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映画『流浪の月』のネタバレ・あらすじ・考察・解説

この記事では、映画『流浪の月』のあらすじをネタバレありの起承転結で解説し、この映画の疑問や謎をわかりやすく考察・解説しています。

映画『流浪の月』の作品情報


出典:U-NEXT

製作年 2022年
上映時間 218分
ジャンル サスペンス
ヒューマンドラマ
ミステリー
監督 李相日
キャスト 広瀬すず
松坂桃李
横浜流星
多部未華子
製作国 日本

映画『流浪の月』の登場人物(キャスト)

家内更紗(広瀬すず)
10歳の時に文と知り合い、一緒に暮らした。誘拐事件の被害者として知られている。現在はレストランのアルバイト。
佐伯文(松坂桃李)
大学生の時、更紗を自宅に連れて帰った。「誘拐犯」として逮捕された。深夜営業のカフェをやっている。
中瀬亮(横浜流星)
更紗と同棲している恋人。上場企業のサラリーマンで実家は土地持ちの農家。
谷あゆみ(多部未華子)
現在の文の恋人。看護師をしている。

映画『流浪の月』のネタバレ・あらすじ(起承転結)

映画『流浪の月』のあらすじをネタバレありの起承転結で解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『流浪の月』のあらすじ【起】

公園のブランコに乗る少女。その視線の先にはベンチに座る青年がいる。
雨が降り出しても、帰らない少女に青年は傘を差しだし、ふたりは一緒に公園を出た。

ファミリーレストランで高校生が、動画を見ている。その横を更紗が料理を持って歩いて行く。動画からは「ふみぃ、ふみぃ」と女の子の声が聞こえていた。

更紗は同棲している亮に、一緒に実家に行こうと誘われるが、断った。その夜、更紗は文と過ごした日々を思い出していた。

10歳の更紗は、叔母の家で暮らしていた。その家の中二の息子に体を触られるのが嫌で、家に帰ることができなかった。
公園で時間をつぶす更紗を大学生の文は部屋に連れて帰った。几帳面で物静かな文の部屋で更紗はぐっすりと眠ることができた。

自由な更紗に文は心惹かれ、更紗は優しい文に癒やされ、ふたりはしばらく一緒に暮らした。それはのちに、少女誘拐事件となり、文は逮捕される。「死んでも知られたくないことがある」と言っていた文。更紗はそれを小児性愛だと思い込んでいた。

映画『流浪の月』のあらすじ【承】

ある夜、シングルマザーの安西佳菜子に誘われ、深夜営業カフェに行った更紗は、文と再会した。文に会うためカフェに通いつめる更紗。そこへ突然亮が現れる。驚いて不平を言うと「更紗は変わった」といらつく。その夜、更紗は亮に体を求められるが拒否する。

文の店を訪ねた更紗は、文が恋人のあゆみと一緒に出てくるのを目撃した。文が大人の女性を愛せるようになったことを更紗は喜んだ。

ある日、更紗は同僚からネットに上がった文の画像を見せられる。ネットの写真を撮ったのが亮だと気づき、更紗は彼を責める。怒った亮は更紗を殴り飛ばし、蹴りつけた。

血だらけになった顔で文のもとへ向かう更紗。店で治療してもらい、やっと話をすることができたふたり。更紗は事件のこと、ネットのことを謝る。文は更紗に再び会えたことを感謝していた。

映画『流浪の月』のあらすじ【転】

更紗は文の隣の部屋に移り住んだ。
ベランダから文をのぞき、こっそり楽しむ更紗。
文と一緒に過ごし、心から笑ってはしゃぐ更紗はあれからの自分を語る。
性行為がいやなのだと話すと、文は真剣に「わかるよ」と言った。文も恋人のあゆみと繋がれないでいた。

亮が更紗を見つけた。やつれた表情で、文との関係を責める。更紗は亮への感謝の気持ちから好きになろうとしたと言い、謝った。絶望して亮は立ち去った。

誘拐犯と被害者が付き合っているとして、更紗と文が雑誌に載った。更紗は亮の行動をやめさせようと会いに行った。すさんだ生活をしている亮。立ち去ろうとする更紗を引き留めるため亮は自分をナイフで刺した。

雑誌を見たあゆみが文に会いに来た。自分を受け入れなかった文を責めるあゆみ。一度もあゆみとしなかったのは、小さい女の子が好きだからと真剣な目で文は答えた。

映画『流浪の月』の結末・ラスト(ネタバレ)

更紗が預かった佳菜子の娘と一緒にいた文は、警察に連行されそうになった。過去がよみがえり、激しく抵抗する文。
「成長が止まる異常は、産んだ私のせいなの?」母の言葉を思い出して苦しむ。

