映画『グリーン・インフェルノ』のネタバレあらすじ結末 | MIHOシネマ

「グリーン・インフェルノ」のネタバレあらすじ結末

グリーン・インフェルノの概要:父が国連で勤めており、自身も人権運動に熱心なジャスティンは、同じ講義を受けていた学生の紹介で、人権運動のサークルに参加する。彼らはペルーの奥地にあるジャングルにまで及ぶ資源開発で、先住民の暮らしが脅かされるのを防ごうとしていた。現地で一定の成果を出したジャスティンたちは、その帰り道、不運な事故に遭う。

グリーン・インフェルノの作品概要

グリーン・インフェルノ

公開日:2013年
上映時間:101分
ジャンル:ホラー
監督:イーライ・ロス
キャスト:ロレンツァ・イッツォ、アリエル・レビ、ダリル・サバラ、カービー・ブリス・ブラントン etc

グリーン・インフェルノの登場人物(キャスト)

ジャスティン(ロレンツァ・イッツォ)
大学生。父親が国連に勤めており、自身も人権問題の解決に熱心。
アレナンドロ(アリエル・レヴィ)
人権保護サークルのリーダー。表向きは慈善運動に熱心だが、実は他人を自分が成り上がるための道具としか考えていない。

グリーン・インフェルノのネタバレあらすじ

映画『グリーン・インフェルノ』のあらすじを結末まで解説しています。この先、ネタバレ含んでいるためご注意ください。

グリーン・インフェルノのあらすじ【起】

木々が生い茂るペルーの森の中。とある部族の老人が子供を連れて歩いていると、騒音が響き渡った。重機の音だ。大自然の真只中にある森にも開発の波は押し寄せていた。

森の近くの町では労働者が待遇の改善を訴えるハンストが行われていた。デモに賛同している大学生のジャスティンはハンストを実践する。対して友人のケイシーはデモ隊のことを偽善だと見下し、勝手に餓死してくれれば、騒音から解放されると侮蔑した。

二人は、大学で民族儀式の講義を受けた。アフリカや中東、アマゾンの部族の間には、女性が村の者に女だと認めてもらうために陰核を切除する儀式があるという。それを知ったジャスティンは残酷な仕打ちに憤慨した。

講義の終わり、同じ授業を受けていた男子生徒から声をかけられるジャスティン。男子生徒は人権活動サークルに所属しており、父が国連で人権問題の解決に努めているジャスティンを勧誘しようとしていた。彼らはハンストを主催していたグループで、ジャスティンは彼らの組織に興味を抱いた。

グリーン・インフェルノのあらすじ【承】

ジャスティンはその晩、父と夕食を共にし、講義で知った話を聞かせる。世界各地で行われている女性に対する不当な扱いを国連は是正できないのかと訴えるジャスティンに対し、父は一朝一夕に解決するものじゃないと言って宥めようとする。石油問題にはすぐ首を突っ込むのにと、ジャスティンは父を詰った。

ジャスティンは男子生徒に紹介されたサークルに参加することにした。サークルの会議では、資源開発のため、存続の危機に陥っているペルーのジャングルを守る手段について話し合われていた。文明の波が森と民族を抹殺していく。リーダーのアレハンドロはそのことを真剣に危惧していたが、茶化してきたジャスティンに苛立ち、彼を追い出した。次の日、反省したジャスティンはアレハンドロに謝罪し、協力を申し出る。

人権サークルは、ペルーのジャングルで暮らすヤハ族を救うため、現地に乗り込むことにした。前回の反省から、グループに貢献したいと考えていたジャスティンは、その活動への参加を表明する。ケイシーに引き留められたが、彼女の決意は固かった。

グリーン・インフェルノのあらすじ【転】

出発の日、父はジャスティンを引き留めようとし、ケイシーは間違っていると彼女を批難した。それでもジャスティンは心変わりをしなかった。ケイシーは旅立つ友人の無事を祈った。

飛行機でペルー入りしたサークルのメンバーは、現地スタッフのカルロスの協力の下、ジャングルを目指した。皆、観光気分だった。写真を撮るのに熱中し、観光客向けのレストランで食事を取り、住環境にも文句を言う。それでも彼らは人を救いにきたつもりでいた。

食事の後、遂に彼らはジャングルに踏み込んだ。開発企業の制服に着替え、従業員に扮した彼らは、作業現場に乗り込むと重機や木に自分を縛り付けて、作業を妨害しようとした。しかし、彼らは逮捕されてしまった。

ジャスティンは怒りに震えていた。アレハンドロは、国連の従業員の娘という自分の立場を利用して目立とうとしたのだ。強制送還される飛行機の中で、ジャスティンはアレハンドロを批難する。ジャスティンが眼下のジャングルを見下ろしていると、突如、飛行機の動力に異常が生じ、ジャングルの中に不時着してしまった。機体は真っ二つに折れ、運転席には木の幹が突き刺さった。何人かは外に投げ出され、機体に残った者も重傷を負った。

飛行機の残骸から這い出たジャスティンたちだが、彼らを何者かが包囲した。全身を赤く塗った部族の人間で、彼らは生き残った人権サークルのメンバーを槍や矢で撃ち抜いていった。ジャスティンも急所に矢を受け、倒れてしまう。

