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映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のネタバレあらすじ結末と感想

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の概要:87歳でアルツハイマー型認知症を患い、苦悩する母。95歳で妻の介護と慣れない家事を行う父。そんな両親を「私」視点から映し続け、両親の記録をつぶさに撮り続ける娘。監督の信友直子が認知症患者を抱える家族の内面を如実に描いたドキュメンタリー映画。

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映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の作品情報

ぼけますから、よろしくお願いします。

製作年:2018年
上映時間:102分
ジャンル:ドキュメンタリー
監督:信友直子

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の登場人物(キャスト)

私(信友直子)
自立性を育んでくれた両親によって東京にて映像制作に携わり、ドキュメンタリー番組を数多く手掛ける。45歳で乳がんを患うも克服。認知症を患う母と介護する父の姿を記録し続ける。
父(信友良則)
大正9年生まれの95歳。非常に知識欲が高く、朗らかで我慢強い人物。戦争のせいで大学へ進学できなかったことを悔やみ、娘には自分のような後悔を抱えて欲しくないと、東京へ送り出す。認知症の妻の介護と家事を担う。
母(信友文子)
昭和4年生まれ87歳。社交的で快活、料理上手であったが、アルツハイマー型認知症を患い、これまでできていたことができなくなり感情的になる。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のあらすじ【起】

広島県呉市、私・信友直子が生まれ育った港町に父と母が住んでいる。信友本人は東京に住んでいるが、帰省の度に両親にはアナゴ弁当を買って行く。母・文子は昭和4年生まれの87歳。父・良則は大正9年生まれの91歳だ。両親は娘の帰省に大喜びし、にこにこ顔だった。

2014年1月。当時85歳の母は突然、現れた私に驚きつつ買い物の帰り道、近頃忘れっぽいと零す。帰宅すると、耳の遠くなった父が笑顔で迎える。当時、父は93歳。まあまあ元気と話した。

母がどこか危ない手つきで料理をし、夕食となる。母は「幸せだね」と父に声をかけるが、父には聞こえなかった様子。その後、刺身が入っていたプラスチックの皿を私のところへ持って来たり、その他にも買った果物を何度も同じ量を買ってしまうなど異変が見られた。

後日、外出する父に母はやはりどこか様子がおかしいと話した私。すると、父も同様に感じていたらしく、私は母を呉中通病院へと連れて行き検査してもらうことにした。MIR検査の結果、母はアルツハイマー型認知症だと診断された。診断結果を聞いても母が落ち込む様子を見せないことから、私は病気なのだと確信したのだった。

自宅で待っていた父に病気の件を説明。服薬治療を行うことになり、副作用の程度を父に見てもらうことに。私は戻って来た方が良いか尋ねたが、父は大丈夫だと言う。その後、東京へ戻る私を母がバス停まで送ってくれるのだった。

昭和4年生まれの母は女学校を卒業し、簿記の資格を取得。独身時代はキャリアウーマンだったらしい。30歳で父とお見合い結婚をし、2年後には一人っ子の私が産まれた。母は料理も裁縫も上手で、社交的で友達も多いので私の自慢だった。子育てが終わった後、母は趣味の書道にのめり込み、有名な書道展で特選を受賞するほどの腕前。加えて母は写真を撮るのが好きで、女性にしては珍しく何台かのカメラを使い分けて娘や夫の写真を撮っている。私が写真や映像に興味を持ち始めたのは、明らかに母の影響だ。

18歳で親元を離れた私はもう30年以上、東京で映像制作をしている。両親は娘の自主性を大切にし、私は必然的に映像制作の道を選んだ。私の人生の最大のピンチは、45歳で乳がんを患ったことだろう。その時、上京して励ましてくれたのが母だった。胸にメスを入れたくないと手術の寸前までごねる私だったが、母は気丈に笑っている。それでも心配していて、医師から無事に終わったと聞き、涙を見せながら良かったとやはり笑った。

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映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のあらすじ【承】

2016年。母が認知症になってから私は度々、実家へと帰省するように。87歳になった母は天気が悪いからと言って洗濯物を溜め込んでいる。95歳になった父は楽天的。母は洗濯をすると言って洗濯物を全て廊下に出したが、洗濯もせずその場に寝転がってしまう。娘の助けはいらないと頑なだ。そうして、気付いたら昼である。父が近くのコンビニへ弁当を買いに行ったため、私は一緒に洗濯をすることにした。

この頃の母は料理もできなくなっていたが、台所の清潔さだけは保つようにしているようだ。薬の管理は父が行い毎朝、服薬していたはずだが、母は飲んだことも忘れてしまい、横になっていることも多くなった。母は自分がバカになっていくことも分からないと吐露。おかしくなっていることを自覚し、迷惑をかけていると落ち込む。私は自分が何でもしてあげるからと母を安心させるのだった。

家事がおぼつかなくなった母に代わり、95歳の父が家事を始めることに。
大正9年生まれの父は戦争のせいで大学進学を諦め、陸軍に入隊し戦火を生き残った。戦後は小さな会社の経理一筋で、妻と娘を養ってくれた。昔の父は男子厨房に入らずで、家事の一切は母に任せきり。活字ばかり読んでいる本の虫だった。90代になっても知識欲は衰えず、英語の勉強をする。私が子供の頃から、家には本が溢れていた。戦争さえなければ、大学で文学を学びたかったと言う父。自分のように後悔しないよう、娘にはやりたいことをやりなさいと言って育てた。見分を広めろと東京へ送り出したのも父である。私が今、映像制作という好きな仕事に就いて頑張っていられるのは、父のお陰でもあった。