カフェの隅にうずくまる文に更紗は「文の人生を壊した」と謝る。それでも文のそばにいたいと告白する更紗。
突然、全裸になる文。振り返り、すべてを見せると「更紗は大人になったのに、いつまでも俺だけ大人になれない。誰とも繋がれない。」と告白する。
文は小児性愛者ではなかった。性的に成長しない病気になっていたのだった。泣きじゃくる文を更紗は強く抱きしめた。
「更紗に知ってほしかった」
泣きながら文は更紗にすがりついた。
泣き疲れ、眠り込む文を更紗は愛おしく見つめた。

真実が明らかになり、更紗は文と生きていくことを決めた。
「またなにか言われるよ」
そういう文に
「そしたらまたどこかに移ればいい」と更紗は笑って答えるのだった。

映画『流浪の月』の考察・解説(ネタバレ)

映画『流浪の月』の疑問や謎をわかりやすく考察・解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『流浪の月』の主人公が抱えていた下半身の病気とは?

映画『流浪の月』では、主人公が下半身に特定の病気を抱えているという設定は明確には描かれていません。物語の中心テーマは、主人公が幼少期に経験した誘拐事件によって受けた心の傷や、その後の人生における心理的葛藤にあります。したがって、主人公の身体的な病気そのものには、あまり焦点が当てられていないのです。

ただし、映画全体で描写される「病気」や「傷」は、主に精神的なものとして象徴的に表現されています。主人公の抱える下半身の病気という表現は、比喩的な意味合いを持つ可能性があります。過去のトラウマが、彼女の生活や人間関係に大きな影響を及ぼし、それが心の病として現れているのかもしれません。

『流浪の月』では、登場人物たちが過去の出来事によって負った心の痛みを抱えながらも、それを乗り越えようと奮闘する姿が描かれています。もし「下半身の病気」という表現が物語と関連しているとすれば、それは彼女の心の傷が身体的な不調や苦痛として表象されているとも解釈できます。ただし、具体的な病名や症状が明示されることはありません。

本作は繊細な人間関係や登場人物の内面の機微に焦点を当てた作品であるため、身体的な病気そのものの描写は物語の主眼ではないのです。

映画『流浪の月』はどのあたりが気持ち悪いのか?

『流浪の月』には、観る者に不快感や「気持ち悪さ」を感じさせるシーンがいくつか存在します。それは主に、登場人物たちの複雑な人間関係や心理的葛藤に起因するものです。

物語の中で、主人公は幼少期に誘拐事件に巻き込まれ、誘拐犯とされる男性との間に異常な関係性が生まれます。この関係は、一般的な愛情や信頼とは異なる、歪んで複雑な様相を呈しています。主人公とその相手との間に漂う不自然な緊張感は、観客に居心地の悪さを感じさせずにはいません。

また、作品には性的な示唆や暴力的な要素も含まれており、それらが視覚的に強調されるシーンもあります。直接的な描写は控えめですが、登場人物たちの心理的圧迫感や不安を観客に伝えるような演出がなされています。登場人物の感情や行動の予測不可能さが、「気持ち悪さ」を助長しているのです。

さらに、主人公の過去のトラウマや、それに関連する出来事が物語の中で繰り返し描かれることで、観客は精神的負担を感じることがあります。こうした不安定な感情や人間関係が作品の基盤をなしているため、それ自体が「気持ち悪さ」を喚起する要因となっているのです。

映画『流浪の月』のケチャップを拭くシーンの意味とは?

『流浪の月』のケチャップを拭くシーンには、重要な象徴的意味が込められています。一見すると単なる食事の場面のようですが、実はこのシーンには登場人物たちの内面の葛藤や過去の傷が投影されているのです。

ケチャップがこぼれるという些細なミスは日常的なできごとですが、それを丁寧に拭き取る行為には、過去の過ちや心の傷を癒そうとする登場人物たちの思いが象徴されています。このシーンは、人と人とのコミュニケーションや関係性の中で、相手の過去やトラウマにどう向き合うかというテーマを扱っているのです。

ケチャップを拭くという一見単純な行動は、登場人物にとって自分自身や相手を理解し、受け入れるための一歩を表しています。それは、彼らが自分の内面の問題や過去の出来事と向き合おうとする試みの表れでもあるのです。

また、この映画全体が織りなす繊細な感情の機微を描く上で、ケチャップを拭くシーンは登場人物たちの心情や感情の動きを巧みに表現する象徴的な場面として機能しています。些細な日常の行為の中に、人間の内面の複雑さを映し出すことで、このシーンは観る者に登場人物たちへの共感を呼び起こすのです。

映画『流浪の月』の最後のシーン「誰にも繋がれない」の意味とは?

