映画『駆込み女と駆出し男』のネタバレあらすじ結末 | MIHOシネマ

「駆込み女と駆出し男」のネタバレあらすじ結末

駆込み女と駆出し男の概要:江戸時代に実在した、縁切り寺こと東慶寺をテーマにした作品。大泉洋にとってこれ以上ないほどのはまり役であり、同作品で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を獲得している。

駆込み女と駆出し男の作品概要

駆込み女と駆出し男

製作年:2015年
上映時間:143分
ジャンル:ヒューマンドラマ、時代劇
監督:原田眞人
キャスト:大泉洋、戸田恵梨香、満島ひかり、内山理名 etc

駆込み女と駆出し男の登場人物(キャスト)

中村信次郎(大泉洋)
医師見習いでありながら、戯曲家も目指す青年。少々頼りない一面もあるが、心優しい人物。治療を通してじょごに惹かれていく。
じょご(戸田恵梨香)
夫から逃げ、縁切り寺に駆け込んできた人物。優しく、且つまっすぐな心を持つ人物。やけど傷の治療のため、信次郎と関わるようになる。
お吟(満島ひかり)
堀切屋の愛人で、じょごと共に縁切り寺に逃げ込んだ。彼女が縁切り寺に逃げ込んだことには、ある秘密があった。
堀切屋三郎衛門(堤真一)
お吟の愛人。普段は豪商として活躍しているものの、盗人という裏の顔を持つ。縁切り寺に逃げ込んだお吟を取り戻そうとしている。
戸賀崎ゆう(内山理名)
縁切り寺に従事する一人。暴力をふるう夫から逃げてきたが・・?
三代目柏屋源兵衛(樹木希林)
縁切り寺を取り締まる厳格な人物。信次郎の叔母にあたる人物で、頼りない信次郎を温かく見守っている。

駆込み女と駆出し男のネタバレあらすじ

映画『駆込み女と駆出し男』のあらすじを結末まで解説しています。この先、ネタバレ含んでいるためご注意ください。

駆込み女と駆出し男のあらすじ【起】

今から遡ること遥か昔、江戸時代の出来事である。その頃の日本では、今よりもずっと女性の立場が低かった。そんな時代では、例え旦那の不貞などの理由であったとしても、女性から男性に対して離婚を突きつけることができなかったのである。そんな時代で、唯一女性が男性と縁を切る方法、それが縁切り寺だった。縁切り寺に駆け込み、数年間に及ぶ修行を積むことで、正式に縁切りが受諾されるのである。

そして、じょごという女性も縁切り寺に駆け込もうとしていた。彼女は鉄工所で勤務する夫に嫁いだものの、この夫が全てをじょごに押し付け、自分は女遊びばかりするどうしようもない男だった。縁切り寺に向かう道中で、じょごはお吟という女性に出会う。その女性もまた、愛人である堀切屋三郎衛門との縁を切ろうとしているところだった。堀切屋三郎衛門は、豪商という顔を持ちながら裏では盗みに手をつける悪人だった。しかし、堀切屋の手先がお吟を追ってくる。責任感の強いじょごはそんなお吟を置いてはいけず、二人は協力して縁切り寺に駆け込むのだった。

駆込み女と駆出し男のあらすじ【承】

縁切り寺への入門を認められるには、まず縁切り寺の主人である柏屋源兵衛の面接を受けなければならない。なぜ縁切り寺に駆け込んできたかという事情を話した二人は、晴れて入門が認められた。しかし、正式に縁切りが認められるためには、2年間尼として厳しい業務に従事しなければならない。

縁切り寺には、二人以外にも多くの女性が尼として従事していた。彼女たちは全員、パートナーの手から逃れ、縁を切ろうとしている人物なのである。女性だらけのこの寺に、唯一の男性がいた。それは、柏屋の甥である信次郎という人物だった。彼は口が達者なやや軽薄そうな人物ではあるものの、医者としての知識があるため、尼たちの担当医として必要時寺にやってくるのだ。

じょごは、鉄工所という劣悪な環境の中で、多くのやけど傷を負っていた。そして、信次郎はそんなじょごの傷を治すために縁切り寺に通うようになる。そして、信次郎は治療を重ねるうちに、その真っ直ぐで凛々しいじょじょに惹かれるようになっていくのだった。

駆込み女と駆出し男のあらすじ【転】

じょごが縁切り寺での日々にも慣れてきた頃、悲しいニュースが彼女の耳に入ってくる。なんと、お吟が病で倒れてしまったのだ。しかも、それは普通の病ではなかった。その当時不治の病とされていた、労咳にかかってしまったのだ。信次郎がお吟の治療に当たり、縁切り寺で薬草畑を耕していたじょごはそれを手伝うようになる。しかし、不治の病相手には太刀打ちできず、お吟は次第に弱っていく。