95歳の父が認知症の母の面倒を見るという超老々介護の生活。私は仕事を辞めて実家に帰ることも考慮していたが、父は自分がまだ元気なうちは大丈夫と言う。慣れない家事をする父を母がフォロー。2人は協力して生活を続けようと一生懸命だった。ならば、その記録を残すのが自分の使命ではないか。私はそう思うようになった。

介護保険でヘルパーを頼もうとしたが、両親は頑なである。しかし、母の認知症は徐々に進行し、深夜でも関係なく騒ぎ始める。やはり、2人だけの生活は限界だと感じ私は、呉市の介護担当者に来てもらうことにした。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のあらすじ【転】

頑なだった父は介護担当者との話で何か思うところがあった様子。母は歳を取るとどうしても迷惑をかけてしまうことを気にしていた。
それから後、母の介護サービスが開始。ヘルパーさんと顔を合わせ、今後の訪問やデイサービスについて相談する。ところが、ヘルパーさん達が帰った後、母は行きたくないと急にごね始め、落ち込んでうじうじしてしまった。

翌日から訪問ヘルパーが自宅を訪問。母と共に洗濯を行いお風呂の掃除をしてくれた。だが、母はヘルパーさんが来たことも覚えていない。次はデイサービスへ。母はとても楽しそうで昔の社交的な母が戻って来たように見えた。私は急いで自宅へ。父は報告を聞いて嬉しそうに笑う。

デイサービスから帰宅した母はご機嫌で、楽しかったと感想を漏らす。思いの外、楽しかったらしくまた行きたいと言う。そんな母に父も嬉しそうに笑うのだった。

父の家事も様になって来た大晦日。呉市では港に停泊する自衛隊の船が一斉に汽笛を鳴らして、年明けの瞬間を祝う。年が明けて2017年。母に挨拶をすると万歳三唱で喜び、「今年もぼけたらお願いします」と言った。

年明け最初のデイサービスの日。母は少し機嫌が悪くずっとおかしいと繰り返す。迎えが来ると抵抗もなく出発。この頃になると、父は裁縫までこなすようになっており母の布団の縁を縫い直していた。更にリンゴの皮むきをしてくれる。私は父が包丁を使う姿を初めて目にした。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の結末・ラスト(ネタバレ)

それからしばらく後、実家へ帰省した私は母の顔を見て驚く。左目が腫れて真っ青になっていたのだ。どうしたのか聞いても分からないと言う。父曰く、玄関の傘立てのところで転んだらしい。耳が遠い父は物音に気付けなかったと言う。しかも、よく見たら左額の生え際にも青痣とたんこぶができていた。頭部を打っているため、万が一ということもある。私は母を病院へ連れて行った。一日中、寝ていることもあるため、脚力が低下し転倒しやすくなっているらしい。

翌日はヘルパーさんが来る日だったが、母はなかなか起きられず横になったまま。そうしているうちにヘルパーさんが訪問。起きるよう促すが、ヘルパーさんではなく父に構ってもらいたい様子。母は父の手を握り泣き出してしまった。

ずっと家族の面倒を見てきた母が、家族に面倒をかけている。母の悲しみを知る術はなく、私は推し量ることしかできない。
翌日も母はなかなか起きられなかった。父はいつも通りに起床し、洗濯を行う。その後、朝食の時間になって母は死んだ方がいいと泣き始める。まるで駄々をこねる子供のように泣き喚き、包丁を持って来い。死んでやると叫ぶ。邪魔にされていると喚き散らす母にとうとう父の堪忍袋の緒が切れ、死にたいなら死ねと怒鳴りつける。すると、母は泣きながら外へ出て行こうとする。どうにか説得し、中へ戻ってもらうと母は再び布団に横たわった。

時間が経つと落ち着きを見せ、父が剥いてくれたリンゴを食べる。母は良いことがないと静かに涙を流す。父はただ、母は我が強いので草臥れると呟いた。
更に翌週、母は自ら布団を片付けたが、ちょっとしたことで感情が爆発する。泣き喚く母をヘルパーさんが慰め、落ち着けてくれた。母は機嫌を直し父と共に蒸かし芋を食べる。

その日の夕方、母は手伝えなくてごめんねと声をかける。父を労わる様子を見せ、笑顔も見られた。連れ添って60年になる両親は、今日も寄り添って生活している。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の感想・評価・レビュー

2016年9月にフジテレビ「Mr.サンデー」で2週に渡り特集され、大反響を呼んだドキュメンタリー。その後、継続取材を行い2017年10月にBSフジで放送され、視聴者から再放送の希望が殺到している。今作は番組を元に追加取材と編集作業を行った完全版で、監督の信友直子初の劇場公開映画監督作品。

ただのドキュメンタリーという感じではなく、娘が両親に密着することで撮影する側からの愛情をも感じられる。映し出される高齢の両親は寄り添って、協力しながら必死に生活を続けようとし、互いに支え合い思い合っている様子が分かる。お母さんが度々、幸せだと呟く姿がとても印象的。悲哀が漂いながらも深い愛情を感じられる素晴らしいドキュメンタリー映画。(MIHOシネマ編集部)

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