映画『さらば愛しき大地』の概要:ダンプを乗り回し家計を支える幸雄は、最愛の息子達を水難事故で失った。彼はやり場のない怒りや悲しみを暴力に変えて身重の妻に当たり散らし、やがて覚醒剤に手を染めた。不倫相手との間には子供ができ、これまで以上に金が必要となった幸雄は、重い責任感に押し潰されていく。
映画『さらば愛しき大地』の作品情報
上映時間:130分
ジャンル:ヒューマンドラマ、サスペンス
監督:柳町光男
キャスト:根津甚八、秋吉久美子、山口美也子、佐々木すみ江 etc
映画『さらば愛しき大地』の登場人物(キャスト)
- 山沢幸雄(根津甚八)
- ダンプトラックの運転手として働く短気な男。実家の農家を継がずに東京へ出た明彦へ羨望や嫉妬、憎悪を抱いているが、長男としての責任感から両親と身重の妻、二人の息子のためにあくせく働いている。そんな中、最愛の息子達を水難事故で失い覚醒剤に手を出すようになる。さらに、妻との不仲から順子と不倫し、子供を設ける。
- 山沢明彦(矢吹二朗)
- 幸雄の弟。東京に出たものの足の悪い母を心配して頻繁に里帰りし、幸雄の素行や借金の心配をして出戻った。幸雄の仕事を手伝う内に出世し、かつて幸雄が管理を任されその名を冠した「山沢建材」の代表となる。事務員の女の子と結婚することになり、幸雄を式へ招待したが…
- 順子(秋吉久美子)
- 明彦の元恋人。母親の経営する小さな居酒屋「銀座の雀」を手伝っているが、母親が知らない男と駆け落ちし行方不明になったため店を継ぐことになった。唯一の肉親を失い寂しさを抱えていた時に幸雄と出会い、なし崩しで肉体関係を持った末に娘・愛子を出産。幸雄は、文江との間に生まれた第三子・トシヤと愛子を同じように愛し育てようとした。
- 文江(山口美也子)
- 幸雄の妻。第三子妊娠中に、二人の息子・テツヤとカズヤを水難事故で亡くした。その責任を幸雄に激しく咎められ、彼は文江が臨月にも関わらず殴る蹴るの暴行を加えた。元来短気で暴れん坊の幸雄へ不信感や不安、恐怖を募らせた文江は、義両親とは良好な関係を築きつつも幸雄からは距離を取るようになる。
- 大尽(蟹江敬三)
- 幸雄の同僚。吃音症。覚醒剤に興味を示し幸雄から分けてもらったが、体に合わず錯乱してしまい精神病棟に入れられた。その際に吃音を軽くする方法を教えてもらい、退院後は症状が緩和した。何かと山沢家を心配してくれる数少ない友人。
映画『さらば愛しき大地』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『さらば愛しき大地』のあらすじ【起】
東京に行った明彦を恨む幸雄は、ある夕飯時に些細なことで暴れ出し、両親や文江は散らかった食卓を片付けるにあたって手の付けられない幸雄を柱へ縛り付けた。そんな彼の生き甲斐は幼い息子達であり、文江のお腹には三人目の男の子がいた。
その日幸雄は朝から働きに出て、文江は足の悪い義母と物静かな義父と共に来客の相手をしていた。暇を持て余したテツヤとカズヤは台風が近づく中二人きりで河へ遊びに行き、ボートから転落して命を落とした。
文江は豪雨の中泣き喚き、身を割くような悲しみに悶えた。駆け付けた幸雄はそんな文江へ暴行を加え、激しい怒りを露わにした。二人は、河底から発見された我が子の遺体を見て硬直した。
子供達の葬式はしめやかに執り行われた。幸雄は、背中一面に息子達の戒名と観音様の刺青を彫った。文江は、これまでの暴力に拍車がかかった幸雄へ恐怖を感じ、お腹の子供をどこで育てようかと悩んだ。
傷心の中仕事へ復帰した幸雄は、バス停で項垂れる順子を見かけ乗せてやった。彼女は「母親が若い男と出て行った」と打ち明け、同情した幸雄は、明彦とヨリを戻すか自分と一緒になるか提案した。初めこそ不倫を真に受けていなかった順子だが、彼の抱える寂しさに共感し体を許した。文江は幸雄と順子の関係にすぐ気付いたが、何も言わなかった。
映画『さらば愛しき大地』のあらすじ【承】
幸雄と文江の第三子・トシヤはすくすくと育ち、5~6歳になった。母や兄夫婦を心配して実家に戻った明彦は幸雄の現場を手伝うようになり、文江の元へ一切帰らなくなった兄へ「トシヤが会いたがってるぞ」と声をかけた。幸雄はトシヤを連れ出し、順子との間にできた娘・愛子と一緒に遊園地へ行った。
覚醒剤に手を出した幸雄は、「興味がある」という大尽へ注射を打ってやった。ところが彼は錯乱状態に陥ってしまい、精神病院へ入院することになった。
