映画『セールスマン』の概要:仲の良い夫婦がやむを得ない事情から新居へ引っ越しをする。だが、転居した翌日の夜、自宅にて妻が何者かに襲われてしまう。警察に届け犯人を捕まえたい夫と全てを隠したい妻の心が擦れ違い、やがて物語は皮肉な結果を迎える。
映画『セールスマン』の作品情報
上映時間:124分
ジャンル:ヒューマンドラマ、サスペンス
監督:アスガー・ファルハディ
キャスト:シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリドゥスティ、ババク・カリミ、ミナ・サダティ etc
映画『セールスマン』の登場人物(キャスト)
- エマッド・エテサミ(シャハブ・ホセイニ)
- 国語教師で小さな劇団に所属し、俳優としても活躍している。妻のラナと仲良し夫婦だったが、事件後は憤りのため、余裕をなくしてしまう。普段はとても温厚で生徒にとっても、良い先生。
- ラナ・エテサミ(タラネ・アリドゥスティ)
- エマッドの妻で劇団の女優として活躍している。美しい容貌を持ち朗らかな性格だったが、事件後は精神的なダメージから1人でいることができなくなり、夫以外の男性に怯えるようになる。
映画『セールスマン』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『セールスマン』のあらすじ【起】
ある日突然、住んでいたアパートが倒壊の危機に晒され、やむなく引っ越しをしなければならなくなったエマッド・エテサミと妻のラナ。エマッドは国語教師として働いていたが、夫婦で小さな劇団にも所属していた。
引っ越しをするため、車を売って礼金を用意したエマッドだったが、なかなか良い物件が見つからず。退去期日までに新居が見つからなければ、劇場に寝泊まりするしかないと劇団仲間に冗談を話していた。
そんな折、劇団の仲間から良い物件があると紹介され、見学へと向かった夫婦。部屋はアパートの屋上で、2人で住むには充分な広さがあった。だが、前の住人の荷物がまだ1室に残っていたため、入居するまでに引き取ってもらうことにし、エマッドとラナは即決で部屋を借りることにした。
しかし、引っ越し当日に荷物を引き取りに来る予定だったはずが、前の住人に連絡が取れず。ラナが電話をしてみるとまだ引き取りができないので、絶対に触らないで欲しいと言われるのであった。仕方ないので、荷物を強制撤去してアパートの外へ出すことにした。
翌日は劇団の公演初日。公演を無事に終えたラナは先に部屋へ帰り、エマッドは少し遅れて帰宅することになっていた。
帰宅したラナは一通り部屋の掃除を終えると入浴のために浴室へ。その時、部屋のインターホンが鳴ったため、エマッドが帰宅したと思い相手をきちんと確認せず、ドアを開けて浴室へ戻った。
だがその頃、エマッドはラナに頼まれた買い物をしている最中だった。彼は買い物を済ませアパートへ戻るも、ドアは半開きでラナの姿がどこにもない。バスルームを見ると、そこには夥しい血だまりが残っているのであった。
隣人からの連絡で病院へ向かったエマッド。どうやら部屋に何者かが押し入ってラナを襲ったらしい。彼女は頭部を何針か縫う大怪我を負い、ショックで情緒不安定に。エマッドは彼女を気遣いつつ、隣人たちに感謝を述べた。そこで、前の住人がどうやら娼婦だったらしいという話を聞く。しかも、あの部屋で大勢の男を相手に仕事をしていたと言うのだ。恐らく、ラナは前の住人と間違えられ襲われたのではないだろうか。
映画『セールスマン』のあらすじ【承】
夜が明け、自宅へ戻った夫婦。エマッドはラナを休ませた後、部屋のソファーに車の鍵と携帯電話を発見する。恐らくは犯人の物だろう。彼は近くの沿道から鍵が合う車を探し出し、一先ずはアパートの駐車場へ停めた。携帯電話は契約が解除されていたため、手がかりは見つけられず。
