映画『たそがれ清兵衛』の概要:名監督、山田洋次が初めて挑んだ時代劇作品。第26回日本アカデミー賞において、驚異の全部門優秀賞受賞を果たした名作である。日本のみならず、海外でも評価が高い一本。
映画『たそがれ清兵衛』の作品情報
上映時間:129分
ジャンル:時代劇、ラブストーリー
監督:山田洋次
キャスト:真田広之、宮沢りえ、小林稔侍、大杉漣 etc
映画『たそがれ清兵衛』の登場人物(キャスト)
- 井口清兵衛(真田広之)、
- 海坂藩で御蔵役を務める男性。妻が他界し、2人の娘と老いた実母の面倒を一人で見ている。実は剣の達人。
- 飯沼朋江(宮沢りえ)
- 倫之丞の妹。気立てが良く、清兵衛の娘ともよく遊んでくれる。清兵衛との距離が徐々に縮まっていく。
- 飯沼倫之丞(吹越満)
- 清兵衛の親友。剣の腕はあまり達者とは言えず、倫之丞の代理として清兵衛が剣を握ることとなる。
- 余吾善右衛門(田中泯)
- 清兵衛が討伐を依頼された人物。居合抜きの達人で、流石の清兵衛も苦戦を強いられる。
- 甲田豊太郎(大杉漣)
- 朋江の元夫。朋江に暴力を振るうため、倫之丞によって離縁させられる。
映画『たそがれ清兵衛』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『たそがれ清兵衛』のあらすじ【起】
舞台は幕末時代の日本。当時、庄内地方の海坂藩に井口清兵衛という男が暮らしていた。御蔵役を務める彼は、就業の鐘が鳴ると共に必ず家路に着く。同僚が彼を飲みに誘ったとしても、彼はそれを必ず断るのだ。そんなノリの悪い清兵衛を同僚たちは次第に馬鹿にするようになり、いつしか清兵衛は『たそがれ清兵衛』と呼ばれるようになっていた。
彼がすぐに家路に着くのにはとある理由があった。家には、既に年老いた清兵衛の母親と、清兵衛の二人の娘が彼の帰りを待っていたのである。彼女たちの母親、つまりは清兵衛の妻は、労咳に罹り既に亡き人となっていた。当時、労咳は不治の病とされ、薬代にも莫大な金を要した。そんな薬代と葬式代を工面するためにこさえた借金を、清兵衛は返済しなければいけなかったのだ。
仕事を終えて家に帰った後も、清兵衛は家事を行い、そして細々と内職を行い金を稼いでいたのだった。そして、寒い冬が明け春がやってきた頃、清兵衛は親友、飯沼倫之丞と再会する。
映画『たそがれ清兵衛』のあらすじ【承】
そんな倫之丞には朋江という妹がおり、甲田豊太郎という男の元に嫁いでいた。しかし、その男は朋江に暴力を振るうとんでもない男で、そのことを知った倫之丞はつい先日、二人を離縁させたという。朋江は気立てのいい女性で、清兵衛の娘達ともよく遊んでくれた。明るく思いやりの深い朋江に、清兵衛は密かに恋心を寄せるようになるのだった。
しかし、甲田は朋江と離縁させられたことに納得していなかった。そして、酒に酔った甲田が、ある日倫之丞に果し合いを挑んできたのだ。そして、その果し合いを、その場にいた清兵衛が倫之丞の代わりに引き受けることとなる。普段は大人しい清兵衛であったが、実は剣の達人だったのだ。
清兵衛は、木刀一本で甲田にあっさりと勝ってしまう。そして、そんな清兵衛の武勇は今まで彼を馬鹿にしてきた同僚の耳にも伝わるのだった。彼らは清兵衛が自分達に復讐をしないかと恐れるが、当の清兵衛は今までと全く変わらず、穏やかなままだった。
映画『たそがれ清兵衛』のあらすじ【転】
倫之丞は自分と朋江にとって救世主である清兵衛に、ぜひ朋江の新しい婿にしたいと願い出る。朋江に想いを寄せている清兵衛にとっては願ってもいない申し出だったが、しかし、清兵衛はそれを断ってしまう。朋江を自分達の貧乏な暮らしに巻き込み、大変な思いをさせたくなかったのだ。それからというもの、朋江と清兵衛の間には溝ができてしまう。
一方、その頃海坂藩では藩主が亡くなり、後継者争いが始まった。そして、その後継者争いの問題に、剣の腕を買われた清兵衛が駆り出されることになったのだ。清兵衛に与えられた任務は、一刀流の使い手、余吾善右衛門を打ち倒すこと。それは、流石の清兵衛にとっても楽に倒せる相手ではなかった。
余吾善右衛門の籠城する場所へと向かう前、清兵衛は最後に朋江を自宅へと呼び出した。そして、彼女に自分の本当の想いを伝え、もし自分が無事に戻ることができたならば、自分と結婚してほしいという願いを伝えるのだった。
映画『たそがれ清兵衛』の結末・ラスト(ネタバレ)
そして、清兵衛は余吾善右衛門の家へと向かう。しかし、清兵衛を待っていた余吾善右衛門は、噂とは殆ど別人だった。余吾善右衛門は既に疲れ果てており、憔悴しきっていたのだ。彼らはこの世の無情や不条理について語り合った。
しかし、彼らはやはり勝負をしなければいけなかった。憔悴していたものの余吾善右衛門は噂通りの実力の持ち主で、二人の戦いは壮絶を極めた。そして、なんとか清兵衛は勝利を収めるのだった。傷付いた体を引きずりながら、清兵衛は家へと帰った。すると、朋江が清兵衛のことを待っていてくれたのだ。二人は結ばれ、とうとう清兵衛に幸せな時がやってきた。