グリーン・インフェルノのあらすじ【結】

目が覚めると、ジャスティンは部族の船に乗せられていた。船は部族の集落に向かっていた。部族の集落の入口には杭が打たれており、そこには生首や、肉を剥されたばかりの真赤な骸骨が突き刺さっていた。怯え戸惑うメンバーたちは、族長の前に連れて行かれた。連れて来られたジャスティンたちを見て、村長は神の贈り物だと民に言う。族長により品定めの後、人権サークルのメンバーは一人を残して牢に入れられた。牢に入れられなかった一人は、石でできた儀式用の台に縛り付けられると、村長により両目を抉られた。抉った目を村長は喰らい、それから舌を切り落としてそれも食べた。その後、部族の民は人権サークルのメンバーの四肢を切り落とし、首を断つと、零れた血を飲み乾した。

儀式の後、切られた四肢と胴は調理され、部族の食事になった。檻に入れられたメンバーの一人が恐怖で便を漏らす。すると、それを見た部族の者たちは彼らを嘲笑した。

助けを待つのは絶望的だった。しかし、資源開発の企業のブルドーザーが来る見込みがある。彼らは自らが妨害した企業に縋るしかなかった。

明くる日、ジャスティンを含めた牢の女性が連れ出される。彼女たちは族長の前で服を剥され、陰部に骨でできたツメを突き刺された。族長による品定めの結果、ジャスティンが選ばれ、建物の中に連れて行かれた。

救援を呼ぶため、牢にいた一人が脱走を試みる。一人が川に逃げ込んだのと入れ違いで、全身に白い化粧を施されたジャスティンが戻ってきた。彼女は何をされたか覚えていないという。ジャスティンが戻ってきた直後、牢のメンバーに食事が振る舞われた。与えられた食事を食べていると、その肉の表面に何かが刻まれていることに気付いた。それは、脱出したメンバーの身体に刻まれていたタトゥーだった。それに気付いた一人は、仲間の肉を食わされたことに絶望し、食事が盛られていた盆を割って自分の首を切った。

人権サークルのメンバーは、町で手に入れていたマリファナを仲間の死体に入れておくことを提案した。部族の者たちは、焼いて肉を食う。その煙を吸えば部族の者たちは酩酊して、その隙に逃げ出せるだろうと考えたのだ。作戦は成功し、ジャスティンはアレハンドロを置き去りに脱出に成功する。

飛行機の墜落現場に戻ったジャスティンたちは、墜落の時に死んだ仲間が杭に突き刺さっているのを目の当たりにする。その死体が持っていた携帯電話を回収するものの、ジャスティンは追ってきた部族の者たちに再び捕まってしまう。

連れ戻されたジャスティンは、手足を杭に縛られ、白い化粧を施される。族長がやってきて、彼女の陰部にツメを突き立てようとしたその時、集落が物々しい空気に包まれる。川の方から一人の男がやってきて、資源開発の会社の従業員の首を掲げていた。部族の者たちはジャスティンを置き去りにして、どこかに行ってしまった。その隙に、ジャスティンは集落を脱出する。

逃げた先では、部族の戦士たちとペルー軍が戦闘を繰り広げていた。ジャスティンはペルー軍に救助され、ジャングルを脱出した。

学生寮に戻ったジャスティンは、悪夢から目を覚ました。外ではアレハンドロを英雄視した別の人権団体がデモをしていた。

Amazon 映画『グリーン・インフェルノ』の商品を見てみる

みんなの感想・レビュー

  1. 匿名 より:

    私たちはどこまで他国の文化に口出しすることができるのか?本作のテーマはある意味ここに集約している。

    女性の割礼は、他国から見れば人権侵害と唱えることができる。ところが割礼をずっと行ってきた村にとってはそれが風習、そして文化なのである。

    例えば私たち日本人が食事に箸を使うのと同様に。相撲の土俵に女性が立ち入れないのと同様に。

    それを否定するのは間違っていることか?正しいことか?割礼だけが非人道的な文化なのか?人道的な文化は誰が決めるのか?

    非常に難しい問題である。無論こうした答えの出ない問題に正面から立ち向かうのは素晴らしいことである。

    しかし間違った行動はそれに伴うしっぺ返しが伴うというのを本作品は教えてくれる。

  2. 匿名 より:

    DVDパッケージは遠目から見ると主人公が佇んでいる森がドクロマークのように見える作りになっており細部に遊び心の感じられる作品である。

  3. 匿名 より:

    学生時代、必ず一人は理想に燃える人がいたであろう。この映画は理想だけを抱き、正しい行動を起こさない者への警鐘を示している。

    と、言ってはみるもののそうではないだろう。食人族に出会ってしまえば善人も悪人も関係なく彼らの食事だ。いわば自然の摂理である。

    食事を(学生たちを解体)する際に、一見するとバラエティ番組にありがちなのどかな村の食事風景のようなカメラワークが特徴であった。

    そういった意味では不条理なホラー映画よりも筋の通った内容であった。

  4. 匿名 より:

    年齢制限がかかっている時点である程度のスプラッターは予測できたが、ともかくグロテスクな表現が多い。いわば食卓に上がる前のマグロの解体ショーを見せられているようなものである。私たちにとって食人族の行動が信じられないものであっても、彼らにとってはこれが日常なのだ。

    目を覆いたくなるようなスプラッター描写の一方で、本作品はリアリティにこだわりを強く持っている。

    実際に現地の民族(もちろん食人族ではないが)の方々に台本を渡し、演技をしてもらったというのだから面白い。