映画『STACY ステーシー』のネタバレあらすじ結末と感想 | MIHOシネマ

「STACY ステーシー」のネタバレあらすじ結末と感想

STACY ステーシーの概要:ある日、15歳から17歳までの少女達が世界中で突如次々と死に始めた。そして少女らは生きる屍として甦り、そんな少女のことを世間では『ステーシー』と呼ぶ。ステーシーになった者は切り刻んで処分するしか方法は無いのであった――これは鮮血に濡れた愛の物語。

STACY ステーシーの作品情報

STACY ステーシー

製作年:2001年
上映時間:80分
ジャンル:ホラー
監督:友松直之
キャスト:加藤夏希、尾美としのり、内田春菊、林知花 etc

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STACY ステーシーの登場人物(キャスト)

渋川(尾美としのり)
劇団に所属しており、人形劇を披露しながら人形も作っている。冴えないごく普通の中年といった容姿だが、突如現れた少女・詠子に自分がステーシー化するまでの間だけ生活を共にし、そしてその手で殺して欲しいと頼まれ困惑するのだが……。
詠子(加藤夏希)
ステーシー化を間近に控え、常に風鈴を持っている少女。ステーシーに転化する少女特有の症状で、常に多幸感に包まれているためかいつも明るく微笑みを絶やさない。行く行くは殺される運命にあっても笑顔を振りまいては、自分達を殺す人間達を「全部許すよ」と言う。
有田(山崎勝之)
ステーシーを殺処分する、『ロメロ再殺部隊』に志願した元医学生で、本部では研究者として働いている。志願した本当の理由は、恋人でありステーシー化したモモを探し出すためであった。
須永隊長(内田春菊)
若い小娘が嫌いという理由だけでロメロ再殺部隊の隊長を務める中年女性。気に入った男は自らの部屋に呼び、愛人にする。有田を気に入ったようで彼を事あるごとに部屋に招いていた。
犬神助清博士(筒井康隆)
ロメロ再殺部隊の研究者だが、いわゆるマッドサイエンティスト。ステーシー達を実験対象とし、残酷な実験も平気で行う。
のぞみ(林知花)
ドリュー違法再殺団と呼ばれる、ロメロ再殺部隊とはまた別に勝手にステーシーを駆除しては資金を集めている少女3人組のうちのリーダー。少女3人組はそれぞれ、のぞみ、かなえ、たまえという名だが彼女達もまたステーシー化を控えており、人気ホストのソリマチに殺されたいために荒稼ぎをしているようだ。

STACY ステーシーのネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『STACY ステーシー』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

STACY ステーシーのあらすじ【起】

とある野原で、カナという少女が倒れている。カナを囲む少年らは口々に話し合う、「いつ目を覚ますんだ?」「王子様がキスするまでだよ。王子様は大人にならないとやってこない、大人は20歳からだしカナちゃんはまだ16歳だから来ないな」――そんな会話をしていると、少年らの母親と思しき中年が現れる。カナに面倒を見てくれた礼を述べたその瞬間、気絶していたカナがカッと目を見開いたかと思うと獣のような形相で少年らに襲い掛かる。舞い上がる血飛沫に中年の絶叫がこだまする。その傍らでは不釣り合いな程に美しい、風鈴セーラー服の少女が風鈴を持って微笑んでいる。

21世紀初頭、15歳から17歳までの少女達が世界中でバタバタと死に始めた。そして死んだ少女らはゾンビとなって再び甦り、そんな彼女達のことを世間では「ステーシー」と呼ぶ。死期に近づいた少女は「臨死遊戯状態(ニアデスハピネス、N.D.H)」という躁状態に陥り、恐怖心も消え多幸感に満ちるという。更には「再生屍体蝶羽状輝微粉(さいせいしたいちょうじょうきびふん、B.T.P)」という青白い燐光を放つこともある銀色の粉が皮膚に浮き上がる、と語るのは犬神博士。博士の見識によればステーシー化した少女は「再殺」と呼ばれる、165分割以上になるまで切り刻んで分解して再び殺してやる必要があるという。尚、再殺の権利は少女の家族や恋人等、近しい間柄の者に与えられた特権であるが、突如ステーシー化し野良ゾンビとして彷徨ってしまう少女らを殺すために国では「ロメロ再殺部隊」なる部隊も組まれ隊員の募集まで行っている。

ニアデスハピネス状態にある少女らはその多幸感からか非常に美しくなり、一切の恐怖を感じていないような笑顔を浮かべる。しかしステーシーの蔓延により、世界は荒れ果てており、人口もどんどんと減少していった。出生率も下がり、人類は最大の危機と言っても過言ではない受難の時代を迎えていた。

そんなある日、劇団で人形造りをしている中年の男・渋川の元へ突如セーラー服姿の少女が現れる。風鈴を持ち、笑顔を浮かべる彼女の名は詠子(えいこ)。詠子はステーシー化を控えており、何故か渋川に自分を再殺することを頼んでくる。屈託のない笑顔で渋川のことを「渋さん」と呼ぶ彼女は、自分はあと1週間もすれば死んでしまうと陽気に語る。人間に興味がないふりをしているという渋川に興味を持った彼女は、ニアデスハピネスの影響か非常に饒舌だ。渋川は戸惑いながらもそれを受け入れるのであった。

