「日日是好日」のネタバレあらすじ結末と感想。動画フルを無料視聴できる配信は?

日日是好日の概要:当時20歳の典子は、一生を賭けられる何かを見つけたいと思っていた。そして、ひょんなことからいとこの美智子と近所の茶道教室へ通うことになった。わからないことだらけの作法に早くも逃げ腰になる典子。しかし、不思議と毎週足が向かってしまうのは、なぜ。

日日是好日の作品情報

日日是好日

製作年:2018年
上映時間:100分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:大森立嗣
キャスト:黒木華、樹木希林、多部未華子、原田麻由 etc

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日日是好日の登場人物(キャスト)

典子(黒木華)
何も取り得が無いことを密かにコンプレックスに感じている女子大生。従妹の美智子の竹を割ったような性格と自分のどんくさい性格をいつも比較している。母親の勧めで美智子と茶道教室に通うことになる。
美智子(多部未華子)
典子のいとこ。田舎から出て東京で1人暮らしをしている。たびたび来訪しては典子の家に泊まっていく。典子曰く、竹を割ったような性格。面白そうという理由だけで茶道教室へと通う。
武田先生(樹木希林)
典子の住む街の近所のおばさんで茶道教室を開いている。何でも意味を尋ねる典子達に、まずは型を覚えて、それから心を入れていくのだ、と教える。
典子の父親(鶴見辰吾)
典子の優しい父親。典子の成長をいつも温かく見守っている。

日日是好日のネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『日日是好日』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

日日是好日のあらすじ【起】

10歳の典子は、一度フェデリコ・フェリーニ監督の『道』という作品を観たことがある。貧しい旅芸人の話で、とにかく暗い、何が良いのかさっぱりわからない作品だったと思った。それから時は過ぎ、1993年典子は20歳、華の大学生となっていた。大学生の時に一生を賭けられる何かを見つけたい、典子は漠然と考えていた。しかし、学生生活は瞬く間に過ぎていき、周りでは就職活動の話がちらほらと出始めた。友達の話に相槌を打ちながら、典子は本当にしたいことが何なのかわからないでいた。

その夜、夕食が終わった席には典子の従妹である美智子の姿があった。田舎から出てきて東京で1人暮らしをしている彼女は、典子曰く竹を割ったような性格。典子はその反対で、真面目で理屈っぽい、努力家と自分を分析する。紅茶を飲みながらもんもんとしていると、ふいに典子の母親が「武田さんのお辞儀は違う。あの人は、只者ではない」と言い出した。なんでも長いことお茶の先生をしていて、大きな家に1人で住んでいるらしいと典子の父親は続けた。すると母は典子を見やり「お茶を習ってみたら」と声を掛けた。お茶よりもフラメンコの方がいいと抗議をするも、美智子が、私お茶やると立候補し、典子も付き合う羽目となった。典子、二十歳の春だった。

日日是好日のあらすじ【承】

典子と美智子、2人は手帳に書かれた地図を頼りに教室を目指す。「裏千家茶道教室、武田」と書かれた門を通り、引き戸を開けた。こんにちは、と挨拶すると奥から初夏にぴったりな空色の着物を着た年輩の女性が現れた。どうぞお入んなさい、と声を掛けた女性こそ近所の武田さんだった。稽古場の畳から見える庭は、丁寧に手入れされた日本庭園が広がっていた。初めての場所に落ち着かない2人。ふと、美智子が小壁に掛けられた文字に気付いた。これって何て書いてあるの、と典子は聞かれ2人は首を傾げた。すると「日日是好日(にちにちこれこうじつ)と読むのよ」と武田さんの声が聞こえた。

今日の掛け軸はね、と武田さんは説明を始める。「薫風自南来」と書かれた掛け軸を見ながら、新緑の季節に若い2人がふわあっと来る感じを表していてね。ぴったりじゃない、と武田さんが説明する。2人は曖昧な笑みを浮かべた。まずは袱紗の畳み方から始まった。初めての茶道具、初めての動き、2人は見よう見まねで必死に付いて行く。今日は初日だからという理由で武田さんがお茶を点ててくれることになった。お茶の前にお菓子をいただくルールも知らない典子と美智子。あやめ饅頭を手で掴み、かぶりついた。お茶を飲み干す時に、ずずっと音を立てるものだと教わり、典子は恥ずかしがりながらそれに従う。隣で見ていた美智子は「お茶って変ですね」と無邪気に言い、武田さんは、そうかしら、と首を傾げた。

翌週からは割り稽古に入った。「茶筅通し」を教わる典子と美智子。1つ1つの動作に2人は意味を聞いていく。武田先生は「こうするの」と少し声を荒げ、2人は顔を見合わせてくすっと笑った。典子はそれでも意味を聞いていく。武田さんは、変に思うかもしれないけれど、お茶ってそうゆうものなのよ、と言ってほほ笑んだ。そのまた翌週、お茶をたてる稽古「お点前」の練習に入る。畳の上を歩く独特の作法に典子は混乱してしまう。武田さんは細かいことにも口を出していく。その日の稽古が終了した時、2人はへとへとに疲れていた。武田さんは「お茶はね、まず形なのよ。始めに形を作っておいて後から心を入れて行く」と話した。それって何か意味でもあるのですか、と問う美智子。すると武田さんは、なんでも頭で考えるからそうなるのね、と言ってほほ笑んだ。典子は、武田のおばさんが手の届かない遠くに行ってしまい、武田先生になったと不安に思う。それから2か月後の小暑。お稽古も夏休みに入り、典子は袱紗に触りもしなかった。それでもそれからまた1ヵ月後の白露、典子はお点前の最中、自分の手が勝手に動いたと感じた。

