り広げられた。酔った岩下は、恩師に対して失礼も顧みず、年下の妻との間に夜の営みがあるのかと聞いた。それに対して相場は、月に1度か2度、朝食の目玉焼きが2つから3つになる日があるという。それが答えだった。

その夜、秋本が家に帰ると、熱を出して横になっていた妻が急に苦しみ出し、そのまま亡くなった。後日、茂子と秋本の家に供養に行った英治は、部屋に金属バットが置いてあるのを見て、「野球をやるんですか?」と尋ねる。

しかしそのバットは、秋本が夜、布団の中で抱いて寝るためのものだった。結婚当初、貧しかった秋本は、妻と一つの布団で寝ていたが、そのとき妻に足を絡めて寝るのが癖になっていた。そして、別々の布団で寝るようになってからも、妻の代わりにバットに足を絡めて眠っているのだという。それを聞いた英治は、ますます切ない思いになってしまうのだった。

ある夜、英治の店に来ていた河原が、秋本の妻が死んだのは、熱を出している病人に不用意に扇風機を当てたからだと周囲に言いふらしていた。耐えきれなくなった英治は、店を出た河原の後を追い、ああいう誤解を招くようなことは言わないでほしいと河原に頼む。

英治が懇願しても河原が態度を変えないため、怒りを抑えきれなくなった英治は、思わず河原の腹を殴ってしまう。腹を抱えた河原は病院に運ばれるが、脾臓が破裂していた。そして、英治は過失傷害の罪で警察に拘留された。

英治の取り調べを担当した函館西警察署の小関警部は、河原を殴った件でなく、失踪中のさよのことを執拗に英治から聞き出そうとした。小関は、神谷牧場の火事が、さよの放火ではないかと疑っていた。さらに英治とさよの過去の関係も調べており、英治がさよと共謀して神谷の財産を狙い、神谷が結核で死ぬのを待っていたが、なかなか神谷が死なないため、神谷牧場に放火したのではないかとも考えていた。

小関の執拗な尋問によって、英治は6日間も拘留されてしまった。その間、気がかりだったのは、店の煮込みに1日1回は火を通さなければならないということだったが、それは茂子がしっかりやってくれていた。

その夜は、英治の復帰を待ちわびた常連客たちが店を賑わせた。遅れてやって来た有田が、吉野専務の見舞いに行ってきたと話す。吉野は癌にかかり、手術も効果なく、余命いくばくもないとのことであった。

閉店後の店で岩下と日本酒を飲みながら、英治は吉野専務の話をしていた。英治は、今の自分がこうして赤ちょうちんの親父をやっていられるのも、吉野のおかげかもしれないと言う。さらに総務課長をやらせようとしたのも、従業員に解雇を言い渡すなどという役目は、自分にしかできないと思ってくれたのかもしれないとも言った。それを聞いた岩下は、英治が「甘すぎる」と言う。

一方で英治は、吉野が癌になったことを聞いたとき、やっぱり神様は公平だった、病気になったのが岩下でなく吉野でよかったと考える自分もいて、切なくなるという正直な気持ちも吐露した。岩下は、「忘れちまえ!」と大声を出し、そばで寝ていた峰子がびっくりして飛び起きる。

そのとき、また店の電話が鳴った。英治が出ると、また相手は無言で電話を切った。「さよちゃんかな」と呟く岩下。それを聞いた峰子が、以前店で働いていた女の子が、すすきのでさよを見かけたという話をする。

英治は、さよの写真を持って、札幌行きの列車に乗った。その頃、さよはアパートで大量に吐血して苦しんでいた。そして、バッグから英治と2人で写った写真を取り出すと、それを胸に横たわり、静かに息を引き取った。死因は食道静脈瘤破裂、アルコールの多量摂取が原因だった。

英治はすすきのでさよを探すが、手掛かりはつかめなかった。そこで、札幌病院に吉野を見舞いに行く。英治は実際には吉野には会わず、受付に花を預けて帰ろうとした。そこで吉野を見舞いに来た越智と出会う。

越智は英治と川沿いを歩きながら、英治にサリーとの関係を尋ねる。英治ははじめ、「サリー」というのが誰のことかわからなかったが、越智の話から、さよのことであることを徐々に悟っていく。そして、越智がさよと関係を持ったこと、結婚を申し込んでも受け入れてもらえないことなどを聞かされた。

英治は越智からさよのアパートを聞き出し、訪ねていく。しかし、すでに時遅く、さよは部屋の中に冷たく横たわっていた。その手には英治と2人で写った写真が握られていた。さよの亡骸を抱きしめ、英治はしばらく動けなかった。

さよの葬儀の日、皮肉にも英治と、さよの夫の神谷、そして、さよに求婚しても受け入れられなかった越智が顔を合わせた。越智は1人で泣きじゃくっていた。神谷は英治に、「おかしな女でしたけど、私は巡り合えてよかったと思っています」と話す。それを聞いた越智は「おかしな女じゃありません」と喚き散らす。英治は黙り込むばかりだった。

数日後、店を閉めるときに英治は、茂子に詫びた。河原のこと、そして、さよのこと。茂子は「人が心に思うことは、誰にも止められない」といって英治を許す。茂子の言葉通りだった。さよに限らず、井上も、桐谷少年も、心に思うことは、誰も止められないのだ。

茂子が帰った後、英治はさよの手にあった写真に火をつけて灰皿の上で燃やした。一人酒をあおる英治。ふと見上げた先には、食器棚に映る自分の顔があり、目には涙があふれている。その自分の顔を見つめながら、英治は、「元気出して、いこうぜ」と1人呟くのだった。

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