STACY ステーシーのあらすじ【承】

日本では『ブルース・キャンベルの右手・2(ツー)』なる、片手に嵌め簡単な操作一つで再殺できるというチェーンソーが発売され、当たり前のようにテレビで通販されるような日々。そんな中、ロメロ再殺部隊が手一杯で相手にしてもらえないのを良いことに自ら『ドリュー違法再殺団』を組んだステーシー化を控えた少女3人、のぞみ、かなえ、たまえ。彼女らは違法再殺で100万円ずつ金を集め、歌舞伎町の人気ホスト・ソリマチ君に再殺権を買って貰おうと目論んでいた。短い期間のうちに何としてでも資金を集めたい彼女らは、ロメロ再殺部隊へ再殺依頼の電話をかける人々の回線をジャックし仕事を横取りするのであった。

そして今日も、ロメロ再殺部隊はバラバラにされ運ばれてきた少女らの遺体処理に疲弊していた。部隊の女隊長、須永は気に入った隊員を自分の愛人にするので、その日も志願してきた青年・有田と関係を結ぶ。何故彼が入隊を決めたのか尋ねると、彼は妹をロメロ再殺部隊に殺害されたという。そしてその妹は、冒頭で子供達を襲ったカナのことであった。ふと、有田は過去の記憶を思い出す。カナが紹介してきた女友達・モモに文通相手になってほしいと言われた時のこと。了承するとモモは嬉しそうに微笑む。そんなことを思い出しながら、有田はステーシー化した少女らが隔離されている部屋の中でモモの姿を見つけ、やるせない気持ちになる。

一方、ニアデスハピネス特有の昂揚感ゆえ常に明るい詠子に戸惑いつつも、次第にその距離を縮めていく渋川。そんな中、今日もロメロ再殺部隊は罪のない少女達をバラバラにし処理用のトラックへ詰め込む作業を繰り返す。皆この異様な行いに疲弊しきっており、怒りを露わにする者もいる――しかし、そこへ現れたのは風鈴を持った詠子だった。詠子は微笑を浮かべて言う。「ありがとう。ありがとう。ありがとう……私達はお兄さんのこと、大好きよ。だからお兄さんも私達のこと、好きになってね」――残酷な運命が待っているにも関わらず、そんな風に述べる詠子の言葉にやりきれないよう涙を流し、泣き崩れる隊員。そこへやってきた渋川に、詠子は「私のこともあんな風にぐちゃぐちゃにしてね」と無垢に語る詠子。どうしてそんな風に笑っていられるんだ、と問う渋川に「私達は笑うよ。全部許してあげるよ」と隊員らの行いを笑顔で受け入れる詠子。涙に暮れていた隊員はそんな彼女を見て、少女達は大事な人に殺されるべきであり、それが少女らにとっての1番の望みなのだと渋川に話しかける。隊員は更に語る。自分は娘を解体したと。その間、ずっと娘は自分を睨み続けていた。世界一嫌いな父親に殺されるなんて、娘はきっと不本意だっただろう。だけど自分は世界一娘を愛していたと嗚咽交じりに話し、その場に崩れ落ちる。気が済むまで泣いていいんだよ、と笑い続ける詠子に次々涙を浮かべ始める隊員達。

STACY ステーシーのあらすじ【転】

人形師でもある渋川は、劇のために脚本を書いていた。詠子の言葉を台詞として使い、詠子は自分なんかの言葉でいいのかと尋ねるが、渋川は「ここに残しておけば詠子のことが永遠に残る」と笑う。それから、劇用に詠子の人形を作ると約束した。その言葉に嬉しそうに胸を躍らせる詠子。その反面で、渋川は彼女がステーシー化してしまう日がいつか訪れることにどこか沈痛そうな思いを抱えていた。

ロメロ再殺部隊では、犬神博士による阿鼻叫喚の実験が行われていた。博士の研究によればステーシーには脳波が存在しているという。その場に居合わせた有田も博士の理論に耳を傾けていたが、突如拘束していたステーシーの遺体が青く発光し始めた。それだけではなく実験用にドラム缶の中に詰められていた上半身だけのステーシーも発光と共に動き出したかと思うと博士の足首を掴みかかる。すぐさま須永隊長が発砲し、博士はブルース・キャンベルの右手を使いステーシーを殺害する。

渋川と詠子の共同生活が続く中、ある朝中々目覚めない詠子にまさかと慄く渋川。しかし無事彼女はいつものように目覚め、起きるなりに買い物に付き合ってほしいと言う。彼女がプレゼントと言い渋川に手渡したのは、再殺用の道具であろうブルース・キャンベルの右手だった。複雑そうな顔でそれを手にする渋川。

