この記事では、映画『パルプ・フィクション』のあらすじをネタバレありの起承転結で解説しています。また、累計10,000本以上の映画を見てきた映画愛好家が、映画『パルプ・フィクション』を見た人におすすめの映画5選も紹介しています。
映画『パルプ・フィクション』の作品情報
出典:U-NEXT
製作年 | 1994年 |
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上映時間 | 154分 |
ジャンル | アクション 犯罪 |
監督 | クエンティン・タランティーノ |
キャスト | ジョン・トラヴォルタ サミュエル・L・ジャクソン ユマ・サーマン ハーヴェイ・カイテル |
製作国 | アメリカ |
映画『パルプ・フィクション』の登場人物(キャスト)
- ビンセント・ベガ(ジョン・トタボルタ)
- ギャングのボス・マーセルスの部下。3年間アムステルダムにいた。薬物を常用しており、平気で人を殺す。ダンスがうまい。
- ジュールス・ウィンフィールド(サミュエル・L・ジャクソン)
- ビンセントの相棒の黒人男性。人を殺す前に聖書の一節を暗唱する。ビンセントとは常に言い合いをしている。
- ミア・ウォレス(ユマ・サーマン)
- マーセルスの妻。元売れない女優。コカインを常用している小悪魔系の女性。
- ブッチ・クリッジ(ブルース・ウィリス)
- 落ち目気味のプロボクサー。ファビアンという若い恋人がいる。曽祖父から代々受け継がれてきた金の時計を幸運の時計と信じて大切にしている。
- マーセルス・ウォレス(ヴィング・レイムス)
- ギャングのボス。屈強で非情な黒人男性で部下からも恐れられている。
映画『パルプ・フィクション』のネタバレあらすじ(起承転結)
映画『パルプ・フィクション』のあらすじ【起】
とあるレストラン。パンプキンは恋人のハニー・バニーに効率のいい強盗について熱弁していた。結論は今ここでこのレストランを襲うのがベストだということになり、2人は銃を持って叫び始める。
ギャングのビンセントとジュールスは、ボスのトランクを盗んだ若者たちの始末に向かっていた。車内での話題はボスの妻ミアの足マッサージをした男がボスの怒りを買ってアパートの4階から突き落とされたという噂話について。足マッサージでそんな制裁を受けるのはどうかと白熱の議論が展開される。
若者のアジトに到着した2人は怯える若者2名を容赦なく撃ち殺し、トランクを手に入れる。ジュールスは人を殺す前にエギキエル書25章17節を暗唱することにしていた。
「ビンセント・ベガとマーセルス・ウォレスの妻」
ボスのマーセルスが留守にする夜、ビンセントはボスの妻のミアを外へ連れ出すよう頼まれていた。足マッサージの一件もあるのでビンセントは多少緊張しており、ヤクの売人から上物のヘロインを仕入れ、一発キメてからミアを迎えにいく。
ミアが選んだレストランで食事をし、2人はツイスト大会で優勝してトロフィーをもらう。コカインを常用しているミアはすっかりいい気分になっていた。帰宅したミアはビンセントがトイレに行っている間にコカインと間違えてヘロインを吸引し、危篤状態に陥る。ビンセントは慌てて売人の家にミアを連れて行き、大騒ぎしながらミアを蘇生させる。お互いにこのことは秘密にしようと誓って、ミアとビンセントは別れる。
映画『パルプ・フィクション』のあらすじ【承】
「金時計」
プロボクサーのブッチはマーセルスから八百長試合を依頼される。落ち目だったブッチはその話にのり、謝礼を受け取る。ところがいざ試合になるとブッチは急に本気を出し、相手のボクサーを殴り殺してしまう。当然マーセルスは激怒し、逃げたブッチの行方を探す。
ブッチは弟と組んでボクシング賭博で大儲けし、恋人のファビアンに逃亡用の荷造りもさせていた。しかし荷物の中に自分の大切な金の時計が入っておらず、ブッチは激怒する。この時計は曽祖父から祖父へ、そして祖父から父へと受け継がれてきた幸運の時計だった。ベトナム戦争で捕虜となった父は5年も尻の穴にこの時計を隠し、父が収容所で亡くなった後は父の友人が2年間尻の穴に隠して守ってくれ、帰還後ブッチに届けてくれた。ブッチは父の形見を諦めきれず、危険を承知でアパートへ戻る。
