『マイ・フェア・レディ』あらすじとネタバレ映画批評・評価

マイ・フェア・レディの概要:「マイ・フェア・レディ」(原題:My Fair Lady)は、1964年のアメリカ映画。同名ミュージカルの映画化。同年のアカデミー作品賞を受賞した。監督は「ガス燈」「スタア誕生」のジョージ・キューカー。主演は「ローマの休日」、「ティファニーで朝食を」など、数多くの名作で主演を演じたオードリー・ヘプバーン。オードリーの相手役であるヒギンズ博士役「クレオパトラ」でジュリアス・シーザーを演じたレックス・ハリソン。

マイ・フェア・レディ

マイ・フェア・レディ あらすじ

映画『マイ・フェア・レディ』のあらすじを紹介します。

下町生まれの花売り娘、イライザ(オードリー・ヘプバーン)は、三月のまだ寒い風の中で声を張り上げ花を売り歩いていた。ある夜、街で出会ったヒギンス博士(レックス・ハリソン)に訛りを指摘されてからイライザの人生は大きく変る。博士の家に住み込むことになった彼女は、何度も同じ言葉を録音しながら訛りを矯正される厳しい訓練の日々を送るが、博士の家に同居するピカリング大佐は親切で優しく彼女に接するのだった。ある日、イライザの父親が娘を誘惑されたと勘違いし、ヒギンス博士宅に怒鳴り込んで来たが、貴婦人になる修業をしていると聞いて彼は喜んだ。

それから4カ月が経ちイライザは美しい貴婦人として社交界へデビューした。紳士淑女たちが集うアスコット競馬場でのイライザの美貌は群を抜き、名うてのプレイボーイも彼女につきまとう始末だった。それを陰で見守る博士とピカリングは気が気でなくなり、彼女の正体が知れると貴族侮辱罪で社交界から追放されるという懸念も抱いていたが、イライザは誰にも気づかれずうまくやっていた。

ところが競馬のレースでゴール寸前になり、各馬がひしめき合う大接戦に興奮のあまり思わず地が出てしまったイライザだったが、何とか機転を利かしご愛嬌で済ませ、さらに大使館のパーティで彼女は完全なレディを演じ切り、文句の付け所がない淑女への変身を遂げた。

そんな中で、イライザは博士の実験台に過ぎなかったという博士とピカリングの話を立ち聞きし、彼女は怒りうな垂れて屋敷を飛び出してしまう。
博士はイライザがいなくなったことに寂しさを感じ、彼女が残した録音器の訛りを繰り返し聞きながら、悔恨の情に胸を痛めていた。

やがて録音器の声が止まり、博士の目に涙を浮かべて佇むイライザの姿が映った。

マイ・フェア・レディ 評価

  • 点数:95点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★☆
  • キャスト起用:★★★★★
  • 映像技術:★★★★☆
  • 演出:★★★★★
  • 設定:★★★★☆

作品概要

  • 公開日:1964年
  • 上映時間:173分
  • ジャンル:ミュージカル、ラブストーリー、コメディ
  • 監督:ジョージ・キューカー
  • キャスト:オードリー・ヘプバーン、レックス・ハリソン、スタンリー・ホロウェイ、ウィルフリッド・ハイド=ホワイト etc…

マイ・フェア・レディ 批評 ※ネタバレ

映画『マイ・フェア・レディ』について、2つ批評します。※ネタバレあり

いつの世も不変の王道ラブストーリー

下町で育った花売り娘という1964年の映画にしては少し舞台設定がどうだろうと思うのだが、バーナード・ショウの戯曲が原作であるというところで納得せざるを得ない。ストーリー冒頭での妙味がイライザの粗野な言葉使いにあるので、字幕しか理解出来ない人にとっては面白みが半減というところなのだろうか。イライザの声のトーンや下品な仕草は幾分大袈裟に演じられているが、淑女に変貌した際にはオードリーの真骨頂ともいえるエレガントさが漂い、言葉で補ってあまりある彼女の存在感が堪能できる。

オードリーの名を不動のものにした名作「ローマの休日」で、王女が窮屈な貴族の生活から逃れ、庶民と同じ生活を送る開放感とは異なり、身分の低い人間が上流階級に入り込むという設定はコメディにしかならず、悲壮感さえつきまとう。「シンデレラ」がその分かりやすい例ではあり、ここでのイライザも同様に自分が上辺でしか経験しなかった上流社会の裏を知り、悲嘆に暮れ博士の屋敷を飛び出してしまう設定や、その中で芽生えた愛は身分の違いなど超えたものだったという、ヒギンズ博士の落胆振りもお約束である。こういったシンデレラストーリーには、ヒロインのキャラクターを輝かせるためにも、観る側を安心させる王道ストーリーが不可欠な要素なのだろう。

おおらかな時代が育んだ恋愛のひな形

淑女になったヒロインは感情を抑え毅然としていなければならない。イライザは自由な表現を失ったわけだが、大人の女性として幸せになるためには、多かれ少なかれどこかで同じような道を通過しなければならなかったことだろう。最初に出会ったときにイライザを賭の対象として扱ったために、賭けには勝ってもイライザを知らない間に傷つけ失ってしまった。これが今の世の話ならば名誉毀損だとか何とかで裁判沙汰になり、グチャグチャの修羅場に発展するような醜態が見えてくるクライマックスになるかも知れないが、傷つけられても愛が勝ってしまうという結末にすんなり持ってゆくことに躊躇しない。何という心のおおらかな時代だったのであろう。

まとめ

女優として成熟しそのままで充分な淑女であるオードリーが、一旦身を落としたように花売り娘に扮し、改めて貴婦人役を演じる変貌振りはため息が出るほどの目映さに輝いている。1964年の作品賞、監督賞、主演男優賞などオスカーを8つも受賞したにも拘わらず、「メリーポピンズ」のジュリー・アンドリュースに主演女優賞を持って行かれたのは彼女にとっては不本意だったのだろうか。作品的には甲乙付け難いところだろうが、この年のアカデミー賞はこの2本の映画が半数以上を獲得してしまったという、ミュージカル映画の面目躍如という年でもあった。

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