しかし、残念ながらその幸せは長くは続かなかったのである。それから三年後、戊辰戦争が勃発した。そして、その戦いの最中、清兵衛は最新兵器であった鉄砲に撃たれ命を落としたのである。清兵衛を失いながら、朋江は2人の娘達を立派に育て上げた。朋江にとっても娘達にとっても、清兵衛は尊敬すべき、最高の父親だったのである。
映画『たそがれ清兵衛』の感想・評価・レビュー
名監督、山田洋次監督により藤沢周平の小説を映画化した作品。
藤沢周平の武士の生きざま、家族愛を人情物で知られる山田洋次によって繊細に表現された人間ドラマが見どころの作品。また、人間ドラマに終始せず、殺陣シーンも迫力がある。普段、人目を気にせずに黙々と生きる清兵衛の家族、友への深い想いに胸を打たれる。武士としての生きざまのみならず、人としてこうありたいと感じる作品。(男性 20代)
本当は強いのに、それを隠して淡々と生きている井口清兵衛がカッコ良い。馬鹿にしてきた同僚達を相手にせず、報復もしないところに憧れすら抱いた。
井口清兵衛と余吾善右衛門の戦いは緊迫感があり、映画なのに本当に命のやり取りがあるのではないかと思えるほどだった。真田広之と田中泯が演じていたからこそ、この緊張感が生み出されたのではないかと思う。ハッピーエンドで終わったかと思いきや、切ない最後が待っていた。朋江の母として女性としての芯の強さが、純粋に凄いなと思った。(女性 30代)
派手さはないが21世紀に作られた良質な時代劇。普段は目立たないようにひっそり暮らしている男が実はめっぽう強いとか、かっこいいことこの上ない。気が進まない決闘も命令とあれば仕方ないと出かけていく様も違和感がない。その決闘も2人の会話から突然スイッチが入るあたりの緩急が、今までいそうでいなかったヒーロー像といった感じで面白い。そして何よりも宮沢りえ、決闘前の準備をし始めるときの凜々しさに惚れ惚れする。時代の大きな替わり目の空気感が心地良い1本。(男性 40代)
本当はものすごく強くて、力を持っているのにそれをひけらかさずに静かに生きている男性ってかっこいいですよね。
人付き合いが悪いなと同僚に思われてもそんなの関係なくて、家族を心から大事に思う清兵衛。真面目で不器用で多くは語らないが、実はとても強いという隠れた一面も本当に素敵でした。しかも、それを演じるのが真田広之というのが役柄にぴったりすぎてたまりません。
作品の雰囲気に合わない感想かもしれませんが、女性は物凄くきゅんきゅんできる作品だと思います。(女性 30代)
みんなの感想・レビュー
田中泯への上意討ちで1度失敗した後は、もう完全に藩命に背く罪人になったのだから、何もたそがれ清兵衛に果し合いをさせることは無い。田中泯を数人で取り囲んで鉄砲で打ち取れば済む話だ。
山田洋次監督にとっては初の本格的な時代劇だったらしく、苦労は多かったようだ。設定の変更もあり、時代考証は大変だったと思うし、藤沢周平作品の斬り合いのシーンはなかなか再現が難しいように思う。時代小説の中でも、立ち合いを事細かく表現するのは他に類を見ないほどで、これが藤沢周平作品が愛される一つの理由でもある。そこを本当に素晴らしく表現しており、監督、そして主演の真田広之や田中泯らがどれだけ努力し演じたかが分かる。
①藤沢周平の作り出した世界
舞台となる庄内地方の海坂藩とは、藤沢周平の作品に登場する架空の藩。小国で、東北の田舎らしくのどかな印象のある美しい城下町である。藤沢周平作品はここを舞台としたものが多く、下級藩士が主人公となることが多い。
実際の歴史と関わる事柄もあるが、時代小説なのでほとんどはフィクションである。今回の映画では幕末という設定だが、原作では直接どの年代との明記はないものの、おそらく江戸中期であろうと思われる。
②原作との相違点
この映画は、短編集『たそがれ清兵衛』のうち表題作の「たそがれ清兵衛」と「祝い人助八」、他の短編「竹光始末」を合わせたストーリーとなっていて、ストーリーの主軸はほとんどが「祝い人助八」である。「たそがれ清兵衛」から取られたのは、病気の妻がいる下級藩士という設定、上意討ちを命じられることくらいである。
どの部分がどの作品の場面なのか、注目しながら楽しんで観たが、山田洋次監督のオリジナル要素もあった。清兵衛の二人の娘である。映画ではこの二人の娘、そして年老いた母との家族愛にかなり重点を置いていたように思う。そこがこの映画の良さでもあり、山田洋次監督の過去の作品を思い返してみてもやはり家族愛をテーマにしたものが多いので、監督らしい演出と言える。
原作の「祝い人助八」は、この映画の清兵衛から家族を除けばそのままのストーリーで、それはそれで面白い傑作だが、山田洋次監督の演出により新しい藤沢周平作品の傑作が生まれたと思う。
オズ、クロサワとならぶ作品。歴史に残る。