映画『読まれなかった小説』の概要:大学を卒業した主人公が故郷へ戻って来る。彼の夢は小説家になることだったが、家族の誰にもその話をしたことがなかった。主人公はギャンブルに嵌っている父親を嫌い、彼のようになりたくないと思い、執筆した小説の出版に奔走する。
映画『読まれなかった小説』の作品情報
上映時間:189分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
キャスト:アイドゥン・ドウ・デミルコル、ムラト・ジェムジル、ベンヌ・ユルドゥルムラル、ハザール・エルグチュル etc
映画『読まれなかった小説』の登場人物(キャスト)
- シナン・カラス(アイドゥン・ドゥ・デミルコル)
- 夢は小説家。大学を卒業したばかりで、頭でっかちな面が目立つ。不満を溜め込み鬱屈している。自分のことばかりを考え、周囲が見えていない。
- イドリス・カラス(ムラト・ジェムジル)
- シナンの父親で、定年を間近に控えた教師。週末はいつも近くの村で頼まれごとを請け負っている。穏やかな性格で明るいが、ギャンブルに嵌っている。
- アスマン・カラス(ベンヌ・ユルドゥルムラル)
- イドリスの妻でシナンの母。周囲に反対されていたが、イドリスと駆け落ちして結婚。二児の母親となる。ギャンブルに狂った夫に呆れ果て生活苦を改善するため、子守の仕事をしている。
- ハティジェ(ハザール・エルグチュル)
- シナンの同級生。地元に残り結婚して子供を産み育てるという、女としての役割を全うしようとしている。本心は別にあるらしいが、シナンにも明かさない。宝石商と結婚する。
映画『読まれなかった小説』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『読まれなかった小説』のあらすじ【起】
大学を卒業しトロイ遺跡近くの故郷の町チャンへ帰って来たシナン・カラス。彼の夢は小説家になることだった。父イドリスは定年間際の教師で、定年を迎え退職金をもらったらシナンに動物の育て方を教えてやると言うが、給料を大好きな競馬につぎ込んでしまう父をシナンはあまり好きではなかった。母アスマンも家族の忠言を聞かない夫には呆れている。
帰宅した翌日、イドリスはシナンを伴って近郊の畑へ。イドリスはそこに井戸を掘って緑を増やそうと考えているようだ。だが、彼は井戸掘りの合間にカエルを探して地面に這いつくばる。手伝いに来た祖父も息子の集中力のなさに苛立ちを隠せず、呆れて帰ってしまった。
イドリスは競馬をするために方々から金を借りているらしく、どこへ行っても返済を求められる。シナンは頭を下げて歩きながら町長の元を訪ねた。彼は自分が執筆した小説を出版しようと考え出版費用を出してもらえないかと頼み込んだが、出資してくれなかった。代わりに出資しくれそうな人物を教えてくれる。早速その人物を訪ねたシナンだったが、出張しているようで会えなかった。
その帰り道、かつての同級生ハティジェと出会う。彼女は高校卒業後、地元で働いているが、宝石商との結婚を目前としているらしい。シナンは教員試験を受け教職に就くか、兵役に入るか二つの道で悩んでいた。父のように教師となり、チャンに残ることだけはしたくない。
しばらく後、ハティジェが宝石商と結婚した。仲間たちとその様子を影から見送ったシナンは、高校時代にハティジェと恋仲だった同級生と殴り合いの喧嘩をする。
映画『読まれなかった小説』のあらすじ【承】
喧嘩での怪我が生々しく残る中、とうとう教員試験を迎えたシナン。バスに乗るために家を出たが、イドリスが追って来て息子に金の無心。何かと言い訳を口にして帰ろうとしないため、小銭を渡したが、立ち去った父の後を追うと2人の男と何やら口論していた。