映画のラストシーンで語られる「誰にも繋がれない」というセリフは、登場人物たちの孤独と自由を象徴するキーワードとなっています。彼らはそれぞれに過去の傷やトラウマを抱えており、他者との深い関係性を築くことに困難を感じています。人との絆を求める一方で、過去の経験から生じる心の傷が、誰かと深く結びつくことへの恐れを生んでいるのです。

「繋がれない」という言葉は、主人公たちが誰とも完全には結ばれることができないという苦悩と、社会や他者からの束縛から解放されたいという願望の両面を表しています。登場人物たちは何度も人間関係を築こうと試みますが、最終的にはその関係性が上手くいかず、孤独の中に立ち返ることになります。

しかし同時に、このフレーズは彼らが自由を手に入れたことをも示唆しています。過去の呪縛や他人の期待から解き放たれ、誰にも縛られることなく自分自身の人生を歩むことができるようになったのです。ただし、その自由には孤独も付きまとうため、この言葉には寂しさや疎外感の意味合いも含まれているのです。

「誰にも繋がれない」というセリフは、人との絆を求めながらも、それを恐れ、結局は孤独を受け入れざるを得ない登場人物たちの複雑な心情を表現しています。彼らが辿り着いた自由と孤独の間で揺れ動く心の機微を、このシンプルな言葉が見事に凝縮しているのです。

映画『流浪の月』は実話を基にした作品?

『流浪の月』は、実在の事件や人物に基づいた作品ではありません。この映画は、小説家・凪良ゆうによる同名の小説を原作としたフィクション作品です。原作小説自体も、登場人物たちの複雑な心理や人間関係を描いた創作物語であり、特定の実話をベースにしているわけではありません。

映画は主人公が過去に経験した誘拐事件と、その後の人生における人間関係の機微を中心に物語が展開します。誘拐というモチーフや、登場人物たちが抱える心の傷、社会の偏見など、リアリティのある問題が描かれているため、観客に実話のような印象を与えることがあるかもしれません。しかし、あくまでこれらは創作されたストーリーであり、実在の事件や人物とは直接の関係はないのです。

したがって、『流浪の月』はフィクション作品として鑑賞するべき映画であり、実話に基づくドキュメンタリーのような視点ではなく、創作された人間ドラマとしての側面に重点を置いて観ることが大切です。登場人物たちの心理の機微や、繊細に描かれる人間関係の様相を、創作物語としての枠組みの中で味わうことが、この作品の魅力を理解する上で重要なのです。

映画『流浪の月』で本当にやってるシーン(性的なシーン)はあるのか?

『流浪の月』には、性的な場面を連想させるシーンがいくつか存在しますが、直接的な描写は控えめに抑えられています。登場人物たちの間に性的な緊張感や欲望が描かれることはありますが、それが露骨な映像として表現されることはありません。むしろ、そうした要素は登場人物たちの心理状態を表す一つの手段として用いられているのです。

作品全体を通して、性的な関係性は重要なテーマの一つとして扱われていますが、観客を不快にさせるような露骨なシーンは意図的に避けられています。監督は、あくまで登場人物たちの内面の葛藤や感情の機微に焦点を当てており、性的な描写はその一部として控えめに示唆されるにとどまっているのです。

性的な場面を連想させるシーンの多くは、観客の想像力に委ねられる部分が大きく、直接的な表現は最小限に抑えられています。そのため、これらのシーンを深く理解するには、作品全体のテーマや登場人物たちの心理を読み解く力が求められます。

『流浪の月』は、性的な表現を前面に押し出すのではなく、あくまで登場人物たちの内面の機微を繊細に描くことに主眼を置いた作品なのです。性的な場面の示唆は、彼らの心理状態や人間関係の複雑さを表現するための一手法として、絶妙なバランスで用いられているのです。

映画『流浪の月』の主人公の病気のネタバレは?

『流浪の月』では、主人公が特定の身体的な病気を抱えているという設定は明示されていません。作品の中心テーマは、主人公が幼少期に経験した誘拐事件によって受けた心の傷と、その後の人生における精神的な葛藤にあります。つまり、主人公の「病気」とは、具体的な身体症状ではなく、過去のトラウマに起因する心の問題を指しているのです。

主人公は、誘拐事件の被害者として社会的な注目を集めた過去を持ち、その経験が彼女の人生に大きな影を落としています。彼女が抱える「病気」は、主に心理的なものであり、その傷が大人になっても癒えることなく、彼女の行動や人間関係に影響を及ぼし続けているのです。映画は、彼女がこの心の傷とどのように向き合い、周囲の人々とどのように関係を築こうとするかを丁寧に描いています。そして、その過程で浮かび上がる彼女の不安や苦悩が、「病気」として象徴的に表現されているのです。

この「病気」は、身体的な症状として直接描写されるのではなく、彼女の内面に深く根ざした感情の傷として描かれています。物語の展開において重要なのは、彼女がこの心の病をどのように乗り越えようとし、最終的にどのように受け入れていくのかという精神的な成長のプロセスなのです。

したがって、『流浪の月』における「主人公の病気のネタバレ」とは、彼女が抱える過去のトラウマとどのように向き合い、それを乗り越えていくのかという、内面の変化と成長の過程を指していると言えるでしょう。作品は、彼女の心の機微を丁寧に描きながら、トラウマを抱えた者の苦悩と再生の物語を紡ぎ出しているのです。

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