そこで、ラナに警察へ届けるかを相談。だが、彼女は辱められたことを話したくもないし、劇団にはこのことを秘密にしてくれと言う。その夜も公演があったため、エマッドは休めと言ったが、彼女は頑として夫の話を聞こうとしないのであった。案の定、その夜の公演でラナは不調を訴え、演劇は中止となってしまう。
翌日、エマッドはラナに警察へ行くのか、全て忘れて前向きになるのかを再び確認。すると、ラナは全てを忘れて引っ越しをしたいと訴える。それなら、きちんと薬を飲んで夜にはちゃんと寝るよう進言。シャワーを浴びて身なりを整え、しっかりしなければ前には進めない。
だが、ラナは事件現場である浴室には入りたくないと言う。それなら友人の家に行こうかと言うと、それだけのために行くのは嫌だと言い張る。エマッドはとうとう堪忍袋の緒が切れてしまい、夜は傍に寄るな、昼は傍を離れないで欲しいと言う妻に対し、どうしたら良いのかと怒鳴った。すると、ラナは気落ちしてしまい、あの時に死んでしまえば良かったと呟くのであった。
その後、学校の授業へ向かったエマッドだったが、いつもは生徒の冗談にも温厚に答える彼は人が変わったように生徒を追い詰めてしまう。その上、劇団へ向かうとラナが襲われた話が広まっている。どうやら部屋を紹介した劇団員が隣人から話を聞いたらしい。更に、ラナがやっていた役に代役が立つことになり、時間を持て余してしまうラナ。彼女は子持ちの女性劇団員から了承を得て一晩、子供を預かることにした。
映画『セールスマン』のあらすじ【転】
そのお陰で一時の間、夫婦に笑顔が戻るも料理の材料を購入したお金のことで、エマッドが固まってしまう。ラナは知らなかったが、その金は彼女を襲った男が置いて行った金だったのだ。楽し気な雰囲気は一変してしまった。
翌日、ラナが犯人の車をアパートの駐車場から外へ移してしまったので、車の確認に向かったが、駐車した場所に犯人の車はなかった。犯人が車を回収したに違いない。
エマッドは犯人の男に憤懣やるかたなく、躍起となって見つけ出そうとしている。彼は前の住人の荷物を探ったり、残されていた留守電のテープを聞いたり、教え子の父親を頼って車のナンバーから持ち主を調べるよう頼んだ。
数日後、車の持ち主が判明。その男はパン屋に務めていた。エマッドは密かに男を尾行し、タイミングを見計らって荷物の運搬を頼んだ。
週末、犯人の男と引っ越し前の部屋で待ち合わせをしていたエマッドだったが、約束の時間にやって来たのは犯人の義父だった。どうやらこの男の娘と犯人と思しき男は結婚を間近に控えているらしい。エマッドは事情を伝え、彼の娘婿が事件の犯人なのかを確認したいと言い募った。すると、義父は携帯電話緒を変えたばかりで、誰の連絡先も知らないと言うのである。その点について、おかしいと気付いたエマッド。
当時、犯人は割れたガラスで足に怪我を負ったと聞いている。もし、この義父が犯人ならば、足に怪我をしているはずだ。エマッドは帰りたがっている義父を引き止め、足を確認。義父は右足に怪我をしていた。この時点で、義父が犯人であることが判明。
犯人はエマッドの父親ほどの年齢の男だったが、前の住人とは秘密の関係を続けていたらしい。荷物の件で喧嘩をしてしまい、あの夜に部屋を訪ねたが、ラナが悲鳴を上げたので驚いて逃げたと言う。
映画『セールスマン』の結末・ラスト(ネタバレ)
浴室に入っていないと言い張る犯人だったが、ラナは浴室のガラスに突き飛ばされ大怪我を負っている。犯人の言うことは到底、信じられない。エマッドは男を部屋に閉じ込めその場を去った。
その夜、ラナが公演に復帰。迫真の演技を披露し大盛況に終わった。公演後にラナを連れて、前の部屋へ戻ったエマッド。彼は男がやったことを男の家族に全て明かそうとしていたが、ラナは犯人を帰してあげて欲しいと言う。だが、エマッドの気は治まらず、妻の意見を無視。ラナは見ていられずに帰ろうとしたが、エマッドから携帯電話に連絡が入り急いで部屋へと踵を返した。