試験を受けた後、祖父の家にあった古い本を売るため、書店へ立ち寄ったシナンはそこで地元の作家を発見する。自分の小説を読んでもらおうと考え自己アピールしたが、彼の考え方はとても驕っていて自分にはさぞ才能があると言わんばかり。作家はシナンの話に辟易としてしまい、怒って帰ってしまった。
自分の話に賛同しない作家に憤りを隠せないシナン。彼はチャンへ戻ったが、町で知り合いからイドリスが競馬の胴元の店にいると聞かされる。ギャンブルはもうしないと約束したはずが、なぜ胴元の店にいるのかと更に憤ったシナンは、イドリスの元へ向かって嫌味を吐いて去った。苛立ったまま帰宅したシナン。教員試験の出来も悪かったことも憤りの一因で、アスマンにも溜め込んだ不満を吐き出す。すると、母は他の家庭とは違い我が家はイドリスのお陰で比較的裕福で、暴力に晒されることもなかったと言うのだった。
そんなある時、コートのポケットに入れていた金が無くなっていることに気付いたシナン。彼は激高して誰が金を抜いたのかと怒鳴り出す。家族は全員が金を抜いていないと言う。その前に運送業者が家にいたこともあり、金を抜いたのは運送業者ではないかということに。そこで、イドリスとアスマンは何のために大金を持っていたのかと問う。シナンはそこで初めて、家族に小説を書いて自費出版するつもりだったと明かした。
疑われた家族は口論となり、中でも妹は酷く機嫌を損ねる。一番怪しいイドリスは理性的で落ち着けと言い続けていた。
映画『読まれなかった小説』のあらすじ【転】
後日、町長から紹介された人物へ会いに行ったシナン。採砂業を営む社長で読書が趣味らしく、シナンの小説をとても気に入ってくれる。ところが、小説の内容の討論を始めたところで意見の相違が発覚。シナンは大学を卒業したばかりで働いてもおらず、現実の厳しさを知らない。対して社長は高校を中退して今の仕事を始め、社長として会社の運営を行っている。
大学出身者は多くの知識を得て一般の人々を見下すが、現実社会での厳しさを知らずすぐに打ちのめされ人生を持ち崩す。社長はシナンの甘ったれた考え方が間違っていると伝えたかったが、当のシナンがそれを察するはずもない。結局、社長は出資してくれなかった。
教員試験には落ち、出版費用もない。何をやっても上手くいかない。シナンは廃屋で売れそうな物を物色したが、それも見つけられなかった。イドリスは未だに井戸を掘っていて、シナンに手伝えと言う。不満だらけのシナンは父に噛みつき手伝わなかった。
少し息抜きをして気持ちを切り替えたシナンは、父が井戸を掘っている畑へ。彼はそこで大きな梨の木の下で倒れているイドリスを発見。樹の枝には切れたロープが引っかかっており、傍目から首を吊ったように見えなくもない。軽く衝撃を受けたシナンだったが、思い直して近づく。すると、イドリスは井戸掘りに疲れ切って休んでいただけだった。
イドリスと会話を交わしたシナンは、父が盗まれた金について何かを知っていると気付くが、イドリスは息子に盗んだ人物を知っているはずだと言う。だが、シナンは言えと問われても無言を貫き通しその場を後にした。
その帰り2人の導師と遭遇したシナン。1人はシナンのもう1人の祖父に礼拝の導師を頼み込んだ人物だ。シナンは導師を引退した祖父を引っ張り出さないで欲しいと頼む。すると、2人の導師は会話の流れから宗教についてそれぞれの見解を討論。そうして、道の途中で茶店へ立ち寄る。そこでイドリスの話になった。イドリスは学校で教職に就きながら、週末は村で様々な頼まれごとをこなしている。シナンはそれを情けないと思うが、導師からすれば立派で善良な人に見えるらしい。
映画『読まれなかった小説』の結末・ラスト(ネタバレ)
導師たちと別れ、畑の家へ戻って来たシナン。そこにはイドリスが可愛がっている猟犬がいる。イドリスは犬を売って欲しいと言われても決して売らなかったが、シナンはその犬を了解も得ずに売ってしまった。
