映画『青いパパイヤの香り』の概要:1951年のサイゴン。ある邸宅に奉公に出た少女ムイの目を通し、一家の暮らしや家族が胸に秘める心情を淡々と丁寧に描き出す。画面に溢れる植物や水気が、瑞々しいムイの眼差しと共に一層の叙情を醸し出す。
映画『青いパパイヤの香り』の作品情報
上映時間:104分
ジャンル:ラブストーリー、ヒューマンドラマ
監督:トラン・アン・ユン
キャスト:トラン・ヌー・イェン・ケー、リュ・マン・サン、グエン・アン・ホア、クエン・チー・タン・トゥラ etc
映画『青いパパイヤの香り』の登場人物(キャスト)
- ムイ(10歳:リュ・マン・サン / 20歳:トラン・ヌー・イェン・ケー)
- ある上流階級の家庭に奉公にやってくる少女。3年前に父親と死別しており、母親や妹と暮らしていた。勤勉で料理上手。物静かで、常に口元に笑みをたたえながら仕事を淡々とこなしている。
- 母親(トルゥオン・チー・ロック)
- ムイが奉公する家の優しい女主人。夫との間に3人の息子がいるが、10年前に幼くして娘を亡くしている。働かない夫の代わりに子供や義母の面倒を身ながら、家計を支えるために生地屋を営んでいる。ムイに死んだ娘の面影を重ねている。
- 父親(トラン・ゴック・トゥルン)
- ムイの奉公先の主人。裕福な出自のため、若い頃から遊んで暮らしている。放浪癖があり、結婚後も度々家出を繰り返していたが、娘の死によって長期の外出をしなくなった。音楽が好きで、日がな一日楽器に触れては昼寝をしている。
- チュン(タリスマン・バンサ)
- ムイの奉公先の長男。父に似て放蕩癖があり、道楽にかまけている。楽器が好き。
- ラム(ソウヴァンナヴォング・ケオ)
- 奉公先の次男。家庭を顧みない父に反感を持っており、怒りを昆虫や物にぶつけている。
- ティン(ネス・ガーランド)
- 奉公先の三男。まだ幼く、父を恋しく思っている。いたずら好きで、ムイにちょっかいを出す。
- クェン(ヴァン・ホア・ホイ)
- チュンの友人の優雅な美青年。音楽家志望で、後にパリに留学する。ムイの初恋の相手。
- ティー(グエン・アン・ホア)
- 年配の奉公人の女性。ムイの奉公先に長年仕えており、一家の事情を熟知している。仕事に不慣れなムイを優しく指導する。
映画『青いパパイヤの香り』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『青いパパイヤの香り』のあらすじ【起】
1951年のサイゴン。奉公に出た少女ムイは、散々迷った末に、夜更けに奉公先の邸宅へ到着する。奉公先の女主人である『母親』と奉公人のティーに迎えられ、ムイは翌朝からの仕事の支度を整える。
母親は、夫の『父親』に、ムイが来たことを報告する。母親は、ムイの姿に今は亡き幼い娘トーが重なることを話すが、父親は何も答えない。義母を寝かせつけるなど、遅くまで立ち働く母親に対し、父親は、長男チュンと共に遅くまで演奏に興じている。
翌朝、起床したムイは、庭先に実をつけているパパイヤの木を眺める。ムイはティーから指導を受け、朝食の調理を手伝って配膳する。ムイは、先祖の写真と並んで幼い少女の写真が祭壇に飾られていることに気付く。
ある日、ムイは、チュンと外出するためにやってきたクェンと出会い、憧れを抱く。三男のティンはムイへの嫌がらせを始めるが、ムイは動じず淡々と仕事をこなす。
生地屋を経営している母親は、収入や宝石類を小さな箱に入れて金庫にしまっている。ムイに娘の面影を見ている母親は、二ヶ月後には休みを取って家族に会いに行くよう、ムイに勧める。
映画『青いパパイヤの香り』のあらすじ【承】
ある熱帯夜、ムイは、眠れないティーから、トーが死んだ経緯を聞く。10年前、父親は失踪し、しばらくの間、家へ戻らなかった。父親が家を出ている間にトーは病気になり、父親が戻った翌日にトーは息を引き取った。娘の死後、父親は家出することを止めた。
その夜、外出した父親が家に戻らず、母親は金庫から金と宝石類が全て無くなっていることに気付く。母親は、眠っているムイを見て、人知れず涙を流す。翌朝、母親はティーに、換金して米代にするようイヤリングを渡す。
トーの法要の日にも、父親は帰らない。父親の不在に気付き、子供達は不安になる。ラムは小さな虫を殺して鬱憤を晴らし、ティーはますますムイに嫌がらせをするようになる。母親の商売も不振で、一家の食糧は底をつき始める。ムイは、庭に生えている青パパイヤの実で食事を作る。
ある夜、ムイは母親が義母から責められている場面を目撃する。翌日、ティーは父親がいないことを悲しんで泣き出し、ラムは家を飛び出す。母親は思わず人前で涙を流す。
まとまった収入が入ったため、母親は食材を買い込んで、その夜やってくるクェンのために晩餐の用意をする。ムイは心を込めて料理をし、一張羅の服を着てクェンに給仕する。
映画『青いパパイヤの香り』のあらすじ【転】
ある早朝、ティーは、玄関先で母親の宝石を手にしたままで倒れている父親を発見する。父親は重度の病気を患っており、母親は高価な骨董品を売って治療費に当てる。程なくして父親は息を引き取り、母親は疲労のために気を失って倒れる。