幸いアパートには誰もおらず、時計を手にしたブッチは上機嫌でキッチンへ行き、銃を発見する。ほどなくしてトイレから出てきたビンセントをブッチは撃ち殺し、車で逃走する。
信号で止まったブッチは横断歩道を渡るマーセルスと遭遇する。ブッチはマーセルスを車で撥ねて事故を起こし、質屋へ逃げ込む。追ってきたマーセルスとブッチはもみ合いになるが、質屋の店長に銃で脅され拉致されてしまう。
店長とその友人の狙いはマーセルスとブッチの尻の穴だった。マーセルスが別室で犯されている間にブッチは逃げ出そうとするが、考え直してマーセルスの救出へ向かう。ブッチは店長を日本刀で斬り殺し、解放されたマーセルスは八百長試合の一件をチャラにしてくれる。幸運の金時計はブッチの尻の穴と命を守ってくれた。
映画『パルプ・フィクション』のあらすじ【転】
「ボニーの一件」
話はビンセントとジュールスが、ボスのトランクを奪った若者を始末した時点にさかのぼる。部屋にいたのは殺された2名の若者と黒人少年のマーヴィンだけだったが、実はもうひとりトイレに隠れていた。若者はトイレから飛び出して銃を乱射。しかし弾は2人に全く当たらず、若者はあえなく撃ち殺される。2人はマーヴィンを連れて帰路につく。
ジュールスは弾が自分たちに当たらなかったことを神の奇跡だと感じていた。ビンセントはただの偶然だと反論するが、ジュールスはこの出来事に深く感動し、足を洗うと言い出す。いつものように議論が白熱する車内で、ビンセントは後部座席にいたマーヴィンをはずみで撃ち殺してしまう。車内は頭を吹っ飛ばされたマーヴィンの血や脳みそでベトベトになる。ジュールスは仕方なく近隣に住む友人のジミーにガレージを借りることにする。
朝っぱらから自宅ガレージに死体と血まみれの車を持ち込まれ、ジミーは怒っていた。夜勤明けでもうすぐ帰宅する看護師の妻がこれを見たら、自分は離婚されてしまうとジミーは騒ぎ出す。ジュールスはボスに応援を依頼し、掃除屋のウルフが派遣される。ウルフはテキパキと2人に指示を出し、死体ごと車を処理してくれる。血だらけの服を捨ててジミーのTシャツと短パンに着替えた2人は、朝食を食べにレストランへ入る。
映画『パルプ・フィクション』の結末・ラスト(ネタバレ)
そのレストランではパンプキンとハニー・バニーが強盗の相談をしていた。ビンセントとジュールスは朝食を食べながら神の奇跡について議論を続ける。ビンセントがトイレへ立った後、店内ではパンプキンとハニー・バニーが銃を手にして強盗を始める。
パンプキンはレジから現金を強奪し、全ての客に財布を出すよう命令する。ジュールスは黙ってパンプキンの命令に従っていたが、ボスのトランクを渡すことは拒む。それでも引き下がらないパンプキンをジュールスは羽交い締めにして銃口を向ける。ハニー・バニーはパニック状態となり、ジュールスに銃口を向けて騒ぎ出す。
いつものジュールスなら迷わず2人を撃ち殺しているが、今朝の出来事で神の存在を感じていたジュールスはそうしない。トイレから出てきたビンセントにもハニー・バニーを殺さないよう告げ、自分の話をする。パンプキンに自分の有り金を全て渡してやり、あの聖書の一節を暗唱する。ジュールスはおとなしくなったパンプキンとハニー・バニーを逃してやり、ビンセントと笑いながら店を出て行く。
映画『パルプ・フィクション』の感想・評価・レビュー(ネタバレ)
タランティーノ節が全開の傑作。時系列をあえてシャッフルし、断片的なエピソードを組み合わせていく構成は初見では戸惑うが、理解した途端にその美しさと完成度に驚かされる。特にジュールスの聖書引用からの覚醒は、暴力に満ちた世界での“信仰”というテーマを浮き彫りにしていた。何度観ても新しい発見がある映画。(30代 男性)
ユマ・サーマンとジョン・トラボルタのダンスシーンは映画史に残る名場面!ストーリー自体はバラバラに見えて、どこかでしっかり繋がっているのが面白い。日常会話の中に哲学があったり、マカロニ的な暴力があったり、とにかくタランティーノのセンスに圧倒された。音楽も最高で、サントラだけでも楽しめる。(20代 女性)