盗まれた金の分、犬を売って補填。そうして、シナンはとうとう自分の小説を出版した。しばらく大きな町へ行っていたため、帰宅したシナンはアスマンから家の電気が止められたと聞かされる。アスマンはイドリスが給料をギャンブルに使ってしまう前にもらって来いとシナンに頼むが、給料はもらえなかった。すると、アスマンは息子を批難。そこで、シナンは自分の本に母への言葉を綴って渡した。
アスマンはこの言葉に酷く感動し、泣いて喜ぶ。そして、イドリスを選んで駆け落ちした経緯を明かした。誰もが金勘定をする中、たった1人だけ土の匂いや動物のことを気にしていたイドリス。彼だけが特別に見えたと言う。
その気持ちが分からないと批判するシナン。彼は何に対しても批判的で、恋愛など理解できないと傲慢にも見える態度を見せるのだった。
その夜、夫婦が口論を展開。イドリスが給料をギャンブルに使ってしまったと信じ込んだアスマンは怒り狂って、退職したら好きなだけギャンブルをすればいいと捨てセリフを吐いて終わった。イドリスはその後、シナンの前に現れ馬券購入用紙だと思われた紙を息子に向かって投げ込む。その紙にはいなくなった犬を探していると書いてあった。
愛犬を大層可愛がっていたイドリスは、いなくなって酷く嘆き続けていたらしい。周囲から責められてばかりいるイドリスは、言葉が話せない犬との時間をとても心地よいものだと感じていたのだろう。
冬の初め、シナンは兵役へ入ることを決めた。それからしばらく後、兵役を終えて帰宅したシナン。部屋の隅には湿ってカビが生えた自分の小説が山のように積まれていた。
夜になってアスマンと妹から事情を聞く。母は息子の小説を大切に扱おうとしたが、災難に遭い濡れてしまってカビが生えたと言う。イドリスは祖父の家に住んでいてほとんど帰らないらしい。退職金は借金や家財道具の買い替えに全て使い切ってしまったのだそうだ。
翌日、以前も訪れた書店へ行ってみる。シナンの本は半年ほど店頭に置いてくれたらしいが、1冊も売れなかったらしい。店長はまた棚に出しても良いと言ってくれたが、シナンはそれを断った。その足で祖父の家へ行ったが、イドリスは不在。シナンは暇つぶしに父の財布を探り、新聞の切り抜きを発見。それは、シナンが本を出版したことが掲載された切り抜きだった。
イドリスは羊と犬を育てる生活を送っている。そこにも小さな家があって、今は主にこちらに住んでいるようだ。父と共に牧草を運ぶ手伝いをする。雪が降り始めたが、イドリスはどこか晴れやかな表情だ。会話の中でイドリスがシナンの本を読んだと言う。書店でも売れない本を父だけが読んだと言ってくれた。父子は穏やかに思い出話を咲かせ、川の向こうで鳴くジャッカルの声を聞いた。
少し転寝をしてしまったイドリス。傍にいたはずの息子がいない。父は羊たちに牧草を与え息子の姿を探し、井戸の底にいるのを見つける。シナンは父のために一生懸命井戸を掘っているのだった。
映画『読まれなかった小説』の感想・評価・レビュー
前作『雪の轍』で第67回カンヌ国際映画祭パルムドール対象を受賞した世界的巨匠監督ヌリ・ビルゲ・ジェイランが、知人父子の物語に魅了され自身の人生も反映させ完成させた作品。今作もまた3時間という長大作ではあるが、時間を感じさせない美しい風景や父子の軋轢と邂逅を描いている。
非常に監督らしい作品であり、絶妙な間の取り方や美しい風景映像など前作を彷彿とさせる。今作では父と息子の軋轢を描いているが、単純に息子の心が大人になりきれていないと感じた。自分のことばかりを考え不満を抱える息子が、兵役を経て父と再会し一歩大人になる姿を描いている。終盤、息子が井戸に首を吊っているシーンが一瞬映りドキっとするが、恐らくこれまでの不満だらけだった自分が死んだということを描きたかったのかなと思った。(MIHOシネマ編集部)
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