10年後。美しく成長したムイは、一家の家事を一身に引き受けている。すっかり老け込んだ母親は、ムイだけを心の支えにしている。一家の財政は苦しく、チュンの妻の提案で、ムイは気鋭の若手音楽家として成功しているクェンのもとで働くことになる。
母親は、トーのために取っておいた美しいアオザイと装身具を、餞別としてムイに贈る。母親は、ムイがラムと結婚して本当の娘になることを望んでいたが、家庭に不満を抱いていたラムは家を出てしまった。
クェンの家へ移る前日の夜、荷物を纏めたムイは、10年間勤めた家の中を眺めて回る。ムイを見つめながら、母親は悲しみのあまりむせび泣く。母親の泣き声を聞いたムイは、母親のもとへ駆け寄って抱きしめる。母親はムイを娘と呼び、別れを惜しむ。
映画『青いパパイヤの香り』の結末・ラスト(ネタバレ)
ムイは、クェンに想いを寄せながら勤勉に働く。クェンは日々ピアノの練習に没頭し、ムイはクェンを邪魔せず支えられるよう、心を配る。クェンには、ある裕福な家庭出身の我儘な恋人がいるが、クェンは恋人よりも音楽に関心がある。
クェンの留守中、ムイは母親から贈られたアオザイを着て装身具を着け、クェンの恋人が忘れていった口紅をつける。偶然帰宅したクェンは、ムイの美しさに驚く。クェンに見つかり、ムイは慌てて隠れる。ムイを追ううちに、クェンはムイが家の中を常に清潔に美しく保っていたことに気付く。
クェンは一層恋人に無関心になる。クェンが自分よりもムイを信頼していることに気付いた恋人は、嫉妬して泣きじゃくる。
クェンは、ムイの顔をスケッチしている。ある夜、想いを押されられなくなったクェンは、眠っているムイのもとへ行き、愛を告げる。ムイとクェンの関係に気づいた恋人は、ムイを平手で打った後、クェンから贈られた指輪を置いて去っていく。
クェンは、ムイに読み書きを教え始め、二人の絆は日に日に深まっていく。ムイは、10年前と同じように、青いパパイヤで料理を作っている。ムイとクェンは結婚し、ムイはクェンのピアノを聴きながら、お腹の子供に詩を読んで聞かせる。
映画『青いパパイヤの香り』の感想・評価・レビュー
私がいま生きている時代より大分前の話で国も違うので生活が違うのは当たり前だが、電気も水道も通らない中で自然を感じながら何気なく過ごしていることに感動した。
ストーリー自体には大きな展開があるわけではないのだが最後までしっかりと観ることが出来たのはとにかくベトナムの風景や人物の写し方が美しいからだろうと思った。
こんな暮らしが少し羨ましく感じるのは色々なものが発達した時代に生きる自分のないものねだりなんだろうなと感じた。(男性 20代)
生き生きとした自然や降り注ぐ陽射し、古き良きベトナムの生活感、熱帯ならではのじっとりとした匂い立つ湿気が伝わってきた。
ストーリーは淡々と進んでいくが、特にムイが丁寧に料理する所作や一生懸命に仕事をこなし、物静かに自然に佇む姿が美しかった。幼いムイが恋する姿が何とも可愛らしく、成長した彼女もまた色っぽくて素敵だ。
台詞が抑えられていて、映像美や不思議な音楽が、どこか懐かしい記憶を想起させる。(女性 20代)
カンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞したトラン・アン・ユン監督のデビュー作。ベトナムのサイゴンで資産家の家に奉公人として仕える10歳の少女ムイ。彼女の成長と人との交流を描いた作品です。
10歳で他人の家に仕えて働くなんて信じられない世界。でもそれが当たり前の時代や地域があったんですよね。知らないって本当に怖いです。
この作品はセリフが多くなく、静かな雰囲気で進みます。感じ方を観客に委ねたストーリー展開がとても面白かったです。(女性 30代)
時は1950年代、舞台はベトナム。どのシーンも湿度感が高く、瑞々しさが伝わります。そして、場面は流れるように移り変わりますから、ベトナムの家の中や骨董品、料理などをゆったりと眺めることができました。虫の音や奇妙な音楽だけは慣れるまで無気味ですが、やがて癖になっていきます。セリフをあえて少なくして、その分映像で魅せる映画ではないでしょうか。淡々としたストーリーなのに、また見たいと思わせる不思議な作品です。(女性 30代)
みんなの感想・レビュー
学はなくても凛としたムイ。所作が美しい。鈴虫の鳴き声を愛する心も美しい。字も読めるようになって初恋の人とハッピーエンド。この後ベトナム戦争に突入するのは気がかり。
気持ちが透き通るような映画でした。
ところで奉公先の金庫の中の小箱と病気の父親に施されたお灸、日本製でしたね。
考えさせられる映画。
物質的に恵まれた現代が本当に幸福なのか?
教育や育ちが、すべて人間の魅力に紐づくものなのか?
育ちが良いだけで、何が出来るか、それは個々の考え方やニーズによって価値が変わるし、求めるものを持っている者同士がお互い惹かれるのは古今東西一緒なのかもしれない。
子役が上手で、皆さんが言う、セリフが少ない描き方が風景や生活感の抒情的な描写に引き込まれていく。
そして、”生きる”ってシンプルなことで、食べることが重要。
自分の身の回りのことを、料理も含め自分で出来ることが、極めて人間的だと感じた。
だから、ご飯を与えられているという構図の人間たちが、ひどくみすぼらしく感じた。
(地位や財産があっても)