昔観たときは正直よく分からなかった。でも年を重ねて改めて観ると、ひとつひとつのセリフや場面に深い意味があることに気づかされる。ヴィンセントがトイレに行くたびに何か起こる…とか、そういう細かい“クセ”が積み重なってるのが秀逸。タランティーノは、ただの暴力描写じゃなく、人間の矛盾を描いていると思う。(50代 男性)
テンポ感が良すぎて、2時間超えとは思えない面白さ。台詞がとにかくキレてて、タランティーノらしいユーモアが効いている。特にブルース・ウィリス演じるブッチのくだりは、思わぬ展開にびっくり。強面な登場人物たちが、どこか人間臭くて愛せるのもこの映画の魅力。何度でも観たくなる中毒性がある。(20代 男性)
「これは何度も観るべき映画」と友人に言われて観たけど、本当にその通りだった。最初は脈絡ないと思ってたシーンが、後から繋がって「そういうことか!」と何度もなる快感。ユマ・サーマン演じるミアの危うい魅力も良かったし、マフィアの世界にこんなに人間味を持たせた映画は他にない。とにかくセンスがすごい。(30代 女性)
映画好きとして、避けては通れない一本。タランティーノの初期代表作としての完成度は圧巻。会話、構成、キャラ、音楽、全てにおいて唯一無二。ジュールスがラストで“赦し”を選ぶ展開には、暴力映画なのに精神性を感じる。暴力の中にユーモアと哲学がある奇跡的なバランス。まさに「映画はアート」だと再確認した。(40代 男性)
女性目線から言うと、意外と共感できる場面も多かった。ミアの危うさ、マーセルスの不在時にヴィンセントと一夜を過ごす緊張感…。あの絶妙な距離感の表現が好き。あと、会話劇のリズムが心地よくて、ストーリーより“場面”で楽しめる映画。オシャレでクールだけど、実は感情の機微も描かれていると思う。(30代 女性)
映画を観るというより、“体験”するような感覚。いろんな登場人物がいて、それぞれの生き方が無造作に交差する。ストーリーを追うというより、空気感に酔う映画。タランティーノの映画は暴力的って聞いてたけど、この作品はむしろ人間臭くて笑える場面も多い。観るほどにクセになるとはこういうことかと実感。(20代 男性)
映画史を語るうえで外せない名作だけど、それ以上に“ジャンルを壊した映画”だと思う。従来の起承転結なんて無視して、好きなことを好きなようにやってるのに、破綻していないどころかめちゃくちゃ面白い。どのキャラも一癖あって、会話だけで魅せる力がすごい。タランティーノって天才なんだと改めて思った。(40代 女性)
大学の映画サークルで観たのがきっかけだったけど、タランティーノ沼にハマったきっかけの一本。脚本も編集も、こんな自由なのに面白いのはズルい。時間軸を崩してもここまで成立するって、普通できない。サミュエル・L・ジャクソンのあの語りのシーン、鳥肌立ちました。セリフ覚えるくらいリピートしてます。(20代 男性)
映画『パルプ・フィクション』を見た人におすすめの映画5選
レザボア・ドッグス
この映画を一言で表すと?
会話だけで緊張感を作り出す、クライム映画の金字塔。
どんな話?
宝石店強盗に集められた6人の男たちが、計画失敗後に裏切り者をめぐって疑心暗鬼に陥っていく様を描く密室劇。ストーリーは強盗“後”から始まり、巧妙な構成で物語が進んでいきます。
ここがおすすめ!
『パルプ・フィクション』と同じくタランティーノ監督作品で、クールな会話劇と暴力美学が魅力。緊張感とユーモアが絶妙に入り混じったスタイルがクセになる、タランティーノの原点です。
スナッチ
この映画を一言で表すと?
複数の視点がスリリングに絡み合う、スタイリッシュ・クライム・コメディ。
どんな話?
ロンドンの裏社会を舞台に、ボクシングとダイヤモンドを巡って複数の人物が同時進行で動き回る群像劇。それぞれのストーリーが思いもよらぬ形で交差していきます。
ここがおすすめ!
ガイ・リッチー監督のテンポの良い編集とユーモアあふれる演出が光る作品。登場人物のクセの強さや、ストーリーの複雑な絡み方は『パルプ・フィクション』に通じる快感があります。
トレインスポッティング
この映画を一言で表すと?
破滅と快楽の狭間で生きる若者たちの、疾走する青春と絶望。
どんな話?