日日是好日のあらすじ【転】

しかし、喜びは一瞬だった。それから2か月後の立冬。 炉のお点前の稽古が始まった。武田先生は、今までは夏のお茶、一旦それは忘れていい。今日からまた気持ちを切り替えて目の前のお茶に専念するの、と言った。せっかく少しだけ楽しくなってきていたのにまた振り出しに戻った。なんだか意地悪されているみたい、と典子は心の中で愁いを抱いた。

コートを着た典子と美智子が湘南の海に走って行く。ひとしきりはしゃぎ、冬の砂浜に座り込んだ。美智子は、本当に就職しないのかと典子に尋ねる。典子は頷く。書く仕事がしたいって言っていたものね、と美智子は言った。すると突然、典子は海の方へ走り出し、サンパウロと言って踊り出す。そして、この間もう一度『道』という映画を観たら感動した。この映画で感動できない人生なんて勿体ないと思ったくらい、と力説する。美智子はふーん、としばらく考え込み、それで、と尋ねた。固まる典子。すると、お茶ってそういうものだったりして、と美智子は言った。あんたお茶好きでしょ、とからかう美智子に対し、典子は好きじゃないもん、ととっさに返した。2人はいつまでもはしゃいでいた。

正月。典子と美智子は晴れ着姿で武田先生の「初釜」に出向いた。お茶を点てる武田先生の所作を見ながら、典子は、先生の動きにはどこか丸みがある、と思う。山の湧き水のように、すぅっと身体に染み込んでいく。頭の中がさっぱりした、と感じた。その年は戌年。武田先生は水屋から犬が遊びまわる茶碗を取り出した。美智子は豚みたいと笑った。そして、このお茶碗、生きているうちに3~4回しか使わないということか、と驚いたように指摘した。それを受けて武田先生も、確かに言われてみればそうね、と静かに驚いた。

お稽古を始めて2年が経った。典子も美智子もなんとか大学を卒業し、典子は出版社でアルバイト。美智子は貿易商社に勤めていた。季節は過ぎ立秋。ある日、典子は掛け軸の文字を頭で考えず、絵として眺めればいいのだと気付く。またある日はかすかな音の違いにも気付けるようにもなった。確実に典子の中で何かが変わっていった。

日日是好日の結末・ラスト(ネタバレ)

出版社のアルバイトを続けていた典子は思い切って出版社の試験に挑戦するも失敗する。しかし、時代は典子のような人をフリーライターと呼ぶようになっていた。美智子は地元の開業医と結婚し、母親になっていた。ある日、典子は武田先生から、柄杓を持つ手がごつい、10年以上もお稽古しているのだから、そろそろ工夫というものをしなさい、と言われてしまう。結婚間近だった彼と破局したこともあり、典子は精神的に病み、駅のホームで号泣してしまう。典子は初めて3ヵ月間もお稽古を休む。そしてようやく痛みも癒え、大寒の季節、着物姿に着替えた典子は再びお稽古に向かう。典子は何とか息をして、冬を乗り越えようとしていた。

典子は実家から電車で30分ほどのところに移り住んだ。33歳で初めての1人暮らしだった。ここ最近は仕事とプライベートが忙しく、実家の父から何度か連絡があったが断り続けていた。そして、父の訃報を知らせる電話が鳴る。桜が満開の4月。父親は突然にして逝ってしまった。典子は、時間をかけてその悲しみに慣れていくしかない、と考える。そして、五感を使って、全身でその瞬間を味わう。雪の日は雪を見る。夏には夏の暑さを、冬の日は身の切れるような寒さを。毎日が良い日「日日是好日」。そういうことだったのか、とお茶を通して感じたのだった。

2018年お茶を初めて24年、世の中は激変した。典子は今日も考える。世の中にはすぐにわかるものと、わからないものの2種類ある。すぐわかるものは一度通り過ぎればそれでいい。けれど、すぐにわからないものは、長い時間をかけて少しずつわかっていく。子供の頃はわからなかったフェリーニの『道』にとめどなく涙を流すことのように、と。すると武田先生が典子さん、と声を掛けた。教えてごらんなさい。教えることで教わることが沢山あります。戌のお茶碗を眺める典子。ここからが本当の始まりなのかも、と典子は小さく微笑んだ。

日日是好日の感想・評価・レビュー

「世の中にはすぐにわかるものと、わからないものの2種類」という言葉。ふと考えると世の中すぐにはわからないものの方が多いのではないかと思える。30歳を過ぎて、実は自分は何もわかってこなかったのではないか、とも感じ少し怖くもなる。しかし、この作品はそういうことが言いたいのではない。日々刻々と過ぎて行く時間の中で、わからないということがわかった、それでいいのではないか。理屈どうこうよりも、今私は不安を感じる、感動している、泣いている、今五感を使って感じていると「わかる」自分であり続けたい、そう思った。(MIHOシネマ編集部)

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