幸雄は明彦と共に、生コン会社の部長を高級料亭で接待した。幸雄は部長へ多額の賄賂を手渡して仕事の斡旋と役職を願い、今の現場の元締めとなることを約束された。幸雄は山沢建材を設立したが、部長はずるずると賄賂を要求し続け、我慢の限界を迎えた幸雄は彼へ殴りかかり拘置所へ入れられた。
釈放された幸雄は、順子と愛子が待つ家へ帰った。帰るなり暴れ回る幸雄にうんざりした順子は、今抱えている借金をどうするのかと口答えした。怒り狂った幸雄は包丁を持ち出し、順子と愛子を家から追い出した。
明彦は、兄の借金を返すため山沢建材で懸命に働いた。その横でヤクザから覚醒剤を買う幸雄に呆れた明彦は、「変なやつらと付き合ってっと後で危ねえぞ。自分の好きなように生きてっと、周りが可哀そうだ」と説教した。弟からの反抗に激怒した幸雄は、自分の会社も仕事も捨てて逃げ出した。
映画『さらば愛しき大地』のあらすじ【転】
順子のヒモに成り下がった幸雄はますます覚醒剤が手放せなくなり、酷い幻聴と幻覚に苛まれた。そんな幸雄を訪ねて来た彼の両親は、玄関先で対応する順子へ「まともな生活をしてくれ」と懇願した。部屋の中から聞き耳を立てていた幸雄は腕にキリを刺して注射の真似事をし、覚醒剤を辞めようと努力したが、我慢は長く続かなかった。
幸雄が働きもせず覚醒剤を買うせいで、順子と愛子が暮らす家からは家財道具が全て押収された。順子は明彦を頼り、返済期限が迫る50万円を借りた。順子は、自分が明彦と会ったことを幸雄に知られたら殺されちゃうとおどけ、今のことは内密にするよう言った。しかし、その夜に愛子と外食していた幸雄は、元同僚の男達から「順子が頻繁に明彦の元へ通っている」と聞かされてしまう。
明彦の結婚式の日、大尽の家へ上がり込んだ幸雄は、大尽の妻の出産予定日が3ヶ月後にも関わらず出産祝いを渡した。幸雄はスーツの下に包丁を忍ばせると、悪化の一途を辿る幻聴や幻覚に翻弄されながら式場へ向かった。
紋付き袴に着替えた明彦は、挙式の時間が迫ってようやく現れた幸雄を裏口から招き入れようとしたが、幸雄は包丁を取り出して明彦を威嚇した。幸雄の話しは一向に要領を得ず、「順子に会うな、謝れ」と怒鳴り散らす彼に我慢の限界を迎えた明彦は、包丁を奪って兄を投げ飛ばした。明彦は幸雄を見放して式場へと戻った。
映画『さらば愛しき大地』の結末・ラスト(ネタバレ)
愛子と共に帰宅した順子は、結婚式に行ったはずの幸雄が窓辺で呆けているのを見て、愛子を外で遊ばせた。外の景色を眺めて返事もしない幸雄を背に夕飯作りを始めた順子は、自分が選んだ現状を嘆き感情を爆発させた。彼女は幸雄にすがりつき「もういい加減にしてよ、もうクスリやめてよ」と絶叫、その悲痛な訴えにも心が動かない幸雄は順子を突き飛ばすと「こうなったのはお前のせいだ」と怒鳴った。
そこへ泣きじゃくる愛子が帰宅したが、順子は「ママ今いそがしいから」と再び彼女を外へやり、黙々と夕飯の支度を始めた。狭い部屋には順子がじゃがいもの皮を剥く音だけが響き、その音は幸雄の幻聴を呼び覚ました。
幸雄は、自分に背を向け恨みつらみを言う順子へ静かに憤慨した。何のために息子達の戒名を彫ったのか、覚醒剤をやめられないのは弱さが原因だ、働きもせずゴロゴロしてばかりで情けない、と自分のことを責める順子へ包丁を持って忍び寄る幸雄だったが、当の順子は一切言葉を発さずに黙って野菜を切っていた。
幸雄は遂に順子の脇腹へ包丁を突き刺し、彼は苦しんで息絶える順子の様子をただ眺めた。
愛子を連れて逃げようとした幸雄は逮捕され、彼と面会した明彦は「刑期は8年ぐらいだ」と両親や文江に伝えた。愛子はトシヤや明彦と共に山沢家で暮らしはじめ、冬を迎えようする農村にはこれまで通りの生活が訪れた。
映画『さらば愛しき大地』の感想・評価・レビュー
間違った選択を繰り返し自ら負の連鎖に嵌っていく主人公と、その中でも前向きに生きようと足掻く周囲の人々の苦悩や努力を描いた作品。
田舎の農村に根付く極端な男性至上主義が招いた悲劇と言うべきか…昨今は女性の人権が声高に叫ばれているが、「女性らしさ」を強要したり「女だからこれはできない/させない」と決めつけるのと同じくらい、「男らしく振る舞うべき」「長男だから家を守るべき」といった“男性差別”もまた人を狂わせる。
幸雄は責任感があり他者を守ろうとする優しい人間だが、その重圧に耐えることのできない人間だったのだ。周囲がフォローすべきだろうが、彼の欠点は癇癪と暴力だった。自らを省みることなく次々に選択を誤り、最後まで「自分が一番偉い」「被害者は自分だ」と勘違いしたまま殺人に及んだ哀れな人間である。(MIHOシネマ編集部)
みんなの感想・レビュー