そんな頃、なんと信次郎が堀切屋によって誘拐されてしまう。信次郎は依然としてお吟を諦めておらず、彼女を奪い返そうとしていたのだった。そんな堀切屋に、信次郎はお吟に関する真実を告げる。お吟は、心から堀切屋を愛していた。しかし、自分はいずれ労咳で死ぬ身。衰え死んでいく我が身を、堀切屋に見せたくなかったお吟は、だからこそ縁切り寺に駆け込んだのである。

そして、お吟は静かに息を引き取った。その時、外から経を読む声が聞こえてきた。それは、托鉢僧に姿を変えた堀切屋だった。お吟のことを本当に思っていた堀切屋が、最後に彼女の死を扉の外から悼んでいたのだった。

駆込み女と駆出し男のあらすじ【結】

しかし、それから間も無くして縁切り寺では大事件が起きていた。基本的に男性立ち入り厳禁の縁切り寺に、一人の男が乱入してきたのである。その男は、ゆうという尼の夫だった人物だった。その男はゆうを連れ返そうと、刀を手に縁切り寺で暴れ始める。

侍であるというその男の登場に、縁切り寺はパニックに陥る。しかし、そんな時、一人の女性が男の前に立ちはだかる。じょごである。じょごは薙刀を手に取ると、なんと、その男に対立したのである。そんなじょごに感化されるように、他の尼たちも武器を手に取った。そして、彼女たちは協力して、男を縁切り寺から追い出すことに成功したのである。

じょごが入寺してから2年の月日が流れ、とうとう彼女が寺を去る時がやってきた。晴れて縁切りを認められたじょごは、自由の身となる。そんなじょごに、信次郎は勇気を振り絞って、自分と一緒になって欲しいと告げるのだった。じょごはそんな信次郎の申し出を受け、二人は晴れて一緒になるのであった。

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みんなの感想・レビュー

  1. 匿名 より:

    しばしば日本映画をこき下ろすものの意見として役者の演技が拙いというものがある。しかし、本作をみればその考えが間違ったものであることがわかるだろう。ヒロインであるじょごを演じる戸田恵梨香についても同様である。彼女は役者として幅広く活躍しているものの、これといった立派な代表作には恵まれていなかった。もちろん、彼女の名が世に知れ渡ったのは間違いなく「デスノート」である。しかし、あの作品の評価は決して高いものではなく、ましてや役者としての戸田恵梨香の評価を高めるものでは少なくとも無かったはずである。しかし、本作の戸田恵梨香は全く違う。キャラクターが背負っていう運命や不条理をまさしく体現し、観客は彼女に感情移入せざるを得なくなる。もちろん、監督の演出力やまわりの役者陣とのアンサンブルが本作の評価を一段と高めているのは言わずもがなであるが、それに応えることができるポテンシャルを戸田恵梨香が秘めていたということは一観客として素直に喜ぶべきことである。
    また、主演の大泉洋の存在も素晴らしい。まさしく「喜劇」を現代日本映画で正しく演じられる数少ない俳優である。周りを見回せば、過剰な演出で役者が変顔で意味不明なことを絶叫する邦画が多い中、大泉洋は抑えながらも観客の笑いを誘う演技力の持ち主である。言うなれば、「幕末太陽傳」におけるフランキー堺のようである。

  2. 匿名 より:

    良い映画は必ず観客に「おみやげ」をくれるものである。それは時に観客の心にずっとのこり続ける感動であることもあるし、恐怖であることもある。例えば、「リング」を例に挙げてみよう。劇中に登場する「呪いのビデオ」は恐怖の対象であるが、あの映画が真に恐ろしいのは鑑賞後の日常にまで恐怖が侵食するからである。今でこそ少ないが、当時は「呪いのビデオ」よろしく、タイトルも何も書かれていない真っ黒なビデオテープが一家に一本はあったのだ。それがふと目に入った時、映画と日常がオーバーラップするのである。
    本作もちゃんとおみやげを残してくれる。それは役者陣の持つしなやかな演技の強さのおかげでもあるのだが、シネフィルとしても知られる原田監督らしく、過去の映画の引用にも飛んだ作品であるので、そこを掘り下げる楽しみもあるのだ。

  3. 匿名 より:

    本作では、明らかに物語のトーンから逸脱した演出が何箇所か見られる。これをどうとるかで、観るものの評価が多少変わってくることは確かである。例えば、源兵衛を演じた樹木希林。原作では名前の通り、源兵衛は男性キャラクターであるが、なぜか映画では女性になってしまっている。これに対する論理的な理由付けはない。また、ひとりの尼の想像妊娠が発覚する下りでの、過剰な下ネタギャグなどもその一例である。原田眞人監督作品において、そういう要素がいままで見られた訳ではないため、作家性で片付けるわけにもいかない。何となく三池崇史を意識したような気はするのだが。
    しかし、おそらくこの演出については作品の愛嬌とも言える部分で必然性のあるものではないだろう。この辺りをさらっと流して見れば、全体の良いリズム感に身をおもねることができるだろう。