部屋へ戻ると男が意識を失っている。彼は心臓病を患っており発作を起こしたのである。夫婦は男がいつも服用している薬を探し出し、どうにか助けた。
そこへ、男の家族が到着。娘と娘婿は父親を酷く心配し、助かったことを涙ながらに喜んだ。
しかも、男の妻は夫を自分の命だと言い、エマッド夫妻に感謝を示すのである。
ラナを襲い大怪我を負わせた男なのに、家族からは愛され労わられている。しかも、加害者が被害者に命を助けられるなど、皮肉にも程がある。最後にエマッドは男を別室に呼び、彼に忘れ物を返した。車の鍵と携帯電話と現金である。
男はそれを受け取ると、更に顔面蒼白となり部屋から出たところで意識を失ってしまう。家族は必死に蘇生処置を試みているが、ラナとエマッドはそれを茫然と見守るのみ。
やがて、救急車が到着し男は病院へ運ばれて行った。
互いに犯した罪は相応のものだったのだろうか。エマッドとラナは翌日の夜も、複雑な思いを抱えつつ劇団の公演へ出演するのであった。
映画『セールスマン』の感想・評価・レビュー
本作は、夫のいない自宅で妻が襲われ夫が犯人捜しをするも、それが良からぬ方向へと展開するイランのヒューマンサスペンス作品。
分かり合えない夫婦や夫の強い復讐心が繊細に描かれていて深みを感じた。
主人公には共感できないが、夫が手に入れたかったものは何だったのだろうかと救いようのない結末に観終わった後に深く考えさせられた。
また、イスラム教の文化は馴染みがない為、男女の関わり方やしきたりの描写は所々日本人に理解し難い部分もあるが、ラストに向かうにつれて非常に感情を揺さぶられた。
緩やかな日常を一夜にして覆される圧巻の心理サスペンス。(女性 20代)
暗い気持ちが心に残る作品だった。全てを忘れたいと思うラナの気持ちも理解できるし、犯人を見つけたいと思うエマッドの気持ちも理解できる。事件が起きた瞬間だけでなく、被害者はその後も苦しみ続けているのだということが、よく分かる作品だった。ラナ達は事件前のような明るさを取り戻せないのかもしれない。そう思ったら、やるせない気持ちになった。加害者の男も、家族に愛されているところが皮肉だなと思った。根っからの悪人ではない分、なぜこんな最悪な事態を引き起こしたのかと言わずにはいれない。(女性 30代)
夫が留守の間に何者かに襲われて大怪我を負った妻。事件を境にすれ違う夫婦と犯人の実情を巧妙に描いた作品。観終わった後、非常に考えさせられる。
妻は事件のことを忘れたいけれど忘れられずに胸を痛め、夫は妻を辱められたことで復讐に躍起となる。ここにイランというお国柄のようなものが描かれているように思う。と同時に男女の考え方の違いもある。序盤では夫はとても穏やかで優しい人柄が全面的に描かれていたが、事件後は妻を慮ることなく犯人捜しに躍起となるのでちょっとがっかりさせられる。そして、終盤での犯人を追い詰めるシーンと犯人の家族のシーン。ここで、夫婦のように茫然となってしまう。非常に良くできた作品だと思った。(女性 40代)
イスラム圏のお国柄や文化は分かりませんが、自宅で襲われても警察に届け出ようとしなかった奥さんの気持ちは物凄く分かりました。
日本でも性犯罪の被害にあった女性が警察に届け出ないのはよくある事で、犯人を捕まえたい、懲らしめたいという気持ちよりも、自分がされたことを知られたくないという気持ちの方が大きいのだと思います。全ての警察がそうだとは思いませんが、中には女性の落ち度を責める人もいますからね。
見る人によって感じ方が大きく変わる作品かなと思いました。(女性 30代)
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