スコットランドのエディンバラで、ドラッグ中毒の若者たちが退屈な日常から抜け出そうとあがく姿を描く。ポップな映像と音楽で、社会の底辺をリアルに切り取ります。
ここがおすすめ!
斬新な編集とスタイリッシュな映像、そして皮肉たっぷりの会話が特徴。『パルプ・フィクション』の持つカウンターカルチャー的な魅力を、違った角度から体感できる名作です。
ナチュラル・ボーン・キラーズ
この映画を一言で表すと?
愛と狂気が疾走する、究極のバイオレンス・ロードムービー。
どんな話?
殺人カップルのミッキーとマロリーが全米を横断しながら殺戮を繰り返し、マスコミに“ヒーロー”として祭り上げられていく姿を描く、痛烈なメディア風刺映画。
ここがおすすめ!
原案はタランティーノ。過激な内容ながら、ポップでサイケな映像と強烈な社会風刺がクセになります。『パルプ・フィクション』好きなら、このカオスな世界観に引き込まれるはずです。
イン・ブルージュ
この映画を一言で表すと?
殺し屋たちの会話に笑って泣ける、黒すぎるヒューマンドラマ。
どんな話?
暗殺に失敗した殺し屋コンビが、次の指令までの待機先・ブルージュで過ごす数日間。観光地での退屈な時間が、次第に思いもよらぬドラマへと変わっていきます。
ここがおすすめ!
ブラックユーモアと詩的な風景、そして生と死を見つめる哲学的テーマが融合。『パルプ・フィクション』の持つ「暴力の中にある人間味」を味わいたい人に、静かな衝撃を与えてくれる傑作です。
みんなの感想・レビュー
①クエンティン・タランティーノの真骨頂。
タイトル通り「くだらない」映画である。くだらないストーリーに「くだらない」というタイトルを付けて、真顔でメガホンを撮ったタランティーノの真骨頂が発揮された作品である。しかしタランティーノの上手いところは、笑わせたいところで役者の演技を決してコミカルに描かせないのである。シニカルな表情でバカをやるというところは、途中から観た人は一体どんな展開なのだろうと首をひねるだろう。全然心配しなくてもいいところで心配したり、この流れでそのセリフが出るかというようなセリフが出てくるというマジックは、タランティーノならではのものである。そしてスティーブ・ブシェミみたいな役者をチョイ役として使う事で、画面の中に異様さを描き出すことにかけては天才的な感性を持っている。多分タランティーノの映画に出演する俳優も、その辺を全て熟知しているかのように演技しているのが、尚更観ていてくだらなさを実感するのである。自分の撮った映画には殆ど自ら出演しているというところも、足らない部分を自分で補える役者視点で映画が作れる珍しいタイプの監督である。天才とバカの両面を持ち合わせている希有な人物だろう。エンターテインメントというものを、いい意味でも悪い意味でもよく理解している。
②変なシリアスではなく、まともなナンセンス。
短編のオムニバスで構成していながら、時系列はわざとバラバラにし、最後に全てが繋がり全体の構成が解る仕組みになっている。初めて観る人は一体何がどうなっているか解らないだろうが、最後まで観たらその作り方の妙に納得するだろう。出演者が真面目な顔で演技していると思っていると混乱する。それを避けるためにも途中でトイレなどには行かない方がいい。そして最後に映画が終わって何も残らない感をゆっくりと味わい、そのくだらなさに何も感じない自分の生真面目さを誇りに思うも良し、ゲラゲラ笑い飛ばすのも良いのではないか。何にでも意味があると思って観ていると大間違いなのである。それにしてもFとUとCとKのセリフをここまで多用した映画にはお目に掛かったことがない。
ジョン・トラヴォルタやブルース・ウィリスなどの豪華な俳優が至って真面目な演技をしながら、B級映画のテイストが存分に漂ってくる。しかしその中にマカロニ・ウエスタン的なワイルドさが滲み出ており、ほとばしる血の匂いがする。作り方の真意は定かではないが、シナリオは適当で演技は成り行きに任せ、監督が現場をイメージで仕切る中でのアドリブ中心。さらに編集の間でアイデアが湧いてきたら、ところ構わずフィルムを繋げるというような作りが見えてくる。テーマは決まっていながらその中で演奏者がぶつかり合うフリージャズの演奏を聴いているようなライヴ感だ。計算できるようなイメージではなく、ひらめきという天性の魔術である。