そんな中、ロメロ再殺部隊では繰り返される異様な日々にとうとう精神に異常をきたしてしまった隊員・松井が禁忌を犯す。ステーシー達が隔離されていた研究室の鍵を開け、大量のステーシー達を解放してしまったのだ。ステーシーの大群に襲われ生きたまま身体を貪り食われる松井。ステーシー達は暴走し、ロメロ再殺部隊の本部は混乱に見舞われる。その隙にドリュー違法再殺団の3人娘もちゃっかり上がり込み、金稼ぎのためステーシーを抹殺し始める。押し寄せるステーシー達から身を守るためバリケードを作る隊員達だが、有田だけはステーシーの中からモモだけでも救いたいと思っていた。それが妹・カナへのせめてもの贖罪になればと考えていたからだ。

ステーシー達の急襲に弾薬が足りないと分かるや否や、須永隊長と有田が倉庫へ弾を取りに行くこととなる。しかし、それは須永の口実で彼女は有田と共に本部を置いて逃げようとしていた。反対し、抵抗する有田。そんな2人の元へステーシー達が一斉に突き進んで来てしまい、囲まれた須永は悲鳴と共に絶命する。有田はその中から、蝶羽状輝微粉によってか青く輝くモモを見つけ彼女の手を引いて逃げ出した。逃げた先は犬神博士の研究所だったが、そこへ現れたドリュー違法再殺団とロメロ再殺部隊に同時に見つかってしまう。ドリュー違法再殺団の3人は有田とモモの絆に心を動かされ2人を助ける決意をし、ロメロ再殺部隊の隊員へと立ち向かうも返り討ちに合う。隊員は有田とモモに向かい発砲しモモは有田の腕の中で共に絶命する。ドリュー違法再殺団ののぞみは「私もあんな風に誰かに抱き締められたい」と呟いた後、残る力を総動員させ隊員を撃った。しかし隊員からも反撃され瀕死になるのぞみ。隊員は彼女達の遺体の前で、過去に自分が行ったステーシーの解体について独り呟くが、ドリュー違法再殺団の少女らは死の淵にいるにも関わらず語り出す。「その子達は恨んではいない。きっと貴方のことを愛していたわ」――全てを許そうとするステーシー達に慟哭を上げ倒れ込む隊員。隊員の泣き声が響き渡る中、犬神博士は何かの結論に辿り着く。ステーシー達を突き動かしているものは「殺意」でも「食欲」でもない、「愛」なのではないかと。愛されたいがために死して尚動き続けているのではないのか――そんな博士の元にもステーシー達は襲来し、博士は「私のことを愛してくれるのか!」と高笑いを残しながら、彼女達の餌となったのであった……。

STACY ステーシーの結末・ラスト(ネタバレ)

渋川と詠子は、封鎖されていた植物園に無断で忍び込み、恋人同士のように戯れていた。やがて渋川の方から、初めて詠子を抱擁しそれに応えるように微笑む詠子。彼女の人形を作ると約束した渋川は、詠子のスケッチを描く。それから詠子は言う、「私は今とても綺麗だと思う」――、夜が明けた頃、誰もいない植物園の中には微笑みを浮かべたまま絶命している詠子の姿があった。彼女の握りしめている風鈴に飾られた短冊には、「ありがとう。ごめんね。大好きだよ」と書かれている……。

緩やかな風の音。風鈴の奏でる鈴の音。一面に広がる緑。渋川は詠子の遺体を抱えたまま、その草原を歩いていた。やがて彼女を降ろすと、彼女からの贈り物であるブルース・キャンベルの右手を前に、渋川は脚本用の原稿に先程の彼女の言葉を書き記していた――「ありがとう。ごめんね。大好きだよ」……やがてステーシーとして甦った彼女に、ブルース・キャンベルの右手を片手に嵌める渋川。立ち上がった詠子は片時も放さずにいた風鈴を踏み潰し、笑いながら渋川へと近寄って行く。そんな彼女に向かい微笑みながら渋川は言う、「ありがとう。ごめんね。大好きだよ」――そして短い間のうちに自分の中で最愛の存在となっていた詠子に、再殺を行う渋川。

エピローグ。最初のステーシーが現れてから何10年もの時が流れたある日、ステーシー達は突然人を襲わなくなった。男達はステーシーと愛し合うことができるようになり、子供も生まれるようになった。その子供は今までの人類ではない別の何かであり、人類の最終進化の形態だと呼ばれた。新たな人類が世界を再構築し始める。年老いた渋川は、かつて書いていた脚本を手にしながら詠子の人形の前で腰を下ろす――「そして世界は愛で包まれた」

STACY ステーシーの感想・評価・レビュー

古い作品だがゴアシーンは相当凄まじく、この作品の中で一体どれだけの血が出たのかと思う程凄まじい。まだデビュー間もない加藤夏希の見せるイノセントが、グロテスクな描写と対照的なのは眩しくも切ない。冴えない中年、渋川を演じる尾美としのりの哀愁漂う表情や仕草も全てが無垢で愛おしい。監督はあえて極端すぎるグロと、相反するよう美しい性交のない純愛の形を両面から作り上げたのだろう。悪趣味ギャグとシリアスが混在するので賛否はあるかも。(MIHOシネマ編集部)

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